CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< October 2018 >>
本家STORY FACTサイト
NEW ENTRIES
CATEGORIES
RECENT COMMENTS
  •  『マネーショート』を観た!
    萬太郎 (10/03)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    hikali (05/08)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    マイケル村田 (05/04)
  • GB解析 -NG- ウィザードリィ3 ダイヤモンドの騎士 橋爪さんですね・・・
    hikali (03/29)
  • GB解析 -NG- ウィザードリィ3 ダイヤモンドの騎士 橋爪さんですね・・・
    マイケル村田 (03/25)
  • GB解析 -NG- ルパン三世/暁の第三帝国 良作なエンターテイメント
    hikali (01/09)
  • GB解析 -NG- ルパン三世/暁の第三帝国 良作なエンターテイメント
    マイケル村田 (01/06)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    hikali (11/24)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    マイケル村田 (11/21)
  • GB解析 -NG- 新・鬼ヶ島 暗黒の化身を討て! 成功した理由が良く分かりました。
    hikali (06/27)
RECENT TRACKBACK
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
管理人hikaliの開発の日々の備忘録です。
本家はこちら。
http://plaza.rakuten.co.jp/hikali/
 『消える月』


 メモ魔だと言われるようになったのは心外で、最近つとめてそうなったつもりは、さらさらない。
 ただただ突如に発生した長期プロジェクトにあわてて、まっさらなプロジェクトノートを下ろしてを前の方からスケジュール、後ろの方からメモ書き、または走り書きをはじめると、びっしりと埋まった「メモ」に両親や、看護士さんから、
 メモ魔だ。
 といわれるようになった。
 新品の、ダイソーで買ってストックしていた100円のモレスキン・クローン(通称ダイスキン)ノートは、たしかに記録帳というよりは、単なるメモ帳だ。

 40.5度の高熱で自転車を運転中、意識を失って救急車搬送された。
 何らかの理由で血中に細菌が入り、手術で言うところの「感染」に近い症状になったことで、わたしは高熱を発した。原因は不明の高熱。以前同じような症状に経験豊かな開業医は為す術もなく、わたしは数日の高熱の後に大学病院に救急搬送された。搬送されたのは、高熱の末に細菌がわたしの心臓弁を食い破ったからで、その血栓が脳に飛び火して、誰にでも明らかに救急車送りと理解できる、脳梗塞で意識を失ったからだ。
 今回も症状はほぼ同じで、まだ発熱しただけで悪化はしてないので、手術の必要なしと判断できるまでは集中治療室預かり、その危険がないと判断されてからは病室で延々と抗生剤の点滴をうつだけという閑散とした日々が続く。
 その当時は入院中の自分には出きることなどない、選択肢はおそろしく少ないと思っていたのだが、振り返ってみると、あれができたじゃないかと気づくことが多すぎて、ぼうぜんとする。
 入院がお盆前で、退院が10月中旬であるから8週間は、わたしの40歳から消えた。
 9月という月はわたしの今年にはなかったのか?
 プロジェクトノートをひらくと、空白を必死に埋めようとする文字が、お前にこれをまとめられるのか? という顔をして何十ページにもわたって連なっている。
 きっと、それをあきらめたら、わたしの9月は消える。

 モレスキンノートというのは、為替にもよるのだが1800円ぐらいの変形A6サイズ(90×140ミリ)のノートで、とてもハンディーな黒皮(モレスキンはもぐらの皮膚の意味)の大容量(196ページ)であることで有名である(綴じ方が特殊とされる)。おおきく無地と罫線の2種があるが、わたしが使うのは罫入りの方。
 わたしは日々の大切な事柄は、母艦である本家モレスキンノートに書くのだが、今回のように突破的な事態では、半ば使い捨ての100円ノートを用意して、メモ書きとしてそのノートを利用する。
 おおよそ19世紀、20世紀の文化人たちが愛用していたとのふれこみなのだが、なるほど忙しくヨーロッパ中を駆け回りながらふと気づいたことを記すのに適したノートで、もちろん入院先でも思いのほか重宝するのだが、いかんせん片手サイズのノートなので記載がいちいち細かくなる。
 わたしは目の前で開いて書いているので、ちょうどいいサイズなのだが、脇から見ると、信じられないぐらい細かい文字でぎっしり書かれているようにみえるらしい。わたしとモレスキンの付き合いも長く、小さいスペースにびっしりと書くことに慣れてしまっている。
「○○(わたしの名前)って、こんなに細かい性格だったんだね?」
 いまさら言われて心外なのだが、デザインの仕事とか、プログラムの仕事とか、法律の仕事とか、細かいことができない人にはできないから、などといっても分かってくれそうにない。

 産業革命に起こった「だれもが旅しながら創造した時代」をモレスキンは象徴するのだろうけど、情報革命に起こった「だれもが日常的に創造し続ける時代」、つまりいま現在にも、似たような象徴がある。スマートフォンがそれで、モレスキンのキャッチコピーである、パスポートよりも失ってはならないもの、はまさにスマートフォンにもあてはまる。

 創造し続けるなどというと、何を大げさなと思うかも知れないが、著作権法上の視点からみると、現在ほどホイホイと著作権が発生している時代はない。「だれかがつぶやくたびに」、「写真をアップするたびに」、そこに新たな著作権が発生し、その扱いを不法にすると裁判沙汰になる恐れがある。
 現状をみてしまうと、その光景があまりにもカジュアルすぎてピンとこないのだけど、一昔前にはこれを実感できる環境が広がっていた。
 つまり発信することがカジュアルじゃなかった時代。
 そして、アンダーグラウンドぽい界隈に。

 ■モバイラーたちの時代

 iPhoneをみて、
「あれって、ソニークリエのパクリだよね?」(国内厨)
「パームの方が近くねえ?」(王道派)
「おれはハンドスプリング持ってたよ」(おしゃれ派)
 と言い出す、古のガジェットヲタたちが騒ぎ出す界隈がある。これはパームトップ(パームOSと呼ばれるOSを積んだスマホ(ただし電話機能はない))だけだが、これとは別にクラムシェル(ミニワープロ)という界隈があり、それらを総称してハンドヘルド、または単にガジェットと呼んでいた。
 これらのガジェットを使いこなす人たちはモバイラーと呼ばれ、NTTドコモのピーイン・コンパクトと言う商品名のPHS回線にどこからでもつなげる契約をして(当時64kbpsだったなあ・・・)、パソコン通信をしたり、メールを受けたりしていた。
 何を隠そう、わたしはかなり最古参に近いモバイラーで、現在でもこの文章はシャープのnetwalkerというガチガチのモバイラー仕様のクラムシェルで書かれている。
 netwalkerをみると分かるのだが、この機種は両手で持ち上げるように持って、右の親指がオプティカル・ポイントがマウスポインター、左の親指が右クリック・左クリックを押すようになっていて、立って操作することが前提になっている。満員電車の中というのはスマホがでるまでは非生産的なだけな空間でモバイラーがガジェットを持つ理由の真っ先が、この満員電車だった。
 わたし中古でnetwalkerを買ったのはこのサイズのハンドヘルドが必要だったからで、別に立って操作できないと困るなどと思ったことはないし、そもそもわたしはそんな設計がされていない歴代シグマリオンを満員電車で何の問題もなく使っていた。
 それでもおそらく当時の設計思想にやられてしまった人が設計したのだろう。
 当然のようにnetwalkerは、満員電車仕様になっている。
 それでそのモバイラーたちが何をやっていたのかというと、時代によって違うので一概にはいえないのだが、わたしが書いていたメールマガジン『物語解析』は2週間に1回ぐらいのペースで原稿用紙30枚分書いていたけれど、それはすべて行き帰りの通勤電車で書いていた。
 
 ■完成稿に至るまでに必要な工程

 『物語解析』を書いていたときは、平気で素のテキストを何の構成も考えずに、いきなり本番原稿を生で書いていたりしたのですが(いや・・・、若いって怖い・・・)、さすがに最近はメモをとってからまとめたりするようになってきた。
 ここのところ小説ぐらいしか長い文章を書いていないので、補助的に書いていたのはプロットぐらいしかなかったのですが、今回プロジェクトノートを書いてみて、ああ、こういうやりかたもけっこう面白いかも、と思ったりしました。ただまあ、複数人数で関わっていないと複雑なメモ書きをするメリットがないので、今回の入院はともかく、一人でコツコツ作っている以上は、あんまり必要ないかもしれないと思いはします。

 ハンドヘルド(HH)で作業ができないケースとしては、
 1.広い画面が必要
 2.複数アプリケーションを立ち上げる必要がある
 3.入力が主となるので、キーボードの選択ができないHHは向かない
 4.特殊な環境を導入できないとできない
 5.単数もしくは複数の書籍をみながらでないとできない
 といったものがある。
 これらの具体例を細かく説明すると蛇足になるので避けるのだが、わたしの皮膚感覚として自分が作業工程として作る流れのだいたい半分ぐらいは、これらに該当する。アバウトな感覚なのだがわたしにとってはこれらは「重い仕事」という分類になる。
(まあいまになって思えば、物語解析の一回分を書く創造的な作業が「軽い仕事」で、ゲームブック解析の機械的なゲームブックの項番入力作業が「重い仕事」なわけがないのだが)

 これは得てして、作業工程を重い塊のまま放置しているから、起こってしまうボトルネックで、作業を見直して軽い環境でもこの工程をこなせるように、この塊を小さく砕いていく努力をしてこなければならなかった。
 入院中にもできる、電車移動中にもできる、映画の上映を待っているほんの10分ぐらいの間でもできる。
 追求していくとキリはないし、わたしも人間なので疲れるのだが、どっさと積み残っている「やれていないこと」の山をみるたびに、作業工程をもっと軽くしないとなあ、などと思うのだ。ただこれらの作業を重くしているのの一番は気持ちの問題で、気づかないうちに避けて通っていたり、見て見ぬふりをしていることがしばしばある。
 実は今回、のちのちになって振り返った時に、とても重いはずだった重要な仕事を、
「すごい軽い環境で出きるようになるまで、細かく砕いていた」
 ことに気づいたのだ。
 あれ? これって、この手順踏めば問題なくできたんじゃね? 
 もうねw これは気持ちの問題ですw
 せっかく努力してたのにねえwww あー、そんなにやりたくなかったんだwww

 ■カレンダーの違い

 退院が近づいたころ、わたしはいつもつけているスケジュール帳、というか備忘録をぺらぺらとめくって愕然とした。
 正直、5月から8月のわたしは褒められたものではなく、本業方面は堅実にやっているが、とくにいそがしいわけでもないにそれ以外はまるでダメ、という状態だった。まあ、ちゃんとやっているからとは言い訳はつくのだけど、あまりにも何もしていなくて、じりじりとした焦りを感じてはいたのは事実。
 しかしぽつりぽつりとしか書いてないその「何もしていなかった月日」は、びっしりと書き込まれた入院中のプロジェクトノートのスケジュールより多くのことをしているのである。
 つまりわたしは入院中は、退院に向けて必要なことはしているが、そこから出るともう関係なくなることに一生懸命になっているのである。適切な例を挙げるのが難しいので、悩んだ末に、とても抽象化して一般化した例を挙げるのだが、
 ある組織の特殊な儀式を一つずつ丹念に行っているだけ
 なのである。
 わたしは技術職だったのでよくあったのだが、派遣で現場に放り込まれて、デスマーチぎみになって職場をとりあえず派遣期間終了まで生き残る、経験にだいぶ近い。死なない程度に頑張るのがとりあえずの任務で、実際にはそうではないのだけど、文章で見える範囲を汲んでいる限りは、派遣期間終了ですっぱり手を切るので、次の派遣先の業務と一切関わることはない。なので、お金だけもらってさようなら、なのだけど、こういう期間を実のあるものにするのは、けっこうたいへんだ。
 一方、自分の自由になる部分は、全部自分の次の日以降に向かって積み上げることができるので、やっていることの意味も明確だし、じゃっかんひどかった過去数ヶ月をうらめしく反省する。
 
 さてさて、積み上がっていることたちはリストアップしたので、作業を細かく砕く作業に勤しみましょうかねえ・・・、などと思う。
 いや、そのまえに「消えなかった月」にしなければ。




| 雑記 | 22:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
 祝カズオ・イシグロ、ノーベル文学賞受賞!!

 なにを言っても後付ぽくなってしまった言い訳になるのと、現在が入院先から一時帰宅を許された三連休の最終日、朝午前5時、という状況なので、たいへんに手短に。
 きっと、カズオ・イシグロが、ノーベル文学賞を受賞という報を聞いて、真っ先にメモをした自分のノートをそのまま抜書きするのが一番リアルな声だと思う。

 ・取り上げるつもりだったのに、ノーベル賞になってしまったって、なんて思い上がりなのだろう。
 →こうなった以上は、自分以上に精緻なよみができる人がいないと思えるぐらいにまで読み込んだ感想をしよう。

 ・カズオ・イシグロを理解する上で一番わかりやすいのは、小説を書くAI特集回(『ことばの未来 「自然言語」をめぐる冒険』)のwiredのインタビュー。感情の作家であるとする本人の談は非常に共感することが多く、感情のドラマとしての小説に自分ものめり込むというか、好き。
 彼のノーベル賞受賞を受けて、わたしもノーベル賞を目指したいなどというだいそれたことではなく(そもそも冒険小説系のエンターテインメント作品ズブズブな人なので、文学賞とか方向性が違いすぎる)、『感情の書き手』として、感情豊かで人間的な人たちを描いていきたい。

 というわけで、かなり久々のエントリー。
 実はけっこうかなり入院中原稿が溜まっているので、退院次第、どばーっと出て来る予定なんですが、すごい量なので、誰が読むんだろう・・・、とか思ったりしています・・・。

 ゲツマツマデニハナントカデタイ・・・。



| 雑記 | 09:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
 ミュシャ展行ってきた!

 えーと、会期末が近くて申し訳ないのですが、国立新美術館で開催中のミュシャ展、見てまいりました!

 最大のウリは、世界で本国以外では初と言われる(たぶん)、スラブ叙事詩の公開です。
 これは見れば分かるのですが、壁画であり、神話です。
 たとえば、手元にある資料によれば、そのサイズは610cm×810cmとあります。入り口から見ても、圧倒されるサイズでこんな体験ができる機会はほとんどないでしょう。広い国立新美術館の展示室が狭く感じるほどです。そこにぎっしりと聴衆が来ている、そんな光景。これが20点以上あります。
 会期末は6月初旬のはずですが、何千人いるんだと言うぐらいのレベルだとは思います。
 同時に公開していた草間彌生展が凄まじい混雑になっていることもあって、混雑感は凄まじいです。わたしは、障害者手帳を持っているおかげで、入場券の列には並ばなくて済んだんですが。

 ミュシャのおなじみの作品に関しては、素通りの人が多かった印象ですが、ミュージアムショップがバーゲン中の百貨店並みの、殺気立った状況で、ポストカードやら、クリアファイルやらで(当然ミュシャの絵が印刷されている)、「12点で6700円です」とかイカれた状況になっていました。
 もはや見るのではなくて、買うのが目的なのですね・・・。
 アニメの限定グッズを買いに来るノリなのです・・・。
 わたしは、普通に図録(展覧会で発行されるその展覧会で展示された作品の画集。恐ろしく安い。ちなみに今回は税込み2400円。260ページカラー印刷)が目的というかこれを買うために来ているので、もちろんこれしか買わないんですが、そのレベルではなく物欲の修羅場と化したミュージアムショップを初めてみました。ミュージアムショップって、だいたい多くて数十人しかいないんです。数人しかいない時もあります。それが、数百人がもっと詰めろと言っている状況だったのです。
「3列に並んでください!」
 などと交通整理をしていたほどで、買い終わったあとも、これって無事に出れるのだろうか、とさえ思うような混雑ぶりでした(^_^;
 満員電車かよというレベルの人が、ミュージアムショップにいるんですよ?
 あの熱狂を見ると、ミュシャはほんとに売れっ子なんだなと思いました。

 そんなわけで会期もあと2週間ほどで、いよいよ佳境に入っているのかもしれませんが、国立新美術館のお近くの方は(渋谷から地下鉄で2駅)、ぜひぜひ見に行ってみてください。作品はもちろんのこと、人であふれる美術館の熱気を味わうだけでも、けっこう得した気分になりますよ!

 以上、現地からの報告でした。

| 雑記 | 22:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
 ストーリーってなんだ!

 先日、近所のコンビニで変わった光景を見た。
 10人程度の男女が寒空のコンビニ前で談笑しているのである。
 年齢層には偏りはなく、中年から大学生ぐらいまで、それが親しく話している。わたしの念頭には?しかなくて、コンビニでお茶を買って、出てきてそれでも続いている歓談をぼんやりと見ながら自転車に乗った。そのとき、
「あ、タクシーきたよ!」
 見ると2台のタクシーが迎走のランプを照らして入ってくる。
 それでぴんとくる。
(飲み会だったんだ)
 それでもその集まりの理由はわからなかったのだけれども、中年のおばちゃんと大学生と思わしき男性ふたりが仲良さそうに話している。何もわからないのだけれども、そのコンビニの近くにはそこそこ祝いの場で(そして葬式で)使われるような、世間体はそんなに悪くないことになっているお座敷があって(高くはない)、そこで宴会をした帰りなのだと腑に落ちる。
 たぶん店でタクシーを呼んでもらい、ここで待っていたのだろう。
 それでなにもかも納得してしまった自分に、あれ? と思った。
 わたしはその人達がどういう関係なのかまったく知らない。
 それでもわたしはわかった気になった。
 それは、どういうストーリーだったかがおぼろげに分かったからだ。

 最近、マーケティング関連の言説で、商品にストーリーをとか、企業の物語はなんだととかそういう声がとてもたくさんある。わたしは小説を書いてきた20年選手なので、それをとても難しく考えていたのだけれども、どうもそれはもっと簡単に考えていいのだと、その時気づいたのだ。
 面白い物語をどうすれば考えつけるかは、考え始めたらキリがない。
 そもそも、商品のストーリーも、企業の物語も、フィクションにすることができないのに、ドキュメンタリでフィクションを超えるのはよほどの物語の持ち主に限られるし、それに脚色するのであれば、クライアントに嘘をついていることになる。
 そこまで難しく考えることではないのだと気付いたのがこの一件で、
 ――だって、タクシーきたよ! だけなんだよ! わたしが衝撃を受けたのは。
 こういう現象がたぶんあまりにも多いことに気づく。タクシーが来た瞬間に、それまでのどうしていたのかが、推測できてしまい、腑に落ちて、納得になる。
 ストーリーというのはたとえば商品だったら、それがあなたの生活に入ってきたらどんなストーリーが描けるか、程度のものでいい。そのマグカップを買ったら、たぶん毎日嬉しくて見つめてしまうだろうな、でいい。誰もが自分の未来の生活を正確に描けるわけではないし、そんなことができるならば、わたしはプロの物語作家になっているだろうけど、なってはいない。
 それがストーリーのあるマーケティング。
 凡庸なお座敷に入って、タクシーを呼んで、コンビニで待つストーリー。
 これが腑に落ちて、高くないと思えば、お買上げありがとうございます。これがストーリー戦略。
 すごい単純なことが重要なんだと、コンビニの集団に出会って思った。

 こっちに振っていいのかと思いつつ、自作の話なので読んでない人はここでお帰りいただくことをご推奨しますが、自作小説である『あらしにあこがれて』の話を省みる。
 もはやカオスになってきているので、これ整理できるのかという危惧がまずある。ただ、小説を書く経験点は稼いでいるので、なんとかなるんじゃね? という気はしている。わたしが感じている「これやばくね?」と読んで下さっている方の「これやばくね?」は差異があるはず。それは掛けている時間が違うし、考えている量が違うし、経験量も違うから。ただそれでも細かい部分ではいろいろ難点があって、それを考えてしまうとキリがない。
 個別具体的には、
 1.アクションシーンが少なくなるけどいいの?(竜狩りシーンをカットするから)
 2.シャビ渡航前と後の整然性を取るの難しくない?(これは原稿読まんとわからん)
 3.ルナが成功しすぎじゃない?(この感覚は難しいですね(^_^; )
 4.現状(次回分も含めて)80枚あるけど、150枚行くんじゃないかなこれ・・・。
 と来るのですが、ルナはシルバの連帯責任人なので、これは謙虚なシルバに対する神様の贈り物なのだと、まだ解説していないところに踏み込むのですが、この物語の主人公はシルバなんです。
 そこがたぶん分かりにくいだろうなと思うのです(説明してないし)。

 ルナは魅力的です。
 でもルナはこの物語の主役ではない。
 それでもここで書かないと後の展開予定を考えても、ここ以外に書くところがない。なのでシルバを助ける人としてのルナを書くしかない。でも、それってルナに対して失礼じゃないのか、とどうしても思ってしまいます。
 ルナの物語はルナの物語としてちゃんと用意されています。
 でもこの時期のルナは、それなりに書いてあげたい。
 でもそれを穏便に書くと、ルナが成功しすぎてしまうんです、シルバの相棒として。
 そうすると軽薄に見せていたのが裏目に出てしまう。ルナも、もうひとりはゲームブックのパオペラシリーズのリオネもそうなんですけど、わたしの妹がだいたいああいう軽薄さで、事業を成功させているようと言うのは、兄としては自分が情けないなあとしか思わないのですが、危ないよなあとどうしても思ってしまうのです。
 これは性分ですね。

 いろいろ書くとキリがないので、そろそろ終わります。
 毎週金曜日更新で、ほぼ月曜日にはその次の回の原稿はできていたりします。
 なので安定的に金曜更新ができなくなったときは、なんか問題があったと思って頂けるとうれしいです<嬉しくないだろw 


| 雑記 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
何の話だかよくわからないのだけど、たぶんタクシーの話。


 本日、コンビニの前を通ったとき、見慣れない集まりを見た。
 大学生と思わしき数人がいたのでそのような年齢の子供のいる年代の人たちの集まりで、10人近くはいた。何をしているんだろうとぼんやりと見ていたのだが、一体どういう集まりなのかまったくわからない。
 買い物をして、お茶を飲んで、自転車に乗ろうとした時に突然に車が入ってきて、
「タクシーきたよ!」
 聞こえて、やっとわかった。
 見ると2台のタクシーが入ってくる。
 ああ、飲み会だったんだ。
 考えてみるとそのコンビニの近くには、シニア層に人気の料理屋がある。
 そうするとストーリーが流れ始める。
 この人達はあのお店で飲み会をして、お店でタクシーを頼んで、コンビニで待っていたんだ。その前後のことは知りはしないのだけど、なんとなくわかった気になるのは面白いなあと思った。これがストーリーだ。

 わたしは小説はどう書くのですか? という質問を見て、書いたことがある。

 ■小説の書き方の話
 http://blog.story-fact.com/?eid=712080

 ただこれはほとんど実装論になっており、もうちょっと一般化できないものかと思ったりもする。ただ、まあ実装論よりになるだろうなと思ったりはするのだけど。

 わたしの場合、だいたい冒頭の10枚が書けると、だいたいうまくいく。
 『死神の帰還』の場合、たぶん理解がしにくいと思うのだけど、一人称で文章を書いていると、その人物が男性か、女性かというのは非常に分かりにくい。完全に実装論だけれども、冒頭で書いているのだけれども、アルトで読むと、という文章で女性だと書いているのですが、これを考え出すために報告書が生まれて、その話している舞台が、帰還する帆船という風に固まっているのです。船の中から始めると決まってから、あとは芋づる式に決まって、ほとんどアドリブで書いています。
 この報告書は苦し紛れに出てきたわりに物語上非常に重要になって、物語の展開に大きく影響をあたえるのですが、その始まりは、女性だとわからせるにはどうしたらいいのか、から始まっているんです。
 実装論ですね(^_^;

 『鉄鎖の次王の恋』は大枠の物語はあったのですが、イオと次王の関係という部分が何故生まれてきたのか本人にもよく分かってなくて、書いていたのは入院中だったのですが、別に何らかの天啓があったわけではなく(2回めの入院のときだったので、1回めの入院のような幻想を見たというわけではなく)、ただまあ、今考えてみると、密接な抗しがたい密な関係にしたかったのかなあなどと思います。
 ラストあたりはニーベルンゲンをモチーフにしていたので、まあこうなるわなというぐらいは考えていたのですが、暗い話だなあとしか・・・。わたしがボルニアサイドに、強すぎるからペナルティーを与える、というポリシーを持っているのがそのまま出た形になっています。

 『旅する真葛』の場合は、これは企画の段階を開示しているのだけど、

 ■喫茶店のコーヒーと紅茶へのリベンジ その1
 http://blog.story-fact.com/?cid=7368

 まあ簡単に言うと、野良の質問に応えるためにこれだけの、検討が必要になるということなんです。わたしは設定資料のために小説を書くということをしているのですが、これはロードス島戦記で著名な水野良氏が書いていたやり方で、ああなるほど、便利だと踏襲しているだけなのですが、シドがわからんぞ、どうなってるんだ! から『死神の帰還』を書いたわけですし、ボルニアがわからんぞ、どうなってるんだ! から『鉄鎖の次王の恋』を書いたのです。
 『あらしにあこがれて』を書いたのも同じ理由で、遊びで第三作を書こうとして、無理だと分かって、これはプレストーリーを書かないと無理だなと思って書いているのです。
 文章の出だしは、よくわからないけど、良かった。
 もともとの仮タイトルは「雨粒」だったんです。
 たぶん序盤の書き方は雰囲気が違うと思うと思うのですが、あれはあれで上手いとは思うのですが、雰囲気がぜんぜん違います。「あらしにあこがれて」とタイトルを定めた時に、突然これが何かわかった気がして、タイトルって重要だなと無邪気に思ったわけですが、こんなことで変わるなんて不思議ですね。
 あの話は、なぜかシルバの話からルナの話になるのですが(予定)、もともとシルバを書くために全部考えていたのに、ルナに乗っ取られる話になりました。人称というのは、難しい話ですが、ルナ人称だったらルナの話になるだろうというのは分かりやすい話だし、シルバを控えめに書きすぎたとは思います。ただ、ルナが格好良すぎて、このキラキラを書かないわけには行かなくなったのです。
 こんな娘にするつもりは一切なかった。
 ただ、 どういう偶然か、一人で生き始めた。
 わたしはしばしば、物語に迷うとその登場人物の声を聞く瞑想をするのですが、ルナはいちいち聞くまでもなく、大声で叫んでいた。わたしはしたい、わたしはこうありたい、わたしはこうだ。
 ルナを書くのは簡単だったし、それは手に取るようにこの娘がどう考えているかがわかったからだ。それは単純化しすぎているのかとは思うし、ルナの細かい部分まで設定できていないというということも思うなのだが、簡単に書きすぎだとは思う。
 ただ、書かないというのは罪だ。
 どんなに未熟でも書いたほうがいい。
 書かないと、自分が見えない。
 どんだけ劣っているかがわからない。
 へたくそだと理解しながら、それに耐えないと、上手くならない。
 それが全部。

 上手い小説はこの世にいくらあってもいいと思っている。
 小説ほどこの世にどれくらいあってもいい分野はないと思う。
 素敵って素敵じゃないですか。
 それはストーリーなんです。なんだかわからないけれども、理解しやすいものなんです。それを見つけるって、楽しいでしょう? コンビニでいいんです。そこにいて、何か不思議なものを見るだけでいいんです。変な奴らだなあと思うだけでいいんです。



 こんなに強烈な、あんまりいいたくないけど、キャラクターはなかった。
 ルナの筋道はわたしは知っているのだけれども(わたしが作者だし)、その先で出会うドラマに期待しか持てないのがルナ。
 これがほとんどと言っていい、すごい仕掛けなんだけど、たぶんこれに勝るのは6話以降の大展開しかないかなあ。
 何年後の話をしているんだ(^_^;

 

 


| 雑記 | 03:30 | comments(0) | trackbacks(0) | 昨年の記事
初詣に行って来た! 予定:三峯神社→結果:秩父神社

 こんばんわ! お正月の夜をいかがお過ごしでしょうかhikaliです。
 去年の初詣は湯島天神と神田明神で撃沈という散々な有様でしたが(3時間待ちと言われて帰ってきた・・・)、今年はリベンジ、埼玉県民なら秩父の三峯神社だ! と血気盛んに向かったのは良かったんですが、出陣が午後という時点でもう予定がどう見ても達成できないそう、そして、なんでも三峯神社は西武秩父駅からバスが出てはいるものの、神社まで75分かかる上に、三が日はものすごい交通渋滞でいつつくかわからない状況、という身の毛もよだつ怖い話を聞き、まあ現地ついてから考えよう、と適当にやってきました、西武秩父駅。
 正月三が日ぐらい交通規制してもいい気がするんですけどねえ・・・。



 なんか新聞ではリニューアルされてすごくなっているという話だったのですが、



 あー、これですねぇ・・・、今造ってるとのこと。



 秩父の街は、秩父祭りのユネスコ登録で沸いていまして、これ秩父市役所なんですが・・・、



 横断幕を拡大するとこんな感じ。何となく読めるでしょうか。



 と、なにげに中心街を歩いてるいると向こうの方に鳥居のようなものが・・・。さっき秩父神社がどうこうと駅前の看板に書いてあったけどあれかなあ、などと思いながら歩いています。



 かなり近づいてきました。これわかりにくですがものすごい群衆が見えているのです。



 屋台まで出て大変なことになっているのですが、これお参りの順番の列です。もうちょっと先にくとわかりやすくなるのですが、30分待ちぐらいでしたかねえ・・・。



 何か御鎮座2100年なんだとか。中国だと前漢(「項羽と劉邦」の後に劉邦が立てた国)の時代だとか・・・。実際の建物は、落雷や火災で何度も焼け落ちて、徳川家康が再建したのが今の建物とのこと。あとでもちょくちょく出てくる姉妹とお母さんが、でも最古の木造建築って法隆寺だよね、などと言っていたので気になって調べました。



 あ、早速出てきましたが、その3人が「三峯神社は大丈夫だったよね?」「あれは三峯神社の御神体が狼だからだって」と地元民情報と思われるマニアックな話をしていたので、ネタ用に撮影。



 御神酒は、素焼きの杯(干支の浮かし彫りが入っている)をプレゼントで300円だったので、電車で来てるので記念にちょうどいいなとこの時思っていて、お祈りが終わったら早速お酒を飲んできました。
 あ、今年って酉年なんですね(<いま知った・・・。その杯を確認したから・・・。)。



 だいぶ近づいてきました。拝殿前に7本の綱が下げられていて、行列を7列にして進みます。



 このあと、秩父名物の玉こんにゃくを食べたりしたのですが、串を持ったまま撮影はけっこう難しいので省略、ピリ辛の玉こんにゃくかなと思って辛い方を頼んだのですが、かなり辛い味噌がかけられていて(コチジャンですかねえ・・・)、しばらくの間ぼーっとしていました(<辛いの苦手な人)。

 その後、せっかく秩父に来たのだから聖地巡礼ということで(「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」「心が叫びたがってるんだ」)、秩父公園橋へ。
 駅前の案内看板にかなり大きく書いてあったので、たぶんこれだろうと。
 これ、写真だと平坦に見えるんですが、けっこうな傾斜があります。10度ぐらいですかねえ・・・。スキー場の緩斜面ぐらいの斜度があります。



 交差点名を拡大したもの。



 せっかくなので荒川が見たいということで、先程の写真のポールが立っているあたりから撮影。かなり暗く見えるのですが、これ5時過ぎです。その少し前に防災無線から夕焼け小焼けが聞こえていたので、何時だったのかな? と確認したので覚えています。
 山に囲まれているので、日が暮れるのが早いんですね、たぶん・・・。



 あの橋脚の周りにはちょっとした広場になっていて三脚置いて撮影してね的なスポットになっていたので、そこから秩父の駅方面を撮影。これは後で分かるんですが秩父公園橋モールというスーパーやドラッグストアの集まった小さなモールです。



 市街に下り降りる素晴らしい夜景。この時点で、あれ、あの花はなんかメンマ背負って走ってたよなあ・・・、こんな坂とは違うように見えたんだけど・・・、などとやっていました。
 


 その後、電車の中で検索などして、この秩父公園橋じゃないことが判明(笑)。
 まあこれは下調べしないでいってきた自分が悪いんですw
 ただまあ、いちおう秩父公園橋の方も出てくるらしいので、あそこも聖地には変わらないと、まあ一件落着、いやー、行き当たりばったりってよろしくないですねw
 

| 雑記 | 23:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
 クリスマスのスーパー

 わたしはスーパーが好きだ。
 デパートが好きな人と、スーパーが好きな人と、コンビニが好きな人がいるとして、わたしは圧倒的に、スーパーが好きな人だ。ショッピングモールも好きなのだけれども、訪れるのは年に数回だし、日常的に行けるのはスーパーになる。
 それでもイトーヨーカ堂とかイオンではなく、地場のにおいのする泥臭いスーパーで、たぶん分類的には食品スーパーになる。わたしは八王子に住んでいたから、具体的にはマルエツだったり、生協だったり、たまにはイトーヨーカ堂には行った。
 たぶん市場だと思っていたのだと思う。
 わたしが住んでいた団地からは、八王子の北野の卸売市場にバスが出ていたので、何度も利用したのだが、わたしは同じようにスーパーが好きなのだ。

 わたしは何か詰まると、スーパーを歩く。
 お手洗いを借りに入って、そのスーパーの陳列を見て、お客様の顔を見て、どういう表情をしているのかを見る。ローストチキン用の骨付き鶏肉1278円をどう見ているかを見る。これはわたしにとっては娯楽で、それからチーズを見て、魚を見る。楽しすぎる。
 大学生と思える男子三人が、シャンパンかワインだかの品定めをする。
 うきうきしかない。
 それが伝播する。
 クリスマスにはまったく関係ありませんが! シマアジが入ってます! 小ぶりですが、3匹で598円!
 そんなアナウンスが入ると、ここは市場だという印象になる。
 78円の緑茶を買って出る。

 なんでこんなにスーパーが好きなんだろう。

 ※いい文章すぎて、手を加える余地がなかった。短すぎるけどけどもね。

| 雑記 | 01:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
 ブルーグラス

 デザインの仕事をしていたとき、わたしの目の前には高輝度のディスプレイがあった。
 わたしが一番伸びたときは、SONYのトリニトロンのCRTがあり、それを凶悪なぐらいに輝くようにわたしが調整して、24インチのトリニトロンのひかりを受けて仕事をしていた。24インチのCRTである。たぶん20万はくだらない機材だったはずだ。
 当時は裸眼で、それで画面に目を擦り付けるようにして画面を見ていた。
 まるでそれは、断頭台のようだった。
 わたしの色味を作る能力は異様なほどに伸び続けて、今でもその当時の画像を見ると、脳を変な方向に拗じられているような気分になる。
 結局わたしはノイローゼになり、うつ病を発症してその職場をやめた。

 わたしの色味は、だいたいコントラストが強くて、輝度が高い。
 とにかくひかりの強さを最大限に活かしきるやり方で、ぎらぎらとひかっているのだけれども、バランスが取れているのでそういうぎらぎら感に気づかない、というような感じのものが多い。
 たとえば、これはゲームブック解析で補正したものなのだが、この色味はわたしっぽいなあと思ってしまう。

 ■ゲームブック解析 -HG- ゼルダの伝説 蜃気楼城の戦い もっとも美しいゲームブックか?
 http://blog.story-fact.com/?eid=493298


 これは家のそこそこいいカメラが撮って、それを補正をしている。
 怖いぐらいに宝石のような補正をするのがわたしの色味なんですね・・・。
 実はこの色味の作り方は、関西乗り鉄の旅をしたときに、ドラゴンボール展の告知中吊りで見たことがあって、あ、これはわたしの色味だ、なんでこいつこれを知っているんだ、そしてそれを使っているんだ、と思ったことがありました。
 しかし、これはわたしの色なので、あるとき仕事で某漫画家の原画をデジタル化してくれという話が来まして、スキャンしてそれを補正するのですが(補正に2日ぐらいかかったんだが・・・)、これはありがたいのだが自分で補正すると言われまして、まあ、当たり前なのですが、わたしはかってにわたしの色を乗せてしまっていたのです。これはわたしの色なんですね・・・。

 自分で使っているディスプレイは三菱のRDT241Wという液晶パネルで、当時としては異様に発色の良かったもので、当時7万円ぐらいだったのは異様に安かったものです。
 もちろん上を見れば限りがないのですが、最近はネットカフェなんかでも、このディスプレイすげえなと思うものも多々見ます。たぶん黒の発色がいいのが増えているのですね(この発言には矛盾は感じますがw 黒は発色なのかというw)。
 ただ、このディスプレイの問題は、デザイン的にはいろいろな問題をはらんでいるのです。
 これがこのエントリーの主眼点で、そもそもわたしが殺人的に発色の良いCRTでデザインをしていた発色がその画面を見ていた人が共有していたとは思えない、というところにあります。
 たとえば、デザイン専用品でないディスプレイで見た色味はわたしが作った色味なのかという問題があります。デルのノートパソコンで見たら本当にこう見えるのかと言うのは、結構な問題なんです。簡単に言えば、ノートパソコンを持っている人は、そのディスプレイをうつくしいひかりが味わえるようには調整していないでしょう。
 デザインの仕事をしていたときは、営業のノートパソコンに割り込んで、その画面を映して何だこの色は、と言ってました。デルの液晶ではソニーのCRTの色は出ないのです。

 デザインの仕事をやめて、家業を継ぐことになるのですが、そのなかで自動車の免許を取ることになり、その関係で眼鏡が必要になります。わたしは気づいていなかったのですが、おそろしく視力が悪くなっていて、はじめて眼鏡を買ったときに、それをかけて、なんだ、このスーパーリアルな3Dゲーム画像は、と思いました。
 それぐらい見えてなかったんですね。
 眼鏡を掛けて起こった障害は、距離感がまったくつかめなくなったこと。
 たぶんわたしは、正確に見えないことで距離感を掴んでいたんですね。
 しかし、最近になってブルーグラスを掛けるようになって、このエントリーを書こうと思った。
 ブルーグラスは当たり前ですが、青色を弾くレンズです。
 PCに向かうことが多いので、流行に乗って掛けているのですが、夕焼けの色が変わることに気づきます。だいたい青が弾かれて、黄色味になるので、説明するとわかりやすいと思いのですが、夕焼けが紫色ではなくなります。
 香港色とわたしが勝手に呼んでいる色があるのですが、香港の夕焼け写真がなぜか紫とビルの照明の黄色に染まるものが多いのです。これは黄と紫は補色なので、そのコントラストを映しているのですが、それをみると、あ、香港だと思います。
 土地に色があるというのは不思議なのですが、この絵は現実にはブルーグラスを掛けていると見れないんです。紫がなくなってしまいますからねえ。

 わたしが作った、ゼルダの伝説の色味はブルーグラスを掛けても殺せませんが、青が入ってくるともっといいんだけれどもね、というぐらいは言わせてください。
 こういうのは難しいのです。
 わたしはブルーグラスを掛けていますし、見ている人がブルーグラスをかけているかどうかなんてわからない。そこにどんな補正がかかっているかなんてわからないのです。
 わたしの希望は、裸眼で、は画面5センチでちゃんと見てくださいぐらいなのですが、だいたいおすすめしません(^_^; どんなオタク製作者だとw



| 雑記 | 01:08 | comments(4) | trackbacks(0) | 昨年の記事
自分の作りたいもの(料理)

 正直なところをはっきりというと自分でも何を言っているのか分からないのだが、料理が作りたい。それはバゲットをベースにして、生オニオンと生鮭、そしてスライスしたフライドガーリックを大胆にまぶし、岩塩で締めたシンプルなサンドだ。もちろん胡椒ぐらいはあってもいい。
 この料理を手にして、のんびりと勝敗はどうでもいい野球の観戦を、ビール片手にしたい。
 何も考えるところがなくて、無邪気でフリー。
 その時間を食べてみたい。

 そんなのわたしの勝手な妄想だから、実現可能性はかなり薄いんだけど、たぶん実際にやると大量の問題が発生するんだろうなあ・・・。でもおいしいサーモンを見てしまうと、これはレモンを添えると最高なのにと思ってしまう。

 わたしが飯ネタが多いのは一種の冗談なのだが、過去にそれで書いた詩が、実は日本伝統の歌だと知って、びっくりしてこれを書いている。
 その歌はこう。

 どんぐりころころ、紅黄の落ち葉、まつぼっくりだぞ、きのこが美味い。
 ようこそこちらへ、秋雨前線、またこい来年、積乱雲。
 ながい雲路に、うんざりぼんやり、晴れて気付くと、夕焼けはやい。
 秋のながよに、なにするボクら、食欲、げいじゅつ、どくしょに、スポーツ。
 あれこれそれこれ、百人百色。どんな夜とは、訊ねはせぬが、長夜に見上げる、名月、おぼろ。夏にも冬にも、梨柿食えぬ。西瓜、苺と、焦がれる想いにゃ、高い代価が、待っている。
 夏のかげろう、冬の風花、春の芽吹きも、秋には無用。春夏かけて、実った木の実に、顔出す茸に、想い向けよう。

 紅黄の景色を、散らすな風雨、台風一過にゃ、栗さえ残らぬ。
 高波、洪水、台風警報、秒速50に景色は落ちる。
 どうせ落ち葉に、なるなら景色、自分のおもいで、ふさりと着陸、ほんの僅かな、空中散歩、春の芽吹きの、こやしとなろう。
 木の実も、茸も、空にはないぞ、実りは全て、赤黄の絨毯、リス駆け回る、足元潜む。
 月に梯子を、星に想いを、雲に片手を、日に翼。
 月が泣くのを、見上げるうちに、花の涙を、忘れているぞ。
 地面に落ちた、小さき木の実、忙しい小栗鼠が、せっせと巡る。めぐる季節に、景色も回る、変わらぬ空を、観るならいっそ、色づく山海、実りを採ろう。
 秋刀魚が旨い、稲穂色づく、鮭が登るぞ、芋煮はどうだ、熟した葡萄の、房の向こうの、長夜にのぼるは、おぼろ月。


 これは某商業で書いた文章なんですが、これは夏の世の夢のパックを想定して書いている文章なんですね。もともとモデルをパックにあてていたので、こうなったのですが、ただこの子は食いしん坊という設定になっていました。
 この歌はすさまじい批判を受けました。
 というのは、この歌を歌っている子に対して恋心を抱いている男の子に対する降伏勧告の歌になっていたからです。
 わたしはそんなこと考えていなかったんですけどね(^_^;
 わたしはナチュラルに、あー、これは無理だよなあと思っていただけで、それを文章にしたら、何たることだと突っ込まれただけで、わたしに悪意はなかったのですが・・・。

 この七五調の口上というのは日本の文化に根付いていたようで、どうもバナナのたたき売りの口上とほぼ同じことが分かって、びっくりしました。わたしは単純にシェイクスピアの真似をしようとしただけで、日経新聞を読んでいて、あれ? これか? と気付いてビビったのです。
 まあ、でもこれは許してくださいませ。



| 雑記 | 02:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
バーベキュウ


 最近始めた趣味はなんですか、と聞かれれば、たぶん散歩と答える。
 もともとあちこちふらふらと歩きまわるのが好きだったから、昔とあんまり変わらないのだけど、以前は、新潟だったり、宇都宮だったり、高崎だったり、千葉だったり、葉山だったり、三崎だったり、東京湾フェリーだったり、関西周遊だったりしていたのが、最近はそれが家の周辺になった。
 年寄ではないので、用事ついでにあちこちの道を自転車で通って眺めてみる。
 花で飾った庭があったり、電飾が好きな家があったり、本物そっくりの犬の置物がある玄関があったり、路地を覗くと芝生の広場と一体化した住宅街があったり、高台の何台もの高級車が止まっている邸宅があったり、お米を売っている倉庫があったり、広々と農機がガレージに並んでいる旧家があったり、それが一瞬で過ぎ去っていく。
 この株の花なんだっけ、昔よく見たよな、たしか種が黒くて、ああ、オシロイバナだ。
 わたしは凝り性だから、いつも同じ道を通るとすぐに飽きてしまう。
 なので、もしかしたらこっちの方が近道なのかもと、適当な言い訳をつけて、道を変えて走っていく。そうやって頭の中の地図を更新しながら、わたしの家の周りがどうなっているのかを理解し始める。

 日曜日はいつもレンタルビデオ屋に行く日で、日が暮れ始めたころから夕食の前までに戻ってこれるように、自転車を出す。
 なんでネットで映像コンテンツなんて配信しているのに、わざわざレンタル屋まで自転車を走らせるのかと聞かれれば、わたしは、うーん、わかるのかなあと警戒しつつ、
「レンタル屋はおまけなんだよ。外に出る口実が欲しいだけ」
 と答える。
 それでそのお店に向かうのだが、困ったことにそれはバス通りの方の駅前にあって、たどり着くには、おそろしく長い坂を登らなければならない、自転車で。それで裏道の緩い坂をとなるのだが、その裏道が川沿いを通る。
 一級河川では決してない、その支流の支流である。
 渡る橋が30メートルぐらいだろうか。
 わたしは高尾に住んでいたことがあるので例に出すのだが、浅川みたいなもんかな? なんて思ってみたりする。いや、浅川ほど立派じゃないか。川幅がたぶん10メートルもない。
 それでも、まあいちおうわたしの住んでいるところは、バブル期の新興住宅街なので、なぜか計画だけはご立派で、歩いて3分の公園は30年近く経って、埼玉るるぶに載るような桜の名所になった。
 い、いやぁ・・・。
 まあ、すぐ近くにスーパーあるから便利だし、もちろんわたしは、近隣で迷惑だなんて話は聞いたことはないのでいいのだけど、これのなにがいいのだろうと思ってしまう。そしてわたしの日課、あ、いや、週課は近隣でレジャーする人たちが何をしているのかを観察することになる。
 ようするに楽しそうだなあとみているのである。
 そうすると、目に入ってくるのは川沿いの道から見える、河岸でバーベキュウをする人たち。河岸といっても砂利石に雑草ではなく、コンクリートで護岸されていて、川面に降りるぐらいのことはできるような設計になっていて賑わっている。たぶん一番大きいのは、自動車がそこに降りられるように整備されていて、それで数えたのだが自動車が10台ほど。おそらく十家族が集まって、そこでバーベキュウをしている。
 わたしが住んでいる住宅街は、最近若い家族が入ってきてはいるけれどもたいていは、バブル世代からの、娘が結婚してなんて話がよく聞かれる住宅街である。だからこんなにも子供がはしゃぎまわっている光景はめったに見ないし、それに対して迷惑だという人もいない。たぶん汚さない人たちなのだろう。
 ただそれをサドルの上から通り過ぎてみて、この子たちは、このわたしには何でもない河原を一生の思い出として何度も何度も思い出すのだろうな、と思うとふしぎな感覚がする。

 わたしにとってのバーベキュウの思い出と言えば、よく小学生時代に連れていかれた、秋川渓谷やら、奥多摩方面の河原でのキャンプだ。それがどういう集まりだったのかは知らないのだが、たぶん学童保育の周辺での集まりだったのではないかと思う。
 わたしは喘息持ちだったから、そもそも煙を吸うことを警戒していたのだが、結局覚えている記憶は夜にテントで枕に頭を押し付けて、喘息の発作に耐えていた記憶しかない。喘息の発作が起こると酸欠になるので、激しい頭痛が起こる。それがどういう理屈なのかはわからないのだが、枕に頭を押し付けると、少しだけ痛みが遠のくのだ。
 それともう一つは大人たちが、眠ったことになっている後に酒宴を始めたこと。
 当時は当然にそれが何なのかはわからなかったけれども、今になって思うと、缶ビールを酌み交わしての親交会だったのではと思う。
 まあそれだけが覚えているほとんどで、今それを小説で書いてよと言われても、え? と思ってしまう。わたしの同僚の先輩には子供時代からの記憶を全部覚えている方がいて、それはつらいのではと思ってしまうのだけど、わたしはとにかく忘れてしまうし、どうだったのかなあと想像している方が、わたしには楽しい。

 今年の関東の夏は、猛暑になるとの話だったのだが、梅雨が長引いて、涼しい7月最終週が続いている。なにか涼しいとバーベキュウも盛り上がらないようで、おそらくお目当ては、水遊びもあるのだろうけど、大人たちの飲むビールなのだ。だから、照り付ける太陽の下でキンキンに冷えたビールを飲みたい。そんな集まりなんだろうなと想像しながら、わたしは通り過ぎていく。
 あるとき、4時ごろに夕立が降って、警報出てるよ? と家族に言われる。
 あ、うん。やんでから出るから。
 そう言いながら、わたしはあのバーベキュウをしている人たちはどうしているのだろうと、大変じゃないだろうかと心配してしまう。まあ、あとからよく考えてみれば車で来ているのだから、車に退避すれば問題ないはずなんだが、それでもなぜか、まさか心配なんてしている赤の他人がいるとは思っていないだろう人たちのことを思ってしまう。
 たぶんその人たちは昼ぐらいにやってきて、夕方まで遊んで、それで帰っていく。
 あるとき6時ぐらいに帰り道で通った時には、もう撤収していて、やっぱり夕飯時には帰るんだなあなどと思った。その夕立の日は若干遅刻気味で、5時15分ぐらいだったのだが、一家族が水遊びをしているだけだった。
 そんな泳ぐような川じゃないと思うんだけどなとか、釣りするような川でもない気がするんだが、などと思いつつも夕方になると釣れるのか、数えただけで5人ぐらいが釣り糸を垂らしていた。
 わたしの父親は狩野川の流域、はっきりというと修善寺の出身なので、わたしはあの鮎釣りのメッカである伊豆の河をよく見ている。それに比べると地元の一級河川はやっぱりため息が出るような河で、こんなところで釣れるのか? とコンプレックスがたぶんあるんだと思う。
 ああ、複雑ですね。
 でも、散歩しているのは好きです。

 それでも、最近は自転車で巡るたびにあちこちの景色が懐かしく思えてくる気がして、たぶん、何年住んでるんだろ、20年近くは住んでいるのか、むかし母親が書いた、この子たちの故郷はどこになるんだろうという、けっこう真剣に考えていた文章を思い出して(そして、なんのはずみだったのかたまたま読んでしまった)、ああ、ここになってきたのだなと、最近、と思った。
 わたしは中学生の時に引っ越しをしている。
 それも真新しい新興住宅街にである。模造品ともいえるし、むかしひどいことを言われたこともある。それがわたしが別のところに住んでいた時を無視して20数年経って、新品の住宅街ではなく、そうでないものになっている。

 まちにまった今日はたぶん晴れだ。
 天気予報もそういってるし、これを外したらもう次はないかもしれない。
 昼食を食べるために階下に降りると、どうも曇り。
 え? 原稿的に困るんですけど!
 わたしは真冬生まれだから、とにかく暑いのは苦手。だけれど、夏に浮かれている人を見ているのは好きで、それが見たくて仕方ない。


 いちおう埼玉県は全面的に晴れることになっている。




 さいたま市をわざと貼っているのだけど、今日は33度ではきかなかった気が。




 早めに5時ごろに出る。
 わたしの心配をよそに照り付けるように晴れて、バーベキュウ日和がやってきて、わたしさえもわくわくしてしまう。
 河原はフェスかお祭りかというほどテントがあちこちに立っていて、帰りに再確認して気付いたのだが和太鼓がお囃子できるほど並んでいて、たぶん保存会かなんかの集まりだったのだなあと後になって気付いた。
 テントというのはキャンプで使う宿泊用の三角テントではなく、運動会などで運営本部なんかで使われる日よけの屋根だけのテント。コンクリートにどうやって建てているんだとか、あとになって考えるのだが、だいたい運動会のテントが5ぐらい建っていると思えばだいたいあってる。
 そのテントをよけて、炎天下にバーベキュウ台が立っている。
 ほとんど、酒の肴用だと思うのだけど、白いのがまんべんなく広がっているのをみて焼きそばかなとか思う。いや、でも焼きそば網焼きしないだろ。これは数秒で通り抜けているので、いろいろよく見ていないのだけれど、みると防犯パトロールのチョッキを来たおじいさんたちがそれを見守って、談笑している。
 のちに、その方々がその河原に降りる道の交通誘導に来ているんだと理解して、どう回っているかがわかった。バブル期の計画すげえなw

 橋の下は特等席だ。
 なにせ、日差しも避けられるし、夕立も心配ない。テントを立てなくてもいい。
 向こう岸とこちら岸の2パーティーが占拠していて、よろしくビールのバーベキュウをしている。
 わたしはいつもの水を買うコンビニによって、なんでこのコンビニが、もう一つよる同じ系列のコンビニがあるのに、こっちを休息点にするのかと考えて、このコンビニは東向きに建っているのだと、気付く。なので西日には影になる。だからなんとなく居つく。

 夕暮れに帰ってくると、大学生と思われる面子が家族連れのスペースを埋め直してやってくる。男女ほぼ同じような感じだから、親善会なのだろう。わたしだったらどうやるかなあと考えると、クラフトビールから入って、缶詰かなと思うのだけれども、当事者の方々はどう思うだろう。
 でも、せっかくバーベキュウなんだから、焼きたいか。
 たぶん、ライスペーパーで包んだ春巻きを焼くか、炒めるかする料理が流行りますよ。
 どういう料理になるかは、まったく分かりません。

 今か、次かのバーベキュウの必殺技に。
 レシピ落ちw

| 雑記 | 01:17 | comments(4) | trackbacks(0) | 昨年の記事