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 『あらしにあこがれて』5


 ルナは結局来た道を戻り、ラスペへ向かう。
 内海を通る航路はシドの首都経由だし、シャビはラスペの東方の東岸諸国のさらに向こう、大きな島国に全世界へのジャンクションがある。トランの浮遊船団が中継地点にしている商都だし、ラスペからの航路もある。
 そうなると、ぐちゃぐちゃと雨季が過ぎたばかりの泥の中を歩き、山塊を超えて、湿度の高い山道を歩くしかない。騎乗用の竜ぐらい用意すればよかったのだけれども、ルナは工房中のコストを管理している都合上、贅沢はできないのである。
「ニホには告白しなさいよ」
「またそれですか。興味ないんです」
 セレンは冷たい。
 正直ここまで言われると、どうしたらくっつけられるかしか興味がなくなる。
「ニホが言ってたわよ、セレンっていい名前だって」
「からかっているんですか!」
 うん。それしか興味がない。
「だって、ニホが言ってたよ? セレンの声が好きだって。コロコロと高いセレンの声が聞こえると、居ても立ってもいられないって。あなた普通に言えば、ニホに溺愛されるの。わかる? そういう意味?」
 シルバとのことを思うと、複雑すぎるのだけれども、いったいシルバはどう思っているのだろうと考えるのは、わたしには難しすぎた。
「お、お金がほしいんですか?」
「ど、どうしてそうなるの!」
「だって、ルナさまの仕事はそれじゃないですか!」
 たしかにわたしは、シルバからお金を絞ることを仕事にしている。それが唯一の使命で辛いことは否定しない。でも、わたしはシルバのお金がほしいわけではない。いや、欲しいというよりは全部強奪している。実行犯はわたしだ。
「たしかにさ、全部認めるけど、シルバに使う分は残そうと思っている。あいつから全部取ろうとは思わないよ、だって理不尽じゃない。だからダマスカス鋼の正体が知れるならばどこにでも飛ぶ。しょうがないでしょ? サウスの文献に書いてあるんだから、ダマスカス鋼って。一切の助けさえせずに、むざむざ金を生む鶏を殺すの?」
 セレンは考える。
「わたしにはわかりません。ルナさまは、高級すぎるのです。だってシルバさまを助けてばかりで、迫らないじゃないですか! 全部握っているのに、脅さないなんておかしいです! 好きなんですよね!? そんなにお綺麗なのに!」
 いろいろ図星を言われて、本音が出た。
「シルバは外見には興味ないの! それがいいの! わたししか見てないの!」
 わたしは自分を戦友としてみてくれるシルバがたまらなく好きだった。
 一緒に戦えている自分が幸せだった。
 セレンはしばらく立ち止まり、トボトボと歩を進めるルナを見た。
「あ、あの、ごめんなさい・・・」
「謝らないで。いつものことだから。こんなので心が折れてたら仕事にはならない、ラスペについてからが地獄だから、覚悟してよね。外観でしか評価されない世界は地獄だから。わたしは慣れてるけど」

 ラスペについてまず確認したのはトランの浮遊船団のスケジュールで、どうも数日後に大船団がやってくることが分かる。しかし、その船団はタルボットギルドで、トランの5大ギルドの中で1番こすっからいギルドとして知られている。
 もちろん重要な中継地であるシャビには寄港する。
 ラスペのタルボットギルド支部に、顔を出す。
「ああ、ルナさんじゃないですか! なにかお仕事ですか?」
「こんちわ! 久しぶり! 急用があってね、シャビに行きたいの。もう少ししたら、船団が来るんでしょ? 乗賃は弾むから、なんとか押し込んでもらえないかしら? 2人」
 トランのギルドの案内人はだいたいへらへらしている。
 精鋭は商売をしていて、ここにいるのは下っ端だからだ。
「50グロアでどうでしょう、二人分の乗賃ですよ? すいませんね、暴利でしょう? ギルドの規定の乗賃なんです」
 しめたと思って、突っかかる。規定料金を出してくることはじめから読めていた。
「あなた達はわたしたち以外の荷物を運んで儲けるんでしょう? たった、えーと、セレン、体重いくつ? ああ、たかだか100キロ未満が増えて、経費が増えるの? そもそもトランの技術は、わたしたちが再現するからいつまでも天下があると思わないでね? この際恩を売っておきなさい」
 これが有効なのは、わたしがお得意様だからだ。
 それで乗賃は12グロアになる。
 まだ高いけれど、シルバ様々である。いくらでもこれから稼ぐと有望視されると、交渉は有利になる。
 脚は確保しても、面倒は大量にある。
 兄の屋敷に帰ると、ばあやに取り憑かれる。
「ルナさま! 面会の依頼が殺到していまして!」
 手紙を受け取るとうんざりとした。だいたい想像つく面倒ばかりで、中でも一番面倒そうだったのはわたしに惚れている貴族で、だいぶ金があるので無下にはできない。
「会いますけど・・・」
「お嬢様、ご自分をご大切に」
 んなこと、わかってるよ。
「会うと言ったんです。そこで何をするかはわたしの仕事でしょう? どうなるかはわたしが決めます。それで不満?」
「いえ」
「じゃあ、黙ってて」
 ルナはその貴族との会食を設定して、とりあえず評判のいい料理人を当てる。
 シドに景色のいい名店はないけれども、だいたい格が高い料理人は決まっている。それに景色のいいロケーションを組み合わせる。あとはだいたい料理人がなんとかしてくれる。
 そこはオートマチックだ。
 たとえば蟹が好きだとわかれば、蟹だという。
 この客はよく知っているので、蟹で決まる。
 ただ、面倒な客で、新鮮な蟹しか好きでないのだ。
「新鮮な蟹蒸しでね、1時間以内の蒸しは禁止」
 なんで、こんなことをしているのだろうとはいつも思う。
「ルナさま!」
 さまと言うな! ばっちい仕事の棟梁みたいじゃないか。
「柑橘も添えたらどうでしょうか? お屋敷の料理人が長く考えていた提案なのです」
「それは、なにを言っているの?」
 ばあやはしばらく迷って、蟹肉に絞るのだという。
 しばらく考えて味を想像すると、だいぶ合っていた。
「じゃあ、柚子で。魚醤に合わせて。あとは料理人に任せるから」
 ああ、こんな仕事してしまっている。
 わたしはシルバのために、資金が必要だ。
 こんなに露骨な、資金集めを絶対にしたくない。

 金を配っている工房を訪れると、だいたい恐れられる。
「ルナさんじゃないですか! どうしたんですが?! なにかうちの工房に不足がありましたか?」
 不足はいくらでも語りたかったが、少しでも貢献できる目がある限りは無碍にはできない。わたしはその恐ろしく赤字を垂れ流れしている工房に用があった。
「電動モーターの発注をしたいの。とりあえず、試作用に2つ。発電用と動力用。モーターは作れるわよね? 大口の話になりそうなの」
 その工房主はいたく感動したようで、言葉を失う。
「利益はあなた達で研究資金に使っていいわ。全部あなた達のものよ。ただ初号機の性能で採用されるかどうかは決まる。うまく行けば数が出るから。最高のモーターを作ってちょうだい。繰り返すけど、これで研究資金を稼いで」
 ルナが巡っている稼げない工房にも、そこそこイケている工房はある。その失敗も含めて数百なので、だいたい良さそうな所はルナには見当がつくのである。
「十日後には仕上げてね! 忙しいの! ボーナス払うから! シャビに飛ばないとならないの。帰ってきた時に仕上がっているのが望ましいの。分かる?」
 その工房主はだいぶ覚悟を決めて、無言で頷く。
 こういうやつが信頼できるのだ。それから、ポンプ屋に立ち寄って、蒸気機関のポンプが失敗した話をする。
「あれは、駄目だったでしょ? 坑道で石炭をたくと坑道の酸素がなくなる。そうすると坑内の奴隷が死ぬ。だけど新しいポンプを考えたの。蒸気機関は坑外に置くの。それを発電機にして、坑内のポンプを動かす」
 ポンプの研究者はだいぶ考えたが、
「モーターはどうするんですかい?」
「さっき、バーナードに発注してきた。蒸気機関はわたしが作る」
 ポンプ屋は訝しげに聞く。
「それで利益は出るんですかい?」
 たぶんモーターが高い事を言っているのだ。
「それはわたしの仕事ね。高く売ってくればいいんでしょ? あなたたちが損するような取引はしない、だから安心して。それで得た利益をは全部研究資金にしていいわよ。こっちに上納する必要はない」
 これできっちりと金銭が合う。
 シルバに4割取られるのは厳しいが、蒸気機関を暴利で売って、それで賄えばいい。
 となると、蒸気機関はフルスペックの最上級を出さないとなあ。
 なんかいいネタあったっけ?


 えーと、事前の予定では、ほぼ全てがペネスでの事件になる予定だったのです。
 だけれども、予定されていたペネスでの竜狩りの様子を書くよりも、ルナとシルバがどんなふうに事業を進めているのかを書いたほうが楽しいな、となってしまったわけで、ラスペ編、シャビ編を書きたくなったのです。
 これは総集編の解説で書きますが、この中編はシルバを書くためにあったのです。
 それがあまりにもルナが格好良すぎて、プロデューサーとしてのルナに焦点が当たる形になりました。物語は生き物なので、企画どおりに進まないのは仕方ないと逃げたくなるのですが、ルナが予想以上に格好良かった、という言葉になります。
 ルナの生命力が意図していなかったのだけれども、あまりにも格好良かった。
 これだけのキラキラを見てしまうと、そこにカメラを向けるしかなくなる。
 小説家の多くが、小説は自由にならないと言うのは、たぶんこれなのです。

 ラスペに戻って、ペースが変わるのですが、たぶんここはマニアックすぎて分かりにくいのですが、生活のリズムが変わるんです。それを書いていて、あ、こんなに変わるんだと思いました。それが生き方のチェンジ・オブ・ペースになるんです。これはたぶん直感する人は少ない気がするので、書いておきます。


| 自作小説 | 23:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
『あらしにあこがれて』4



 わたしが初めてシルバにあったのは、薄暗い小雨の日だった。
 シルバは孤児院から引き取られてきた子供で、兄はシルバに炉を担当させるつもりだったよう。幼いわたしに知る由もないが、高齢の炉の主が徒弟を欲しがったのだろう。
 それで遠巻きに見ていたのだが、いつもあちこちにやけどの跡があったのを覚えている。かちん、かちんと鉄を鍛えるのは重労働だし、ひょろっとした子がいつまでもつのかと心配したのだが、おそろしい粘り強さがあって、結局は今に至る。
「あんた、いつまで続けるの? こんなの奴隷じゃない。文句ぐらい言わないの?」
 わたしがみかねてそう言ってしまったのは、世界をよく分かってなかったからで、シルバはしばらくわたしを見た後に、躊躇していった。
「ぼくは運がいいんだ。流行病にもかからなかったし、親方はぼくを実の息子だと思ってくれた。だからここが家だし、ぼくの家族はここなんだよ。炉の前なんだ」
 事実、この親方はシルバを実の息子のように自分の知るすべてことを仕込んだ。
 今になって思えば、シルバがひとり立ちできるだけのものをすべて植え付けようとしていたのだろう。ただそれは幼いわたしには虐待のように見えて、どうしても自分がどれだけ恵まれているかを考えさえせずに、ひどいことだと思っていた。
「あなた、ちゃんと給金もらってるの?」
「ないけどさ、住むところも食事もあるからさ、必要なことは全部もらえるんだ」
 シルバが卑屈に見えるのは、わたしが特権階級にいたからだと今は分かるのだが、それは少し大人になってから。いまになってはいかに間違えていたが分かるし、シルバはシルバなので、その作ってしまった関係を恥ずかしく思う。
 自分を消し去ってしまいたくなるほど。
 ただシルバは優しくて、どんなにへんてこりんなことを言っても、だいたい普通に受け止めてくれる。それがわたしを大胆にした。
 わたしが書いた、一通の文章で何もかもが始まった。(23)

 「クリフォードへの取材依頼」という名称で当の本人のクリフォードが語ることになるわたしの手紙は、ひかえめに言ってシドを変えてしまうほどのインパクトがあった。わたしはパルの実妹で、もうちょっと自分の影響力の大きさを考えたほうが良かったかもしれない。
 兄の高弟の、竜狩り用の銃を作る工房に見学に来ませんか?
 ルナとしては、どこに出しても問題のない工房であるし、もしかしたら幅広い週報発行者たちの人脈の中に資金の出し手はいないだろうか、と思ったのだ。
 あの脳天気な者たちがどうもこれは取材すべきだと嗅ぎ分けて、即座に記者がやってきた。出会うと素朴な印刷業者で、あの人たちはよくげらげらと笑った。食いつきが良かったのは工房の奇っ怪な機械で、これで鋼鉄の直管を作るのだと説明すると、同伴の銅版画家が素早く姿を記録していった。
 ドライゼ銃にはまったく触れていないのが片手落ちだったけれども、それは不幸中の幸いだ。このときにドライゼ銃を世の中に周知すべきではなかったし、爆発的にシド中に広まる恐れのある週報には載らなかった。
「わたしが担当になりました! 社主は別の取材に忙しいのです! ご勘弁ください!」
 それは元気だけはいい小柄な女の子で、はきはきとした笑顔が印象的だった。これがあのシド全土に支持されている週報の記者かとは思ったが、どうも野ばらのベストセラーを書いているのはこの子ではないっぽい。肩透かしだったし、本物に会いたくなった。このときはその社主が来るまでもないと判断されたようなのだ。
 仕方ないから塩レモンの特別に冷やしたものを出し、たぶん好きそうだとわたしが勝手に思って、はちみつをお好みで入れてくださいと添える。その蜂蜜が大好評で、何杯入れたかわからないくらい注がれて、恐ろしいほどの甘さになっているであろうと思われるカップの中身を想像して恐怖した、喉にはいいかもしれないけど。
 それでもこの蜂蜜ガールはまったく怯むことはなく、
「リラです。まず聞きたいのですが、この技術はシドをどう変えるのでしょう? 兵器の革新ですよね? となるとボルニアとの衝突をもう予定しているのでしょうか?」
「ま、まって……、なんで、ボルニアと戦うことになっているの? この工房の目的は、騎竜兵を増やしたい貴族たちの、竜を用意することなの。なんでこの技術を使ってボルニアと戦わなければならないの? 銃は人を殺すためにあるものではないの」
 リラはきょとんとする。
「だって竜を無力化できるんですよね? ボルニアを無力化できるんではないですか?」
 この言葉はたしかに本質をついていたが、飛躍しすぎている。
 そんなかんたんな話じゃないと言うことはできるかもだけども、この子はあさましいぐらいには積極的で、なんでも聞いてやろうと瞳をらんらんと輝かせていたのを見て、この子がなぜ銅版画家同伴で派遣されたのか分かった気がした。
 たぶんこの常人ばなれした、思考の飛躍がこの子の最大の武器なのだ。
 それで不意を打たれて、ついつい彼女ペースで取材が進む。
「ルナさんは、この工房の監督をしているんですよね? じゃあ、何がほしいのか教えてください。やっぱりお金ですか? それは理解できるのですが」
 それが以外はないだろうとは言わない。ルナには無数の研究資金で苦痛を味わっている開発者の姿が浮かんで、なんと言えばいいか考える。
「わたしは、わたしは配りたいの。どの研究も結果が出ないと切り捨てられるべきではないの。どれも大切だし、たったの3年で切られるべきものなんてたったの一つもない。それを守るためなら、稼ぎ頭を犠牲にする。一生償えないひどいことをしても」
 リラはまたきょとんとした。
「パルさんの工房には期待されている方がいるんですよ、だからちょっと見てきてもらえないかって。異例なんですよぉ、こんなこと」
 ルナにはだいたいのからくりが分かってきた。
(面倒な筋に目をつけられてるなあ・・・)
 資金の流れを見ていればだいたいそれがどこなのかの見当がついた。
「ルナ! あれ、お客さん? どうしたの? 出資者? あのさ、蒸気機関をルナに任せたいんだけど、やってくれるかな?」
 申し出は願いどおりだけれどもタイミングが最悪だった。
 遠ざけていたのに、面倒くさいのがやってくる。
「し、シルバさんですよね! クリフォード社のリラです! お会いしたかったんです!」
「は、はあ。」
 食いつく速度は猛禽のよう。
「る、ルナ? どなた?」
「週報の発行者・・・」
「ああ、すみません! 来てるなんて知らなくて!」
「いえ、構いません! 本来は社主が来るべきだったんです! それで話が見えないのですが、蒸気機関をルナさんに任せるとはどういうことでしょう?」
 シルバは、ようやく困難な状況だと察して、しどろもどろで説明をしようとする。
「あ、あの、ルナがシド随一の完全蒸気機関の研究者だとはご存知ですよね?」
 リラは戸惑う。
「そ、そこまでは」
「蒸気機関の研究でルナを知らない人はいません。今は研究に没頭できない状況なのですが、サウスの技術を見つけてくることの関しては天才です。ぼくもその恩恵に預かってますし、サウス語をネイティブに読めるのです」
 きわめて正確に表現されると、わたしはつまらない。
「だから、その専門家に発注するのがおかしいことですか?」
 リラはためらってから、白旗を上げた。
「どうも、役不足だったようで」
 愛想笑いを浮かべる。
 シルバはしばらく考えていたが、ルナの方を向き、
「香草茶を作れるかな? あれはとても美味しい」
 ルナが入れ始めると、シルバは改まった。
「ルナのほうが研究者として優れています。ぼくは本当につまらない方で、えーと、リラさんでしたよね? ルナの作るものを見て欲しいな。飛ぶようで、どう表現していいかわからないよ。神がかっているんだ」
 正直どう反応していいのかわからなかった。
 お茶っ葉を蒸しながら、香りを部屋に満たしていく。
 完全蒸気機関に関しては、たしかに自信がある。
 ただ、これは果汁酒じゃない。誰もを酔わせるだけの実力がない。
 お茶として注ぐと、椀が温まった。
 リラはそれを飲み、異国のお茶ですねと、満足そうに言う。
「おいしい・・・。こんなにおいしいなんて、ルナさんよりもすごい人は出てこないのですね」
「はい・・・」
 シルバはそういった。ルナは思いついて聞く。
「あの、リラさんは、もしかしたら知りませんか? 北方大陸を駆け回っていることですし、古いダマスカスって、現在の地名ではどこですか?」
 リラは不意をつかれて、うんうんと考え始め、しばらく考え込む。
「あー、いや、聞いたことはあります・・・、でもどこかは、うーん・・・、クリフォードさまなら即答すると思うのですが、えーと・・・」
 苦しそうに唸る。
 それから頭をかきむしって、やけくそ気味に言う。
「シャビです! たしか、シャビ史を読んだことがあったような・・・」
 自信なさげに言う。
 ルナは立ち上がり、シルバの肩を叩き、じゃあ、言ってくるから、と捨て台詞を投げる。シルバが唖然としているのをよそ目に、セレンに行くわよと声をかける。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
 これはリラだ。
「間違ってたらどうするんですか!」
 ルナは気にもせずに、
「5%もあってたら幸運のうち。あなたはこの世の中が100%あっているとでも、思っているの? 幸運の神様は飛びつかないと逃してしまうのよ?!」
 セレンは律儀にも旅装を整え始め、案外この娘とは相性が良いのかもとさえ思えてくる。
「ラスペですか?」
「まずはね。そこからシャビへ!」


 ダマスカスは実はパオペラ(ゲームブック)の面々が飛ぶ先として用意してあったので、実はけっこうリサーチがされていたりします。ダマスカス鋼に関しては次回に譲りますが、シャビを舞台とした短編ゲームブックシリーズが4本用意されていたのです。
 まさかそこが生きるとは思いません出した。
 オスマントルコはイニチェリという鉄砲兵を親衛隊にしているぐらいの鉄砲国(わたしが参考にしている本では火薬帝国)なのですが、その版図にダマスカスがあって、必然的にダマスカス鋼が使われているのです。ダマスカス鋼の経緯は複雑なので、次回に譲ります。
 現状のダマスカスの破壊は悲しみを感じますが、日本という国にいると所詮部外者なのが、苦しいというか無力感は感じます。そこはダマスカスだぞ、価値が分かっているのか! と叫びたくなります。  資料で知っているだけのわたしは無力です。


| 自作小説 | 23:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
 『あらしにあこがれて』3


 こんなだったシルバを一言でいうと、お金がないという言葉になる。
 わたしがほとんどのお金の流れを握っていたし、とにかく理不尽なほどに兄の工房にお金を吸い上げられていたことは事実だ。それをやっていたのはわたしであり、理不尽なことをしていたのがわたしだったので、いつ工房の人間に、シルバはしないとしても、だれかに殺されるかもしれないと思っていた。どんなに恐ろしいことをしていたのかさえ、わたしには見当さえつかない。
 それでもシルバは寛容で、わたしが常に工房にいることを許してくれる。
 わたしはその工房にいて、サウスの書物が形になっていくのを見ながらゆるやかな昼を過ごすのが好きだった。そこには都会の喧騒はなく、ありがちな書類仕事もなく、真剣な、しかしのどかな手作業しかなかった。
 シルバは板状の鉄を曲がるまで高温にしてらせん状に巻いて筒にする。
 かちんかちんと叩きはするけど、お互いのやり取りはささやき声のようで、ごうごうという炉の音にかき消されそうになる。
 この製法が稀有であって、板状の鉄を直線的に芯棒に単純に包み込むようにして作る筒とは圧倒的な差があった。強度が違うのである。シルバの筒は暴発しない。それがブランド価値になり、多くの貴族から発注が殺到していた。農耕地の害竜を追っ払うのに使うのだという。畑を荒らす竜に発砲して痛みを覚えさせると、銃声に怯えるのだという。
 シルバは奇怪な装置を作って、砲になる直管を造り始めていた。旋盤に似ていながら、あちこちの温度管理が容易にできる。微妙な温度変化を駆使して、筒の芯棒である鉄と管の温度差を変えていく。叩くと溶けて筒になる。それを叩いて、火入れをすると鋼鉄になる。
 シルバの未知の鉄という宿題は、まだ念頭にあった。
 純鉄を叩くことで炭素を浸炭させることで、硬くなることはよく知られていた。
 しかし、ダマスカス鋼と表記される鉄のことがまったくわからない。これの製造方法がわからないのだ。というかダマスカスってどこにあったの?
 鋼鉄の筒の作り方はほぼ確立されていて、繊細な銃にしていく作業が最難関だったが、シルバは5秒もかからずに適切に火薬が発火する場所を飴のように切り取っていき、弾を込める可動式の覆いがスムーズに動くように僅かな誤差を小さなハンマーで調整していく。
 ドライゼ銃の名称が、シルバ銃とならなかったことの方がふしぎなほどで、実質的にシルバはドライゼさんの銃を乗っ取った。シルバの工房でしかこれは作れないし、その利点がわかっても真似できる工房はなかった。
 シルバのドライゼ銃だとあちこちで呼称された。正直面倒なので、以後はシルバの銃と呼称することにする。
 シルバの銃はだいたい面倒くさい銃で、そのめんどくささのおかげで暴発がほとんどない安全な銃になっている。そのためにおそろしいほど強度確保のために叩くし、叩くたびにずれる正円の砲を、常に微調整する。
 そんな誤差も許さないのかと思うのが日常で、わたしにはどこに狂いがあるのか分からない世界で調整していく。おそろしく精密な銃が生れていく工房を眺めるのはのんびりとしたものなのだが、シルバが試し撃ちをすると、必ず欠陥が見つかる。
「5センチずれているかな。微妙だけどね。これだとうまく行かない時もあるよ」
 50メートル先から撃って5センチである。
 変態的な射撃の名手がこのシルバの銃の精度を決めていた。神がかっている射撃の名手があってないと言えば、誰も言い訳ができなくなる。シルバはそもそも射撃の腕があって、そこから自分で作る銃の信頼を獲得していった。
「この銃は正確ではない」
 これに抵抗できる人はいない。
 目の前にいるのが射撃の神だからだ。
 それで、正確だとお墨付きをもらった銃を固定して、機械的に射撃精度のテストはできる。同じ条件で固定した正確な銃と、テストする銃で比べれば結果は明らからかだからだ。

                   ※

 姉貴風を吹かせていると言われるのは好きではない。
 そもそもわたしはシルバより1年年長なだけだし、正直に言ってわたしは雑用係の脇役だ。シルバがいなければ兄の工房は存続できず、彼が主役であることは明らか。
 だけど、この時はさすがに言った。
 振り返えるとあからさまな姉貴風だったし、これが重要だとは分かっていなかった。
「あんた、まだこんな本読んでるの?!」
 野ばらの装丁をされたベストセラーを手に取り、シルバに突き付けた。シルバはしどろもどろになって、ぶつぶつと呟く。
「みんな読んでるよ……」
「荒唐無稽な本じゃない! だいたいこれ、主人公がアドレルを救ったことになってるけれど、アドレルは週報でもみんな知ってる通り壊滅したし、」
「うん」
「それにこの主人公の死神は男性ということになっているけれども、実際に裁きを受けて死神の二つ名を受けたのは女性だったし、」
「たったひとりの女性がキュディスに放り込まれて、しかもアドレルを救っただなんておかしいでしょ! おとぎ話じゃない!」
 シルバはしばらく考えた。
「でもさ、共感するんだ。シドはおかしいよ。奴隷を売買するべきではないし、キュディスの怒りを買うようなものだよ。この人はつねにキュディス人を奴隷にしないように頑張っている。ぼくはこの人の助けがしたいな。役に立つかどうかは分からないけれども」
「ばっかじゃないの! あんたなんて戦場にぶち込まれて、死んでしまえばいいんだ!」
 シルバは戸惑って、わたしの手首をおそるおそる握って、ため息を付いて言う。
「そんなの、夢のまた夢だよ。ぼくの仕事は最前線に赴く貴族たちの竜を用意することだけ。そんなことはルナだってわかってるだろ? 卑しい仕事だよ」
 いら立ちが芽生えるのは、こいつがおそろしく謙虚だからだ。
 わたしたちは、その苦悩する天才にたかっているだけだと、気付くからだ。
「メイファは知ってるだろ?」
 知るも知らないも、シルバの工房の統括をしている女の子だ。それを取り出すのはずるいと思うのだが、言いたいことはわかった。
「ぼくは話してわかったんだ。この子は、本来頭がいいんだって。それが特別な事情で発揮できていないと。信じられるかい? 彼女は奴隷として売られていたんだ。遠い東の国の出身だし、言葉もわからない。それでも、ぼくと話せた、言葉は通じないのに」
「でも、買ったんでしょ?」
 これはいじわる。
「それ以外方法がなかったんだよ。仲間として迎える方法が買うしかなかった」
 ルナにとっては、メイファがシルバに特別な感情を抱いているのは明白だ、と考えるのが面倒くさかったのだが、明らかにこれがいなくなると、シルバの工房は立ち行かなくなることはわかっていた。
「決して奴隷じゃないよ。仲間なんだ」
 何かわたしの古傷をえぐるようであるが、罪を犯したのはわたしだ。贖罪のために死にたくなり、辛いとしか言えなくなる。わたしがシルバを奴隷だと思っていたことは事実であるし、否定するすべがない。それを責めることをしないのは彼の計り知れない寛容さであるし、そこで生かされているのを感じはする。
 かれは得体が知れないほど広大だった。
「でもさ、こんなに面白い人たちが集まってボルニアに抵抗すれば、なんかできる気がしないかい?」
 楽観主義とは言わない。
 シルバの思考は未来に対して太陽のように明るいが、現実主義者である。それは死神リニーという現実主義者の権化のような天才軍師を得て、開花していく。
 シルバはたしかにあらしにあこがれていた。
 自分の力がどこまでか知りたがっていた。
「奴隷制が未だにはびこっているのは、機械が発達していないからだよ。ルナもわかってるだろ? 鉱山で出水したときそれを組み上げるポンプがあれば、人はいらない。人が死ぬかもしれない危険な作業だ。石炭の蒸気機関があれば、こんなの問題にならない」
 シルバの視線は強くて、言葉に困る。
「そうだけど、まだ石炭の内燃機関の排気問題が解決してないの。構内で燃やすと、酸素がなくなるし、煙がひどいわ。炭鉱中に毒ガスを撒くようなものなの」
「うん、そうだね」
 しばらくシルバは考える。
「こうしたらどうだろう? 蒸気機関は坑道の外に置く。そして坑内にはモーターを置く。そして蒸気機関には発電機を繋いで、その電力を構内のポンプに送る」
 ルナはしばらくなるほどと考えたが、あることに気づいて眉をしかめた。
「それってさあ、発電機のモーターとポンプのモーターの2つが必要ってことでしょ? どんだけお金がかかると思ってるの? モーターは高いのよ?」
「奴隷を買うより安いんじゃないかな?」
 冷静に検討してみると、ほぼトントンだった。
「まあ・・・」
「だったら人が死なないほうがいいよ。ほら、こっちの方がいいじゃないか」
 この熱意がうっかり惚れ込んでしまう理由なのだ。
「だったらさあ、あんた、それやったらいいじゃない?」
「え?」
 わたしは椅子の背に持たれ、背伸びをして天井を見上げた。
「お金必要なんでしょ? そんなのわたしが調達するから、あんたは好きにしたら?」
「ど、どういう、いみ?」
 反った背を戻して、思わずにやにやして、シルバを見てしまう。
「その心意気を買ったって言ってるの、鉱山につてぐらいあるんでしょ? やりなよ」
 まあはっきりいうとこいつが本気になったときには、だいたい回収できることは長い付き合いでわかっているし、まったく回収の見込みが立たない研究者たちに罵倒されるのは、もう慣れっこになっているし、その蒸気機関をわたしがやってもいい、とさえ思っていた。最近触れるのはお金の書類ばかりで飽き飽きしてはいるのだ。
「だけどさぁ、利益の8割は渡してよね、利益よ? 売上じゃないから、安心して。周辺を黙らせるにはそれぐらい必要なの」
「暴利だよなあ……」
「あなたに渡るお金は文句ばかりの研究者からぶんどってくることで生まれるの。その口うるさい連中を黙らせるには、お金が必要なの。汚い仕事だなんてことはわかってる」
「あ、あの、隊長! この女に譲歩する必要はありません! すべての利益を稼いでいるのはうちなんですから!」
 シルバは突然割り込んだ異国のうつくしい工房長を見て、困ったように眉をしかめる。
「メイファ、お金の話はルナに任せているんだよ。必要なときにお金が来なくなったら困るだろう? メイファは硝石を買うお金がなくなったときにそれを用意できるのかい?」
 たぶんこの子は、わたしをライバルと思っていて、自分のほうが魅力的だと思っている。わたしは正直、自分の研究成果の方に興味があって、自分の外観にはまったく興味が無いのだけれども、張り合う気は一切ないと言っても分かってもらえない。
 容赦なく分かりやすい方法で決着をつける。
「50万グロアはかき集める。だいたい出資してくれるつてはあるからさ」
「たすかるよ。面倒ばかりでごめんな」
「ちゃんと稼いでよ? 出資者が大儲けできないともう次はないのよ?」
 結局、わたしの取り分は6対4になる。
 数字にしてみると2倍のお金がシルバに流れたことになる。結果的にシルバの事業には大量の金が流れ、世界初の砲兵兵団を整備する資金になる。
 そしてそれがシドを守った。まさかこんな思いつきで決まった事業が当たるなんて。


 えーと、技術的な解説は終了時にまとめてお送りしたいのですが、いちおうそれなりの技術史の本に出典があります。シルバの製銃方法はトルコのもので、芯棒を包むようにして筒を作るのは欧州や日本の製銃方法です。
 ドライゼ銃というのは実在の銃でプロイセンで開発されたものです。
 風の谷のナウシカのナウシカが持っている銃に機構が似ています。
 たぶんあの銃もドライゼ銃をモデルにしているのでしょう。

 もともと蒸気機関は、鉱山で出水があったときの汲み出し用として発達したのですが、高出力な電動モーターの発達がだいぶあとなので、その頃はひどい状態で使っていたようです。このお話ではサウスの書物が発見されると、技術発達の順序関係なく発展してしまう事になっているので、当時は何故か高出力電動モーターがあった、ということにして進んでいます。

 シルバのライフル銃の腕ですが、ライフル射撃に50メートル先の的を撃つ競技があり、この最高点10点の円が直径5センチです。そこから5センチごとに9点、8点、7点となりますので、5センチずれるというのは、半径ですので9点と8点のちょうど境界線に当たるぐらいを意味します。
 しかもこれ、反動のある火薬銃ですからね(^_^;
 神域に達している精度で、まあオリンピックでも無敵だろうなあというレベルですw


| 自作小説 | 21:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
 『あらしにあこがれて』2


「じゃあ、読み上げるから、ちゃんと写筆してよね!」
 シルバはその横暴に耐えるが、すぐに速記ができる者を呼び、ため息をついた。

 この目の前にいるひょろひょろは天才だ。
 銃器に限った場合ではあるが、才能があることは否定しない。
 神から授かった才能の持ち主をあげろと言われれば、まずこいつを、不愉快ながらも挙げる。まず、射撃の腕前が神がかっているし、銃器を創ることもできる。無駄に自分を誇るところもないし、サウスの技術に素直に感心し、簡単だというように模倣する。
 たった数分で、難題の答えを見つけ出すし、そのために猛勉強をすることもしない。
 わたしとまったく正反対の天敵。
 おそらくというのも変な話なのだが、彼がサウスの工房にいたとしも一流の開発者と最新技術について話し合うことができただろうという確信はあるし、ときおり彼が虚空を見上げてぶつぶつと話しているの見て、ああ、サウス人と会話しているのだな、と思うときさえある。
 彼がサウス語を学ぶことを必要としないのは、ちょっと聞くだけでそれがどういう技術的思想で実装されているかを理解するからで、虚空に向かって口走った言葉の中にはその書物にさえ書いてないことだって混じっていて、はっとする。
 その不愉快さが開発者としての嫉妬であるとは分かっているし、わたしが猛勉強してようやく理解したことを、彼は夜の散歩でもしてきたようにいつの間にか通り過ぎている。
 しかし彼は”銃の”天才であり、シドという国での居場所はぺネスにしかない。
 彼は自分が、禁忌に属する分野の天才であることを理解しており、本人は一切喜んでいない。彼には強要をしたくないが、それでは兄の弟子たちの資金繰りを維持できそうになく、しかたなくわたしが嫌な金銭面の役をする。
「この銃は後詰め式で、機構もそんなに難しくないでしょ? 工房じゃあ直管も作れるし、この後詰部分の機構も難しくないと思うのだけど」
 そうやってひっぱたいてやらないとやる気にならないのだ。
「ルナは、ほんと分かっていて助かるな。これは確かに簡単で、今すぐにでも作れるよ。このドライゼ銃は革命だね。こんな簡単だったなんて。よく見つけてきてくれたね」
 銀頭は関心を持ち、側に控えていた者に気づいた点を語り始める。鉄の温度はこの通りではだめだ、そんな温度はここの窯ではでない。低温で叩いて鍛えるしかないね。
 熱心なシルバ信者である、工房長のメイファは頷いて、その言葉を記録していく。
 シルバが買ってきた解放奴隷で、元は東方の貴族の娘だと聞く。いや違う、奴隷を買って、市民権を与えたのだ。解放奴隷を買ったのではなく、奴隷を買って、なんの条件もなく市民権を与えて、奴隷の身分から解放したのだ。
 それが恐ろしく有能なことは否定しない。
 ルナはさすがに、現場までは口を出さないのであるが、その真剣な表情を見ていると、ああ、銀頭だなと思ってしまう。10年前に戻りたいとは思わないけれども、孤児と名家の偉そうな跡取り娘という、恥ずかしい出会いをしたあの頃に戻れたらと思ってしまう。
 わたしは存在を消し去ってしまいたいぐらい尊大だった。
 彼を奴隷だと思っていた。
 恥ずかしいにもほどがあるし、あの時間をやり直したいとも思う。
 今のシルバを見ていると、人として何をすべきなのかの、手本を見せられているようで怖い。
 シルバは研ぎ澄ましたうつくしい銃のようだ。
 射手に文句さえ言わずに、ただ言われたとおりに発砲する。
 ルナが神童と目されていた兄の懐刀と思われていた時代は、まだよかったのだけど、兄のメッキがはがれていく過程で、ルナはつらい思いしかしなかった。脱落していく膨大な弟子たちの世話をしながらも、また駄目だったとため息をつく。そんな中で遠慮なくおまえは本物だと思えたのは、この腐れ縁だけで、たぶん本人には自覚がない。
「あー、面倒くさいやつね! これがほんとに役に立つといえるの?」
 銀頭はしばらく考えて、
「うん、まあ、そんなに悪くないと思うけど」
 これがいらつくのだ。
 さっき褒めていただろ。
 サウスの最新技術だぞ。これを見つけるのにどんだけかかったと思ってる?
「ただ、ちょっと難しいんだ。これが書かれた時よりも、今の鉄は固くない。銑鉄はもろくて鍛鉄は固いことはルナも知ってるだろ? でもこの文章を聞く限り、ぼくらが鍛える鍛鉄よりも固い鉄を想定して書いている。未知の鉄だよ、何か知らないかい?」
 この幼馴染がむかつくのは、おそろしく正確な所だ。
 油断していると気づかないのだが、「書を聞く」というのは、サウスの流儀だ。サウス人は書を残さなかった。現在伝えられているのは、それを周辺民族が速記したもので、サウスでは歌と称される。歌の速記本として残っているのがサウスの技術書なのである。
 こいつはいつもサウス人のつもりでいる。
「あんたはサウスの音を聞いたことがあるの?」
 これはいじわる。
「ないなあ、読んでくれないのかい?」
「教えてあげるから、自分で勉強しなさい。つきっきりで何か月でも付き合うけど」
「ルナはぼくが面倒くさいから、いくらでも付き合ってくれるのかい?」
 思わず反論する。
「めんどくさいはやめなさい」
 嘘を言う。わたしはどんなにめんどくさくても、銀頭のきれいな言葉を聞いていたかった。こいつのことばは実現には難しいことを言うけれども、かみ砕くとだいたい正確なのだ。その正確さを聞いているのは、きれいな音楽を聞いているよう。それは神官の宣託を聞くように心地よいものだった。
 のちの技術法制の話につながるのだが、リニーが巻き起こした激論は、最前線の自由都市を難攻不落の最前線に変えた。一時はシド中の発明家の半分がこの都市にいたというし、莫大なシドの富が防衛を理由にこの都市につぎ込まれ、ラスぺ、ぺネスに続く、第三の自由都市サイルがこのボルニア戦線の最前線に築かれた。
 広大でありながら難攻不落の都市は、きちがいたちがたむろする最前線になり、最高の楽園だったが、それは次の話だ。サイルの話は複雑なのである。たった一人によって解決するまで、恐ろしいほどの変遷をたどる。奇跡の都市は恐ろしいほどの変遷をたどるのである。サイルの話はとても面白いので次にしよう。
 このときの銀頭はだいたい銃の機構にしか興味がなくて、目の前に提示された技術書に夢中だった。ドライゼ銃と書かれた技術書に夢中で、それがどう使われたかには興味がなく、その機構のすごさに打ちのめされていた。
 わたしにはどこがよいのかわからない。
「こんな合理的な銃があったなんて。ライフル溝を設けてしまうと、竜を殺してしまう。だから滑空砲のままの方がいいんだけど、そこが問題じゃない。これは何度も撃てる銃だよ」
 何を言っているのか分からない。シルバは熱っぽく語る。
「先込め式ってわかるだろ? 今の銃が、だいたい3分ぐらいの充填時間が必要だったのに対して、この元込め式は30秒ぐらいじゃないかな。単純に6倍。相手が1発撃つ間に6発撃てればそれは無敵だよ!」
 うん、なんだかよく分からない。それでも唯一の相棒のように話してくれるのが嬉しくて、なにしてるんだろと思うのさえ忘れてしまう。
 ただ、シルバは殺すために撃つ銃を造っているわけではないから、ぺネスでの仕事においてどれだけ有効かも、よく分からない。だいたい竜は発砲しないし。
 そもそもあんたは一発百中の奇人じゃないか。
 短時間で何発も撃てることを必要としていないのだから、この興奮のしようはよく分からなかった。ただ、のちになってわかってきたのは、こいつは竜を無力化する竜狩り部隊をボルニア戦で投入してほしい気だったらしい。つまり百発百中でない砲兵部隊が欲しかったのだ。
 そうすると射手はへたくそだ。
 だから、5発失敗しても1発当たればいいという状況を喜んだようなのだ。
「こんなの意味ないでしょ! あんたがおかしいの! 竜を失神させることができるのはあなただけなの! 馬鹿なの?! 騎手を殺した方がいい!」
 シルバはしばらく考えて、おもむろに言った。
「ルナ、やめてよ。ぼくはだれも殺したくないんだ。それに騎手を殺すのは無理だ。正しくないよ。騎手は殺すべきではない。騎手を殺したらその家族には恨む権利が生じる。シドは恨まれる国になるんだよ。それよりも竜を無力化したほうがいい。攻めるのが難しいと理解させればいい。追っ払えれば充分なんだ」
 ぼそぼそという声に惹かれたというよりは、言っていることの大きさが瞬間に理解できなかった。そもそもこの時期にこいつが天才的な領主であることを、分かっていない方がおかしいという方がおかしい。
 シルバはこの時は単なる鉄砲屋なのだ。
 のちにシドを率いるのは、死神リニーでありその主君は便宜上シルバになる。
 リニーはシルバの権限を最大限に生かし、何もかもをするのだが、シルバはすべてを許す。シルバの陣営にはおそろしく有能な野ばらの諸侯が集まり、それに対してOKとNGを言うのがシルバの仕事だった。
 兵器を、竜を追っ払うためだけに使うと言ったのはほとんど唯一の自己主張だ。
 これでボルニアに勝てるのかとはふと頭にはよぎったのだが、この方針が叙事詩にうたわれる野ばらの諸侯を支えたのである。殺さないと宣言することは、たしかにシドの立場を守っていた。自分たちは侵略されているだけだと。そうするとどちらが暴虐か合戦となる。シド・ボルニアの一大大戦がそれほどの損害もなく済んだのは、兵を殺したら負けの戦いに持ち込めたからだというのが大きい。
 こんなバカなことをシルバが言っていたのは、ボルニアの史上最強の騎竜兵団が侵略してくることがほとんど確実だった時。きれいごとというのは容易いが、大量殺戮を競い合う大戦になっていたらどれほど恐ろしい歴史になったかと考えると怖気が走る。シルバがいなかったらと思うと怖い。



 ちょっと前回とのつながりがわかりにくかったので、前回の最後2行を便宜的につけています。
 このぶちっと切るやり方は、リズミが取りやすいので使ってしまうのですが、こうやって分割されてしまうと、分かりにくいですね(^_^;


  
| 自作小説 | 22:09 | comments(2) | trackbacks(0) |
 『あらしにあこがれて』1


 山道の空が開けると、河が見えた。
 と、いっても、密林の大地を削る、激流のような大河だ。
 わたしはその崖下の眺めに一息をつき、やがて南の大河クローナに合流する支流の流れの見事さに息をのむ。
 強行軍だったから息も荒いし、汗もひどい。
「ずいぶんな、さ、流れじゃない?」
「雨季が終わったばかりですから、流れが速いんです」
 セレンはそつなく答え、ぬかるみの残る谷沿いの泥道を、ぐちゃぐちゃと歩いていく。
 底なしの体力というよりは、わたしがこもりすぎなのだ。
 おいていかれるような気さえして怖くなるのだが、この子は従事の仕事を果たすことに一生懸命なのだし、やっと追いついて聞く。息が荒い。
「きみはさあ、彼氏はできたの? ニホとはいい感じだったじゃない」
「興味ありません!」
 にやけてつつくと疲労困憊ながらも、だいたい元気が出る。
 軽薄なことは分かっている。それでも、聞かずにはいられない。
 シドの首都ラスぺから辺境のぺネスまで向かわなければならなくなったのは偶然の気まぐれで、そのときたまたま空いていたのが不愛想なセレンしかいなかっただけ。
 しかしこんなにも理不尽な旅程になるとは想像なんてできず、こんなになるんだったら軽はずみに行くことにしなければよかったと、ルナは後悔し続けることになる。
 ラスぺの兄の工房は大所帯で、国の大層なところから大量の資金を支援されている。
 ルナは妹としてやんごとなき立場にあることになっている。それでもやっていることは雑用で、研究らしい事に時間を使わせてもらったことはないし、実権なき重職ほど面倒くさいものはない。予算がないと言って誰もに不満をぶつけられるし、頭を下げてお金をかき集めてきても、誰もが見てみぬふりをする。
 実妹で、なおかつ高名ということになっている研究者なのだから、わたしに任せておけばだいたいうまく行くと思われている。それは一切の助けがないという意味だし、実際に手助けする者は、いない。
 正直わたしは疎まれている。研究資金が足りないのはお前のせいだと。
 だから人に使役されることには心底腹が立つ。
 だいたいこんな辺境くんだりまでわたしを必要とするなんて、なにさまのつもりだ。
 竜狩り都市で名高いぺネスは、ラスぺから数日の行程で、こんなジャングルのど真ん中に都市があること自体が間違っている。
「あー、もう、面倒なのよ! ぺネスになにがあるっていうの? あいつが稼いでいるっていう以外に用はないじゃない! あのめんどくさいやつが!」
「それは重要だと、ルナさまが……、」
「口答えするな! 面倒な仕事しか思い浮かばなくて不愉快!」
 ルナは立場上、多額の研究資金を貴族たちより託され、それを分配する重要な立場にある。
 ルナにしてみれば、研究資金は重要。
 そもそも兄であるパルがもっともらしい成果をあげられないのが問題で、その報告書に載るのはいつも辺境の天才。だから、わざわざこいつのために足を運んでる。
「なんで、あんなに情けないやつのために、来なきゃいけないのよ!」
 セレンは黙っている。
 数百人はいたはずの兄貴の愛弟子の中で、唯一食い扶持を稼げているのが、この憎たらしい幼なじみであることは否定しない。それでも、あまりにも野蛮すぎる場所じゃないか、ここは! ジャングルのど真ん中じゃないか!
 兄貴と銀頭が親しく話しているのはいらいらするんだけど、あの馬鹿はわたしなんかには興味がないんだ。

 ゆりかご都市と呼ばれるぺネスは、深い谷間に築かれた橋上にある。
 サウスの遺構の上に建っているというのだが、サウスが建造した、いまだにどうやって創ったのかよく分かっていない橋の上に、太守を置くほどの重要な都市がある。簡単に言えば、失われたこの大地から立ち去った超文明の遺構の上にペネスはある。シド全土で起こっているルネサンスは、その超文明を取り戻す運動であり、最強の文明国の地位を取り戻すことを標榜する運動なのだ。そのための金は惜しまない。
 サウスの巨大な遺構の上にあるセントラルを擁すラスペが首都であり、辺境のペネスが副都とみなされているのはそういう理由だし、それがルナには理解はできるけど、納得は行かないのだ。
 橋というのは両端があって、真ん中があるので、両端を強固な城塞にしてしまえば難攻不落の城塞都市になる。肉食獣脚竜だらけなジャングルにあってのほほんとしているのはそんな理由で、単なる大きいだけの橋上都市にも関わらず、周辺ジャングルの重要な物産の集積地になっている。唯一の安全な都市なのだ。
 入り口の城塞の幅は数百メートル。中央付近まで行くと幅1キロ近くになる、全長数キロの橋上都市がぺネスだ。
 城門を抜けると長い下り坂で、つり橋なのだから真ん中が低くて、なぜだかひろい。そのあたりは中心部というか山の手で、高い両端の方から見えるとその全貌が容易にわかる。
 まるで盆地を見下ろしているよう。
 数層の高層建築が建ってはいるが、さすがにラスぺの街並みと比べるべくもない。
 幌をかけた竜車が頻繁にすれ違うが、積んでいるのは高価な香辛料の類。岩塩、ターメリック、サフラン、ナツメグ、シナモン、胡椒。数え切れないほどのジャングルの産出物が集まるのが、ぺネスなのである。
「まだだいぶ約束の時間には早いのですけど?」
 セレンの言葉にムッとする。
 急がせたのはお前だろとは言わないが、約束より前につくことは悪いことではない。
「市へ行こうか。ちょっとおいしいものを探そう」
 東西に伸びるぺネスには北と南に市がある。南は特権階級の街で、庶民であるルナが向かうのは北の市だ。
 ルナにとって、ぺネスは慣れ親しんだ都市で、手を握ると心が急いた。
 それはシルバがいるということもあるのだが、ラスぺにはない食材の豊富さは目移りがする。まず第一に河口地帯にあるラスぺと、上流にあるぺネスでは川魚の肥え方が違う。激流を登ってくる川魚はだいたいが美味で、ラスぺでふらふらとしている魚とは違う。
 そしてさらに言うべきは、この魚を前提とした料理である。
 引き締まった川魚には、岩塩が合う。
 脂っぽい料理はいろいろと誤魔化しが効かせやすくて、香辛料をまぶすと何を食べているのかさえ分からなくなる。魚が食している苔の味までするのがぺネスの魚だ。
「お姉さん、活きのいいコウナゴがあがってるよ、どうかい? 美人さんだからおまけしとくよ?」
 いつもの売り文句だ。
「この辺で採れるの?」
「ああ、上のサンザ湖が豊漁でね、今が売り時なんだよ、溢れてるんだ」
 みると、菜種油で揚げているコウナゴで、岩塩をかけると確かにおいしそうだった。
「安くしとくよ」
「じゃあ、10尾」
「まいど」
 驚くほど安い値段でコウナゴを買って、こんなに食べられないからとセレンに分ける。
「熱いですね」
「揚げたてだから」
 二人でほくほくと食べると心が落ち着く。
 卵がおいしい。
 そんなことは考えていなかったのだが、市で売ってもらったのはメスばっかりだったみたいで、そのおいしさのほとんどが卵だったのではと思ってしまう。

 シルバの工房は、平屋のせまっ苦しい建物で、貧しい工房にしか見えない。
 これがシド随一の知恵者である兄の一派の研究資金のほとんどをたたき出している工房で、その実情をルナは知りすぎるほど知りすぎている。
 数人の弟子たちがふいごを踏み、あまりの暑さに汗をだらだらに流しながら、レモン水を飲んでいた。思わず鼻白む。その器を取って、飲む。それから言う。
「これ、塩入ってないじゃない! 味で誤魔化さないで! あんたたち死ぬわよ!」
 シルバは、わたしを見て開口一番に言った。
「ルナ、なに? なんできたの?」
「あんたのためでしょ! あんたの仕事は何? このぺネスで研究資金を稼ぐこと! あんたが望んだんでしょう! あんたは馬鹿なんだから、最新のサウスの書物が見つかったの。それを届けに来たわけ。あと塩。工房は炎で暑いんだから、汗で失った分の塩は取らないと駄目。この前、危なかった子がいたでしょ!」
 この幼馴染は自分の興味があること以外はほとんど興味がない。
 彼はおそらく我がないし、執着するものがほとんどない。
 だからその後の激動にも冷静沈着な振る舞いができていたのだろうし、名君と呼べる冷静沈着さもそこから生まれていたのだろう。でも我がない彼は、ほんとうに人なの? 彼には欲望がない。
 彼の寛容さを航海した人たちは、存分に自由を満喫したのだし、わたしでさえもありえないぐらいに許された。どうやってバランスを取っているのかさえ分からない、とりつくところのないふわふわしたクラゲが、シドをうまくまとめていたのだ。
 それがおもいのほか心地よくて、つい、つつきたくなる。
「そうだね。塩レモンにしよう。えっと、きみはなんというの? 初めてだよね?」
「セレンです」
 シルバは頭を撫でて、塩レモンの作り方を教えてやってくれ、と簡単に言う。セレンはわたしを見たのち、しぶしぶ頷くのを見て、工房の男の子たちに、号令をかけていく。
「いい子だね。きみが仕込んだのかい?」
「ルナでしょ?」
 シルバはしばらく考えた。
「ルナ、久しぶりすぎて照れるんだ」
「先月も来た! サウスの書物が見つかったの。あなたサウス語読めるの?」
「いやあ……、でもそれってさあ、翻訳して送ってもらえればいいんじゃない?」
「そしたら、わたしがここに来る口実がなくなるでしょ?」
 もごもごと言いながら、シルバは不承不承ながら納得する。
「じゃあ、読み上げるから、ちゃんと写筆してよね!」
 シルバはその横暴に耐えるが、すぐに速記ができる者を呼び、ため息をついた。



 えーと、いい加減に出さないとまずいなあと思っていたところで、とにかく強制的に出すことにした。この辺は固まっていたし、修正点があんまり見つからないところなので、単純に出してしまったわけです。ルナはけっこういろいろある子なので、どうしてこうなったと言われると、あー、ネタバレ絡むよね、となるのですが、無邪気な子なので、とりあえずいい子だなあと・・・。  たぶんこのシリーズ最強の苦労人ですw
| 自作小説 | 06:02 | comments(2) | trackbacks(0) |
 『鉄鎖の次王の恋』を通読できる環境を作りました!

 えーと、かなりいまさら感があるのですが(^_^; 『鉄鎖の次王の恋』を通読できるように電子書籍サイトに登録いたしました。一番冒頭で書いていたパブーというサイトなのですが、こちらの連載機能が改悪されてしまい、あまりにも使いにくかったので、こちらのブログで連載していたという経緯があります。
 ただ読みきりとして使うにはあまり問題がありませんので、こちらをご利用いただけたらと思います。

 ■鉄鎖の次王の恋 - hikali | ブクログのパブー
 http://p.booklog.jp/book/105980


 ただ、ファイルのダウンロード機能はあまりお勧めしません。
 といいますのは、こちらのサイトのビジネスモデルのひとつが、有料のプロ版というものがありまして、この有料版でないとPDF等のファイルをアップロードできず、サイトに付随の変換機能で作成したPDFファイルは本当に最低限のものしか用意されていないからです。

 もしダウンロードしてお読みになりたいと思われる方は、素のテキストファイルをダウンロードできるようにしましたので、こちらをご利用ください。わたしのほうでPDFファイルを作成しておいておくというのも考えたのですが、ウィルスを仕込むことのできるファイル形式をダウンロードしていただくというのは、わたしはそんなことはしませんが、昔ネットを仕事にしていた身としては、生理的に受け付けないのです(^_^;
 これは後に言及するワードファイルにしても同様です。
 ですので、どのようにでも加工可能な素のテキストファイルをダウンロードいただき、どのように加工すれば読みやすくなるのかをお知らせするのが最適かと思うのです。
 しかし、これだけさまざまなファイル形式が生まれながら最善がいまだにテキストファイルというのも皮肉なものですね(笑)。

 ■『鉄鎖の次王の恋』のテキストファイル
 http://story-fact.com/tessa160420.txt



 ■テキストファイルを読みやすくする方法、わたしの場合

 わたしは実際の原稿を校正するときには、kindleとワードファイルを使用しています。kindleがワードファイルを読むことができ、またワードファイルはほとんど無料で作ることができるからです。
 使うソフトウェアは無料で配布されているオープンオフィスのWriterのみです。



 これがオープンオフィスのWriter。



 書式→ページから、「用紙サイズをA5に」「余白を上下左右1cm」にします。



 おもむろに、テキストをコピー&ペースト



 こんな感じで流し込まれます。



 デフォルトだと文字サイズが大きすぎるので、好みによりますが、わたしはMS P明朝の10に。



 続いて、全体を選択して(Ctrl+A)太字にします(これはkindle上での可読性のため)。



 ファイル名を適当に入力して、まずはデフォルトのファイル形式で保存。



 続いて、ワードファイルの.doc形式で保存します。
 あとはSend to Kindleなどのソフトウェアでkindleへ送ります。
 たぶんやってみると、あ、こんなに簡単なのかと思われるかと思います。

 ■おまけの感想


 しかし、ほんとい暗い話になったなあと、読み返してみて思います。
 わたしの場合、たいてい原案を考えていた時の状態がそのまま反映される、というのが通常です。わたしが書く話が暗いときがあるのは、たいてい暗かった学生時代に考えたものがベースになっていることが多いからです。その後回復するのは、PBMのマスターをやり始めたころからで、その後また暗くなるのは、デザインの仕事をしていてうつになっていた時ですね・・・。
 まあ、暗くなったり明るくなったりをかなり激しい波で繰り返しているので、どこで考えたのかによって波が出てしまうのです。その時に何を見ていたか、がだいたいそのまま出てくるもので、たぶん想像しがたいかもしれませんが、わたしはそれを再現しているだけで、なんというんでしょうか、役を真剣に演じている役者なのです。
 なのでわたしはその構想を考えていた時の状況をけっこう忠実に再現しているということが多かったりします。

 しかし最後の文章からここまでだいぶ時間が空いてしまいました。
 小説は歌ではありません。
 書き終えてから、ちょっと空白感にやられているといいますか、もちろん読み返せば少しは当時の空気が帰ってくるのかもしれませんが、書いているときの没頭感に比べるとさすがに抜け殻のように感じます。

 ぜひぜひお楽しみいただければ幸いです。



| 自作小説 | 22:55 | comments(4) | trackbacks(0) |
 『鉄鎖の次王の恋』45.のリリースにあてて
 こんばんわ! hikaliです。『鉄鎖の次王の恋』45.をお届けしましたがいかがだったでしょうか。

 今回が最終回ということで、これでほぼ2年に渡ったこのながいながい物語が終わったことになります。振り返ってみると原稿用紙換算で950枚近くと、わたしが書いた小説としては最長編になりました。ゲームブックとしては『ミリーの天気予報』が1600枚近い文章量を誇るものがあるのですが、これは半年で書けたという事実を照らしても、多くのコピー&ペーストを含んでいて、純粋な物語としての規模ではありません。
 これに次ぐ長編が『死神の帰還』の300枚程度ですから、その3倍の規模だったということが分かります。
 2年というのは、平均寿命である80歳ぐらいで死ぬとしても、あと20本ぐらいしかかけないことになります。
 それぐらいわたしの中ではプレゼンスの大きかった物語であること確かです。

 今現在の正直な感想を言えば、やっと終わった、ということと、次はどうするかなあ、ということだったりします。ぽんぽんとすぐ動かせる企画が出てくるわけではありませんし、遊んでばかりいるわけにもいきませんので、息抜きもかねてしばらくのんびりとしていようかなあと思っています。

 ふとさっき気付いてびっくりしてしまったのですが、おそらくこの物語はわたしが初めて戦場を描いたお話になるのですね。てっきり「死神の帰還」の方も戦闘シーンを書いていたような気になっていたのですが、これはプレストーリーとして書いていたゲームブック(未完)が、アドレルをめぐるキュディスの内乱を描いていたからで、本編の方では書いてないんですね(^_^;
 わたしは戦闘シーンなんてなくてもいいじゃんと思ってしまうタイプといいますか、おそらく小説という媒体ではあんまり戦闘シーンって見栄えが良くならないんです。漫画や映画、大河ドラマになればお金をかけて面白くできますが、まあ想像していただくと分かりやすいと思うのですが、シェイクスピア劇でうまく戦争シーンを描いている作品は皆無です。
 あ、そうか、これ見せるの初めてなのか、というのがちょっと驚いたところです。
(ちなみに件のプレストーリーのゲームブックでは、ゲームブックで戦場を表現しようとしていたんです(笑)。いまになってみると頭がおかしいと爆笑してしまうのですがw できると思っていたんですねw)

 全般的な物語の感想については、自作の評価は自分でするものではありませんし、今は思いっきり強がって、ここがダメだった、ここがうまく行かなかったと思う時期なのかなあと思っています。
 正直、まだ完結してから数日も経っていませんので、無理やりにでも整理がつく状況にないのですね。ラストスパートしている最中はなんでこんなに苦しいのだろうと思い続けていて、終わってみると、あ、解放されちゃったんだと、逆に寂しくなるのです(マゾいw)。

 まあいくつか見るべきところはあって、それでいて長編として完成しているとはいいがたい。たぶん長い時間をかけて、ほかの長編を参考にしながら、ああ、ここができてなかったのか、こうする手もあったのか、という長いながい反省会をしていかないといったい何だったのかはわからないのだと思います。

 反省会モードはやめて、もうちょっと明るい、個別的な話をしましょう。
 正直に言うと、登場人物の設定はここまでうまく行くとは思いませんでした。
 いつも言っていることですが読み手と違って書き手は、完成する前のひどい状態というものを覚えていたりします。次王はまああれはいいとして、リュディアの次王やレトの次王があれほどまでにしっくりとくる両腕になるとは思いませんでした。兄貴の頼りになる兄貴っぷりも、レトの次王の歪んだ優男ぶりもなかなかで、悪ガキ3人組とまでは言いませんが、なかなかのコンビになったなと思います。
 また主演女優賞のイオはまあいいとして、その周りを固めるエマやリオン、セスクとけっこう癖のあるやつらばっかり集まったなあ(笑)、と楽しくなってしまいました。わたしは単純に悪ガキ書いているのが楽しくて仕方ないたちなのですね(^_^;
 セスクがイオに「今日は泣かないんだね」といじられたのちに、「イオはへたくそだからそうやって逃げるんだろ」と挑発するところとか、あまりにもおかしくてにやにやしながら書いていました(笑)。
 また、アテナイスはけっこう難しかったんですよね。控えめでありながら誰もを魅了する魅力を持っていないといけない。これが難しくてなかなか突っ込んだこと書けなかったなあとと思いました。ただふしぎなものなのですが、所作なのですね、わたしが注意していたのは。小説における所作というのはけっこうずるいんです(笑)。
 例えば、初面会の時ですが、

 ゆっくりと立ち上がって数歩歩いて次王の側に立ち、そのすそに触れられるようにと、装飾のほとんどないワンピース姿で、上品にすそを少しだけ上げた。イオはその気品あふれる立ち振る舞いにくらくらと、打ちのめされそうになるが、次王は気にした様子もない。


 これって気品あふれるとか、上品にとか言ってるんですが、どう上品なのかは説明していないのです(笑)。でも、こう書いてしまうとどうもアテナイスは気品あふれる人のようだと思うしかなくなるんですよね(^_^;
 まあこの辺は小説のずるさというか、漫画や映画ではこうはいかないんです。
 例えば歌舞伎役者などは一生をかけて所作を磨いていくものですし、落語家にしても同様です。最近は漫画の「ちはやふる」が流行ったおかげで競技かるた(つまり百人一首)の大会がネット動画で中継されるようになりました。「ちはやふる」の中で主人公チームの全員が和服で試合を行うのでそれに倣って和装でやるようになったのかな、と勘違いしてしまっていたのですが、その競技かるたの日本最高峰の大会はむかしから和服の着用が義務付けられていたみたいなのです。
 で参加している人がみなきれいなのです。
 まあ、最近はみんな、きれいにみせるのは趣味じゃない、と突っ張らない限りだいたいきれいなものなので、まあさいきんの人はみんなきれいだよ、とコメントで話していたのですが(最近はどの動画サイトもリアルタイムのコメント機能をつけている。TV中継などの場合はTwitterで疑似的にコメント共有していたりする。日本代表戦になるとわたしがTwitterで話していたりするのはそのせい)、いやちがうよ、やっぱり所作がきれいなんだよ、なんてことを言われて、ああそうなのか、と思ってしまいました。
 まあ、アテナイスはそれぐらいにして、あとはリクトルですかねえ。
 リクトルはけっこう好きなんです(笑)。
 明らかな身内として書けるのは、リクトルだけなので。

 リクトルはしばらく黙って、ため息をついた。
「兄者はいつも唐突なんだ。いつのまにぼくが第2軍の副王になってしまったんだ?」
「文句はイオに言え。出陣の準備はできているな。出陣と同時にキュディスが蜂起する」


 このやりとりとかめちゃくちゃ好きです(笑)。この微妙にやる気が抜けている感じが好きだったりしますw まあリクトルはおそらく助演男優賞なのでしょうが、この役っていい役だよなあ〜って思ってしまいます。
 この微妙に抜けた人物を好きになってしまうのがわたしの癖かもしれません。
 エマなんかも同じような理由で、紙風船とかけっこうひどいことを言ってますが(笑)、親愛をこめて、こいつ軽いなあw と。書いてるとホッとするんですね。わたしがエマを見ている視点はだいたいイオが見ている視点に重なります。なにかしばらく出てないと無償に会いたくなるんですね。
 閑話休題。


 ■この物語の原型

 この物語には2つの原型があります。
 それは分かりやすく説明すると、「アテナイス・アプローチ」の物語構造と「イオ・アプローチ」の物語構造の2つです。

 「アテナイス・アプローチ」はもともとこの企画の原案を考えていた時に参考にしていた「ニーベルンゲンの歌」をベースにしたお話の原型です。実は以前はこれを「王女グルドーンの物語」だといっていたのですが、これはどうもわたしの勘違いだったようで、「ニーベルンゲンの歌」が正確な原作です。
 わたしが、これを原作にした、というと、はい? と言われるのがいつものことなのですが、まあ、原型をとどめておりません(笑)。もともとクリムヒルトに当たるのをアテナイスとして想定していたのですね。「ニーベルンゲンの歌」では、夫であるジークフリートを殺されたクリムヒルトが、フン族に嫁いで凄惨な復讐劇をするというお話なのです。わたしはこれをいろいろすっ飛ばして、鉄鎖の次王VSアテナイスにして、アイギスで惨劇が起こるという形を考えていたのです(もうすでに原作と全然違うのですがw)。
 これを考えていたのがたぶん10年近く前です。

 「イオ・アプローチ」は実際に書くぞとなったときに考え始めたもので、そのときの思考を正確にプロットすると、
 1.このシリーズは主人公の独白形式なのだが、次王の独白にするといろいろ問題がある。
 2.主人公を考え始める。常に側にいて、竜の背にへばりついている連絡役。
 3.女の子にしよう(なぜかは考えていない)。
 4.あれ? これってスミレじゃね? ああ、スミレ形式を使えばいいのか。
 5.頭はいいけれども、いろいろ勘違いしている問題児にしよう(スミレがそうなので)。ちなみにスミレは20代の頃のわたしのコピー。
 6.だいたい人格ができる。名前はイオにしよう(ヘロドトスにいきなり出てくる)。
 7.あれ? そう言えば「アテナイス・アプローチ」案でもそんな子いなかった?
 8.やった! できたじゃん!
 できてねえだろ馬鹿w といろいろおかしいのですが、初めて「イオの物語」の文字が出てくるのは2014年5月10日なんですね。ただ、2014年は入院中で2013年の記録は12月終わり、2014年の記録は4月始まりで、その間の記録がない。ただ、そのあたりにアテナイスの資料を読んでいるということから推測すると、だいたいの構想はこの時からできていたと思われるのです。
 ここで劇的に、アテナイスvs次王から、アテナイスvsイオに変換されているのですが、なぜそう思ったのかはまったく分かりません。たぶんアテナイス像が明確に決まった時に、次王にあてるよりもイオにあてる方が面白くなると思ったからなんでしょう。
 わたしはスミレを通してイオに親近感を抱いていますので、自虐的な意地悪でアテナイスにぶつけたのかもしれません。正直どうしてこうなったのかはわたしもよく分からないのです。


 ■爛熟期のローマvs興隆期のローマ+滅亡期のローマ

 これも大きな大枠のアイデアとしてあります。
 以前書きましたが、このお話はそもそもゲルマン大移動を物語にしたいと思ったのがきっかけです。その時は、このゲルマン大移動が、最強の文明国vs最強の蛮族国の戦いだと思い込んでいたのです。
 しかし資料を読めば読むほど、これは戦いですらなく、文字通りゲルマン民族が大移動をしたというだけだと分かり始めたのです。当時の西ローマはずたぼろになっていて、ゲルマン大移動の主役たるゴート族は、フン族にぼこぼこに負けた敗残者です。原作としている「ニーベルンゲンの歌」でもローマのロの字も出てきません。凄惨なフン族との争いなのです。
 いまだにゴート族が強かったと勘違いしている人はいて、闇は深いのですが、あのゲルマン大移動は雑魚が、より雑魚の領地に移動したというだけの話なのです。
 それに気付いたとしても、最強の文明国vs最強の蛮族国の戦いのコンセプトは捨てがたく、シドを生み出し、ボルニアを生み出し、エストを生み出し、それをぶつけてみたくなったのです。

 ・爛熟期のローマとはいつか。

 これは複数人で考え始めるときりがなさそうなテーマです。わたしは誰もが納得できるだろうと思える時代として、ユスティアヌス1世とテオドラの時代を挙げます。これはプロコピウスが「秘史」でさんざんに書いているので、いくらでもネタがあります。この「秘史」自体に信憑性が薄い部分もあると、日本語訳をしている早稲田大の研究グループは言っているのですが(わたしはその論文を勝手に読みやすくして読んでいる)、東ローマの西暦500年代の話です。西ローマ滅亡後です。
 この時代がひどいのは、公然と公権力(つまり皇帝)によって有力者の財産が没収されていたことです。その後ニカの乱が起こり、コンスタンチノープルの半分近くが破壊されたといわれています(ただしこれを書いたのはおそらくプロコピウス)。
 シドはここまでひどくないのですが、なんとなくここをあてたい気持ちは分かるのではないでしょうか。

 ・興隆期のローマとはいつか

 これは個別具体的に、マルクス・フリウス・カルミスの時代です。
 ケルト人によるローマ占領から立ち上がる時期のローマです。紀元前390年付近だといえばだいぶ時間が離れていることが分かります。ブルタークに書かれているカルミスの姿は鉄鎖の次王の姿そのものです。カルミスはローマの再建を、次王は血塗られた内輪争いで劣等国に沈むボルニアを何とか再起しようと決意を胸にします。
 たぶん驚くと思うのですが、この時代のローマの偉人たちのことばには高潔さと、公平であろうとする心があります。わたしがこのシリーズを通して書こうと思っていたことは、わたしがプルタークから得た衝撃そのものでした。なぜ時代を経ることによって、ローマはその高潔な魂を失ってしまったのだろう。
 最強の文明国よりも、最強の蛮族国の方が秩序があるし、共感できる。
 そのパラドクスというか、ひねくれてしまった歴史というものを書きたかったというのが本音のところなのです。

 ・滅亡期のローマとはいつか

 これはいろいろ難しい問題がありまして(^_^; じつはアテナイスのモデルとなっている、アテナイス=エウドキアは爛熟期のテオドラの前の時代の皇妃なんですね・・・。いちおう時代的にモデルにしているのは(はいはい、モデルね、はいはいわかりました)、オスマントルコに滅ぼされた時代のローマです。
 まあいちおう形的には、ボルニアに制圧されているので史実通りなのですが、『鉄鎖の次王の恋』なので、共同国家になってしまったというのが、この物語です。
 まあなので、そのお姫さま役には東ローマが滅びたころのお姫さまでは物足りないということで、もっと前の(1000年近く前の)お姫さまが選ばれているのです。

 わたしは一応ローマ帝国がなぜ滅びたのかは書いているのですが、これは端的に言うと、制度と運用の問題です。まあそれは書き始めると長くなるので、該当エントリーを参考にしてください。

 ■ローマが滅びた理由 〜ローマ人の物語を通読して
 http://blog.story-fact.com/?eid=1195716



 ■古城はどこにあるのか

 最後はどうでもいいネタで終わりましょう。
 たぶん、現在のストックホルムの地図を見ている人は、いったいこの都市のどこに高台があるのかと思うと思います。
 実際にストックホルムの現在の地図を見るとまったく高台がありません。わたしはストックホルム史を綿密に調べたわけではないのですので、いいかげんなのですが、これを見てみましょう。



 これは、たぶんこのブログで出すのは初めてなのですが、『鉄鎖の次王の恋』の表紙です。この画像はホーヘンベルグという15世紀ぐらいの画家の絵で、この人はヨーロッパじゅうの都市の姿を絵図にしたことで有名です。
 これを見ると、旧市街地と思われる図があって、その手前に丘陵があります。ここは現在の地図に照らし合わせると、島(?)であったと思われるのです。つまり当時はここには防衛に適した山があったんですね。ここに古城を立ててもおかしいということにはならない。



 ホーヘンベルグの絵には高い丘がある。



 この聖堂のモデルとなっているのはリッダーホルム教会で、ここにある。



 これは旧市街なので、こう見ている。
 ここは現在では鉄道の車両基地になっているのですが、過去に丘があったことはたぶん確かなこと。

 もちろんアイギスは架空世界の話ですから、いちいちモデルであるストックホルムと一致している必要はないんです。ただ、気持ち悪いんですね(^_^; これはわたしの性癖だと思っていただければ正確だと思います。
 いやなんです。
 アイギスはストックホルムで実証されていないと気持ち悪いんです。



 ただまあ実際のストックホルムを見てみると、その湖はあまりにも広大で、これを3000騎程度の兵で包囲するとかありえないのですが(^_^;

 というわけでいろいろ書いたのですが、正直に言えば、本人もよく分からないのです。
 わたしは一応20年選手ですので、その中で得た、手ごたえみたいなものはあります。その中でもやっぱりわからないものは分からない。それは、やっぱり言葉をいただいたときに、そうだったのかと思うところではあるのです。

 まあ、長い間よくお付き合いいただいて本当にありがとうございました。
 次で一番近いのは、パオペラの面々によるゲームブック『骸骨谷』ですかねえ。
 このシナリオはそんなに出来は良くなくて、リオネとパオペラの面々の出会いという以外には見るところは無いんですが、ここまで暗い話を書いてしまうと、明るい話も書きたくなるんですね(^_^; しかし、こんな暗い話を2年もよく書いたなw

 以上たいへんに長くなりましたが、最後までお読みいただいてありがとうございました。
 また次をご期待くださいませ。
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『鉄鎖の次王の恋』45.

 45.

 算を乱したように二人で聖堂に戻って来るなり、次王は怒りに任せてその大扉を閉じた。
 通常であれば数人の衛兵で閉ざす扉もこの男の怪力にかかれば一瞬である。すがんと鳴り響いた大扉の向こうで近衛兵が怯えていないか、イオには気がかりだったが、次王の怒りは無思慮なシド派に向いていた。
「あいつら、何も考えずに野ばらの姫を拉致している!」
 確かに次王に対して交渉さえしなかったのだから、次王の妻として、アテナイスとして拘束したと言うよりは数合わせの人質に近いものであった可能性が高い。それが無性に腹が立つようで、おそらく自分の妻の尊厳を踏みにじったように感じているのだろう。
「どうするんですか? カードは少ないですが」
「さあな、レト族はセスクを立てて現在の族長には従えないと言う。もし従わせたければこの包囲を解けと」
 指折るように次王は言う。
「近衛兵は説得できるかと思ったが、わけの分からないことを言い始めた」
 このなぜシド派が硬化したのかが第2軍の当事者には最後までわからないのだ。
「そして、キュディスは否決だ。なぜ否決になったのかの説明もない。おれはイオの案は誰もが納得できる盲点を突いた案だと思う。それがなぜ否決されたのか」
 なぜ理由がないのか、と言うのが実は重要な部分なのだが、このときのボルニアに分かるはずもなかった。
「なにかないのか」
 次王の言葉はもっともだが、もしこれほどまでに複雑な状況で助言をできるのであれば、イオは立派な副官であるはずだ。いや、イオは副官じゃないのか?
 次王は床にどっかと座り、懐から取り出した絵図を広げた。それをイオも覗き込む。明らかに野戦をしようとしている。
「みろ、ここが第2軍の要塞、そしてここが連合軍の陣地だ。連合軍は要塞も包囲しているがほとんどの包囲兵をアイギスの湖の包囲にまわしている」
 簡単な模式図の中にイオにも現在の布陣の様子が手に取るように分かった。
「そして、この要塞の裏門からは、谷伝いに連合軍の背後に出る間道が伸びている。この経路は手薄だ」
 理路整然と説明する次王の姿にいやな予感がしてくる。
「突破できる。100騎もあれば足りる」
「馬鹿なことはやめてください! そんなの犬死じゃないですか!」
「バーラルでは上手くいった」
「それは相手がエストだからです! しかも不意打ちだったじゃないですか! あの時だってリクトルさまの後詰がなければ正直厳しかったと思います!」
「今回も後詰は出せる」
 イオは頭を抱えて悩む。おそらくイオは軍神に唯一意見ができる人間なのだ。しかしこれは、明らかに過去の再現を狙っており、もうすでにそういう手があることはばれているのだから、成功する可能性の少ないものだった。
 明らかに鉄鎖の次王は冷静さを失っていた。それを指摘したかったが、指摘すればするほど追い詰めてしまうようで、イオはなんとも言いがたかった。
「イオは止める気なんだな? それはなぜだ?」
 しばらく考える。
「将を失った兵は弱いと、あなたが言いました」
「それはお前が解決してくれたじゃないか。おれが死んでも、副王のリクトルが率いる」
 なにやってるんだろ、あたし。
「リクトルさまはあなたほどの将ではありません!」
「では、またバーラルの野の再現ができるはずだ」
 なんだろう、何を言ってもどんどんと悪い方向へと向かっていく。次王があせるのはアテナイスが捕らわれているからなのだが、こんなにも冷静さを失うとは思わない。
「あたしは、あたしは……」
「なんだ?」
 頭が混乱してくる。
「あたしは、まだ死にたくありません!」
「ならば、おれ独りで行こう。選ぶのは勝手知ったる兵だ。少し話せば死地にだっていつでも飛び込む猛者が揃っている。ウルギリス、ルキウス、ニジェール」
 指折り数える姿が狂っているように見えた。
 名だたる将に私欲のために死ねといってるのだ。
 バーラルの時にはあった翼竜の連絡さえいらないと言い、すでに使い古された奇襲作戦でエストとは段違いに精鋭の連合軍と戦おうと言うのだ。
 あのくだらない女のために死ねといっているのだ。
 ここまでこの次王を追い詰めている狂気の姿がかいまさえ見えず、手を尽くすたびに目の前の扉が閉ざされ、狂気に燃え上がっていくのが見えるような気がした。
 だめ! そっちはだめ!
 それは一度イオが堕ちかけた狂気で、そこから救い上げてくれたのはあなただったのではないのですか?! あなたがたった一つのすがるわらしべだったのに! 燃え上がるようなイオの瞳を見て、次王が吐き捨てるようにいう。
 あまりにも雑に、あまりにも愚かに。
「妻の無事を願って何が悪い! どうしても止めたかったら、おれを刺せ!」
 次王は背を向けるが、イオは血相を変えた。
 その手があった……。
 出陣できない程度に傷つければ馬鹿な出陣はできない。
 震える手で剣の柄に手を当て、鳴り響く心音を聞く。あぶら汗だけが全身を伝い、呼吸さえも苦しくなる。一瞬よぎったのは、手が主君の血で濡れる気持ち悪さであり、それはどう贖罪しても晴れることのない罪だった。手が震えて、どうしようもなくなってくる。
 それでも次王はイオがそれをするとはまったく思っていない。
 次王にはイオがそこまでして止めたい理由が分からない。
(あなたは狂気にまみれていたあたしを捕まえて、すがるべき手を与え、あたしの人生をすばらしいものにしてくれた! 妻とは言わなくても副官と言う贅沢すぎる場所であなたと一生を過ごしたいと思って何がいけないんですか!)
 抜かれた剣は、驚くほどスムーズに次王の背に刺さっていった。手ごたえはなかった。ぽたぽたと流れ落ちる血を見ながら、イオはわれに帰って、つぶやく。
「ふかく、入ってしまった……」
「イオ、……なんで……?」
 剣を床に放り、がっくりとひざを床につく。
「ちょうはつに、のってしまった……」
 出会いからの時間が流れていき、怒鳴りあった日々が思い起こされる。
 ――イオ、何とかしろ!
 ――それは隙だらけだ、そんなのでは勝てない!
 ――もう少しお考えください、この案で乗り切れます!
 ――甘いと言っているのだ、これではリュディアは了承しない。
 思えば、常にイオは次王とけんか腰で遣り合っていた。この王をぎゃふんと言わせてやりたいとつねに思い続け、何とか出し抜いてやりたいと思っていた。そんなイオを次王は侮辱に当たらないように挑発し、もっとかかって来いと、不遜ながらもおそらく家族として扱ってくれていた。リクトルと次王が殴りあったのがイオには印象的で、兄弟げんかというのをイオははじめてみた。兄貴との兄妹関係ではありえないことだったので。だけれども、次王の望んだものは違った。
 自分を刺し殺す妹だった。
 どんな無茶も投げる代わりに、どんな無茶も聞いてくれた。あたしなんて、たんなるちっぽけな子供なのに。
 あたしが、やっていたことなんかあるか? あたしは何をした? 思い上がりもいい加減にしろ! 資格なんて、あったのか? この血を、流れた血をあたしの血であがなうことなんてできない。
 王が描こうとしていた、未来の地図がおぼろげに浮かんできて、それを完全には再現できない自分に吐き気がする。この血は確実なみらいを描いていたのに。
 ぼるにあを堕した、このおごりはなんだろう。
(ちがう! 次王さまがやさしすぎるんだ!)
 次王は確かに言った。
 ――お前のように老王の暴政に絶望したものに未来を見せたい。
 と。
 あたしじゃないか! あたしに新しい世界を見せたかったんじゃないか!
 それはいったいどんなものだったのだろうと見たくて渇望する自分がいて、夢を必死に語ろうとしていた青年の姿がまぶしく思いだせた。
 征服したはずのエストにも公正な治世を敷き、パントにもしお前がおれが不公正だと思ったのであればいつでも殺せと言ったじゃないか!
 涙がぼろぼろとこぼれた。
 流れ始めるととまらなかった。
 それは嗚咽として聖堂を満たし始め、散々な泣き声が響き渡った。
 消え行くかもしれないいのちを思った。
(あたし、あたし、このろくでなしとずっと一緒にいたかったんだ……。たまらなく幸せだったんだ……。このくそろくでなしの描く未来が見たかったんだ!)
 そう思うと、嗚咽が心のそこから沸きあがってきた。
 声が自分でも戸惑うほどに溢れて来た。それは悲嘆以外の何物でもなく、決して戻ることのない過去に対する悔恨だった。
 恨めしかった。
 なぜ、こんなにもあたしは愚かなのだろう。
 その熱さは止められそうになかった。

                   ※

 アテナイスは聖堂までやってくると、子供のような泣き声に気づいた。
(だれ? なんで泣いているの?)
 もともとアイギスの母親のようなアテナイスである。その声に惹かれるように無人の聖堂をかけていき、礼拝堂で天井を見上げて号泣するイオを見つけて駆け寄った。すぐそばに血まみれで横たわっている夫を見て、アテナイスはぎょっとする。
「イオさん! 何が起こったの?! お願い、話して! 泣いていては何も分からない! 泣いていても何も分からないの!」
 イオの肩を揺さぶるが、埒が明かないと次王の脈を取る。
 息がある。耳元に口を寄せる。
「正確なことはわかりませんが、まだ助かります。リクトルさまより傷が浅い」
 小さくうなずくのに、血がつくのもかまわずにゆっくりと身体を支えると、次王はぐっと息をついた。
「何が起こったのです? お話ください」
 次王はゆっくりとまぶたをかすかに開いて、愛しの妻の姿をうっすらと見る。
「……、い、イオは悪くない……、イオは、おれを守ろうとしたんだ……」
 それでアテナイスはすべてを悟る。
 それから数秒かけてため息をつき、その胸に手を当てる。
「あなたは優しすぎるんです。わたしが遅すぎたから、イオさんをこんなことに」
「……まってくれ、おれが野ばらの姫、お前を信じられなかったから……、おれが、イオを追い込んでしまった……」
 アテナイスは毅然としていった。
「助けを呼びます。アイギスの医療班はあなたを治癒するでしょう。ですが、呼びにいったらしばらくの間お会いできなくなります」
「どういう?」
「わたしは下手人を匿って逃亡します。イオさんの剣に血糊がついていますから、下手人は手負いです。それを匿っているのはわたしです」
 アテナイスの言葉に、次王の口が「なぜ?」と動く。
「いまのボルニアから、イオさんを失うわけには行きません。エストとボルニアの友好関係の中枢にいて、どの世代とも意思疎通できるのはイオさんしかいません。だから少なくともエストはイオさんを失うわけには行かないのです」
 その理路整然としたアテナイスの言葉に次王はがっくりとするが、アテナイスはその頬に手を置いてほのかな野ばらのように微笑む。
「この一生はつまらないなと思ってたときにあなたはやってきて、わたしをとりこにしたんですよ? あなたはわたしの心をつかんで、いまこのエストとボルニアを夫婦で統治しているのです。これまでの日々は楽しかったし、これからの日々も楽しいものです。わたしたちは共犯です。だから必ず戻ってきます」
 次王は傷口に障るのではないかと思うぐらいに嗚咽し、アテナイスはやさしく頭を抱えて、やわらかいキスをした。それから太陽のように笑って見せて、いたずらっぽく舌を出す。
「実はしばらく外の世界と言うものも見てみたかったんです」
 次王はきょとんとしていたが、とうとつにくっくと笑い出した。
「それはいいな。好きなだけ見てくるといい。気が回らなかった。すまなかった」
「はい」
 アテナイスは血まみれになりながら、花のような笑顔を次王に向けて、そっとその背を床につける。
「助けを呼んできます」
「ま、まて」
「はい」
 次王はしばらく言いよどむ。
「もういちどだけキスを」
 アテナイスはそれをゆっくりと交わす。
「野ばらの姫よ、帰ってきてくれ。生涯の妻はおまえだけだ」
「はい、では行きます。帰ってきます」
 アテナイスは数年の別れを簡単に済まして、次王の未練を消した。

                   ※

 彼女が呼んだのはアイギスの精鋭医療班であって、それに近衛兵が付き従って迅速な応急処置が始まる。アテナイスが正しければ、リクトルよりはひどくない状況らしく、まず止血がされ、それから消毒がされる。この消毒がおなじみのウィスキーによる消毒で、激痛を伴う。
 それで、鉄鎖の次王がうめき続けると言う珍しい光景が見れたのだが、それでも止血、消毒、縫合と手順が進むと、だいぶ落ち着く。
 そこに遅れて兄貴がやってきて、血だらけの現場に息を呑むが、次王のそばによって耳打ちをした。
(イオ、ですか?)
(そ、そうだ。イオはおれの暴走を止めようとした)
 医療班を払って、兄貴は考え込む。
 兄貴にしてみれば、イオがわんわん泣き喚いている時点で、それが次王を救い損ねたことではなく、自分の犯した罪の重さに押し潰されているのは明白だった。
(野ばらの姫は助かるといっていた)
(なるほど、アテナイスさまが。で、どうなっているんです?)
(野ばらの姫が下手人を匿っていることになっている)
 兄貴は恐ろしく思考が速い。
(アテナイスさまがすべての罪を負うと? それはアテナイスさまのご意思ですか?)
(そうだ)
 兄貴は天井を見上げて息を吐いた。
(それは王妃さまが決断し、王が承認した。そうなりますね?)
(そうなる)
(では、リュディアは王妃さまを全面的に支援します。リュディアがエストにもボルニアにもとやかく言われることには一切なりません。王妃さまはリュディアが支援します)
(そうしてくれるか? 助かる)
(はい)
「なんだ、密談か? 極秘の話はキュディスにも通してもらえないと困る」
 びっくりして顔を上げると、黒の兵団長が次王の様子を見に来ているところだった。次王はよろよろと身体を起こし、苦しげに聞いた。
「これを待っていたのだろ? お前のやり方は汚い」
 兵団長は薄く笑う。
「そうだ。話を聞きにきた。ボルニアはこの状況でもシドへの南進を決断するのか。このずいぶんなありさまでできるとは思っていない。ここから南進を決意すれば死だ。それでも約束を守るのか、それが知りたかった」
 兄貴はしばらく考えて、言葉を練る。
「イオの案はまったくの推測なのですが、普段ではありえない数の兵団の賛同を期待できるものだと推測しています。あなたは否決したといいましたが、それには3対4で否決された可能性も含まれます。黒の兵団が賛成し、さらに3軍が賛成している可能性があるのです」
 黒の兵団長は苦笑した。
「そうだな、君は頭がよすぎるんだ。そんな君を警戒してはいけないのか?」
「話して、約してください。ボルニアも南進を約します」
 兵団長は仕方なく話す。
「赤、黄、緑が賛同した」
 たぶんその言葉を聴いて衝撃を受けたのは兄貴だけだ。北方最強と言われるキュディスの虹翼騎竜兵団は強いほうから赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七翼に黒の一翼だ。3翼飛べばトランが滅びると謳われる虹翼騎竜兵団である。赤黄緑黒で征服できない国はない。シドはおろか帝国だって征服できるかもしれない。
「あなたはそれを隠していた。こんなプレゼンスがあったら何だってできる……」
「だから言いたくなかったのだ」
 次王は兄貴の肩を借りて起き上がり、苦笑気味に言う。
「レトの次王の言い分はつねに正しかった。だが、約したとおり南進する。盟約どおりわれらを助けよ。キュディスの助けが必要だ。いまこのときも、これからもずっと」
 黒の兵団長は不気味に笑った。
「いつでも黒の兵団がその盟約を監視していると覚悟せよ。南進をやめた時が、キュディスが盟約は反故にされたと判断する時だ」
「リクトルの元へ向かう。肩を貸せ」
 次王は兄貴に支えられ、遠巻きにする医療班の不安げな視線を受けながらも、激痛に顔をゆがめ、遠慮がちな医療班が駆け寄って、痛み止めを打ちましょうといって、手際よく注射する薬剤を準備する。
「大丈夫なのか?」
 と聞く兄貴に、局所麻酔ですからとことなげに医師は言って数本の注射を準備した。本数が多いですが、痛む箇所ごとに痛みを止める必要があるからです、というと次王はうんと頷いた。それから医師が注射を打つたびに次王の表情のゆがみが和らいでいき、すべての注射を打ち終えると、次王はようやく一心地着いた。
「戦場でもこれを打ってくれると助かるのだが」
「局所とはいえ麻酔は危険です。痛みは身体の異常を告げるシグナルなのです。それがなくなると死ぬまで無理します、そうしたら待っているのは死です」
 必死になって言う医師に次王はほっと笑い、ありがとうと肩をたたいた。
 それでも次王は負傷者の姿から王の威厳を取り戻し、兄貴に支えられながら地下通路を大要塞へと向かった。
 要塞にやってくると、第2軍の出陣を整えているリクトルの兵団に迎えられる。兄貴は真っ先にセスクに話しに行き、イオの案の全貌を話す。セスクの絶句は素通りして、宰相は第2軍がとるべき行動を指示していく。
「この作戦は、第2軍がどれだけ動じず、本気なれるかが肝だ」
 セスクはイオがいないことに不安を覚えたが、兄貴がイオの代理であることは理解して、なぜこの場にイオ姉がいないのですかとは聞かなかった。次王はリクトルと面会し、鎮痛剤で何とか保っている身体で、端的に言った。
「キュディスがついた。第2軍の背後にはキュディスがいる。これは面倒だ。いつ裏切られるか分からない。だが、南進では同意している。われらが南進している限り裏切られない」
「それって」
 リクトルの言いたいことは次王には痛いほど分かった。
「潰しあえってことだ、高みの見物をしていてやるからその間に。虹翼は常に高いところを飛んでいるしな」
 次王はリクトルの表情を見る。
「ボルニア国内で潰しあうのと、シドを交えて潰しあうのはどっちがいい?」
「納得できませんが、シドが少なくとも身内ではないことは認めます」
「エストにはそうは思っていない勢力がいることが明らかになった」
 リクトルは遠慮がちに言う。
「リュディアを交えないと」
「おれが聞いているのは、宰相ではなく副王だ。兵を指揮する王に迷いがあれば兵は従わない。もしその王が宰相の言うことがないと判断できないといったらどうだ? 命を預けるか?」
 リクトルはしばらく黙って、ため息をついた。
「兄者はいつも唐突なんだ。いつのまにぼくが第2軍の副王になってしまったんだ?」
「文句はイオに言え。出陣の準備はできているな。出陣と同時にキュディスが蜂起する」
 セスクを通して詳細な手順は伝わっているはずで、リクトルは半信半疑ながら手元のメモ書きを見て頷いた。

                   ※

「われわれは、この広大なジャングルを走破して、大スカイ河流域を制圧し、キュディス、トランという北方諸国二強の国家に出会って、ついに相容れることのできない国家が存在することを知った」
 大要塞の巨大な城門の上、次王は朗々とした声で連合軍と、城門が開かれれば戦端を開くことになる第2軍の兵に告げる。
「それはキュディスでもトランでもないし、同胞である連合軍でもない。老王でさえもない。暴虐無人を誇った老王もキュディスにとっては取るに足らない無害な存在でしかなかった。キュディスのものたちは訴えてくる。あの暴虐を何とかできないものか。それほどにキュディスは困り果て、第2軍はその折衝に多大な時間を割いた」
 次王は熱弁をふるう。
「果たしてこの北方諸国を戦乱の渦に巻き込んでいるのはどの国だろう! これははっきりとしている。キュディスにはアドレルと言うその国家の衛星都市がある。そこでその都市の商人たちは、キュディスの諸部族に争いをもたらすために策略をめぐらし、武器を無料で配っている。すべては敗戦者を奴隷として本国に売るためだ。キュディスはボルニアと同じ、諸部族の連合国家である。それを互いに反目させ、敗者を奴隷として売る商売をしている。その魔の手がボルニアには入ってこないと確約できる者はいるか?」
 次王の目配せで、黒の兵団長が壇上に立った。
「キュディスはこの国を滅ぼしたい」
 あまりにも端的で、聴衆は絶句した。
 次王はそれを受けて、大要塞の両側の兵に訴えた。
「その国はシド。北方大陸南岸のクローナ河の畔に繁栄する国家だ。ボルニアはシドを滅ぼす。キュディスはそれに協力する。それはだれもが奴隷として売られないためだ。連合軍もこれに従ってくれると信じている」
 次王が合図をすると、第2軍が出陣を始めた。
 そして続くように、空にキュディスの大軍勢が上空に姿を現し始める。圧倒的な大軍勢だった。
 赤の装束、黄の装束、緑の装束。
 赤の虹翼などほとんど伝説の存在と思われている精鋭中の精鋭だ。それが500騎も。
 それにかすむのがおかしいほどの名声を誇る黄の兵団と緑の兵団がそれに並走し、黒の兵団が影のように背後を埋め尽くす。まるで、第2軍、連合軍を合わせた6000騎などいつでも滅ぼしてやるぞといういでたちで。それが協力するのは第2軍なのだ、
「南進を開始する! 第2軍は進軍を開始せよ!」
 次王の声に第2軍の誰もが従い、千々に乱れる連合軍の間を南進していく。リクトルを筆頭に、ヴァンダル族、ロゴス族の精鋭が続き、レト族もそれに従った。膨大な奔流を呆然と見つめる連合軍から声が上がった。
「第2軍に続く! 連合軍はヴァンダルの次王に従え!」
 ついに大南進が始まる。

                   ※

「始まりましたね。いいんですか、ほんとにイオの案を呑んでしまって」
 進軍する軍列を見ながらそばに寄ってきた兄貴の顔を見て、次王は疲れた表情を見せた。
「他に何があった。ボルニアは内輪争いばかりの劣等国だ。一つの意思を示さなければ、また血みどろの争いに逆戻りする」
「おいおい、兄者、なんだあれは?」
 ふと振り返るとレトの次王が二人の兄貴のそばまで歩いてくる。
「なにがだって?」
 優男は上空を埋める翼竜の軍勢を指さす。
「あれさ、あれ。あれははりぼてだ。あの虹翼はどうせ戦いはしない約束なんだろ? つまり一時的なこけおどしにはなってくれるが、それは南進を開始するための呼び水に使うだけって腹なんだろ? そうじゃなきゃ協力しない」
 次王はくっくとわらう。
「おまえはいつも正確だなあ、おまえの見立てはいつも正しかった、おれたちもそれを今回は思い知らされた」
「いつものけ者にしておいてこれだよ」
 次王はおかしくなって心の底から笑いだした。
「本気で言っているんだ。頼りにしてるぜ、兄弟」
 兄貴とレトの次王の肩に強引に腕を回し、次王は清々しく笑った。それにつられるように次王たちは笑いはじめ、やがて笑いの輪を周囲の近衛兵たちや騎士団たちが遠巻きに見守る。
「あ、あの?」
 遠慮がちに次王に聞くに振り返る。レイだった。
「古城の包囲はいかがしましょう? まだアテナイスさまを拉致した者たちは開城するつもりはありません」
 次王はしばらくかんがえ、もっともだと頷く。
「野ばらの姫はあそこにはいない。おれを刺した下手人を匿って逃亡した。なぜ匿うのかは知らない。だがいつでも伝えてほしい。おれは野ばらの姫を得難い妻だと思っているし、帰って来れば罪などなかったものと許す。それはシド派の近衛兵も同様だ。罪を問うつもりはない。もしシド派の近衛兵が妻を探してくれるというのであれば、ぜひ探してほしい。それには騎士団の中からもシドと戦いたくない者を加えてもいい。それらの者がこのアイギスを守るという任務を離れてもいいと思っている」
 怒涛のように語られて、レイはしばらく考える。
「あ、えーと?」
「あの城は、いやアイギスは野ばらの姫の都市であり、エストは妻の国だ。それを取り戻したいと思うものを妨げるつもりはない。古城の近衛兵団と話をつけてきてくれるか?」
 レイはしばらく迷ったのちに、わかりません、と呟いた。
「どうしてお許しになるのですか?」
「みな、一生懸命何とかしようとしただけだ。その理由に貴賤はないし、だれもの意思をおれは尊重する。レイ、おまえはこの騒ぎの中で誰か一人でも悪意を持って何かをしようと思ったやつがいたと思うか? おれはそんなやつを見つけることができなかった」
 やってくれるか、と聞くと深く一礼をして、レイはエステバンの方へ歩いていく。
 ふたりは口論を始め、ため息をついてお互いに動き始める。
 結局この次王が許したシド派を中心とする混成兵団は、アテナイスを捜索する「さまよえる騎士団」として数々の英雄譚に謳われることになる。ボルニアの鉄鎖躁竜法をマスターした精鋭騎竜兵団でありながら、主であるアテナイスを探してさまよっている。
 そんな彼らが活躍するのも、また別の話だ。

                   ※

 次王はさまざまな雑務をこなして、夜も更けたころに疲労困憊で聖堂へとやってくる。
 広大なまっくらな空間をランプの灯だけで歩き、ようやっと本日の寝床にたどり着く。
 泣きはらして眠ってしまったイオのそばにどっかと座り、疲れたなあとつぶやく。もしかするともう少しで麻酔が解けるかもしれない。それでも、床に置いたランプのひかりにともされるイオの頬を眺め、その真っ赤な赤毛を撫でてやる。
 羽織っていた毛皮をイオにかけてやり、自分はそのすぐそばの石の床に横になった。
「イオ、寂しかったか? ごめんなあ」
 明かりがあるだけでだいぶ暖かい。
「また、ふたりっきりになっちまったなあ……」



                   了




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 『鉄鎖の次王の恋』44.のリリースにあてて

 こんばんわ! hikaliです! 『鉄鎖の次王の恋』44.をお届けしましたが、いかがだったでしょうか?
 ちょっと今回は大変なことが起こってしまいまして、あ、いや、おまえこれまでどんだけ生死の境をさまよってるんだよ! といわれると、あー、どうってことないかと思ってしまう不思議なのですが、PCがお亡くなりになってしまいまして(たぶん)、復旧にどれだけの費用と手間がかかるんだろうと、考え込んでしまいます(^_^;
 現在この文章は、NetWalkerという貧弱極まりないモバイル端末にキーボードを接続して書いています。NetWalkerほんとバックアップ機として有能ですね、そんなことはどうでもよい(笑)。
 一番心配なのはデータなのですが、おそらく逝ってしまったのはBIOS周りで、個別具体的に言うとUEFIというBIOSとOSをつないでいるファームウェアがハードウェアを認証できない状況になっているっぽい、と専門用語が並ぶのですがこれはわたしも一夜漬けならぬ、一夕漬けです。これは高い確率でハードウェアが逝ってしまっているようなのです。
 なので、データ自体は安心と信頼のフィリップス社製のSSDに入っているので(実績があるとは言えないんだが……)、たぶんサルベージュは難しくないはず(ファームウェアに感染する悪質なウィルスが撒かれていてそれにやられたのならアウトですが)。
 閑話休題。

 さて今回はこんな状況ですのでこの文章もほとんど出来上がったところから書き直す形で書かれています。
 前回のあててでは、もし問題が発生しなければあと二回で終わると書きました。今回は何か大きな工数がかかりそうな戦闘シーンが発生しそうな兆候はありません。となると必然的に次回が最終回になります。
 たぶんあらゆる要素の積み残りを計算して、これが全部解消する物語はどんな形だろうと考え始めると、最終回がだいたい読めてしまいます。わたしが同じような能力を持っていたとしてhikaliさんの小説を読んでいたのならば、こうなると読みきれると思います。それはわたしの感覚から言うとフェアだから、です。
 ただもし、ここからすべてが一本の糸でつながるような物語になるなんて信じられない、と思うのでしたら、ぜひともマジックをお楽しみください。いや、たいしたことはないんですけどね(^_^;

 実は今回は、設定解説として、次王たちが歴史上は偉大な功績を残すけど、始まりはそんなに大したことはなかったという部分を解説しようとしていました。ただ、これで引用しようとしていたのが、元日本マイクロソフト社長の古川さんの本なのです。ただ、現在の環境はNetWalkerという貧弱な環境で、アマゾンのkindleリーダーにアクセスできないのです。kindleリーダーにはコピペを簡単に行う裏技があって……、あれ? これ言っちゃまずかった?(笑) ごほんごほん、というわけで、ちょっと大量に引用するのが難しいというか、面倒なのです。
 というわけで、わたしもまだ読み途中なのですが、古川ススムさん(NetWalkerの貧弱な環境では漢字が出ない)の原本に当たってください。だいたい、わたしがあの時言いたかったことはここに書かれています。
 以上、あっさりしていますが、実はこの後に大量の解説があるつもりであったと思っていただけるとうれしいです(^_^;

 さあ、次回は最終回です。
 みどころは作ったつもりです。ただ、これでいいのかという感がしないでもないです。
 物足りないのであれば、わたしの実力不足なのでしょう。それは次回以降の課題として、まずはこの物語を終局させましょう。
 願わくば、おもしろかった、読んでよかった、忘れられないと思えるラストになることを、小説の神さまにお願いして。

 わたしは無事アップロードできるかの方が心配なのですが(^_^;

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『鉄鎖の次王の恋』44.

 44.

 きっかけを作ったのは、黒衣の兵団長だった。
 いつの間にか影のように聖堂に入ってきたその男は、冷静沈着に言葉を発した。
「否決された。それで帰ってきた」
 誰もがその姿に驚いて振り返り、まったく忘れていたことにびっくりする。
「キュディスの結論は否決だ。だが、喜んで欲しい」
「否決ってなんですか! あなたが行っておきながらなぜそうなるんですか!」
「イオ、落ち着け。キュディスの総意だ、それは飲もう」
 このとき誰も冷静ではなかったのは確かだ。
 それは次王も装ってはいても冷静でなかったことは、否定しがたい。
 それでもイオには自分の案が拒否されたという悔しさが、判断を致命的に狂わせていた。
(次王さまが、もうこの案しかないと言ってたじゃないか!)
 兵団長は落ち着き払って、場の面々を眺めた。
「……うむ。言いたいことは分かる。だが、もう少し話を聞かないか。否決はされたが「我々は」勝手に行動することを許された。つまり少なくとも黒の兵団はなにをしてもいいということだ。それは戦闘に関わってもいいということだ。これはおそろしいほどの譲歩だ。破格の譲歩だ」
 つまり黒の兵団は使える、あ、いや違う。黒の兵団と交渉は出来るということだ。
 果たして黒の兵団はどんな役に立つのだろう、あ、いや違う、どんな提案ができるのだろう?
 未熟な策士はどうしても視野が狭くなる。
 それを拡張してくれるのは兄貴なのだが、兄貴は別件でいっぱいいっぱいだった。
「そういえば、リュディア族で脱出できたのはおまえだけなのか? 他の姿は見ない」
「え、ああ、たまたま、紙の補給をする手はずを整えている最中で、たまたま城外にいたのですよ。ですが、古城内の者が、リュディア族を人質に取るとは考えにくいのですが」
「そうだな」
 ボルニア国内では最大のプレゼンスを誇るリュディア族ではあるが、アイギスにおいては地下に篭ってなにかをやっている人々にすぎない。そもそもやっていることは写本といういたって無害なことで、それを進めてくれればアイギスの価値が上がるので、エスト側から止める理由は一切ない。
 ただ、族長である兄貴がリュディア族をそのままにしておくことはできないので困る。
 ボルニア唯一の宰相が別件に掛かりっきりになってしまうのである。
「やっかいだな」
 次王が危惧する。
「やっかいですね」
 兄貴が、救出しなければならない大人数を思って言う。
「やっかいです、なんとかならないんですか!」
 これはイオだが、兄貴の助けが得られなそうで言っている。
「いちばんやっかいなのは、あなただ、黒の兵団長。わたしの見立てが正しければ、あなたは知っていることの全てを話していない。そうではありませんか?」
 これは後に正しかったことが分かる。
 レトの次王が睨みつけると、兵団長は睨み返した。
「なんだ、おまえはキュディスを道具に使うつもりか! 協力はするといっているのに! 一切の約束を即座に反故にしてもいいのだぞ!」
 しばらくにらみ合いが続き、レトの次王はだいぶ経って降りた。
「失礼しました、失礼であることに気づきませんでした。無礼をお許し下さい」
 だいたいボルニアの中枢は大混乱に陥っていたのである。そのタイミングを見計らってさり気なく、重要な事を重要なことを隠して告げた。もうこの時点で負けている。
 兵団長の表情がふっと緩む。
「わたしもこの立場をそろそろ後進に引き継がなければならない年齢だ。年を取ると頑固になって困る、それは謝ろう」
 結局のところ、この問題は無難に丸められてしまい、振り返ってみると、老兵のしたたかな交渉術の凄みだけがひかるのだが、北方最強のキュディスの諜報機関の長である。ぽっと出の蛮族の3王がいかに優れた才能の持ち主であったとしても、すぐに敵うようになるものではないのだ。
 これが生きてくるのは、シドという最強の文明国にぶつかってから。
 ボルニアはシドとぶつかる前に、キュディスという最強国との外交交渉でぞんぶんに鍛えられていたことになる。
 どんな英雄であっても始まりはこのようなものだ。実績のある連中とのやり取りの中で鍛え上げられていく。
「そうだ、分かったよ。イオが何を提案したのか」
 唐突に兄貴が言う。
 イオは何を言いたいのかしばらく困っていたが、兄貴がなんのヒントもなしにイオがキュディスに提案した考えに気付いたのかもしれないと思ってびっくりする。
「それはいい手だね。というかそれしかない。イオ、よく思いついたね」
 黒の兵団長がぎょっと兄貴を見るけど、兄貴はにこにこと笑う。
「これは話せないよね」
「なに、なんだよ兄者? オレだけ、のけものじゃないか」
 兄貴はふふと笑い、
「気付けないことがいいことなんだ。逆に言うと気づかれるとまずいんだよ」
 おそらくこの兄貴はだいたい読み通している。
 だいたいこの人はにこにこしている時が一番怖いのだ。
 レトの次王はその笑顔を不満気に睨むが、結局一番冷静だったのはこの男だった。意味ありげな兄貴の笑みを頭から振り払い、静かに現在置かれている状況を考えはじめる。
「まずはこれは、アテナイスの意思ではないと考えていいか? 望んで捕らわれているのではないと? 考えても見ろ、もともとエストにはシドと親しい商人たちがいた。ボルニアの南進に反対する連中がいることぐらいわかっていたはずだ。あの得体の知れないお姫さまのことだ、仲裁を買って出ているなんてことも考えられる」
「アテナイスさまは絶対中立なお方です! そんなことがあるはずが!」
 レイの言葉に優男は静かにうなずく。どうもこの男は自分の理解の範疇外にあるものに疑いを持つ性質のよう。おそらくそれはしたたかな商人として必要な素質で、イオが無邪気すぎると思ってしまうボルニア中枢にいてもらわなければならない存在なのだが、こうやって端から端まで疑ってかかられると、角が立つ。
 レト族が嫌われるのもそういった理由だし、この次王は族長でありながらレト族に嫌われているのだから、折り紙つきの疑り深い性格なのだろう。
「ではそれをアテナイスさまから直に言ってもらう必要があります。そのためには」
「古城を包囲するしかないな」
 優男の視線を受けて次王がつぶやく。
「ただ、ボルニアの兵はエストと事を構えるわけにはいかん。レイ、さっき八割がたの兵が近衛兵団に残っていると言っていたな? それで包囲することはできるか? 戦う必要はない。逃げ道がないことをわからせればいい。そしてアイギス市民にどちらが正当であるかを理解させる。そうなれば野ばらの姫を出さざるを得なくなる」
 次王が視線を向けると優男は頷く。
 この非凡な王を通すとすべてがシンプルになる。
「もしレトの言うとおりアテナイスが仲裁を買って出たのならば、必ずシドと戦うことを取り上げてアイギス市民の総意を聞く。エストが駄目だといえば駄目だ。南進は諦める。もしそうでないようであれば奪還作戦を敢行する」
「第2軍はどうする、兄者? 兵を遊ばせておくわけにはいかない」
 リクトルの言葉にしばらく考え、
「不測の事態も考えられる、要塞に戻って、いつでも出陣できるように。それと、リュディア族の奪還の手はずは整っているか? レイとよく話せ」
「はぁ、ここまでずっと順調だったのになあ……。でもまあ、取り戻せない遅れじゃないかな、書庫を燃やすなんて暴挙に出ない限り」
「兵団長! ここはわたしにやらせてください!」
 とうとつなエマの言葉にレイはびっくりとした。
「な、なんだ、エマ唐突に?」
「書庫を! 書庫を守らなければ!」
 レイはきょとんとするが、思い至る所があって、呟く。
「そういえば、おまえは奨学生だったな……。ぶっちぎりの優等生だとは聞いていたので、どんな面倒くさい奴が来るのかと思っていたら、来たのは……、」
 紙風船だった。イオはどうしてもおかしくて、微笑んでしまう。
「あー、イオ、また馬鹿にしたな! 言ったじゃないか! お金がなければ、勉強する本が買えないんだよ! あの書庫は誰もが無料で好きなだけ勉強することが出来るんだよ! なんでそれを大切に思ってはいけないの?!」
 イオが誤解していたのは、この親友はおそろしく覚えが速いのではなくて、学ぶべきことにひたすらに飢えていたということだ。
 おそろしいほどに学びたいと思っているのだ。
「エマ、あの書庫は大切なんだ。この北方大陸どころか、帝国にさえもない書物を所蔵している。だから写本しているのだし、それをエマが手伝ってくれるのをうれしく思っているよ。そのエマが近衛兵団と交渉してくれるのは嬉しい」
「オヤカタさま!」
 だから、その呼称はやめろ、とイオは思ってしまうのだが、温和な兄貴はそんなことは気にも掛けない。イオは兄貴が取られたように感じてしまい不機嫌になるのだが、これはイオも含めたリュディアの子どもたちが受けてきた恩恵だ。あの子たちが来てくれると助かるんだけどなあと思う顔がいくつも浮かび、スクールに入校したてではしゃぐエマをイオは懐かしく思う。
(あたしもあんなだったなあ……)

                   ※

 アテナイスは外の軍靴の音を聞いていて、どうも何かが起こったと気付いた。
 自分のプライベートルームの前を前を守っていた衛兵が、足早に階下に下って行き、想像はしがたいのだが軟禁状態を保っていた兵がいなくなっているように思える。
(なにが起こったの? 重大な規律違反じゃない)
 アテナイスはまずは広い部屋を歩いてランタンを探した。それから、フリルのワンピースを脱いで厚手のズボンに着替える。護身用のナイフは必要かなと考えて、やはり先代から渡されたナイフを持っていく。
(あのひと、子供のようにわたしを失うことを怖れるから)
 アテナイスの心中にあったのは、鉄鎖の次王が取り乱すのではないかということだった。
 いちおう歴代アテナイスの訓練の中には護身術というものが含まれている。正式の兵としての訓練を受けたものに敵うものではないが、野盗や無法者から身を守るには充分な訓練だ。これから向かう先にそれがいるとは思えないのだが、それでも用心は必要だ。
 それでランタンに灯りをともすと、暖炉の底床を持ち上げて、地下通路の梯子に足を掛け、発見を遅くするために底床を元に戻す。
 それで、永遠の闇が迎える。
 乏しい明かりで照らして、蜘蛛の巣だらけの狭い通路をひたすらに下っていく。
 この通路は歴代アテナイスにしか伝えられていないもので、アテナイス自体この先がどうなっているかはまったく知らない。それでも、先代に注意深く教えられたときには、少女ながら、ふしぎなものがあるものだなと思った。まさか、そんなものを使う機会が来るとは思っていなかったし、梯子をずっと降りるのは、体力的につらい。
 しばらくして地下水路にたどり着き、石造りの構造と匂いを考慮すると、下水道だろうと思う地点にやってくる。
 ランタンを照らすときらりと反射する石が見える。
 それに従って行くと、大河かと錯覚するような大下水道にたどり着く。
(これは湖から引いているのかな。この流量はそうとしか思えないし、とすると、これが湖面の高さだよね)
 古城から主島に至る道は、どうしても湖底を通る。
 そうなると、通路が湖水に埋まっていることを想像してしまうのだが、どうしてそれが避けられるのだろう? アテナイスにはまったくわからなかったのだが、サウスの流れを引くエストの土木工事は彼女の理解の範疇の外だった。
 長い橋を渡り、対岸につくと下っていく階段がある。
(また、階段)
 まとわりつくワンピースを脱いできてよかった。
(あの人は喜んでくれないかもしれないけれど)
 背に腹は代えられなかった。
(そもそも髪まで蜘蛛の巣だらけだし)

                    ※

 鉄鎖の次王が近衛兵団を率いて聖堂を出ると、心配げな市民が遠巻きに見守った。
 重装の騎士団はだいぶ前の連合軍との湖水をめぐる戦いからアイギスの制湖権(へんな言葉だ)の確保が至上命題になっている。どのみちエスト各都市からの交易船が行き交いをし、アイギスを中継地点として交易をしている。つまりのアイギスの航行の自由が侵されることは、エストにとって致命的な事態であり、騎士団が湖面にと言うか、いつでも出動できるように湖岸に張り付いているのは分かりやすいことだった。
 赤服の縦隊が次王に付き従って、古城のある島へと向かう石橋を渡っていく。
「しかし兵団長、面倒なことになりましたね? 何かお考えがあるのですか?」
 レイは縦隊の先頭でエマを睨みつけて、
「この作戦はおまえが指揮するんだろ」
「あ、ああ、そうでした……、どうしましょう……」
「しるか、おれもこんなことはやりたくないんだ」
 もしレイよりもエマが優れたところがあるとすれば、それはイオが築いた若手の人脈網にフリーアクセス出来ることだ。そもそもパントとエマはツーカーの仲だし、パント相手だったら友達感覚で相談に乗れる。
 たぶん、エマは気付いていないのだが、事実上はシド派の武力部門に完全にフリーアクセスになっている。ようはパントが否といえばシド派は武力行使できないし、パントがシャーロットの安全が脅かされそうになって追い詰められれば、武力行使を敢行すると思われるのである。
 だいたいパントはシャーロットのことしか考えてないので、考えが読みやすいのだ。
「あ、ああ、イオに相談しないと……」
 ちがうだろ。

 次王のそばに居て、この人はもっと取り乱すかと思ったらあんがい冷静だと、イオは思う。そもそもあれほどのアテナイスに対する執着心を見せられると、アテナイスが捕らわれられている状況に落ち着いているのが異常に思えてくるのだ。
 これは奇しくもアテナイスとまったく同じ見解で、アテナイスはだから帰ろうとし、イオはだからアテナイスを取り戻そうとしていた。
(この人が正常でないととにかく困る)
 鉄鎖の次王は、あろうことか恋をしてしまった。
 この不安定な土地で、敵だらけの状況で、レトが反旗を翻し、エストのシド派が反旗を翻し、頼みの綱のキュディスが助けられないと言ってきた。あと頼れるのはなんだろう。
 ヴァンダルは割れていないとして、リュディアは囚われていて、レトは半分が役に立たない。
 ルキウスがここにいてくれればどれだけ心強いだろう。
 ただその猛者はリクトル麾下で、第2軍の主力を担う。ここにいてくれというのは贅沢だ。第2軍はここにいるわけにはいかないのだ。
「イオ、どうする? 近衛兵団は包囲はするけど、戦えないよ?」
 軽いなあ……、と思いつつ、その親友が声をかけてくれたことに感謝する。
「次王さまがたぶん交渉するから、心配する必要ないよ。数が揃っていることだけ分かればいいから、赤服を相手から見えるように並べればいいんじゃいの?」
「そうか!」
 それでいいのか、とおもうのはイオの勝手だが、着実にエマはそのとおりにしていき、それは実際にはイオの責任になることを看過していたことにイオは慌てる。
(いや、あんなに並べたら、弩兵の的だろ!)
 慌てると次王が止めた。
「近衛兵にはリーズデルの軽量鎖帷子が行き渡っている。北方大陸の弩では射抜けない。デモンストレーションするいい機会だ。兜を深くかぶるように言え」
 イオはそれをエマに伝え、鉄鎖の次王がほとんど無防備に見える姿で古城の城門に近づいていくのに、完全防備で付き従った。
 鉄鎖の次王は一切の装備らしい装備もなしに古城の門の前に立った。
「アテナイスの城に閉じこもる者達に告げる! この城は完全に包囲した! だが、お前たちにも主張したいことがあるだろう! それをおれは聞きに来た! おれは決して罰しない! 武力制圧はしない。おれはお前たちがアイギス市民の同意を得られるかどうかどかを見ている! おれはエストの総意に従う!」
 しばらくして、城門の上に代表者と思われる男が立った。
「エストとシドの間の交易の量は膨大だ! これが失われれば、アイギスの商人は膨大な損失を受ける! ボルニアはシドの貿易量を甘く見ているのではないか! 富の源泉だ! それを敵に回すなど考えられない! それが我々の主張だ!」
 しごく良識的な見解である。
 それに鉄鎖の次王は噛み付いた。
「なるほど、エストは海の航路と、大河の航路の国家だ、それは分かる。だがボルニアは陸の航路の国だ。ボルニアの主産物はエメラルドと紙だ。これはシドにも届いている。シドの書物のほとんどはボルニアの紙に依存している。シドで紙を見たらそれはボルニア産だ。これをアイギスを中継地としてシドに運んで欲しい。おそろしく儲かるはずだ」
 城門に立った男は困る。
「戦端を開いて、どうして交易が出来るのでしょう?」
 次王は笑う。
「では、紙がなくてシドは成り立つのか? 紙止をしたらいくら払うのだろう? 莫大な額になる。いくらでも値を吊り上げられる。それはエストの商人が享受していい恩恵だ。紙がなければシドは存続できない」
 この辺は頭の体操だ。
 生存を脅かされるピンチに陥ったときにいくらまでは払えるのかと言う問題で、シドが本当に強い国であれば、代用品を簡単に生み出して何もなかったようにするのだが、このときのシドはそんなに強くなかった。その供給を絞るから暴利を貪れと言っているのだ。
「つい最近、近衛兵には軽量鎖帷子を配った。お前たちは受け取っていないかもしれないが、これはリーズデルの職人が作ったものだ。リーズデルからボルニアの首都までは2000キロ。これを運んだのはレト族の功績である。このおそろしく遠い航路をシドは持っているか? たかだかラスペと帝都の間のみみっちい交易だろう。大スカイから、クローナ河までの距離も1000キロもない。そんなものに意味があると思うのがおかしい」
 この王が怖いのは、平然と相手が把握していない地理情報を正確に把握していることなのである。
「ど、どうしろと?」
「シドとの交易がなくてもエストの商人が干上がることはない。ボルニア内の豊かな富を運ぶだけで充分これまで以上に儲かる。貴公らがボルニアを未開のジャングルだと思っていることは致し方無い。だが、ジャングルにも富はあるのだ」
 しばらくして、城門の上に立つ者たちが話し合いを始め、聞こえはしないが激論を交わし始める。なかなか話し合いに結論が出ないようで、次王は笑った。
「では、アテナイスの裁定を市民に聞かせてくれ。それがアイギス市民が望んでいることだ」
 よく通る声はシド派の近衛兵団には通ったようで、騒がしくなるが、しばらくして城門の上が騒然としてくる。
「どうした?」
 交渉をしていた男が苦々しい顔をする。
「おれはそもそもおまえを信用していなかった。ジャングルの蛮族どもだ。お前らはあらゆる手をつくしてこのエストを貶めるのだろう。ならば、全滅してもこの古城を守りぬくまでだ。アテナイスさまを守るのが我らが使命。絶対にこの門は死守する」
 それに次王はあぜんとして、イオをぽかんと見る。
「あ、いつらはなにを言ってるのだ?」
「さ、さあ」
 次王はレイに包囲を続けろと言い、古城をあとにしようとする。
「ど、どうするんですか? 指揮官はあなたです!」
「知らん! これから考える。まず包囲を続けろ、おれは要塞のリクトルに相談に行く。指示があればエマに翼竜を飛ばす」
 このとき、だれもアテナイスがまさか古城を抜けだして次王に会いに来ようとしていたとは知らなかったのである。


 45.
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