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管理人hikaliの開発の日々の備忘録です。
本家はこちら。
http://plaza.rakuten.co.jp/hikali/
 ブルーグラス

 デザインの仕事をしていたとき、わたしの目の前には高輝度のディスプレイがあった。
 わたしが一番伸びたときは、SONYのトリニトロンのCRTがあり、それを凶悪なぐらいに輝くようにわたしが調整して、24インチのトリニトロンのひかりを受けて仕事をしていた。24インチのCRTである。たぶん20万はくだらない機材だったはずだ。
 当時は裸眼で、それで画面に目を擦り付けるようにして画面を見ていた。
 まるでそれは、断頭台のようだった。
 わたしの色味を作る能力は異様なほどに伸び続けて、今でもその当時の画像を見ると、脳を変な方向に拗じられているような気分になる。
 結局わたしはノイローゼになり、うつ病を発症してその職場をやめた。

 わたしの色味は、だいたいコントラストが強くて、輝度が高い。
 とにかくひかりの強さを最大限に活かしきるやり方で、ぎらぎらとひかっているのだけれども、バランスが取れているのでそういうぎらぎら感に気づかない、というような感じのものが多い。
 たとえば、これはゲームブック解析で補正したものなのだが、この色味はわたしっぽいなあと思ってしまう。

 ■ゲームブック解析 -HG- ゼルダの伝説 蜃気楼城の戦い もっとも美しいゲームブックか?
 http://blog.story-fact.com/?eid=493298


 これは家のそこそこいいカメラが撮って、それを補正をしている。
 怖いぐらいに宝石のような補正をするのがわたしの色味なんですね・・・。
 実はこの色味の作り方は、関西乗り鉄の旅をしたときに、ドラゴンボール展の告知中吊りで見たことがあって、あ、これはわたしの色味だ、なんでこいつこれを知っているんだ、そしてそれを使っているんだ、と思ったことがありました。
 しかし、これはわたしの色なので、あるとき仕事で某漫画家の原画をデジタル化してくれという話が来まして、スキャンしてそれを補正するのですが(補正に2日ぐらいかかったんだが・・・)、これはありがたいのだが自分で補正すると言われまして、まあ、当たり前なのですが、わたしはかってにわたしの色を乗せてしまっていたのです。これはわたしの色なんですね・・・。

 自分で使っているディスプレイは三菱のRDT241Wという液晶パネルで、当時としては異様に発色の良かったもので、当時7万円ぐらいだったのは異様に安かったものです。
 もちろん上を見れば限りがないのですが、最近はネットカフェなんかでも、このディスプレイすげえなと思うものも多々見ます。たぶん黒の発色がいいのが増えているのですね(この発言には矛盾は感じますがw 黒は発色なのかというw)。
 ただ、このディスプレイの問題は、デザイン的にはいろいろな問題をはらんでいるのです。
 これがこのエントリーの主眼点で、そもそもわたしが殺人的に発色の良いCRTでデザインをしていた発色がその画面を見ていた人が共有していたとは思えない、というところにあります。
 たとえば、デザイン専用品でないディスプレイで見た色味はわたしが作った色味なのかという問題があります。デルのノートパソコンで見たら本当にこう見えるのかと言うのは、結構な問題なんです。簡単に言えば、ノートパソコンを持っている人は、そのディスプレイをうつくしいひかりが味わえるようには調整していないでしょう。
 デザインの仕事をしていたときは、営業のノートパソコンに割り込んで、その画面を映して何だこの色は、と言ってました。デルの液晶ではソニーのCRTの色は出ないのです。

 デザインの仕事をやめて、家業を継ぐことになるのですが、そのなかで自動車の免許を取ることになり、その関係で眼鏡が必要になります。わたしは気づいていなかったのですが、おそろしく視力が悪くなっていて、はじめて眼鏡を買ったときに、それをかけて、なんだ、このスーパーリアルな3Dゲーム画像は、と思いました。
 それぐらい見えてなかったんですね。
 眼鏡を掛けて起こった障害は、距離感がまったくつかめなくなったこと。
 たぶんわたしは、正確に見えないことで距離感を掴んでいたんですね。
 しかし、最近になってブルーグラスを掛けるようになって、このエントリーを書こうと思った。
 ブルーグラスは当たり前ですが、青色を弾くレンズです。
 PCに向かうことが多いので、流行に乗って掛けているのですが、夕焼けの色が変わることに気づきます。だいたい青が弾かれて、黄色味になるので、説明するとわかりやすいと思いのですが、夕焼けが紫色ではなくなります。
 香港色とわたしが勝手に呼んでいる色があるのですが、香港の夕焼け写真がなぜか紫とビルの照明の黄色に染まるものが多いのです。これは黄と紫は補色なので、そのコントラストを映しているのですが、それをみると、あ、香港だと思います。
 土地に色があるというのは不思議なのですが、この絵は現実にはブルーグラスを掛けていると見れないんです。紫がなくなってしまいますからねえ。

 わたしが作った、ゼルダの伝説の色味はブルーグラスを掛けても殺せませんが、青が入ってくるともっといいんだけれどもね、というぐらいは言わせてください。
 こういうのは難しいのです。
 わたしはブルーグラスを掛けていますし、見ている人がブルーグラスをかけているかどうかなんてわからない。そこにどんな補正がかかっているかなんてわからないのです。
 わたしの希望は、裸眼で、は画面5センチでちゃんと見てくださいぐらいなのですが、だいたいおすすめしません(^_^; どんなオタク製作者だとw



| 雑記 | 01:08 | comments(4) | trackbacks(0) | 昨年の記事
自分の作りたいもの(料理)

 正直なところをはっきりというと自分でも何を言っているのか分からないのだが、料理が作りたい。それはバゲットをベースにして、生オニオンと生鮭、そしてスライスしたフライドガーリックを大胆にまぶし、岩塩で締めたシンプルなサンドだ。もちろん胡椒ぐらいはあってもいい。
 この料理を手にして、のんびりと勝敗はどうでもいい野球の観戦を、ビール片手にしたい。
 何も考えるところがなくて、無邪気でフリー。
 その時間を食べてみたい。

 そんなのわたしの勝手な妄想だから、実現可能性はかなり薄いんだけど、たぶん実際にやると大量の問題が発生するんだろうなあ・・・。でもおいしいサーモンを見てしまうと、これはレモンを添えると最高なのにと思ってしまう。

 わたしが飯ネタが多いのは一種の冗談なのだが、過去にそれで書いた詩が、実は日本伝統の歌だと知って、びっくりしてこれを書いている。
 その歌はこう。

 どんぐりころころ、紅黄の落ち葉、まつぼっくりだぞ、きのこが美味い。
 ようこそこちらへ、秋雨前線、またこい来年、積乱雲。
 ながい雲路に、うんざりぼんやり、晴れて気付くと、夕焼けはやい。
 秋のながよに、なにするボクら、食欲、げいじゅつ、どくしょに、スポーツ。
 あれこれそれこれ、百人百色。どんな夜とは、訊ねはせぬが、長夜に見上げる、名月、おぼろ。夏にも冬にも、梨柿食えぬ。西瓜、苺と、焦がれる想いにゃ、高い代価が、待っている。
 夏のかげろう、冬の風花、春の芽吹きも、秋には無用。春夏かけて、実った木の実に、顔出す茸に、想い向けよう。

 紅黄の景色を、散らすな風雨、台風一過にゃ、栗さえ残らぬ。
 高波、洪水、台風警報、秒速50に景色は落ちる。
 どうせ落ち葉に、なるなら景色、自分のおもいで、ふさりと着陸、ほんの僅かな、空中散歩、春の芽吹きの、こやしとなろう。
 木の実も、茸も、空にはないぞ、実りは全て、赤黄の絨毯、リス駆け回る、足元潜む。
 月に梯子を、星に想いを、雲に片手を、日に翼。
 月が泣くのを、見上げるうちに、花の涙を、忘れているぞ。
 地面に落ちた、小さき木の実、忙しい小栗鼠が、せっせと巡る。めぐる季節に、景色も回る、変わらぬ空を、観るならいっそ、色づく山海、実りを採ろう。
 秋刀魚が旨い、稲穂色づく、鮭が登るぞ、芋煮はどうだ、熟した葡萄の、房の向こうの、長夜にのぼるは、おぼろ月。


 これは某商業で書いた文章なんですが、これは夏の世の夢のパックを想定して書いている文章なんですね。もともとモデルをパックにあてていたので、こうなったのですが、ただこの子は食いしん坊という設定になっていました。
 この歌はすさまじい批判を受けました。
 というのは、この歌を歌っている子に対して恋心を抱いている男の子に対する降伏勧告の歌になっていたからです。
 わたしはそんなこと考えていなかったんですけどね(^_^;
 わたしはナチュラルに、あー、これは無理だよなあと思っていただけで、それを文章にしたら、何たることだと突っ込まれただけで、わたしに悪意はなかったのですが・・・。

 この七五調の口上というのは日本の文化に根付いていたようで、どうもバナナのたたき売りの口上とほぼ同じことが分かって、びっくりしました。わたしは単純にシェイクスピアの真似をしようとしただけで、日経新聞を読んでいて、あれ? これか? と気付いてビビったのです。
 まあ、でもこれは許してくださいませ。



| 雑記 | 02:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
バーベキュウ


 最近始めた趣味はなんですか、と聞かれれば、たぶん散歩と答える。
 もともとあちこちふらふらと歩きまわるのが好きだったから、昔とあんまり変わらないのだけど、以前は、新潟だったり、宇都宮だったり、高崎だったり、千葉だったり、葉山だったり、三崎だったり、東京湾フェリーだったり、関西周遊だったりしていたのが、最近はそれが家の周辺になった。
 年寄ではないので、用事ついでにあちこちの道を自転車で通って眺めてみる。
 花で飾った庭があったり、電飾が好きな家があったり、本物そっくりの犬の置物がある玄関があったり、路地を覗くと芝生の広場と一体化した住宅街があったり、高台の何台もの高級車が止まっている邸宅があったり、お米を売っている倉庫があったり、広々と農機がガレージに並んでいる旧家があったり、それが一瞬で過ぎ去っていく。
 この株の花なんだっけ、昔よく見たよな、たしか種が黒くて、ああ、オシロイバナだ。
 わたしは凝り性だから、いつも同じ道を通るとすぐに飽きてしまう。
 なので、もしかしたらこっちの方が近道なのかもと、適当な言い訳をつけて、道を変えて走っていく。そうやって頭の中の地図を更新しながら、わたしの家の周りがどうなっているのかを理解し始める。

 日曜日はいつもレンタルビデオ屋に行く日で、日が暮れ始めたころから夕食の前までに戻ってこれるように、自転車を出す。
 なんでネットで映像コンテンツなんて配信しているのに、わざわざレンタル屋まで自転車を走らせるのかと聞かれれば、わたしは、うーん、わかるのかなあと警戒しつつ、
「レンタル屋はおまけなんだよ。外に出る口実が欲しいだけ」
 と答える。
 それでそのお店に向かうのだが、困ったことにそれはバス通りの方の駅前にあって、たどり着くには、おそろしく長い坂を登らなければならない、自転車で。それで裏道の緩い坂をとなるのだが、その裏道が川沿いを通る。
 一級河川では決してない、その支流の支流である。
 渡る橋が30メートルぐらいだろうか。
 わたしは高尾に住んでいたことがあるので例に出すのだが、浅川みたいなもんかな? なんて思ってみたりする。いや、浅川ほど立派じゃないか。川幅がたぶん10メートルもない。
 それでも、まあいちおうわたしの住んでいるところは、バブル期の新興住宅街なので、なぜか計画だけはご立派で、歩いて3分の公園は30年近く経って、埼玉るるぶに載るような桜の名所になった。
 い、いやぁ・・・。
 まあ、すぐ近くにスーパーあるから便利だし、もちろんわたしは、近隣で迷惑だなんて話は聞いたことはないのでいいのだけど、これのなにがいいのだろうと思ってしまう。そしてわたしの日課、あ、いや、週課は近隣でレジャーする人たちが何をしているのかを観察することになる。
 ようするに楽しそうだなあとみているのである。
 そうすると、目に入ってくるのは川沿いの道から見える、河岸でバーベキュウをする人たち。河岸といっても砂利石に雑草ではなく、コンクリートで護岸されていて、川面に降りるぐらいのことはできるような設計になっていて賑わっている。たぶん一番大きいのは、自動車がそこに降りられるように整備されていて、それで数えたのだが自動車が10台ほど。おそらく十家族が集まって、そこでバーベキュウをしている。
 わたしが住んでいる住宅街は、最近若い家族が入ってきてはいるけれどもたいていは、バブル世代からの、娘が結婚してなんて話がよく聞かれる住宅街である。だからこんなにも子供がはしゃぎまわっている光景はめったに見ないし、それに対して迷惑だという人もいない。たぶん汚さない人たちなのだろう。
 ただそれをサドルの上から通り過ぎてみて、この子たちは、このわたしには何でもない河原を一生の思い出として何度も何度も思い出すのだろうな、と思うとふしぎな感覚がする。

 わたしにとってのバーベキュウの思い出と言えば、よく小学生時代に連れていかれた、秋川渓谷やら、奥多摩方面の河原でのキャンプだ。それがどういう集まりだったのかは知らないのだが、たぶん学童保育の周辺での集まりだったのではないかと思う。
 わたしは喘息持ちだったから、そもそも煙を吸うことを警戒していたのだが、結局覚えている記憶は夜にテントで枕に頭を押し付けて、喘息の発作に耐えていた記憶しかない。喘息の発作が起こると酸欠になるので、激しい頭痛が起こる。それがどういう理屈なのかはわからないのだが、枕に頭を押し付けると、少しだけ痛みが遠のくのだ。
 それともう一つは大人たちが、眠ったことになっている後に酒宴を始めたこと。
 当時は当然にそれが何なのかはわからなかったけれども、今になって思うと、缶ビールを酌み交わしての親交会だったのではと思う。
 まあそれだけが覚えているほとんどで、今それを小説で書いてよと言われても、え? と思ってしまう。わたしの同僚の先輩には子供時代からの記憶を全部覚えている方がいて、それはつらいのではと思ってしまうのだけど、わたしはとにかく忘れてしまうし、どうだったのかなあと想像している方が、わたしには楽しい。

 今年の関東の夏は、猛暑になるとの話だったのだが、梅雨が長引いて、涼しい7月最終週が続いている。なにか涼しいとバーベキュウも盛り上がらないようで、おそらくお目当ては、水遊びもあるのだろうけど、大人たちの飲むビールなのだ。だから、照り付ける太陽の下でキンキンに冷えたビールを飲みたい。そんな集まりなんだろうなと想像しながら、わたしは通り過ぎていく。
 あるとき、4時ごろに夕立が降って、警報出てるよ? と家族に言われる。
 あ、うん。やんでから出るから。
 そう言いながら、わたしはあのバーベキュウをしている人たちはどうしているのだろうと、大変じゃないだろうかと心配してしまう。まあ、あとからよく考えてみれば車で来ているのだから、車に退避すれば問題ないはずなんだが、それでもなぜか、まさか心配なんてしている赤の他人がいるとは思っていないだろう人たちのことを思ってしまう。
 たぶんその人たちは昼ぐらいにやってきて、夕方まで遊んで、それで帰っていく。
 あるとき6時ぐらいに帰り道で通った時には、もう撤収していて、やっぱり夕飯時には帰るんだなあなどと思った。その夕立の日は若干遅刻気味で、5時15分ぐらいだったのだが、一家族が水遊びをしているだけだった。
 そんな泳ぐような川じゃないと思うんだけどなとか、釣りするような川でもない気がするんだが、などと思いつつも夕方になると釣れるのか、数えただけで5人ぐらいが釣り糸を垂らしていた。
 わたしの父親は狩野川の流域、はっきりというと修善寺の出身なので、わたしはあの鮎釣りのメッカである伊豆の河をよく見ている。それに比べると地元の一級河川はやっぱりため息が出るような河で、こんなところで釣れるのか? とコンプレックスがたぶんあるんだと思う。
 ああ、複雑ですね。
 でも、散歩しているのは好きです。

 それでも、最近は自転車で巡るたびにあちこちの景色が懐かしく思えてくる気がして、たぶん、何年住んでるんだろ、20年近くは住んでいるのか、むかし母親が書いた、この子たちの故郷はどこになるんだろうという、けっこう真剣に考えていた文章を思い出して(そして、なんのはずみだったのかたまたま読んでしまった)、ああ、ここになってきたのだなと、最近、と思った。
 わたしは中学生の時に引っ越しをしている。
 それも真新しい新興住宅街にである。模造品ともいえるし、むかしひどいことを言われたこともある。それがわたしが別のところに住んでいた時を無視して20数年経って、新品の住宅街ではなく、そうでないものになっている。

 まちにまった今日はたぶん晴れだ。
 天気予報もそういってるし、これを外したらもう次はないかもしれない。
 昼食を食べるために階下に降りると、どうも曇り。
 え? 原稿的に困るんですけど!
 わたしは真冬生まれだから、とにかく暑いのは苦手。だけれど、夏に浮かれている人を見ているのは好きで、それが見たくて仕方ない。


 いちおう埼玉県は全面的に晴れることになっている。




 さいたま市をわざと貼っているのだけど、今日は33度ではきかなかった気が。




 早めに5時ごろに出る。
 わたしの心配をよそに照り付けるように晴れて、バーベキュウ日和がやってきて、わたしさえもわくわくしてしまう。
 河原はフェスかお祭りかというほどテントがあちこちに立っていて、帰りに再確認して気付いたのだが和太鼓がお囃子できるほど並んでいて、たぶん保存会かなんかの集まりだったのだなあと後になって気付いた。
 テントというのはキャンプで使う宿泊用の三角テントではなく、運動会などで運営本部なんかで使われる日よけの屋根だけのテント。コンクリートにどうやって建てているんだとか、あとになって考えるのだが、だいたい運動会のテントが5ぐらい建っていると思えばだいたいあってる。
 そのテントをよけて、炎天下にバーベキュウ台が立っている。
 ほとんど、酒の肴用だと思うのだけど、白いのがまんべんなく広がっているのをみて焼きそばかなとか思う。いや、でも焼きそば網焼きしないだろ。これは数秒で通り抜けているので、いろいろよく見ていないのだけれど、みると防犯パトロールのチョッキを来たおじいさんたちがそれを見守って、談笑している。
 のちに、その方々がその河原に降りる道の交通誘導に来ているんだと理解して、どう回っているかがわかった。バブル期の計画すげえなw

 橋の下は特等席だ。
 なにせ、日差しも避けられるし、夕立も心配ない。テントを立てなくてもいい。
 向こう岸とこちら岸の2パーティーが占拠していて、よろしくビールのバーベキュウをしている。
 わたしはいつもの水を買うコンビニによって、なんでこのコンビニが、もう一つよる同じ系列のコンビニがあるのに、こっちを休息点にするのかと考えて、このコンビニは東向きに建っているのだと、気付く。なので西日には影になる。だからなんとなく居つく。

 夕暮れに帰ってくると、大学生と思われる面子が家族連れのスペースを埋め直してやってくる。男女ほぼ同じような感じだから、親善会なのだろう。わたしだったらどうやるかなあと考えると、クラフトビールから入って、缶詰かなと思うのだけれども、当事者の方々はどう思うだろう。
 でも、せっかくバーベキュウなんだから、焼きたいか。
 たぶん、ライスペーパーで包んだ春巻きを焼くか、炒めるかする料理が流行りますよ。
 どういう料理になるかは、まったく分かりません。

 今か、次かのバーベキュウの必殺技に。
 レシピ落ちw

| 雑記 | 01:17 | comments(4) | trackbacks(0) | 昨年の記事
冷やしラーメン

 5月だったかの、たぶん月末の土曜日だったと思うのだが、昼食に迷ってこんなに暑いのだから冷やしラーメンにしようと思って帰り道のファミリーマートで冷やしラーメンを買おうと思った。
 しかしいくら探しても涼しい店内にはなくて、仕方なく蕎麦にした。
 たぶん5月だからさすがにまだ季節ではないのだろう、などと納得したのだが、7月に入ってもまだなかなか見ない。コンビニに入るたび、スーパーに入るたびに冷やしラーメンを探すのだが、とにかくその姿を見ることがない。
 その代りに冷やし担々麺ばかりあちこちで見つけるのだけど、どのコンビニへ行っても、スーパーに行ってもそこにあるのは、どこも決まって冷やし担々麺。
 たぶん、何を言っているかわからないかもしれない。

 わたしはそれからつい最近も、日曜日によく寄るコンビニで冷やしラーメンを探した。梅雨なのに暑い日で、汗だくにはなっていた。そもそも立ち寄った理由は、水を買うこと。何の考えもなく冷蔵ケースからペットボトルを取り、冷やしラーメンは探すのだが、そこを占拠しているのは冷やし中華の何種類あるかわからない、占拠された棚。そして、隅っこには冷やし担々麺。
 わたしはハンドタオルで汗を拭って、そのまま水を飲んだ。
 それぐらい茫然と考えていたのである。
 あっ、と気付いたのがとても不思議で、あわててレジに駆け寄って、
「す、すみません、飲んでしまいました」
 と言って会計をした。
 レジの店員はくすくすとわらっていたのだが、たぶんわたしが同じ曜日の同じ時間に来るいつもの客だったから問題にならなかったのだろうけど、危うくそのまま気付かずに店を出るところだった。

 あるとき、近所のディスカウント店に待望の冷やしラーメンを見つけた。
 それはコンビニでもスーパーでもなく、まあ言葉は悪いけれども場末のディスカウントストアだった。その冷やしラーメンは暑い日だけあって、とても旨かった。
 もはやコンビニやスーパーの最新トレンドで動いている世界からは淘汰されてしまった冷やしラーメンがディスカウントストアには生きていた。
 正直言うと、わたしが知っていた冷やしラーメンは普通のお店、例えば富士そばなどでもメニューとしてあったはずなんだけどなあと思ってしまう。それがたぶん数年もたっていないはずなのに、もう最新は冷やし担々麺になってしまい、最前線から消えてしまう。
 時代が流れるのって、ほんと速い。

 本日、フジテレビの夜のニュース番組の締めで、女の子が論説委員みたいな人に話していたのが印象に残った。
「岡本さんが、この夏食べたいものは何ですか?」
「ぼくは、冷やしラーメンかな?」
「ああ、冷やし中華ですね」
 わたしが、うわー!!!!!!!!!!! と思ったのはよく分かるだろう(笑)。
 こんなに簡単に世の中は流れていく。

| 雑記 | 02:25 | comments(4) | trackbacks(0) |
 お休み中と、桜雨(小説)

 数週間前に痛風の発作を発症した。
 突然に膝を中心した右脚に激痛が走り、脂汗を流しながらそのまま救急車搬送された。この病気は生活習慣病に分類される病気で、わたしの場合はそれに心臓の問題も絡んでくるから非常に状況が複雑になる。
 まあ、簡単に言うと、飲んでいる薬の都合がいろいろ複雑すぎて、その中に尿酸値を上げてしまう種類の利尿剤を混ぜざるを得なかったのである。そして右脚の膝から下はコンパートメント症候群でほとんど血流がなく、そのため尿酸結晶ができたのが、なぜか膝付近になってしまった。それで通常くるぶし付近で起こる炎症が、膝に来た。
 現在は右膝を捻挫したような症状(変な説明である)で、松葉杖がないとまともに歩けない。
 近所の評判の良い内科では尿酸値を下げる薬を処方してもらい、こちらも評判の良い整形外科に診察してもらったが、これは結局コンパートメント症候群が絡んでいるから、大きな病院じゃないと対処できない、とのことだった。長引くようならば12月初頭に予定が入っている心臓の診療の際に、相談してもらってください、とのことだった。
 そこまで長引くとは思いたくないのだけど。

 当たり前のことではあるのだけど、歩くことに大変な労力がかかるようになると普段の生活をおくることができなくなる。その中でこれほどまでに大きな影響があるとは思わなかったのは、移動できないことによるストレスが増してしまったことだ。
 わたしはよく休みの日には自転車であちこちを走りに行く。本人にとってはなにかの気晴らしになっていたという印象はなかったのだが、どうもそうではなかったようなのだ。
 思い返してみると、わたしはよく小説を書くのに詰まると電車に乗りに行く。できるだけ遠くにいこうと鈍行に乗る1人旅を企画して、それを週末に敢行する。手の中には持ち運びに便利なハンドヘルドPC。列車に座りながら、車窓を見ながら、キーボードを叩いている時が一番好きな時間なのだ。
 もちろん自転車を運転しながらキーボードを叩くことはできない。
 それでも、あの自転車の最中にシーンとかを考えているんだなあと思ってしまう。
 自室にこもっていることしかできないのであれば、それは体の良いお休み期間だと思うことにして、読まなければなあと思っていた本などを読むことにする。

 過去に何度も書いているけれどもわたしはhuluと契約をしている。
 まったく正確ではないけれども、まあそういう機能だよねと思っている説明ではオンライン・レンタルビデオショップみたいなものだと思うとわかりやすい。そんなものをわたしのように何十時間でも映画を見てられる人に渡すとおそろしいことになるのだが(月額制なので金銭的にという意味ではなく時間的に)、もうhuluでどんだけ見まくっているのか、説明するのも大変になる。
 そんな中、ついこの間の金曜日、BECKというアニメーションが解禁になり、日曜日には全26話を見終わった。
 右も左も分からない中学生が、ひょんなことからロックバンドに参加することになり、紆余曲折のなかで成長していくという物語である。わたしなどは、序盤のヒロイン格の泉がバンドリーダーの竜介が軽く引いた曲を聞いて、
「これ、ブルースですよね?」
 と聞くのを聞いて、いやいや15の子にこれがブルースだとわかるとは思えないんだけど・・・どんだけマニアなんだよ、などと突っ込んでしまったような人なので、まあ扱っている内容は自分の好きな方面ではある。まあ難しい話はしないのであるが、この物語の中で考えこんでしまうシーンがあった。
 あんまりネタバレはしないのだが、序盤以降のヒロインである真帆に、
「コユキ(主人公の名前)カッコ良かったよ」
 と言われるシーンが何回かあるのである。
 たった一度のセッションをカッコ良かったと言われること、もう二度とできないかもしれないことを根拠にカッコいいと言われることって、まあ主人公とヒロインは揺らぎ続けるので、その根拠としてこの一夜限りのパフォーマンスを挙げられてしまうと困ってしまうのではないか、ということなのだ。
 ロックバンドというのは基本的に短命だ。
 しかし、もしステージに上がれなくなったらもうその人はかっこ良くないんだろうか。
 同じように考えるのは、スポーツ選手のことである。甲子園のエースが肩の故障で投げられなくなる。そんなモチーフはBECKの作中でもたびたび出てきていたが、その人達は見向きもされる価値もない人々なのだろうか。

 小説を書く人というのは比較的長命ではあるけれど、時代に合わなくなってしまうということはしばしばある。たとえば江戸川乱歩も苦悩した人で、戦争の影響もあるけれども比較的長い期間、書いていなかった時期がある。また、これは映画監督であるが、黒澤明監督でさえ、自殺未遂をして死にかけた時がある。ちょうど日本映画の衰退期に直面し、仕事が来ず、資金が集まらず、映画が撮れなくて、自殺しようとしたのだ。
 日本の文化史上、知らない人がいないほどの両名でもこうなのだ。
 これが無名に近い人であったらどうなのだろう。

 坂東眞砂子という作家を知ったのは、おそらく『桜雨』という作品が初めてだ。
 なにかの評判で『桜雨』を知り、それを読んですごい小説を書く人がいるのだなと思ったものだ。しかしその後べつの方向性へ転身してしまい、その後一応直木賞は取るのだが、その直木賞作品を読んでも、わたしはちっとも面白くなかったどころかはじめの5行で読むのをやめてしまった。
 現在では故人であるのだが、その死のだいぶ前に日経夕刊に「子猫殺し」のエッセイを書いてものすごい批判を浴びた。内容は、飼猫の子猫が増えてしまうから崖から投げ捨てて殺すというような内容で、非難を浴びるのは仕方なかったのかもしれない。
 確かに当時の坂東眞砂子が書いていたのはおどろおどろしい二流ホラーというような内容だったかもしれないが、その後ひっそりと静かな鎮魂のようなエッセイを書いていて、それに釘付けになってしまった。
 わたしはそれを読んで、たしかに坂東眞砂子がやったことは非難を受けるべきことなのかもしれない、だけれども、わたしはたったひとつだけ坂東眞砂子を認めている理由がある、それは『桜雨』を書いたことだ、もう二度と書けないかもしれない、でも死ぬまでにいつかまた書いてくれるかもしれないと、わたしはいつまでも待つ。
 坂東眞砂子は、結局書かないまま亡くなった。
 この話には後日談がある。
 わたしがそのエントリーを書いたのは、その時まだ坂東眞砂子に対するバッシングが続いていたからだ。なのでわたしは擁護したつもりでいた。そしてある時、一報が届いた。
 ――いろいろ言いたいことはありますが、『桜雨』よかったです。
 泣きそうになった。

| 雑記 | 20:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
 困っていますが、わたしは元気です。

 えっと、素直に言うと難所に差し掛かった。
 これまで自分でも信じられない速度で書いてきたのは、この難所を予想していたからで、ここからプロットを書き上げるのに、何週間かかるかわからない。
 現在は、25.〜30.までのプロットを書いている。
 それは読みなおす度に、こんなので行けると思ってるのかと自分に失笑するものしかできず、なにか奇抜なアイデアでなんとかなるという領域ではなく、恐ろしいほど大量の要素の交通整理をしきって、うまくつじつまを合わせないといけないし、その中でも生命感を持って登場人物が生きていないといけない。
 これはまではほとんど戦闘シーンしか書いてないし、傍流である兵站を支えるイオ・リオン妹弟の話は、わたしの経験をそのまま書いただけだ。だけどここからは、創造をしないといけない。
 正直言うと、ある程度のめどが立ってからこういう報告はした方がいいのではと思ってはいた。ただ、うまくいかないプロットの原案を見る度に、奇跡は起きないと確信するに至る。わたしはこんなのは何度も乗り越えてきたはずだ。たぶんそれがわたしの書き手としての最高の素質なのだと思うのだけれども、
 わたしは恐ろしく粘り強い。
 ただ、時間がかかるんです。
 まずそれが言いたかった。

 こんな時に思うのは、だいたいこんなの放置して映画でも見に行こう、ということです。
 わたしは18から小説を書いていますが、いちばん映画館で映画を見に行っていたのは、だいたいこの初期の頃です。それは小説に詰まるからです(笑)。ツイスター、アミスタッド、ファイトクラブ、ミッション・インポッシブル、ヒート。
 邦画を見ていないのは、この時期は洋画が凄かったからです。
 邦画だと、スワローテイルぐらいでしょうか。
 わたしは、このスワローテイルの歌手役をやっていたcharaが好きだったので、見に行ったのです。charaが歌う主題歌は衝撃的で、もうCDを買って何度でも聞きました。わたしは、ロバート・ナイトホークというブルースシンガーから入って、そこからミシシッピーデルタブルースに染まっていった口なので、スワローテイルはその匂いがして好きだったのです。
 たぶん、あれはブルースだよね、と言って頷く人はほとんどいないと思うのですが(笑)
 なにか話がずれているぞ。

 だから、バケモノの子を見てから、一気に早くなったのはだいたいそういう理由です。
 もっと書きたいという欲が増したのです。
 わたしが、自分を客観的に見る外部の研究者だったら、なぜこの2015年の8月はこんなに大量に更新しているんだと思うだろうと思うのですが、一言で言えばバケモノの子が面白かったからです。そして、たまたま簡単なシーンの連続だった。
 だから、なんか起爆剤になるいい映画はないかねえと思うのですが、近日中に(一週間以内に)ネットフィリックスが、日本でのサービスインになるらしいので、それに対する期待は大きいです。対するフールーは「カリオストロの城」が来るし、これは書いてなかったですが「バニラ・スカイ」が来るので、楽しみで心がうずいています。
 おなじ、トム・クルーズつながりで、「ロック・オブ・エイジス」も来てくれると嬉しいのですが、欲を言えば「オール・ユー・ニード・イズ・キル」も、小説はつまらないけども映画はめちゃくちゃ面白いので見ろという評があって、これも楽しみです(くるのかなあ・・・)。
 わたしは現在フールーと契約しているのですが、ネットフィリックスの月額価格があまりにも安いので、これは両方とも契約もありかなあと思っています(^_^; まあ、ラインナップ次第なのですが・・・。
 まずは、どうせ、初月ぐらいは無料期間があると思うので、そこでラインナップを精査して、どうしようか決めたいなあとおもいます。

 何の話だったか忘れつつあるのですが(笑)、いろいろ大変なことはありますが、わたしは元気です。
 なんか最近、映画館で見る面白そうな映画がないんですよねえ・・・。これが深刻な問題で、なんかないですかねえ・・・。
 いちおう、毎週漫画雑誌で面白そうな連載はチェックしているのですが、いま一番面白いと思っているのは、「瑠璃と料理の王様と」ですかねえ・・・。
 イブニング連載で、タイトルから分かる通り、料理話なのですが、これが北大路魯山人を中心としたお話なんですね。わたしは仕事で北大路魯山人のブツを扱っていましたので、たぶん作者よりブツの話はわかっているかもしれない。料理は素人ですが。
 北大路魯山人はドキュメントが多いので、いくらでも学ぶことができるのです。
 それでこの漫画が面白いのは、北大路魯山人の直系の弟子と北大路魯山人を模倣する人物の直接対決にしているところです(これが出てきたのは今週号なので、わたしが最新を読んでいることは分かる人にはわかるとおもいます)。
 これが、美味しんぼをなぞっているのはわかるとは思います。
 ただ、これはどうするつもりなのかなあと、正直興味津々なのです。
 これの漫画は絵の味があって、それでいろいろ楽しくなっている漫画なので、それを実写化はむりだろ、アニメ化は可能なのか? と映画にするにはかなり難しそうなのですが、まあ、無理矢理の要望をいうと、これの映画が見たい、なんですね(^_^;

 というわけで、だいぶ元気になってきましたので、このへんで終わります(なんだそりゃw)。
| 雑記 | 03:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
長い旅行のような景色

 スポーツのシーズンというのは、長い旅行のようだ。
 プロサッカーや、プロ野球を見ていれば、年単位の結果が出て一度精算して、もう一度新しいシーズンが始まる。これが高校野球であれば、まず夏の大会があって、上級生が引退したあと新人戦というべき秋大会があり、その結果で、春の選抜大会が決まる。
 モータースポーツであれば、ワールドグランプリと言われるシリーズが有り、文字通り世界を転戦して、旅して順位を決める。
 オリンピックや各競技のW杯と呼ばれる4年おきの大会の物語はどうだろう?
 4年に渡る旅だ。
 もうすぐ、バレーボールのW杯がやってくる。
 それまでの4年間にどんな旅をしてきたのであろう。

 年間を掛けた旅というのは一般人には理解し難い。
 もっとも長そうな旅の物語として、『80日間世界一周』を挙げたいのだが、当時でさえ世界一周は80日間で出来てもおかしくなかったのだ。現在のクルーズ船による世界一周は100日ぐらいだろうか。
 これよりも長期に渡るのがシーズンなのだ。
 だいたい規模感が分かった来ただろうか。

 わたしにとって具体的な長期旅行はエントリーにもしている「香港旅行」と「関西周遊乗り鉄の旅」だけである。
 香港旅行はたしか、深夜着の便でそのまま一泊、それから自由行動して一泊、もう一つ自由行動をして一泊、それから早朝便で帰るというスケジュールなので、数字上は3泊4日となる。全然長期でない。
 乗り鉄旅は、名古屋一泊、奈良三泊、彦根二泊のはずなので、6泊7日である。この旅は色々イレギュラーがあるのだが、だいたい7日のうち5日を青春18切符(五枚綴り)で過ごし、奈良周辺は私鉄で回ったという計算になる。あ、そうか、奈良3泊がなんか多いなと思ったら、伊賀上野で盛大に使ったのかw ここで時間を使ってしまった分は大阪を無視することにして、つじつまを合わせた。
 興味がなかったのだ。

 わたしがこうした時間を使うときに判断基準とするのは、果たしてこの旅行は自分の人生に照らして、一生語りぐさになる、後に思い起こしてみても、あの時は楽しかったし、あのときにほんの少しでも戻りたいと思えるかどうか、ということである。
 正直いうと、あの関西を回った時の記憶は、暑かったのだけどどんだけ楽しかったのだろうと、振り返って輝かしく思ってしまうものだ。
 次々記憶が蘇って、それに浸っているだけで幸せになる。
 どこが一番楽しかったですか? と言われれば、近江八幡を挙げると思う。
 あと、湖西線をちゃんと終点まで行って、そこから彦根に帰ってくるときに、豪雨に見舞われたこと。これ、電車動くんだろうかと心配するような豪雨だった。それにだいぶ時間的には前になるが、伊勢神宮に行った時に食べた伊勢うどんと、座敷で食べた、あれはなんだったっけ? ひつまぶしちっくなものだったと思うのだけど、調べないとわからない。
 それがうまかった。

 わたしが旅行先を選ぶ時というのは、だいたいが面白そうだという感覚である。
 それは物語の企画を選ぶ時と大して変わらず、わたしはもっと短い無泊の旅をするのだけれども、それを決めるのはたいてい気まぐれとしか言えない。
 たぶん、なんで?
 と聞かれると、
 だって、面白そうじゃん!
 としか言わない。
 それは、豪雪列車であったり、つくばエクスプレスだったり、宇都宮美術館の展示を見るための宇都宮旅行だったりする。
 そもそも、乗り鉄なのである(^_^;
 あ、これ以外にも、会津若松の郷土料理である身欠きニシンの山椒漬けを食べに、遠征したこともあるし、房総の有名な海の幸を食べさせてくれる道の駅みたいなところまで遠征したことがある。その時は、どうも台風が来ている時で、わたしは浜金谷から東京湾フェリー乗れば、帰れるかなと思っていたんだけど、浜金谷にはフェリーの気配はなく(この時は台風がそれたことがわかっていた)、電話をしてみると、
「あー、フェリーは全部台風に備えて、安全なところに退避しているんですよ」
 といわれる。
 それで同じような考えで浜金谷に来ていた女性に聞かれる。
「どうなんですか?」
「ああ、フェリーは台風に備えて退避しているみたいで、運行はないと」
 その後、その女性がどうしたかはしらない。
 わたしは、浜金谷の駅でたぶん40分後ぐらいに来る木更津行きの電車を待っていた。
 いま考えてみると、その女性は相席するのが嫌でタクシーで木更津に向かったのかもしれない。ひじょうに申し訳ないと思うし、この状況でどうすればいいんだと思うのだけど、わたしは浜金谷の駅で、数十分待っていた。
 そうすると、祭りばやしが聞こえる。
 もしかすると盆だったのかもしれない。
 それを聞きながら、ああ、ここはわたしの土地ではないなと思った。
 そもそも向かった名所は、サーファー御用達の道の駅だったのだ。
 ここは自分のいるべき土地じゃないと思いながら帰路についた。

 長編というのは、わたしは『死神の帰還』で初めて書いたのだけど、だいたいこういうものではないかと思う。
 その説明がいままでの、長々としたものだった。
 長い旅行のような景色。
 プロスポーツのシーズンのような光景。
 これが長編なのではないか。
 そこには予想外のこともあるし、だいたい計画はうまくいかない。
 だからそれを眺めるときに、わたしが何を言っていても、多分うまくいかないんだろうなあぐらいの気持ちで、4割バッターが5割打つと言っている状況を想定して、はいはい5割打つとか無理だから、と思っていただけると嬉しいです。
 映画ではないのですが、長編とは長期戦なのです。
 何が言いたいかというと、あー、長編って難しいな、ということと、それでもたまらなく楽しいなあということ。
 なにも知らない行ったことない土地を、冒険的に旅するには、ひとつのミスもなく歩ききるのは不可能に近くて、行った先々で、どう面白おかしく旅を謳歌するか、ぐらいしかないんですね。
 先に挙げた2つの長期旅行では、明らかなミスをわたしはしている。

 ひとつは乗り鉄の旅のほうで、初日の首都圏から名古屋への高速バスの移動を予定していたのでけど、高速バスの待合場所がどこかわからず、結局諦めることになった。この時はスマートフォンを持っていなくて、そういう発想がなかったのだが、地図登録などしていなかった。それで結局、新幹線で名古屋に向かうことになる。

 もうひとつは香港旅行の方で、この時わたしは、携帯型のアラーム目覚ましを持っていなくて、香港発の早朝便の集合時間に起きられなかった。いつもは自宅のベッドサイドのアラームつきラジオで起床している。朝起きなければいけないという認識が、楽しすぎてなかったのだ。それで、余分にお金をおろして、これで航空券を手配してくれとホテルのおねーさんにお願いした。
 たしか香港−成田便の一切の割引のない航空券なので5万はしたと思う。
 ただ、全日空の便だったと思うのだけど、そこで見た映画が衝撃的だった。わたしが大好きなトム・クルーズの企画した映画で、ロック・オブ・エイジスという。ミュージカルを映画化したもので、その一曲一曲の再現性が凄まじすぎたと、今になって思うのだけれども、「アイ・ワナ・ロック」と叫ぶときの主人公の迫力、「シュガー・ミー」と叫ぶトム・クルーズのすごさ、これがロックだと、震撼した。
 そんな映画に出会えたのだから、5万は安いよね、と思うのが、だいたいわたしの楽天主義である。

 なんか話がずれた(^_^;
 まあ、こんなわけで、いろいろ寄り道しかせずに、ふらふらとしていますが、『鉄鎖の次王の恋』うまく決まるといいなあと思っております。
 まだまだ先は長いですが、気長にお楽しみいただけると幸いです。

 なんか、あてての文章みたいになってしまった・・・。
| 雑記 | 23:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
『ごく、短い先の未来』

 ついこの間、ある方にとてもよいことが起こり、そのニュースを見て感心をしてしまった。
 ほとんど面識はないし、ネットワーク上でも言葉を交わしたこともない。
 それでもわたしはその方を知っていて、関係で言えば自分の好きなミュージシャンとファンの関係ぐらいかもしれない。同じような業界にいたので、だいたいやっていることは分かっていて、やっていることは分かるのだが、これは果たして意味があるのだろうかと、懐疑的に思っていたのだ(たいへん失礼ながら)。
 たぶん本人もこれは意味があるのだろうかと懐疑的だったと思う。
 それがとつぜん実る。
 合理的にそれが必然であったと説明することはできそうもなく、もしそれが成功譚だったとしても(客観的には成功譚だが)、それがそれまでの行動との因果関係が描けないのだ。
 だけど、わたしはその人の過去を知っていて、新しい職につくことを知って、ああ、あの職にあの人がつくのか、ならば信頼できるなと思う自分を発見して、衝撃を受けた。
 わたしがその人を見ていたなんて、誰も知らないし、わたしが信頼できるなと思っても、わたし以外には何の意味もないのだ。
 何の役に立つのか分からないことと言うのはある。
 それでも、それを見ている人はいる。
 そして、自分がそれなら信頼できるなと思っていることにショックを受けた。

 本日、細田守監督を取り上げたNHKのプロフェッショナル仕事の流儀を、再放送で見た。ちなみに念のために録画もしたが、隅から隅まで見たので、たぶん必要なさそう。しかし、あの細田さんの作業場代わりのアパートは位置が特定できそうすぎて、まずすぎないだろうか、と書けば、ほんとに見たんだなという証拠になると思う(^_^; 細かい点は録画あるので、聞いてもらえればいい。
 わたしは、この放送があると聞いて、これは最後通牒だと思って映画館に行ったくちだ。
 NHKが律儀なのか、とにかく映画を見ないと全体像が見えない構成(つまりネタバレ一切なし)になっており、これは全然わかんねえだろw と爆笑してしまったのであるが、まあ、まず映画を見ることをおススメすることと、この放送はNHKオンデマンドで、単品200円+税(たぶん)でみれるので、まず公開期間が終わる前に映画を見て、それからゆっくりとオンデマドでいい。

 この中で、とくに個人的にセンシティブなのは、細田守監督が『ハウルの動く城』の監督を降ろされたということです。
 わたしはいちおう、『ハウルの動く城』の分析を原作からしているので、こうやれば原作の分析なんて簡単にできるよ、と書いていたので、時期的にこれを読んでいた可能性はないことは分かりつつも、もし出ていたら、あー、これはマイナス効果なのですが、このヒットメーカーとしての細田守監督は生まれなかったかもしれない、と思うと、いろいろ背筋が冷えるのです。
 日本のアニメ界の至宝を殺していたかもしれないと。
(ちなみに、その『ハウルの動く城』の分析は完了していない(笑)。いい加減すぎて、致命傷にならないのはラッキーだなあと思ったりますw)

 個人的には、自分はいろいろと書いていますが、だいたい何かを意図して書いているわけではないんですね。むしろそれが偶発的に絡み合って、いろいろ影響が出てしまうことの方が怖いぐらいで、そんな偶然のことに責任持てるかと。
 ただ、偶然でいろいろ思い出したことは実行したいかなあと思います。
 現在は『鉄鎖の次王の恋』にかかりきりですが、これをさっさと終わらせて(そんな簡単なシナリオではないが)、次にかかりたいと思います。
 コードを書かなければ。
| 雑記 | 02:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
コンピュータは怖くない

 ことしの、正月近くだったと思うのだが、むかし住んでいた八王子に行った。
 わたしは八王子が好きなのではなく、中央線が好きで、その始発駅である高尾に住んだ。
 高尾であれば家賃が安いだろうし、探してみるとURの物件が格安で空いていた。口の悪い人たちに東京の果てだと言われる団地である。それでも住んでみると都で、バスさえちゃんと運行していれば文句がないところだった。
 このバス路線の問題は、駅まで通る町田街道が恐ろしく混むことである。
 毎朝のように渋滞し、ならば自転車で通勤すればいいのではないかと思ってしまうのだが、甲州街道からの急坂を登れる人はほとんどいないだろう。そして、その団地はわたしが要塞と呼んだほどの急峻の上にあることで、下のバス停から200段ほどの階段を登るとようやっと平坦なところにつく。
 そんなところを無邪気に穴場だと思っていて住んでいたのである。
 それでわたしは、異様に八王子は詳しい。
 あちこちのサイトで八王子ラーメンの穴場店とかを見ると、こいつは分かってないなとため息をつく。わたしもどこでそれを知ったのかは忘れたのだが、八王子ラーメンの名店中の名店は、そこじゃない。
 そして、高尾にも名店がある。
 これはラーメン店ではなく、普通の居酒屋なのだが、泣き崩れる人を連れて行ったときに、ふと、
「この、お店っていいね」
 と言われた。
「そうだよ、そうじゃなかったらここにしない」
「これまで全然気づかなかった」
 とても職人気質に溢れているというか、とにかく客の邪魔をしない。
 空気のようにとらえて、注文通りのおいしいものを出してくれる。
 その高尾の生活は苦しいものもあったけれども、自分の血肉になっていることは確かだ。

 八王子に行く。
 数年ぶりに八王子駅に立ったのは、むかしの空気に触れたかったからだ。
 やはり、中央特快やら、山梨に向かう特急列車に溢れる光景は、なぜ高尾を選んだのかを端的に語っていた。全身の血が騒ぎ、アナウンスが甲府だとか、竜王だとかの駅名を呼ぶのに興奮する。
 わたしは八王子が好きだ。
 中央本線が好きなのだ。
 その前に駅で降りて、南口の変わってしまった姿に衝撃を受ける。確かその日は雨が降っていて、何が目的だったのかは忘れるのだが、大きな電気店に行き、はじめてandroid機に触れる。
 なんだこれでいいじゃないか。
 それで、わたしはandroid機に機種変換する。
 それがたしか1月3日だったはずなので、この日は1月2日だったのかもしれない。

 その帰りの電車で考えたのは、コンピュータと言うのはどういうものだろう、ということだった。
 正月期間なので、当たり前のように中吊り広告には初詣の広告が吊られている。
 その朱色で描かれた「初詣」の文字を見たときに、日本人はその言葉の読みが分からなくても、それが何を意味しているか分かる。たぶん、思い浮かぶのは混むだろうなあということだし、焚かれたお香の匂いかもしれない。
 問題は、もしかしたら日本人の一部の人は「初詣」を「はつもうで」と読むとは分からないかもしれないということだ。読めなくても、意味が分かるのである。同じように、そのときあった中吊り広告には「初夢宝くじ」というものがあった。
 これは言葉自体に意味がない。
 ことばに一切の意味がないのだ。
 それでも、中吊り広告にしているのだから、効果があると思っているのだ。
 初夢宝くじと言われた時に、なにを連想するだろう?
 これは、コンピュータでどう実装するのだろう?
 わたしはたぶん量子力学に反対したアインシュタインほど偉いはずがないのだけれども、課題として、受け取ってもらえればうれしい。こういう問題があるよと。

 そういうわけで本題に入るのだが、わたしは基本的に小泉八雲を尊敬している。
 ただ、小泉八雲が残したのは英文であり、英語が分からないわたしはそれを日本語訳で読むしかない。正直「雪女」のラストが分からなくて、国会図書館で20近い翻訳を収集して全部読んだ。短いので出来るのだし、その中で多種多様な翻訳があることを知った。
 わたしが底本に取ったのは岩波版の翻訳で、その理由は、レベルが他と圧倒的に違っていたからだ。だから、正気に言うと、わたしは「雪女」の完璧な訳をしてみたい。それほど、わたしは小泉八雲が好きだ。

 コンピュータは怖くない。
 大丈夫。
 使いこなせばあなたの道具になるよ。
| 雑記 | 02:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
 『しずかな人』

 わたしはあるとき自分を客観視しようとして、性別を入れ替えて自分の思っていることを書いてみた。
 それを読んだとき、なんてしずかな人なんだろうと、衝撃を受けた。
 まるで深窓のお嬢さまのようで、意図したことはまったくなかったので、なんでこんなにしずかな人なんだろうと思ってしまった。
 わたしはデザインだったり、マーケティングだったりを仕事にしていたので、非常に騒がしい人だと思っていたのだ。ただ同僚の証言を見てみれば、
「hikaliさんはサイボーグのように仕事をするよね?」
「hikaliさんって、黙々と仕事するの好きなの?」
 これは単純に、マーケティング会社勤務だったので、周囲がよくしゃべるからである。
 わたしは日常的に支離滅裂な思考をしているよな、と思っているので、整理ができない時は話しても仕方ないと思っているだけなのだ。話さないのではなく、話してもたぶん意味が分からないだろうなと思っているだけだ。
 仲の良い直属の上司にも、ロジカル・シンキングという本を渡されて、hikaliさんの言っていることは理解できないことが多い。まず、説明する方法を勉強してくれと言われた。わたしはその仲のよい上司にはとてもたくさん感謝しているので、何ら含むところはないのだが、それを機になぜかわたしは、欲張りな質問者になった。
 これはどうなっているんですか? なぜそう思うんですか? ここはどうなっているんですか?
 それはおそらく、わたしのすり合わせの才能を開花させる内容だったのだろう。
 わたしにはおそらく調整型の才能がある。
 パズルを解くように、世界中の構造を理解して、最適解を見つけるのが非常に上手かったのだ。それはわたしの他人には理解しがたい発想を隠して、実際的な結果に持っていくのには最も適した方法だったのだ。
 パズルの解はだれの目にも明らかだ。
 だからいちいち説明する必要がない。
 デザインの難題を押し付けられて、それをサイボーグのように最適解を叩きだす。
 その思考が異様に異質でも、成果物さえ上がれば、だれも文句を言わない。
 恨む気持ちは一切ないけれども、あー、便利に使われていたんだなあとは思う。

 そんな中で、わたしが師匠であると標榜する角田光代の本を読んだ。
 実際に読んだのは数年前だが、とても心の躍動感があって、衝撃を覚えた。
 読んだ本は『これからはあるくのだ』と言う本で、これはデビューしたての頃の20代の(あってる?)エッセイ集で、読むとあまりにも過激すぎてあたまがくらくらする。
 わたしが師匠筋と言っているので、その内容はおススメ済みなのだが、わたしは文章を読むとその人の心の動きが見える人なので、その躍動の激しさにあぜんとするのだ。
 しかし、文庫本を出すにあたって、たぶん30代になっていると思われるのだが、あとがきが書かれる。
 「しずかな人」が出てくる。
 突然のように、暴虐無人に振る舞っていた本人が、その自分を微笑ましく振り返る。
 しずかに和解し、しずかにその大切な文章を包み込む。
 わたしも20年選手だ。
 プロではないけれども、じぶんが18歳の頃に書いた文章に向き合う。
 この頃は暗かったなあ、ぐらいの感想はあるのだが、自分の過激な未熟さを包み込めるぐらいにはなる。その時間を経て、「しずかな人」になったのであれば、仕方ないのかもしれない。

 日経新聞の文化面を読んでいて、気になる記事があった。
 わたしは、日経新聞がたぶん月一ぐらいで掲載している、アートレビューという紙面のある絵画をピックアップして読者の意見を聞くコーナーに非常に注目しているのだが、これは端的に言って、日経がこれが一番盛り上がるという絵をピンポイントで選んで煽っているので、だいたい面白い率が高い絵である。
 わたしはそれは観に行くようにしているし、金山康喜の展示は観に行ったし、いま手元にその図録があるからそう書けている。わたしが、美術展に行くのはだいたいは図録が欲しいからであり、図録と言うのは著作権法上認められた、展覧会での展示作品の解説本であり、これがおそろしく安い上に、資料価値が非常に高い。
 フルカラーのフル解説で、2500円もしない。200ページはある。
 普通に買ったら8000円ぐらいしても文句が言えない。
 これは著作権法上いろいろな問題があるのだが(裁判になっていて、最高裁まで行っている)、まあ違法とならないうちは、この資料を買ってなんでいけないんだろう?

 最近気になった美術展は、『ヴァラドンとユトリロ』展である。
 このふたりは親子で、ヴァラドンは母であり奔放な人生を送った。対するユトリロはその家族生活のせいなのかアルコール中毒になってしまい、その治療のために絵を描き始めた。
 そのユトリロの絵がいいのである。
 もちろん図録は買っているので、それをもとに言うのだが、なんてしずかなんだろうと思うのだ。ヴァラドンはとても激しくて情熱的な絵が多い。それに対してユトリロはバランスを取るようにしずかだ。
 まるで、祈っているようにしずかだ。
 そのしずかさにしびれてしまったときに、わたしは「しずかな人」なんだなあと、衝撃を受けた。それは否定したはずだった。わたしは、しずかでないと自分の周りで起こることと調整が取れないから、しずかなはずだった。
 それはわたしが騒ぐと問題になるからしずかなはずだった。
 だけれども、わたしはどうしようもなく「しずかな人」が好きだった。

 でも本質的には、わたしは周囲が騒々しいほうが好きなはずで、しずかでいてくれとは言いたくない。というか、わたしの書く小説って、とても騒々しいでしょ?
 しずかにまとまってしまうとつまんないんだよね。

| 雑記 | 02:06 | comments(0) | trackbacks(0) |