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本家はこちら。
http://plaza.rakuten.co.jp/hikali/
 最近の雑感 ソーサリーの実寸htmlを作りました!


 えーと、みなさま、だいぶほったらかしになっておりましたが、いかがお過ごしでしょうか? なにかこれほど間が空くと、ひょっとして新型インフルエンザにでもかかっているのではと思われてしまいそうですが、管理人は元気です(^_^;

 さて、苦し紛れに出てくるのが、この最近の雑感ですが、いやはや苦しい(笑)。
 そういった裏方に山積している課題などは、後回しにすることにいたしまして、まずは、成果のほうから。


 ■ソーサリーの実寸htmlを作りました!

 以前もお伝えしましたが、ソーサリー4部作の実寸htmlを出してほしいとのご要望をいただいておりましたので、作成いたしました。

 作成に当たりデータをすべて洗い出し、間違いのないように完全なデータを作る作業に没頭しており、若干時間がかかることとなりました。後ほど書きますが、ソーサリー4 王たちの冠のグラフデータにどうしても、どこからつながっているのかわからない項目が2つあったのを除き、完全なデータかと思います。
 各自確認とチェックをお願いいたします(笑)。

 ■ソーサリー1 魔法使いの丘 実寸html
 http://story-fact.com/34.htm


 ■ソーサリー2 城砦都市カーレ 実寸html
 http://story-fact.com/35.htm


 ■ソーサリー3 七匹の大蛇 実寸html
 http://story-fact.com/36.htm


 ■ソーサリー4 王たちの冠 実寸html
 http://story-fact.com/37.htm



 なお、ソーサリー4 王たちの冠でどこからつながっているのか不明だったのは以下の二項目です。

 207 548

 もしなにかご存知の方がありましたら、ご一報いただけましたら幸いです。

 追記:

 207は解決しました! すでに反映されています。
 ZZさんありがとうございました!



 ■ゲームブックは遅れております・・・。

 えーと、毎度のご報告で申し訳ないのですが、遅れております(^_^;
 現在終盤に入って、その解決編の複雑さにうんうんと苦しんでいる最中ですが、全工程の3/4は来たでしょうか。
 もうちょっと産みの苦しみにうならないとならないようです。

 小さな作品を作るつもりが、なぜか巨艦巨砲主義になってしまうのは、昔からの悪癖なのですが、あまりの物量にうんざりとしているところです。
 もちろん、戦艦級の作品が1本ぐらいはあってもよい、とは思います。
 ですが、やはり、巡洋艦クラス、できれば駆逐艦や潜水艦と言ったようなこまごまとしたクラスのものを中心にして、その成果をひっさげて大きいのを作りたいなあと、そう希望してしまうのです。
 大きいのを作り始めてしまうと、リリースが間隔が長くなってしまい、その間に開発用のインフラ整備に回せなくなり、効率がどうしても落ちてしまう。このあまりよろしくない循環は、なんとしても断ち切りたい。
 その為には、さっさといまのを仕上げてしまわなければということになるのですが(笑)、長い・・・。


 ■クラスター内の構成の研究をしたい・・・。

 いまのシナリオをやりながら、痛感しているのは、クラスター内の構成をどうするかのノウハウが全然足りてないなあということ。
 これについてはとてもたくさんのお手本があるので、これを参考にしながら、様々にクラスターの内部の組み方を勉強したいと思っているのです。なにかいまやっているのは、ゲームブックの技術を自分の技術に結びつけるところで、それをやるたびに、ゲームブックの技術自体をほとんど分かっていないと思うようになったのです。
 なので、まずゲームブックの技術をそのまま再現してみて、それができるようになってから、自分の技術の方に融合したい。
 その為に、小さなクラスターがいくつかあるだけの、読み手側も読む量が短編小説クラス(60枚ぐらい)のものを量産していきたいなあと、そんな風に思っています。
 ショートストーリーズを作っていきたいのです。


 ■戦闘シーンの作り方も研究したい・・・。

 これも、一つの課題なのですが、今のところわたしが作っているゲームブックには戦闘シーンらしきものは一カ所だけあるのですが、ほとんどないといっても過言ではないと思います。
 RPGというと、やはり血湧き肉躍るシーンというものが定番となっていますが、そういうシーンをどうしようかと思ってしまいます。

 基本的に、わたしが作るゲームブックは、パラグラフとフラグのみの構成になっています。
 この方針は崩したくない。
 つまり、たとえばソーサリーについているような戦闘ルールは作りたくない。
 これはわたしがHP不要論者であるというのもあるのですが、ぶっちゃけていうと、ゲームにあんまりランダムを持ち込みたくないんですよね(笑)。実際に、ゲームブックの中には戦闘システムがないものもありますし、むしろ、戦闘システムを入れてしまうよりも、入れない方向でなにかできないかを模索したい。
 この辺はわたしのわがままなのですが、まあ、どうせ行くなら、誰も通ったことのない茨の道を。わたしはどうしようもなく、そういうフロンティアが好きな人間なのです。

 しかし、どうするか・・・。


 ■FLASH OOPを勉強したい・・・。

 最近になって、FLASHのActionScript3.0を使ったデザインパターン本がちらほら出ていて、もう手がのどから出るほど、やりたくて仕方ない(笑)。
 あー、わたしもデザインパターンを勉強するぐらいのレベルに到達したかと若干背伸びがちに、奮い立つ感じなのですが、デザインパターンの本を読んでもピンとこない(<レベルが低すぎるという話もあるのですが(笑))。
 ただ、ActionScriptならできるかなあと。
 ほんとうはPythonのOOP本があるといいのですが、まあ、この際、ActionScriptであるならばそれでいいかと。

 わたしが作っているアプリケーションは、1000行ぐらいにはなるので、さすがにもう規模的にオブジェクト指向で組まないと、対応できない状況な訳です。

 いい加減、開発環境を整えたい。
 ただ、そこへ行くには、まとまった時間が必要で、いろいろやりたいなあという欲望だけがふくらんでいく感じなのだけど、まあ、妄想がふくらむのは楽しくてよい。
| 雑感 | 00:48 | comments(6) | trackbacks(0) |
 最近の雑感 PCクラッシュ! 驚速はほんとうに、PCを快速にした


 えーと、10月ですね……。
 だいぶご無沙汰しておりました管理人ですが、お元気でしょうか……。
 わたしは元気です。

 さて、だいぶ時間が空いてしまったので、進捗かたがた、最近の雑感を当たり障りのない感じで書いてみようと思います。以前はやっていたのですが、久々の最近の雑感の復活です。


 ■PCクラッシュ!

 えー、まあ、そういう状況だったわけでして(^_^; たいへんばたばたと、まるで全社が引越しの最中に、更新期限ぎりぎりの仕事をひとりでかりかりとしている気分です、うーん、なつかしい。
「hikaliさん! トラック来てますよ! 梱包してないの、hikaliさんだけです!
 あと何分かかりますか!」
「うーん、一時間十五分で片付ける」
 みたいな……。
 そういえば、そんなんばっかでした(笑)。

 まず、はじめにご安心を。
 データ等は退避が済んでいる状況だったので、とくに今後に困ることはありません。
 というわけで、顛末を。

 まあ、事の発端は、電気屋さんをほっつき歩いていたとき、ふとパッケージが目に入ってしまったのですね。
(そういえば、最近PC遅いよなあ)
 みると、そこには、驚速 for Windows Vista。
 あれ、これはなにやるソフトだろう? と思ってしまったのが運のつき、みるとどうもHDDデフラグとメモリーデフラグをするソフトらしい。あー、なら安全かな、と思って、速攻インストール。

 見事、インストール中にハングって、その後、通常起動の最中にブルースクリーンが出てハングるという状況に。真っ青になりました(^_^; だって、インストール中にハングって、そのままOSぶっ壊しました、えー!!!!! みたいな感じですよ。
 もう、ぽかんとしました。

 もうこうなるとセーフモードしかない。
 セーフモードならば、とりあえずネットも見れるし、それほど不自由ではない。
 ただ、一点だけ、日本語入力ができないのですね……。
 その環境で、いろいろ調べてみると、どうもやはり、驚速 for Windows Vistaはそういう不具合の出るソフトのよう。わたしは、とりあえずインストール前にレジストリを戻せないかと思っていたのですが、どうもわたしは「システムの復元」に必要な「復元ポイント」を削除する設定にしていた模様・・・。しかも、驚速 for Windows Vistaは「システムの復元」をして、アンインストールをしても、システムの不安定さは残るとの話を読んで、ノックダウン。
 もうだめだ、これはOSのクリーンインストールだと。

 しかし、そうなると、データの退避先が必要になる。
 わたしは実はこういう事態に備えて、データの退避方法を結構いろいろ考えていたのですが、なかなか答えが出なかったんですよね。
 一度HDDはクラッシュしたことがあるので、すごい熱になるHDDを二台重ねてマウントする気にはならない。そこでSSDをバックアップにしようかなあと思っていたのですが、これは価格で撃沈。退避用にSSDはもったいないだろうというわけです。
 SDメモリーは16GBまでが経済的に納得できる水準。
 わたしは、できれば100GBぐらいは余裕がほしいので、これも却下。
 で、いろいろうろちょろしていたら、目に入ったのが、HPのポータブルHDD。

 ■HPのポータブル・ハードドライブ
 http://h50146.www5.hp.com/directplus/personal/
 promotions/others/20090105_pmd_monitor/index.html


 どー、ですか! 160GBが3990円!
 もう、これだ、君に決まり!
 状態になったのはわかりやすい帰結です。
 しかし、これ、直販オンリーなんですね……。そこで、まあよい量販店、にもあるだろうと日曜日を待って、大型電気屋へダッシュ! そうすると、どうもポータブルHDDは目下売れ筋の商品らしい。要するに、ネットブックを買った方たちが、ハードディスクの容量に困って、ばかばか買っている状況らしい。
 もう競い合う家電量販店なんて、ポータブルHDDの値下げ合戦になっていて、もう激しいわけです。ここが主戦場、最前線、ここが塹壕あり、トーチカであり、砲台からばんばん砲撃しまくって、どんぱちやっているわけです。
 競合店より200円安いぜ! 絶対お得! ポイントもつけちゃう!
 ついでにネットブックも、プリンターも、USBメモリー、あー、あと無線LAN必要ですよね〜(にっこり)、な状態になっているわけです。
 いや、熱いですね(^_^;
 もう、こういう小売の最前線は燃えてきます。
 というわけで、バッファローの300GBが6980円をゲット!
 ポイントも10%還元!
 と釣果大満足で帰還した次第です・・・。

 で、家に帰ってから、速攻でファイルをバックアップし始める。
 これが実はなかなか快適で、ポータブルHDDの実力をなめていたというか、だいたい最低でも1GBが1分ぐらい(ただし何も操作していないとき)で転送できてしまう。なので、20GBなんて、20分ぐらいであっという間(か? という突っ込みはなしで(笑))、iPodの転送をしていたときは、これがUSB2.0の実力? こんなへぼいの? と真剣に悩んだものですが、あれはフラッシュメモリーがボトルネックだったんですねえ。
 というわけで、なんだすごいじゃんHDDと逆に感心したぐらい。
 とりあえず、転送はほとんど不安要素なく完了。
 もう、信用できるのはハードウェアだけだと、このときは本気で思いました(笑)。

 さて、こうなってようやくクリーンインストール。
 と思いきや、Vistaのディスクを投入して、いろいろいじってもクリーンの文字一つ出てこない。んー、と悩み、仕方なくVistaのインストールを選択する。
 そうすると、普通にインストールが始まる。
 こうなるとディスク様が導くままに放置する以外ないわけで、とりあえず1時間ばかし待つ。
 インストール完了。
 みてみると、どうも、旧ファイルが「windows.old」というフォルダーに隔離されて新たにインストールしてしまった模様。
 おー、そんな手が(笑)、と爆笑してしまったのですが、これがなかなか巧妙。
 ユーザファイルとProgram FilesとWindowsを別途隔離して、それ以外は残して、書き換えるという処理をした模様。あとはご自由にとすまし顔でいわれているようで、笑ってしまう。
 こう書くと何が起こっているかわかりづらいかもしれないけれど、クリーンフォーマットしなくても、それよりもいいインストールをしたという現象が起きている。なかなかクールで、唖然としてしまう。まあ、腐ってもマイクロソフト。結局のところ、300GBのバッファローは実は必要なかったという帰結になりました。
 どーしようかなあ・・・。
 この300GB。
 まあ、地デジの録画用HDDになりそうな予感。
 そーだよね、サッカーのゲームは、全部フルHD画質で撮らないと、背番号さえ見えないしね。地デジで、チャンピオンズリーグとかやらないかなぁ・・・、だめかなぁ・・・、ACLでもいいのだけど・・・。



 ■次作の進捗

 あー、進んでいません・・・。
 まあ、こういうことはよくあるので、笑って許してほしいのです。
 大丈夫。
 わたしの一歩は、ストーリーゲーム業界の、5年分の進歩だから。
 数ヶ月で5年進むなら、なかなか合格点の効率性じゃない?
 だから、みんなで、進もう。
 なんで、こんなにもわたしのいない間に停滞し続けたのだろう?
 それはどうでもいい。
 進もう。
 そういう内容のものがくるので、よろしく。
 衝撃をあなたに。


 ■頼まれていた内容

 あるうれしい依頼があったのだけど、それは、ちょっと土日になりそうなスケジュールです。優先順位の問題で、なかなかまとまって処理作業ができる時間が、その辺しかない、ただ、うれしかったので、ありがとう。


 ■プリウスがくるらしい

 どうも、わたしの家にプリウスがくるらしい。
 ハイブリッド車の構造がわかっていれば当たり前にわかるのだけど、当然オートマ車。
 あー、これでわたしも免許を取る理由ができたかなぁ。
 納車は3月。
 それ以降の話になるのだけど・・・。


 ■中性的な書き手の話

 これはいいわけに近いのだけど、わたしが今表に出している文章のほとんどが「中性的な」書き手からの視点であることが多い。たとえばFLASHゲームブックとして出した「ジャングルの要塞」はだいぶ中性的だとわたしは思う。

 これはいい悪いの問題ではなく、この書き方が、わたしのPBMマスター時代に根ざしていて、その当時は中性的な立場をとらざる負えなかったという事情がある。
 詳しい解説は避けるが、男女が半々ぐらいで参加するゲームを処理するときに、どうしても男子からも女子からも中立な立場をとらざるを得なかった。それで、中性的な書き方になったのだけど、そうすると男子からは女子的とみられ、女子からは男子的とみられる。まあ本人はやってくる主張を受け止めて、それを根回しして、全員からGOをとれそうなところを探るみたいな話になっていたのだが、まあ、あのときほどバランス感を養われたときはなかったとは思いたい。
 しかし、小説界でみてみると、こんなにも中性的な書き手の存在は珍しい。
 かならずどっちかによる。
 わたしが好きなディック・フランシスだって、女性が書けているとは思えないし、男性が書けているハードボイルドの世界は、やはり女性蔑視だ。しかし、転じて江國香織やよしもとばななが男が書けているかといわれれば鼻で笑うレベルで、一種のハードボイルドに対するカウンターカルチャーだったのではとは思ってしまうのだ。
 この条件を満たすわたしが知っている唯一の作家はケン・フォレットで、ケン・フォレットねえ・・・、すごいのは認めるけど、あんまり好きじゃないんだよねえ・・・、と思ってしまう。
 男女の怒声合戦では何の意味もなく、その関係を書く中立的な物語は誰か、いやわたしは書けないのだろうか? ジブリは女子寄りなんで、あれは中性的ではない。ラピュタはいいけれどね。
 自己主張ばかりが大きくて、けんかになっている気がする。
 なぜ和解ができないのだろう?
 その書き手がなぜないのだろう?
 それが物語の世界の問題かもしれない
| 雑感 | 02:09 | comments(2) | trackbacks(0) | 昨年の記事
 え? あなた、ペリクレスより立派な人間だと思っているの?


 人の人生というのは、その人にしかわからない事が多い。
 たとえば、わたしがデザインとしてWeb業界を渡り歩いた経歴を追える人はわたししかいない。わたしの仕事をすぐ側で見て来た人があったとしても、わたしが会社を去るたびにそれは断絶してしまうからだ。
 だから、わたしがなぜActionScriptを書けるようになったかを知っているのは、ほんの一握り。それ以外の人にとってわたしは、なんだかよく分からないけど、ActionScriptとPHP+MySQLの連携が出来る人として、突然に現れた人でしかない。
 残るのはわたしが話す言葉だけで、正直この経緯はあんまり話したくないので、それだけでもう、わたしがいまこんなヘンな人になっているのか、を説明できる人はなくなる。

 これは、渡り歩く人だけでなく、たとえば終身雇用のサラリーマンでも、上司は何年かすれば替わるし、同期だってすべてを知っている訳ではないし、家庭のことは家族しか知ることはなく、友人とゴルフをしている気持ちをわかるのは友人だけであろう。
 根掘り葉掘り聞く相棒に出会ったとしても、それでさえもすべてを語り尽くすことは出来ない。
 結局のところ多くの人にとって、その人の人生はその人にしかわからないのである。

 しかし、他人の人生はどうであったかを手っ取り早く知る方法がないことはない。
 直接的、間接的にその人がどう生きたかを知りたいというニーズが世の中にはあり、それはたとえば歴史小説、よくある私小説のような形で間接的に満たされ、そして直接的には、ひとつのジャンルでそれが満たされる。
 伝記である。

 もし、わたしに、読んだ中でベスト伝記はなんでしたかと問われれば、IBMの奇跡の復活を果たしたルイス・ガースナーの自著「巨象も踊る」を挙げるだろうし、次点を聞かれればバートン・ビッグスの「ヘッジホッグ」を挙げるだろう。
 しかし、これはわたしの好奇心の範囲において最良であったというだけで、そんなに参考になるものではない。
 もし、日本の最良の伝記群は何かと言われれば、わたしは迷わず日経紙でいまでも連載が続いている「私の履歴書」を挙げる。
 膨大な巻数の伝記となって、売られている。
 これはいつか読破してみたいし、わたしの好奇心の範囲は「これは絶好のネタだ」という不純な動機ではあるのだが、その伝記のリストを見るだけでも、きっとわくわくしてくるはずだ。
 もしくは司馬遼太郎でもいいだろう。
 これは歴史小説であるのだが、政治家のほとんどが司馬さんの小説が好きだと言っているので、いわば司馬小説は十分条件を満たした作品群であるのだ。
 どういう人間になりたいか。
 そのお手本を探すのであれば、この辺の探索で充分ではないかとわたしは思う。

 その先へ行くとなると、宇宙遊泳となる。
 なぜ宇宙遊泳になるかと言えば、この先にあるのは、普遍的に人とはどう生きるのか、という問題になってしまうからだ。
 宗教の壁を越え、時代の壁を越え、科学技術の違いの壁を越え、国境を越え、地球の歴史のタペストリーを自在に行き来することが出来るようになって、はじめてそこに生きた一人の人間の生き様から、普遍性を拾う。
 カエサルが39歳になって嘆く。
 アレキサンダー大王はこの年齢には大帝国を築いてたのに、私はなにも華々しいことを成し遂げていない、と。
 それをにやにやとしながら読んで、カエサル、お前、若いぞ? 気にすんな、わたしはガリア戦記を読んでいる。お前がなにをしたかを全部知っている。しかし、なんであなたは暗殺されてしまったのだろう? どうすれば良かったのだろう? どんな選択肢があったのだろう? あなたは暗殺されることを望んでいたのだろうか? あなたはなにをしたかったのだろう? どんな未来を描いていたのだろう?
 案外、カエサルもなにも考えていなかった事がわかる。
 それを知るとほっとするのだ。
 人生は、どんな偉人にとってもその先は闇であって、そのもがくような格闘の中で、獲得していくものなんだって、そういうことに気付く。
 じゃなきゃ、アレキサンダーが30歳ぐらいでアルコールが原因で自滅的に死ぬはずはない。

 最高峰の伝記群としては、ブルタークがたぶん挙げられる。
 2000年以上最高峰の地位を保ち続けた伝記なのだから、とりあえず今のところはこれ以上の伝記はない。
 わたしはスヴェトニウスの方が好きなのだけど、透徹した洗練された視点で描かれる英雄像は、どちらかと言いえば人間くさく、かつ、わかりやすい。たとえば、ブルタークの白眉はキケロだろう。わたしはブルタークを読んで、人間的に弱いキケロが好きになった。ブルタークのキケロが大好きだ。同じようにスヴェトニウスのネロも好きだ。
 多くの人が、弱いキケロを見て、幻滅する。
 わたしは、なぜそれほどまでも、幻想を抱くのだろうと思ってしまうのだ。
 それよりも、キケロも人間なんだ。弱いところもあるのだと、そう親近感を得られる方がいい。わたしはキケロを好きになって、キケロの生き様に惚れる。弱いながらも必死に頑張る姿にそして訪れる終末にショックを受ける。

 ぼくたちはどんな人生を歩むのだろう?
 それはどうも時間がかなりたっぷりあるようなので、まあ、一生懸命考える。
 カエサルの生き様も参考に。
 あのジュリアス・シーザーでさえ、39歳の、後の世界史最大の英雄となるジュリアス・シーザーでさえ、悩んでいたのだ。わたしはなにもしていないと。そして、56歳で暗殺されるまでの十数年で駆け上がっていったのだ。
 なんか、最近の社会は、みょうちくりんにバランスが悪く、窮屈で狭苦しい。

 ギリシア史最大の英雄としてあげられる人物として、ペリクレスがある。
 黄金のギリシャに君臨した、世界史上は神話的な善政を行った、奇跡の統治者である。
 ギリシア史では、急時の英雄であるテミストクレスと、平時の英雄であるペリクレスが二大英雄である。欧米はほとんどがギリシア・ローマ史を手本にするので、その中でもペリクレスの神格化がひどいことになっている。
 たしかにあまりにも立派な格調高い演説は残っているし、それに国家の理想を見るのも無理はない。逆に言えば、それほど格調高い演説をわたしはここ最近聴いていなかった事になるし、当時といまを比べ、なんて堕落した世界だろうと思うのは自由である。
 しかし、わたしはどうしても別の側面に目がいってしまうのだ。
 ペリクレスは遊女に入れあげて、それを喜ばすために戦争を起こして、失脚してしまうのである。
 ブルタークではそのアスパシアという女性になぜ、ペリクレスは引っかかったのかをかなりきまじめに検証しているのである。なんといっても現代でも政治家の手本といわれている人物である。もちろんそれは検証しないと納得がいかないだろう(笑)。どうしてそんな過ちをおかしてしまったのだろうか、と。
 わたしはそれをみて、クリントン元大統領の不適切な関係の事件を思い出す。

 いや、そうじゃないんだ、たぶん、と思ってしまう。
 そういう醜態をさらしてしまうのは、しかたないじゃないか、そう思う。
 人間とは強いものではなく、その本質は弱い。
 そちらの方が人間らしいじゃないかと思うのだ。

 え? あなた、まさか、じぶんがペリクレスより立派な人間だと思っているの?
 と。

| 雑感 | 01:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
ジャングルの要塞の反省と、今後の展開



 えーと、こちらにエントリーが投げ込まれなくなる日々が続いております。
 そういうときは、たいていなんか書いているのですか(文章orコード)、それになりリリース予定を立ててしまって、緩く追い込んでおこうと思います。
 また、5月初めに投入した「ジャングルの要塞」の反省会&猛省会も行いたいと思います。

 現在、次作を書いていて、たぶんこれは八月末ぐらいに投入できる予定です。
 悲劇か、喜劇かと言えば喜劇で、ジャングルの要塞で登場した主人公たちの話になります。
 館モノと呼ばれる形式のもので、どたばたした話になります。

 現在原稿が100枚ぐらい書けていて、総枚数500枚ぐらいになる予定(あくまで予定です・・・)。若干ペースが遅いので、そろそろ吹かして行かねばと思っております。
 まあ、このシリーズは、わたしがゲームブック形式に慣れるための練習シリーズで、目的は失敗を回収して技術をため、ブラッシュアップしていき、来るべき本番シリーズに備えようというたいへん気長なシリーズです。
 わたしも気楽にやっていますので、気楽に遊んで頂ければ幸いです。
(まあ、物量には潰されそうになるのですが・・・)


 ■ジャングルの要塞、猛省会 「長い!」「状況複雑すぎ!」「手抜きすぎ!」

 なにか、たいへん痛い言葉が並んでいますが(^_^; まあねえ・・・。
 なんであんなにだーっと書いちゃうんですかねえ・・・。


 ・「長い!」

 これはもう途中で突っ走りながら、これはダメだな、この構成はダメダメと思いながらあきらめていたのですが、一項目の文章が長すぎ。一項目20枚とかいうところもありますし、いくら何でもこれはないだろうと思いながら書いていたのですが、まあ、構成し直すよりも、これは書き捨てて、次のやつでもっとざくざく切っていこうとさっぱり諦めていた所でもあります。

 今書いているのは、長くて8枚ぐらいで、平均4枚ぐらいになんとかおさまっています。もっと短くしたいんですが、うーん・・・。わたしの流れの作り方がたぶん長文向きなのですよね・・・。

 また、やはり全体の構成も長い。
 全部それなりに読めば一時間は掛かりますし、できれば、これは圧縮して30分から40分ぐらいにしたい。わたしは動画でも20分とか見れないと思う方なので、この拘束時間は短ければ短いほどいい。
 このシリーズは短編ゲームブックという意図を持って書かれているものなので、小説の短編だと60枚ぐらい、・・・はちょっと無理にしても(笑)、せめて読んでくださる方が読む量を中編の120枚ぐらいにしたいと思っています。
 ジャングルの要塞はベストルートを通るとたぶん200枚ぐらい読む羽目になる。
 これは、やはり量が多すぎると思うのです。

 しかし、60枚クラスの連作集というのは面白そうですね(笑)。
 できるんですかねえ、ゲームブックで。
 起承転結で考えても、一ブロック15枚ですか・・・。
 15枚では承と転は作れないかなあ・・・。
 結を切り詰めて5枚で完了させて、起も強引に進めて5枚としても・・・、えーと、何枚残りましたかねえ、50枚ですか。承と転を均等に割り振って25枚ずつか。一項目3枚として、8回選択肢を選べるか・・・。
 ほほー、なんとかなるかもです(笑)。
 これは検討課題にします。


 ・「状況複雑すぎ!」

 あー、うーん。
 これは若干不可抗力でして、世界観にもろに絡む話にしてしまったため、世界情勢が分かっていないと何が何だか分からない話になってしまっています・・・。
 たとえば大航海時代のように複雑な勢力の利害関係があっても、それは史実ですので、しかも地図は見たことのある世界ですので、まあ、世界史もやっているでしょうし、わからないでもないのですが、このオリジナル世界は、「本編」なるメインストリームのために作られた世界で、そっちが説明されていない状況で、サブストーリー書かれても、みたいな状況で、うーん・・・。
 と言うわけで、すみません、ごめんなさい、申し訳ありません、と謝る以外にないのですが、困ったなあ、なんでこんな話書いちゃったんだろうと言うぐらい、ノーシンキングな感じで突入してしまいました・・・。
 もう、オブリビオンのシナリオと絡めればいけるじゃん! ジャングルの要塞カッコイイじゃん! よしよし、いけいけ、突撃だ!! ぐらいな勢いで、だーっと行ってしまった話なので、なってないのですが・・・。まあ、勢いで書いてしまったみたいな話なのです。

 これはこれで失敗として回収して、次に繋げたいと思います。

 また、これは、いつになるかは不明なのですが、現状のシステムは改修が予定されていまして、その段階で、だいぶ図表等の差し込みがされることになります。それによって、若干分かりやすくなるかなあと思いつつ、そうなると、画像データが頻繁に読み込まれることになりますので、ロリポップは果たして大丈夫なんだろうかと言う一抹の不安を感じないでもない感じです。

 まあ、よい。


 ・「手抜きしすぎ!」

 あー、うん。
 す、すみません・・・。

 たぶん次作を読むと、うわー、なんだこいつ手抜きしてやがった! と気付くと思うのですが、速さを優先して量を書いた形だったので、申し訳ないというしかないのですが、次はそれなりに書いてますのでご期待ください、ぐらいにしか言えない・・・。
 わかった逆に考えよう!
 今回は頑張って書いていますのでご期待ください!!!!
 まあ、ぶっちゃけ、間延びした文体で書いていたので、読む量も増えた上に、得られるイメージの豊かさも減少した状況でお読み頂いている状況になっているのですよね・・・。

 と言うわけで、次作の面白さが格段に増しても、これは書き手が格段に成長したわけではありませんので、その辺はご考慮ください。単純に、さぼっていたのを、まあ若干頑張ることにした、だけなのです。

 というか、この密度ってついてこれるのかなと思いつつ、わたしが想定している読み手はこれぐらいがちょうどいいというあたりでバランスとっているよ、と書いておきます。もしジャストフィットだったら諸手を振って、読んで! 愛してる! という状況です。もちろん、この上はあるのですが、そこはマニアの世界だよねと思うのです。
 そこに向けて書きたいとは思わない。
 この肥沃な微妙にハイブロウなところで勝負したい。

 この辺は調整です。


 ■どうも特定の環境で上手く動かないもよう。

 これはまったく再現できていないので、なにが原因なのか分かっていないのですが、どうもゲームブックアプリのFLAGがまったく効かない状況が発生しているもよう。なので、それは不具合であって、ゲームの選択とは関係ないと書きたいのですが、まったく予想していなかった事なので戸惑う。

 59番の代わりにある、60番がこの話のすべてで、それで、この番号をFLAGで隠していたのだけど、上手くやってもここに到達できないのは問題。

 基本的に、53番を通過すれば、この60番を見れ、真のエンディングに達せるはずなのです。だけどFLAGが効いていない。これはFLASHプレイヤーのバージョンの問題なのか、ネットワークの問題なのか、ブラウザの問題なのか。その辺が分からない。
 困ったなあ・・・。
 再現ができないのである。
| 雑感 | 02:05 | comments(2) | trackbacks(0) | 昨年の記事
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破を見てきた

(このエントリーは若干酷評気味なので、読まれる方はそれを承知でお読みください)




 夏休み映画の季節が始まる。
 ことしの夏の映画は不作続きだった近年にない良作揃いで楽しみになる。
 その初っ端ということになるのだが、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を見てきたので、思ったところを。
 そういえば大学のサークルで先輩の家に数人で集まって、とにかく見ろと、みせさせられたのを思い出す。いまからしてみれば、アニメの良作はその先輩に強制的に見せさせられたように思う。サークル入ってのしょっぱながそれであったのだから、ある意味、エヴァショックは、かなり良質な仲間(というかわたしともう1人以外は先輩なんだが)がいる状況でかなりいまから見れば贅沢な状況で、そのショックを享受した形になった。
 当然ながら、リアルタイムで体験した人には、ある意味ぶらりとぶら下がった宿題が気持ち悪い形で残っている訳で、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を見ることは、義務に近いものだったと思う。

 観て思ったのは、やはりいまは2009年であると言うことだった。
 1995年ではない。
 徹底的に時代は変わってしまい、とくにサブプライムショックから、現在に続くオバマの奇跡を見ている最中というところで大転換が起こってしまっている。世界中が欺瞞のはりぼてであった事が判明した今となって、そして現実に戻ろうとしているこの時代だからかも知れない。
 正直に言うと、わたしはほとんどしらけてしまい、途中で席を立とうとしてしまったほどだ。

 魅力的であったはずの登場人物は空虚で現実味がなく、しらじらしく、わざとらしい。
 はげしく物が壊れ、びゅんびゅんと動く躍動的なロボットや演出は、はりぼてにしか見えてこない。
 ハウルの動く城を分析をしたときとまったく同じ感想。
 これははりぼてだと。
 まったく中身がなく、意味のない空想だと。
 これがエンターテイメントだけを追求した果てにある、エンターテイメントのなれの果てだと。
 そう、正直な感想が浮かんだとき、立とうと思った。
 時間の無駄だと。
 それよりも、空っぽのものを見続けるのが苦痛だったのだ。
 ずっと、早く終われ、早く終われと悲鳴のように心の中で呟いていたのだ。

 エヴァンゲリオンは実際の所、1995年の時点においては、かなり熱狂的な人気を誇っていたと思う。大風呂敷がどうも回収されず、壊れたままで終わることが分かりはじめても、それなりの人気があった。
 しかも、この作品があったおかげで、こんなのはダメだ、と憤慨した宮崎駿が、第二の黄金期のはじまりとなるもののけ姫を作ったのだから、それだけでも充分な功績と言うことができるのかも知れない。
 もし、もののけ姫、千と千尋の神隠し、ハウルの動く城、ゲド戦記、崖の上のポニョといったスタジオジブリの大型作がこの世に生まれなかったかも知れないと考えると、背筋が冷たくなる。

 しかし、ラスト30分あたりから突然に面白く感じられるようになる。
 アスカが乗った参号機が使途に乗っ取られるあたりからだ。
 ぐんぐんと物語が動き始め、鮮明な対立の構造がはっきりしてくる。
 ああ、そうか、この映画はここからが新作部分なのだと、はっきりと意識するようになった。それまでは、まあ見たことのないカットやシーンが入っていたりはするが、派手なだけの単なる特撮映画を見るようで、びゅんびゅん動くと楽しいよね、ぐらいにしか思っていなかったのだが、結局それはラスト30分を見せるためだけの、前振りだったと分かった。
 もう立つ気はなくなった。
 ラストがやってくる。
 そして、この映画はこのラストを見せるためだけにあったのだと気付く。
 壮大な前振りがあって、はりぼてにだってできる到達できる地点があるのだとはっきりと示して、エンドロールとなった。

 なにか自分の立ち位置をはっきりさせるための挑発のようだった。
 わたしが書きたいのは、人の生きる力になるような話だ。
 たぶん、シェイクスピア−ディケンズ−ディック・フランシス、と言うラインに近いあたりにある話だ。

 たくもう、挑発しやがって。
 そうはらわたが煮えくりかえってくる。
 ――おまえは手抜きをしすぎなんだ、全力を見せてみろ。
 そういわれているみたい。
 手抜きなのは事実なので、うんともすんとも言えないのだけど、一気にギアを上げると故障の原因となるので、まあ、いまの練習用のシリーズが終わる頃にトップギアに入っているように調整してみよう。
 というか、そこまで何年かかるのだろう?
| 雑感 | 22:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
 さいきんの雑感



 えーと、とくに書くこと/書けることがないので、ちょっと薄めかもしれないですが・・・。


 ■WBC日本世界一に!

 いろいろ問題点が指摘されるWBCですが、アジアシリーズからの日本と韓国のがちんこの戦いはほんとうにしびれた。
 勝敗はともかく、ゲームがよかったと思うのです。
 なんてドラマチックなストーリーだったんだろうと。
 アジアの頂点決めから、二次リーグの頂点決め、そして世界の頂点決めと、5度もの覇権を掛けたながいながいドラマに、多少、またかと思いつつも、たとえばキューバとのゲームを見ながらも、先に勝ち越しを決めた韓国に、待ってろよと、そういうドラマ。
 なんど雌雄を決せればいいのかと思うほどの深い因縁。
 幸か不幸か、このシステムでなければ実現しながらドラマだったと思うのです。

 実を言うと、今回は韓国が勝った方がドラマチックでいいのではないかと、思っていたりしました。
 浦和レッズとかのフォーメーション分析とか読んでもらうと分かると思うのですが、悔しそうに書いていたりするのだけど、結局のところそれは次に勝つためのモチベーションにすり替わっていたり、残念なシーズンになっても、来年勝てばいいんじゃん? と思っていたり、もちろん勝った瞬間はうれしいし、負けた瞬間は悔しいのだけど、次のドラマが楽しく見れるのならば、それでいいとどこかで思っているような性格なのです。

 しかし、9回裏3対3となり、解説の清原が23年間野球をやってきたけど、こんなすごいゲームははじめて見た、との発言には、まさにその通りと(注:職場で絶賛放映中であった)。10回2アウトでイチローに回ったとき、なんというドラマだろうと、呆然としてしまった。
 不調のイチローがキューバ戦でやっとヒットが出て、折れそうになっていた心がぎりぎりでつながったとの発言はもとより、コールドとなった韓国戦のイチローの初打席のヒットで解説が、「イチローは大丈夫です! イチローは大丈夫!」と叫んだあの球場の異様な雰囲気、そしてあの続いた猛打。
 韓国では、3年前のイチローの韓国挑発発言に激高したファンたちが覚えていて、不調のイチローをなじった、イチローキラーTシャツが発売される、人気(?)よう。
 そして、なぜイチローを敬遠しなかったのでしょう? との実況の言葉に、清原が、イチローだからこそでしょう、イチローだからこそ勝負してねじ伏せたかったのでしょう、との言葉に、この大会、いや前大会から続く、因縁が、すべてあの10回のイチローの打席に凝縮していたような、そんなゲームだった。
 すごいシリーズだったと腰抜けに思う。
 イチローは35才。
 四年後は39才。
 ここは、完璧な勝ち逃げをするのか、雪辱のチャンスを与えるのか。
 もちろん、鳥肌がたったゲームを見た身としては、後者がぜひみたい。


 ■出せるところまでなかなか進まない・・・。

 裏でせこせこ頑張っております・・・。


 ■中南米が日本を追い抜く日

 最近読んだ本。


中南米が日本を追い抜く日

 特にこう扇情的なところは何もないのですが、中南米という着眼点がそういやあんまり情報ないんだよね、と思ってサクッと購入。この本は三菱商事の駐在員が社内向けに書いていたメールレポートをまとめたもの。
 網羅的に書いてあって、とても面白かった。

 しかし、朝日新聞の南米駐在員は支局長ただ一人で、ブラジルの日系人を2人雇っただけの3人体勢という話に、顎が外れそうになった(笑)。そりゃまあ、中南米のニュースが入ってきませんわな・・・。
 あるとき、日経ビジネスがメキシコ特集をやっていて面白かったのだが、あれは商社の人脈を借りて取材したんだなぁ、と妙に納得した。


 ■ダビスタやってるよ。

 ゲームボーイアドバンスである。
 うわー、書くことがないwww


 予告通り、かなりうすめで終了・・・。
| 雑感 | 21:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
 シリコンバレー、行けなかったなあ。

 友人がシリコンバレーに赴任して、遊びに来いよと言われていた。
 タイミングの問題で、ちょっとその時期無理という状況で、なんとかならないかなあと思っていたのだけど、やっぱりむりっぽいと、見送らざる負えなかった。
 とても残念。
 とても行きたかった。
 わたしは、とてもとても、とてもとてもとても下手くそなプログラマーだけど、それでも行ってみたい、見てみたいと思う力がとてもあるのは不思議だ。
 デザインパターンも分からないような、不勉強で、どうして行きたいとなど言えるのだろう。
 この辺はわたしが一応コードの書き手としての、一応マクロメディアンであることによる憧憬である。

 しかし、これが物語だったら、わたしはどう思うだろう。
 どこへ行きたいだろう。
 これがあんまり思いつかなくて困るのである。
 むしろ、取材と称して日本全国を回りたいとか、世界全土を回りたいとか、どうしてもそっちへ行ってしまう。

 誰に会いたいかと言われれば、ゲームブック作者が列挙されるだけだし、TRPGはクトゥルフチームにどういう認識であったかを確認したいだけだ。なんで、藤子F不二雄に濃密なインタビューをした人がなかったんだと絶叫に近い叫びを上げつつも、いつか聞きたいのは山本弘さんであることは、たぶんほとんどのアナログゲームファンが頷くところだろう。もちろん、マニアックな人なら黒田さんを挙げるだろう。

 どこに物語のシリコンバレーはあるのだろうか?
 それがわからなくなっている。
 ハリウッドを叩くのは易しいが、わたしがほしいのは、話が聞きたい人なのである。
 日本の小説界は全滅気味。
 物語の主導権を漫画に取られている。
 ジブリは気を吐くが、いかんせん規模が小さすぎる。
 映画は頑張っている。

 誰と話したいだろう。
 やはりわたしにとっては、樋口センセなのだ。
 スピルバーグなんてどうでもいい。
 一週間ぐらい合宿を組んで、聞きまくりたいことが、あまりにも広範囲に散らばりすぎて、困るぐらいだ。

 なぜ、このターニングポイントに誰も気付いていないのだろう。
 結局のところ、ゲームブックはライトノベルの発祥なのだ、たぶん。
 その辺の議論はどうでもいいのだが、それよりも重要な質的な変換があったとわたしは思っているし、それが、小学生時代に出会ったドラゴンクエストによって、その後、TRPGによって育てられたと、思う。
 結局、わたしの発祥が、ここにあるので、どうしても、一週間ぐらい合宿して問い詰めたい気分になるのは仕方ない。

 シリコンバレーは、まあ、しゃあないか…。
| 雑感 | 03:16 | comments(0) | trackbacks(0) | 昨年の記事
 最近の雑感

 ■腕がしびれる・・・。

 えーと、一応勉強している人なので、毎日書く量が半端じゃありません・・・。
 そのせいでか、最近腕がものすごいコリ状態になっている模様で、しびれるというか、感覚があんまりない。
 これ、ほんと困る…。
 わたしよりも明らかに過酷な漫画家の方とかどうしているんだろうか…。
 突然来た。
 困った。

 どうでもいいが、「旋回式バレル研磨法事件」という最判例H4.4.28の判例を読んで爆笑した。たぶん分かる人は分かるのだが、なんか最近頻繁に試験に出る判例なのである。なんでこんなへんてこな判例をありがたがるのだろう…。
 判旨の一部を引用すると、

特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとの理由により、審決の認定判断を誤りであるとしてこれが取り消されて確定した場合には、再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果、審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたと認定判断することは許されないのであり、したがって、再度の審決取消訴訟において、取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決の認定判断を誤りである(同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができた)として、これを裏付けるための新たな立証をし、更には裁判所がこれを採用して、取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決を違法とすることが許されないことは明らかである。


 となっていて、恐ろしく難解である。
(しかも、これ、一文だねwww すごいねwww)
 おそらく、最難解と言えるレベルの判例である。
 この辺は行政法の構造をぐちゃぐちゃと弄っているレベルの話なので、まあ、これを読んで、ああ、これは、裁判と行政判断の関係の境界を引いている判例ですね、とすぱんと分かるのであれば、お、なかなか勉強しているね! と言うレベルなのだが、たぶんこれを説明できる人は、ほとんどないだろう。
(わたしは、百選を読んで、あり、なんで、行政法に突っ込まないの? と思ってしまった)
 周辺の情報を漁ると、あー、なんでこんなに複雑な文章を書かなければ説明できないのだろうと、首を傾げてしまうのだが、わたしも、再トライでようやっと理解した。
 これは、ぶっちゃけ、取消判決の拘束力を具体的に示していて、しかも審決取消訴訟なんだから、前回の審決取消訴訟の拘束力に反しない範囲内で適法な審決がされたのだから、それを違法と言うことはできないでしょう、常識的に考えて、というか、それをいちいちあんたら、ほじくりかえす? しかもねちねちと審理する? おかしくねえ? という、恐ろしくマニアックな内容なのである。
 なんで、こんなレアケースを好んで取り上げるのかねえと。
 理解するまでに脳味噌が万力で引きちぎられるような感覚を味わった。
 これ以上これにいま関わったら、たぶんおかしくなると、思ってその日はあきらめた。
 こんな論理構成についてくる人なんて、いないって、と思う。
 このレベルになると、ほんとに判決文を暗記した方が早いというレベルになるので、まあ、こんな問題出しても無駄なのだが。

 なんか呪文みたいでしょ(笑)。
 この魔法は、実はかなり広範囲に効くはずなので、1度覚えれば、いつでもこのメテオストライクを炸裂させることができるよ。たぶんマスターしようとすると、発狂してしまう人がたくさん出そうではあるのだが。
 こう、法律っていうか、特許法は脳味噌を変な方向にねじ切るような論理が非常に多いのである。


 ■iTunes結構はまる・・・。

 どうしてもiTunesでないと手に入らない曲がほしくなって、iTunes cardを買う。
 わたしは、借金怖い、クレジットカードとかあり得ない、な人なので、米国発のこういったオンラインダウンロード販売はほとんど手を出していないのだけど(銀行口座直結形の奴はよく使いますが…。これは借金ではないので問題はない)、お金を吸い込んでいく効率がすごすぎて爆笑してしまった。
 まさに、Apple〜♪ たつま〜きサイクロン! という感じで、うわー、これは買ってしまいますねと。というかプレイヤーに決済機能がついてるのか、考えてみれば、すさまじすぎるwww。
 まあ、カードは別に借金して買っているわけではないし、カードを買わなければ買えないので、欲望をコントロールできるのだけど、ゲームでもStormとかインストールされている訳で、これもクレジットカードさえあれば、途端に、たつま〜きサイクロン! になるわけで。
 いやはや、すごい時代だ。
 思いつきで、ぽち&ゴーな世界は、楽しいのだけど、まあ、いくら金があっても足りないなあ。
 ただ、まあ、もっとiTunesを凶悪にする竜巻サイクロン化はいくらでも提案できるなあと思う。というかEC関係の経験がある人はいくらでもできると思うのだが、これはやはり日本の楽天を中心としたEC系人材の独自発達化の結果か…。


 ■ちょっと書きたいかも

 というか、シナリオはもうできた(<早!)。
 樋口グラフとか見ていると、うわー、そうやるのか! じゃあ、やってみよう! になってしまうのは、工学部というか、体育会系にありがちな展開。
 というか、シナリオ早すぎ。
 もうちょっと悩めよ(笑)。
 シナリオの詰めも、あっと言う間にできた(<鬼のように早い…)。
 この辺は、ほんとTRPGのマスター気分。
 企画だけは早くくて、そこから先がちんたらな状況はなんとかならないのかなあとおもいつつ。
 トラン浮遊船団の、主人公グループの成立に絡めて、ザブンデ辺りの状況が書かれる。
 ただ、シナリオ・ネタは、これは前例がないなあと思いつつ、骸骨谷といういわくのある地峡地帯が描かれる。
 なぜ、このネタってないんだろうなあと思いつつ、まあ、いいかとも思う。
 どー、しようかなあ…。
 日程とにらめっこかなあ…。
 一ヶ月で400枚なら抜ける、と言えばまあ、そうかもねと思いつつ、ギリギリかなあ…。


 ■西松問題

 まあ、この辺は書いても仕方ないかなと思いつつ、現在としては、過去の問題となりつつある気がします。つまり、小沢さんやそれに類似した自民党の政治家がいて、あー、まー、そうだよね、じゃあね。で終わる話で、いま盛大にほじくり返しているのは、現在の政局にはたぶん影響を与えない。終了認定された人を、盛大にぶち込もうとしている状況で、一種の大掃除みたいなもの。
 これは冷酷な言い方なのだけども、検察は完全に無機的なアンドロイド的な、政治家の自動殺戮機として機能した方がいい気がする。これは塩野七生が反論をしていて、それは無能な不正者と一緒くたに有能な不正者を淘汰してしまうと書いている。
 誰が有能なのだろう?
 わたしが真っ先に思うのは、公明党で環境大臣の斉藤さん。次が退陣した福田さん。次は、わたしが政治関係をあまり詳しく知らないので、困るのであるが、知事になってしまう。民主党が送り込んだ複数の知事が実は優秀だったという、さりげない話だ。
 この辺って、召還できないんですかねえと、どうしても思ってしまう…。
 埼玉の奇跡とか、あのどろどろの利権政治だった埼玉をどうやって改善したのか、非常に不思議なのである。
 まだ、どろどろしたにおいはするのですが。


 ■ずいぶん追い抜いたことにびびった。

 一番の衝撃はホリエモンを完全に抜き去っていることに気付いたとき。
 政治情勢の見解を見たとき、あれ? この人まったく分かっていないと思ったのが最初。そこから技術的な問題でも、ぶっちぎっている。
 わたしは平均的なアーリーアダプターなので、たぶんその層が、いわゆるドットコム組をぶっちぎって抜き去っているのだ。
 これはびびったことだ。
 為替の話とか、急減速する景気の話を書きながら、あれ、なんで、これが分かってないんだろうと思うことが多くなった。
 インターネットを分かっていると思われていた人ほど遅くなっている。
 逆に言うと、日経新聞を筆頭とする新聞勢は、こういったネット系のアーリーアダプターの捕獲が早い。なので、ネット系で影響力の大きいサイトが書くと、それに2日遅れぐらいでキャッチアップしてくる。
 早いなあと、びびっているのである。
 なので、新聞を読めば、まあすこしは遅れるけど、キャッチアップはしっかりしている記事が展開されているのである。

 いつしか、ネットの機動力がどうこうと語っていた人が大勢いたのだけど、その人々が完全な周回遅れになって、そことはまったく別の種族の人々が、その人々が語っていたことを体現しているのを目の当たりにして、びっくりする。
 あれ、なんで、これが2008年になって、まったく別の形で成立しているのだろうと、不思議に思うのだ。

 あれ、なんで、ここで成立したのだろう? と。

 この辺は、あんまり突っ込まない。
 わたしもよく分かっていない。
 ただまあ、ネットには圧倒的に情報的にぶっちぎっている人々がいて、それを捕獲することで二次系のウォッチャーもぶっちぎる形になっているのである。これに追随するのは新聞である。これから外れると、格段に鼻で笑うほど遅れた人になる。
 そういう構造。
 なんで、これが現れたのかは分からない。
 なので、新聞を読んでおけば、あんまり問題がないのではあるのだけど。

 ちなみに、広瀬さんという記事も書いているアーリーアダプターが、為替の動きについてこれは本国回帰だよ、と説明したことにより、そこから数日で一気に世の中の相場観がそれで一新されたところとか見ていて、はえーwww、と思うのですよね。
 こういうダイナミズムは見ていて面白い。
 ただ、ドットコム辺りで騒がれた人は、この辺から50周ぐらいの周回遅れなのだな。

 ネットは早いな。
 すごい機動力だなと思ったのは、実は2008年から。
 それまでは、nifty-serveとあんまり変わらなかった印象がある。
 いちおうわたしは、ずっとIT系で働いてきた、それなりのプロである。
 なんでこんなに早くなったのだろう。
 リアルがネットというか、ソーシャルな情報網を利用できるようになってきたことが最大の要因だろうか。そんな感じかな。
 まあ、よい。
 この辺は激変している時期なので、その辺のスピード感も加味されていることを、考慮していただけるとうれしい。


 ■歳をとったと思うこと。

 たくさんあるが、両親が老後というか死を意識していること。
 これは、現在の両親は、毒を盛られても死ななそうなほど健康なのだけど、やはり周囲に死の話題と健康の話題が多い。
 ロストジェネレーション世代は、結果的に親と同居して、親の面倒を見る以外ないよねえという、強制二世帯状況にあるのだけど、まあ、これは偶然的なのだけど、よい方向ではないかとは思ってしまうのである。
 わたしは、一応二代目として、仕事の跡取りになるのだけども、あちこちで偉いねえと言われる。偉くはないし、わたしはわたしで、ダブルスクールみたいに、仕事とわたしのライフワークを続けるのだけれども、なんかそれは、60歳の定年が30歳に来たみたいな心境なのだ。たぶん団塊世代的な感覚に合わせれば。
 それぐらい、団塊の世代の60歳の青春と、団塊ジュニアの世代の30歳の青春は同じような感覚である気がする。
 そういう時代感である。
 わたしは、60に達したときどう思うのだろうか。
 それは、また別の時代である。
 わたしの今後の30年に祝福を! そう思えるというのが、わたしが歳をとったということなのだろうか。ただまあ、その始期であるいまが、何者もを切断してしまうほど鋭すぎる脳味噌なのである。
 これは60では手に入れる事がたぶん出来ない。
 そういう幸運と、あり得ないほどの、危機と安定は、享受したい。



| 雑感 | 02:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
 為替の仕手相場


 えーと、久々に、為替の話。
 為替は、かなり多くのプレイヤーが様々な方面から参加して相場が動いているので、見ていて非常に面白い。

 昨今の、円安について、なんか分かっていない人が多い気がするので(これは勘違いしている人が多いのではなく、教えてどうして、と思っている人が多い)、ちょっと、わたしが把握している範囲で書いてみたい。

 こういった情報を掴む上で、最も上質なのは、ロイターである。
 なぜだか知らないのだが、ロイターの為替系(中央銀行筋、ディーラー筋)は非常に優秀で、これまで何年もわたしはこの危機で為替を、FXのバーチャルゲームのために追ってきたのだけど、間違いなく最優秀だと思う。しかも優秀なのは日本チームだったりする。これはいくつか説明があって、簡単に結論から言えば、日本人はバブルを実体験しているのでなにが起こっているのかが、一発で認識できた、ということのようである。

 この辺が詳しい。

 ■シリアルイノベーション > ダボス旧聞、経済危機の咀嚼、アジェンダの多様性と相補性、アジアの中の日本 : ITmedia オルタナティブ・ブログ
 http://blogs.itmedia.co.jp/serial/2009/02/post-d393.html


 どうでもいいが、同じように認識が優秀なのは、ITバブルを経験した、シリコンバレーの、テクノロジーではなくビジネスよりの人々の見解だったりする。
 これも理由は同じだ。
 なにが起こっているかを、的確に把握しているのである。
 IBMや、Googleの発言を見ていると、なるほどと思う。
 そして、この西海岸の鍛え上げられたブレーンたち(IBMは西海岸かどうかはまあ、おいておいて)が、いまのオバマ政権の経済ブレーンと直結している。なので、オバマブレーンが言っていることは、まあ、だいたいは正しい認識だと思うと、たぶんあっている。

 共通するのは、この1980年代からの30年間の幸せの時代に、崩落を味わっただけに、この30年間が幻想であったと言うことを理解しているかいなか、なのだと思う。


 まずは、ロイターの象徴的な記事を読んでもらいたい。

 ■避難通貨の円に揺らぎ、一転して円売り材料探しに躍起
 http://jp.reuters.com/article/mostViewedNews/idJPJAPAN-36658320090224


 出だしがよい。

 [東京 24日 ロイター] 為替市場では、避難通貨としての円の位置づけが弱まってきた。キャリー取引の解消と見られる円買い地合いが一服し、一段の円高進行に賭ける短期筋が利益を上げにくくなっている。

 円手仕舞い売りの材料を求め、大幅マイナス成長となった国内総生産(GDP)など日本の景気悪化にあらためて着目する参加者も増え始めた。



 結構為替相場は、実際にドルから円に換金しなければならない実需筋が主役で、それに先回りする短期筋が脇役としてある。
 で、相場を主導するのは短期筋で、その人たちは実需をちらちらと見ながら、だいぶ仕手的に相場を作ろうとする。そのためには、説得力のある材料と、相場のムードというか雰囲気が必要になる。

 ここまで書くと、たぶん市場は常に正しいと、変なことを言う人が現れる気がする。
 もちろん、わたしの答えは市場は常に間違っている、である。
 この辺はソロスあたりの書籍を読めばよいだろう。
 為替のスペシャリストは、市場は常に間違っていると言っているのであるから、まあ、間違っているんじゃね? と思うのだ。

 まあ、ぶっちゃけていえば、為替は常に仕手相場なのである。
 この辺は、まあ、この辺かな。

 ■円・元・ドル・ユーロの同時代史 第38回?為替を武器にしたクリントン政権
 http://www.nikkeibp.co.jp/archives/342/342390.html


 おっと、クルーグマンが登場していてびびった(笑)。
 なので、もしあなたが為替相場は常に正しいと思うのであれば、それをすべて捨て去って、これはゲームなんだよ、情報戦の最高級の戦場で恐ろしいほど大量のプレイヤーがこのゲームのプレイヤーなんだよ、と言うことを理解しないと、たぶんこれ以上、読む意味は全くない。

 では、そのゲームについて話そう。

 これは引用がいいだろう。
 先ほどのエントリーから引用してみよう。

 それは市場参加者の世論とも言うべきものである。為替相場がいわゆる経済ファンダメンタルズから乖離した動きを続け、しかもしばしば極端に及ぶのは、為替がマーケットの主観によって動くからだ。


 要は、為替相場は政治と一緒で、世論を扇動できれば、為替も動かせると言うことなのだ。ただし、それなりに説得力のある材料が必要になる。先ほどの、ロイターの記事によれば、どうも日本のGDPの落ち込みがひどかったと言うことが材料視されているらしい。
 あなたはこれをどう見るだろうか。
 もちろんどう見てもよいのだが、日本の電機・自動車業界は、次の四半期には増産に転じると報道されている。ようは、ここは金融ショックに直面して、あわてて在庫調整をしたという局面なのである。
 なので、在庫の調整が終われば、生産に転じる。
 日本の製造業はカンバン方式が結構徹底しているので、かなり急に減産に舵を切って、効果が出たらじわじわと増産するという、すばやい対応をすることができる体勢があったりする。なので、このGDPの落ち込みは、この極端に急な在庫調整の現れだと見るのが、わたしの見解だ。
 それなりに説得力はあると思う。
 ただ、それがまったく見えていない人が、この為替の世界のプレイヤーなのである。
 日本の製造業の実体を詳しく知っている人が、GDPを参照しているのだろうか?
 いや、まったく別のプレイヤーなのである。
 そして、ここに、短期の投機筋がつけいる隙がある。
 何度も言うように、為替は仕手相場だ。

 この、一応それっぽい材料が揃っている状況で、ムードを一転させる事件が起きた。

 ■中川前財務相の失態、幸運にも円安を招く
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20090227/187613/


 これで、世界中が日本の経済チームと米国の経済チームを見比べてしまった。
 まあ、ぶっちゃけ、米国の経済チームって、最強陣営を並べているじゃないですか。で、日本は、え、これが、財務金融担当? と思われてしまえば、日本の政策はだめだろう、というムードは作りやすい。
 これは大切なのは、実際にそうであるかどうかは問題ではないと言うことなのだ。
 日本の政策は結局官僚主導なので、機動力はないがちょっとやそっとでは、まったくぶっ壊れない、頑丈な作りをしている。財務省と経済産業省と金融庁に原爆でもぶち込めば、やっと壊れるが、大臣が替わったぐらいでぶっ壊れたりはしない。米国がブッシュを選んでぶっ壊れたのとはまったく違う。
 ただ、それは重要ではない。
 多くの人がその空気に感染すればいいのだ。
 で、あれば、どうだろう。あなたが、為替ディーラーだとして、相場の先行きを聞かれたとして、どう答えるのが最善だろう? 
 そう、まず、それなりの材料を提示する。
 日本って、ほんと大丈夫なんですかね?
 この辺はわかりやすい。
 情報格差を利用した、情報操作だ。
 そして、最後に、ジョークとして、中川大臣の失態を語る。
 ジョークだからみんな受け止める。
 これが空気を作るのだ。

 要は仕手相場という合法的な詐欺を作りやすい状況になっているのである。
 さらに、そこへ、日本企業の赤字により、ドルから円に変換する実需が消え去ってしまった。これも、その言葉を、まったく理由は違うし、ここはまったく違う問題なのだが、その言葉を数字として裏支えしてしまう。
 そして、あんまりたいした能力のないディーラーはこれを信じてしまうのである。
 市場は常に正しいと。

 手口が分かったのであれば、そのくだらない思想を捨てるべきだ。
 市場は、常に、間違っている。
 そして、仕手が横行している。

 と書いたのだけど、まあ、どうでもいいや。
 わたし関係ないし。
 ただ、まあ、こんぐらい見抜けよな、プロだったらとは思ったりする。


| 雑感 | 16:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
 どうでもいい、日常のいろいろ


 えーと、とりあえず区切りに入ったので、一休み。
 いくつかのゲームブックに当たってみて、小さなクラスターってどういうグラフ構造で組んでるんだろうなあ、と、分析しながら、参考になる手口……、と、真っ先にこの言葉が出てきてしまったのだが、あー、そうそうテクニックを回収したいなあと思っている今日この頃。
 なので、ちょっと一休み。
 旧仕様から新仕様への転換点なので、どうせならゲームブックの作り方をもうちょっと研究して刷新しておこうと思っている次第。
 サボりがちだった日々の雑感を書いておきます。


 ■ファイブスターストーリーの設定資料集買った

 ファイブスターストーリーの設定資料集を買う。
 これは、ファイブスターの続巻が数年途切れていることを知って、まあ時間を持たせるかと思って買った。
 わたしは設定資料集はとても好きなのだ。
 で、読んでみて、そうは圧倒されるし素晴らしいのだけど、あー、この人はやはり絵の人なのだなあと思った。
 文章の設定がすてきでないはわけではないのだけど、圧倒的に絵なのだ。
 絵だなあ、と思った。
 そこがすてきすぎて、とても好きです。


 ■近くにラーメン屋があるらしい

 最近、近くに著名ラーメン屋の集積があることに気付いて、食べに行っている。
 なんで、こんなところにあるんだろうねえと思いつつ、Googleマップで、調べて行っている。
 とても便利でうれしい。
 しかし、困ることに、「ラーメン 品川」(たとえばの話)で調べても、いわゆる純粋なラーメン屋しか出てこない。わたしは昼食であちこちの定食屋で食事をする。そうすると、どうしても中華系の定食屋では、ラーメンを頼みたい店があったりする。
 そういうのをピックアップできないのが、このへんは仕組み的にどうしようもないけれども、弱点かなあと思ってしまう。
 中華料理屋なんだけど、チャーシューワンタン麺はうまい店があるのである。同じようにヤキソバがめちゃくちゃうまい店はあるのである。
 さすがに、そこまでは要求できないが、世界の情報を整理し尽くしたいGoogleであれば、ぜひとも挑戦してほしい領域ではあるのである。


 ■さすがにそろそろなんとかしてほしい・・・。

 政治は・・・。
 うーん、小泉さんは、あれは、もういいから選挙やれ、腹括れ、郵政みたいな馬鹿でっかい公約掲げて戦えばなんとかなる、とりあえず論点つくって戦え、と言っているんですよね・・・?
 たぶん・・・。


 ■見る眼、というか、そういう感じのやつ

 これは文章のよしあしを掴む手口みたいなやつかも知れない。
 結論から言うと、誰か、この人の眼はすごい、という人を選んで、その人の文章を全部読むのである。
 これをやると分かるのは、その人の文章の中でも「よしあし」があることに気付くのである。それを見ながら、これは出来がいい、これは出来が悪いと選別し、なんでこれはいいのか、なぜこれはだめなのか、を考えるといい気がする。

 たとえば高村光太郎などどうだろう。
 わたしは、一応美術品をやっていたので、非常に親近感があるし、まあ当時一流の文化人である。

 たとえば、この文章はすごい。

 木彫ウソを作った時
 http://www.aozora.gr.jp/cards/001168/files/46501_25619.html


 引用してみよう。

 私は幅二寸、奥行二寸五分の檜(ひのき)の角材を高さ六寸ほどに切った。それから毎日ウソを観てばかりいた。
 (中略)
 ウソの面相は、雀や文鳥のように嘴(くちばし)の尖(とが)って三角に突き出た方でなく、むしろ鷹(たか)のように嘴が割合に小さく強く引きしまって尖端が鍵に曲り、眼も文鳥のように平らに横に附かず、鷹のように前方に強い角度を持って附いている。眼の上の眉のひさしがやや眼にのしかかり気味でそれが眼に陰影を与える。眼と嘴と額との国境のような凹(へこ)んだ三角地帯に、剛(こわ)い毛に半ば埋(うも)れるように鼻孔がこの辺のこなしを引締めている。文鳥のような鳥は鼻孔がむしろ嘴の根元の隆起部に大きく露出していてまるで違った景観を呈(てい)している。
 (中略)
 その背部の蓑毛(みのげ)を胸の方の房々の羽毛が逆に下から逆まきにかぶせているのは、ウソの身体の中で、一番颯爽(さっそう)としているところだ。胸の羽毛は斂(おさ)めた翼の風切(かざき)りの上へまでぱらぱらとかぶさる。背中の蓑毛と胸の羽毛の下からこの風切りが、もう一度あざやかな黒色で、黒頭巾との呼応をしている。閉じた翼の風切りのさきは左右あまり強く交叉せず、直ぐ下に背の長さ位の尾羽根がやはり黒一色ですっとさがり、その親骨がはっきり見える。風切りの黒と、尾羽根の黒との間にちらちらと、下尾筒(したびとう)の雪白の毛が隠見する。これが中々シックだ。この白い毛は春先の頃になると幾分多くなるように観察された。琴ひくような、夢みるような、咽喉(のど)をふくらまして長く引っぱる唄を謡い出す頃である。彫刻にしても彩色したらこの一個所の白が恐らく甚(はなは)だ効果的であろうとその時考えた。片足をちぢめて腹の中へ入れ、その腹の羽毛が少し立っているのもおもしろい。
 (後略)


 たぶん全文を読むと、圧倒されて、ぽかんとすると思う。
 これだけ豊穣な言葉を使われて、詳細な部分まで徹底的にその魅力を語られると、自分が馬鹿なんじゃないかと思えてくる。
 永遠とひたすらにウソという鳥の良さを語りまくっている。
 しかも、それが目の前にあるかのように伝わってくる。
 しかも、高村光太郎の莫大な愛が伝わってくる。

 ああ、これが彫刻家の眼なんだな、圧倒的すぎwww
 もう、あぜんとして爆笑するしかないのである。世の中すげwww と。
 これはたぶん天然でやっている。
 というかこんなの書けない、普通(笑)。

 しかし、高村光太郎にも駄文はある。
 こんなすさまじい感性を持った最強芸術人もくだらない文章を書くのである。

 黄山谷について
 http://www.aozora.gr.jp/cards/001168/files/46367_25622.html


 (前略)

 朝、眼がさめると向うの壁にかけてあるその写真の書が自然に見えるのだが、毎朝見るたびに、はっとするほどその書が新らしい。書面全体からくる生きてるような精神の動きが私をうつ。この書が眼にはいると、たちまち頭がはっきりして、寝台からとび下りて、毎朝はじめて見るような思でその写真の前に立たずにいられない。そして「蒙々篁竹下」とあらためてまた見る。吸いよせられるような思で、「漢塁云々」まで来ると、もう顔を洗ったような気がする。まずいようだなどといっては甚だ申しわけがない。それどころではないのである。尤(もっと)もむかし王定国という人が彼の書を巧みでないといったそうで、黄山谷自身も、この詩巻を書いた時は背中にできものができていて、手が思うように動かないので字に成らなかったといったそうであるが、これはどうだか。手が動こうが動くまいが、こんな立派なものが書ければ申分ない。字に成らなかったといわれるが、むしろその方がよかったような気がする。殊にこの詩巻の自跋(じばつ)の数行はのびのびとしていて力強く、「水漲一丈、堤上泥深一尺」あたりの快さは無類である。随分癖のある書だが、それが少しもいやでなく、わざとらしくもない。そこがすばらしい。



 なんか、ウソの文章を見ると、
「は? 寝ぼけてんの? ばかじゃないの???」
 とののしりたくなるほど、になる。
 まあ、ぶっちゃけいって、そこら辺の批評家レベルに感じてしまうのである。
 念のために書いておくとこれは高村光太郎である。
 文章を丹念に読めば分かるが、単純になぜそう思うのか、について具体的な内容が一切書いていないのだ。
 ウソを褒める甘美で繊細な言葉は一切でず、わたしがどうした、わたしがどう思う、とそういう事しか書いてない。
「いや、あんたの話なんてどうでもいいですから。そんな言葉は、その辺に掃いて捨てるだけいる批評家とか言う人々に任せておけばいいのです」
 とどうしてもかちんと来てしまう。
 もちろん、平均的な筋から見れば、充分よい文章だとは思う。
 名前を隠されれば、へーと思っただろう。
 だけど、これが高村光太郎だと思うとむかっと来るのである。
 ウソを読んだあとだと、むかつき度が沸騰する。
 ばかにしてんのか、と。
(まったく勝手な物なのだが・・・(笑))

 そこがすばらしい。

 いや、ぜんぜん分かりませんwww
 なんですばらしいのかがさっぱり伝わってきません!
 ウソみたいに書いてくれないと分かりませんよ、センセ!

 まあ、わたしが偉そうなことを言うのもどうかなのだが、今残っている昔の人の文章はどれも名文家が書いた物だとおもわれるので、自分が気になる人を見つけて、ばーっと全部読んで、これはいい、これはだめ、なぜそう思うのか、を考えてみると、あー、結構、ひとりの書き手の中でも出来不出来があるんだなあと言うことが、何となく分かるのではないだろうか。
 結構美術関係の人の文章は読んだのだけど、そうすると、あー、これは手を抜いているなあ、というのが分かってくる。文章の出来不出来のものさしが出来てくるのだ。
 あと、あ、これは嘘書いたな、というのが分かるようになる。

 どうでもいいが、このわたしの文章はかなり手を抜いていて、もうしわけありません。ごめんなさい。すみません(笑)。


 ■ゲームブック調達大戦争の話

 先日、yahooオークションのゲームブック界(んなもんがあるのか?(笑))で、一大事件が起こった。
 あり得ない物が出てきたのである。
 ローンウルフ全8巻 8000円。
 たぶんゲームブックの相場を知っている方であれば、たぶんこの価格はかなりあり得ない価格であることは分かるだろう。
「うほーwww これは、もしかして100年に1度のチャンス?」
 わたしも、これはさすがに眼を見張った。
 ピラニアがうじゃうじゃいるアマゾンに、クロマグロを投げ入れるみたいな物だ。
 もしかして、手に入るかも、とわくわくしたものだ。
 もう、決戦は水曜日を歌いながら、日曜日、月曜日、火曜日と指折りかぞえていたのだ。
 しかし、なかなか、最初の入札をするやつが現れない。
 血のにおいが充満すれば、当然ながらに大量のピラニアが集結し、とんでもない額に跳ね上がってしまう。買う側としても、なるべくこのお宝は、目立たないようにしておきたい。
 ぴりぴりした神経戦が続き、ついに終了15分前に突入。
 ここではじめて、入札者が現れる。
 ここからが修羅場だった。
 ピラニアどもが一斉に入札を開始する。
 価格はぐんぐんと上がり、わたしも仕方なくぎりぎりの額を入札する。しかし、そんなのはまったくお相手になりませんよと、ぶっちぎっていった。
 最終的な価格は、30500円。
 あー、いや、それは出んわwww

 もう一つ狙っていたのもかすってみたが、あっと言う間にそっちも急騰して、よく分からない額になって終結。

 あー、まあねえ。
 金があるやつにはかなわんわ・・・。


 ■太閤立志伝5を買った・・・。

 なんか、はまるんですよね、太閤立志伝・・・。
 なんでですかねえ・・・。
 まあ、息抜き程度にやっております。
 あの下から這い上がっていく感がいいのですかねえ・・・。
 ちなみによわっちいけど、なかなか筋はいい武将を天下人にするのが好きです(笑)。


 ■黙示の許諾

 が、あったと見なされると思うよ、最高裁では。
 というか争いになるとは思えない。
 百選ぐらいは読もうね。
 40条は関係ないよ。
 あんまり原理主義で一般人を脅さないで。



 んー、なに書くつもりだったのか、忘れてしまった・・・。
 なんか、もう一個、でっかいメインディッシュがあったような・・・。
 とりあえず、思い出すまで、小ネタを羅列する。



 ■ゲームの儲け方

 これはまあ、オンラインの従量課金ですな。
 簡単に言えば、ソフトは無料(or低額〜標準額)にして、マッチングで金を取る。
 ゲーセンビジネスをオンラインに持ち込むわけです。
 マッチメイクで金を取る。
 興行主なわけです。
 まあ、この辺は一般人用スポーツビジネスを参考に。用具もあり。この辺は、WCCFとかとあんまり変わらない。
 観客が入って、そこから入場料を取れるとなおよい。


 ■『技術論』という本の話。

 これは以前紹介したことがあるのですが、オイゲン・ディーゼルというディーゼルエンジンを開発した、ルドルフ・ディーゼルの息子の本。
 まあ、ぶっちゃけ、産業革命を起こした人々の名言録みたいな体裁になっていて、かなりショックを受けるほど、びびっとくる文章が大量に載っているのである。まあ、シリコンバレーにあと百年ぐらいの蓄積が出来れば、こんぐらいすさまじいソーラレイを編集できるかなあという感じの本なのである。
 まあ、この本は産業革命のネクロノミコンなわけです。

 これは旧字体で書かれているので、今風に翻訳したいなあと、どうしても思ってしまう。というかだれか、これ、たぶん売れるからやってくれませんかねえ…。

 どうでもいいが、この本は、特許法のバイブルになっている特許法概説を書いている吉藤さんがどうもこの本を心酔しているっぽいことを掴んで、あちこち捜して買った。


 ■スタジオジブリの、ゲド戦記の作り方がすごい。

 思い出した!
 やった!
 これだ、これを書きたかったのだ!

 これである。

 ■「ゲド戦記」制作日誌
 http://www.ghibli.jp/ged_01/


 これってどんだけの人が読んでいるのだろう。
 わたしがショックを受けたところを、ピックアップしよう。
 このブログはくだらないことも非常に多く書いてあるのである。

 ■全ては一枚の絵から始まった ─世界観(1)─
 http://www.ghibli.jp/ged_01/20making/000292.html


 ●映画=ストーリーなのか?


 皆さん、映画作りとは、何から始まると思いますか?

 ストーリーを作るところからでしょうか。それとも、キャラクター作り? 人それぞれ、映画の見方が違うように、作り方に対する視座も様々ですが、映画は、物語作りから始まるのでは? と想像される方が多いのではないでしょうか。

 かくいう僕も、ジブリに入るまで、映画作りとは当然、ストーリーを作るところから始まるのだと思っていました。あらすじを練りながらキャラクターを設定し、脚本を作る。その脚本をもとに、キャラクターや舞台設定の絵を起こしてゆく。しかし、答えは、全く違うものでした。


 アニメーション映画は、一枚の絵から生まれるのです。


 まあ、この辺はどうでもいい。

 吾朗監督の、まだ見ぬ一枚の絵を探す日々が始まりました。

 横幅30センチ程の画用紙に、鉛筆でイメージを描きだし、透明水彩絵の具で着彩してゆく。あっという間に、壁一面がイメージボードで一杯になった事を思い出します。
 一方で、僕の仕事は、スタッフ集めでした。映画は一人では生まれない。企画段階に、吾朗監督をとりまくスタッフを、どれだけ集めることが出来るか。準備室の前を通りかかるスタッフに声をかけ、「覗いていきませんか?」と誘い込む。まるで、繁華街の勧誘のようでした(笑)

 やがて、当時、ジブリ美術館の短編作品の作業をしていた社内のスタッフたちや、社外のフリーアニメーターたちが準備室に足を運びはじめ、吾朗監督と共に、イメージボードや美術ボードを描き出します。その中に、現在「ゲド戦記」のメインスタッフである、作画監督の山下明彦・稲村武志、美術監督の武重洋二の姿もありました。


 こういうの重要。
 結局誰がなにをしたか。

 続こう。

 ■全ての道はローマに通ず ─世界観(2)─
 http://www.ghibli.jp/ged_01/20making/000317.html



 「(物語の舞台の)モデルは、ヨーロッパの絵画の中に、沢山ある。まず、絵を知らなければならない。ヨーロッパの絵画を集めなさい」
 
 以降の話をまとめると、次のようなものでした。
 
1.無から有を生み出そうとしてはいけない。古今東西の絵の中に、映画のモデルとなる世界は、必ず存在する。その絵を見つけること。

2.映画の時代背景と、探すべき絵画との時代背景・モティーフに注目すること。

3.その世界を、ひと言で表す言葉を探すこと。

 (中略)

 はじめに、ゴロウ監督が挙げたのが、ピーテル・ブリューゲル Pieter Brueghel the Elder(1525-1569)でした。ブリューゲルは、「雪中の狩人」や「バベルの塔」等で有名なベルギー・フランドルの画家です。僕も一昨年、ウィーン美術史美術館で実物を見てきましたが、所謂美術書で代表作として紹介されるこれらの作品よりも、吾朗監督が注目したのは、ボッシュ Hieronymus Bosch(1450-1516)の、ペシミスティックな空想世界に影響を受けた「反逆天使の転落」や「謝肉祭と四旬節の喧嘩」等でした。

 (中略)

 その後、様々な試行錯誤を経て、最終的に行き着いたのが、宮崎駿監督のアドバイスによって知ることになる、クロード・ロラン Claude Lorrain(1600-1682)の絵でした。


 たぶん、あとは読めば分かると思うのだが、この辺の情報を漁っていけば、大量の絵画的な資料に出会えるのである。これは、ジブリの一種のシンクタンクを垣間見た瞬間である。

 ボッシュとか、見てみたい?

 http://images.google.co.jp/images?rlz=1C1GGLS_jaJP308JP308&sourceid=chrome&q=Hieronymus%20Bosch&um=1&ie=UTF-8&sa=N&hl=ja&tab=wi

 一撃だ。
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