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 『あらしにあこがれて』14


「あれ? ルナさんじゃないですか、なんでこんなところに?」
 見慣れたとはまだ言い難い猫のような猛禽顔の女の子が、しらじらしくへらへらとして立っていた。
「ひどいですよ〜、工房に行ったらどなたもいなくて、近所に聞いたら谷底に向かったと言うじゃないですか。それで、たぶん降りるならここからだろうなと思って先回りしていたんです。しかしなんですかそれは? ずいぶんたくさんの機械があるじゃないですか。これからなにが始まるんです?」
 ルナはシルバをみて戸惑うが、
「リラさんですよね? 週報の。なぜうちの工房に?」
 シルバが聞くのに、リラは爆竹のように話す。
「上がしつこく言うんですよ。もっと取材してこいって。わたしの取材が片手落ちだって言うんです、なんで竜狩りの方法を聞いてこなかったんだとか、銃の最新型はどうなっているんだとか、大規模なスポンサーが興味を持っているんだとか、全社的にこれは追わなければならない案件だとか、たまったもんじゃないですよ! ちゃんと取材できたと判断できたらボーナスは弾むとかまで言われているんですよ!」
 リラは相変わらず、要らないことまで話すけれども、この無邪気であけすけのない性格にはどうしても心を許してしまう。リラは上と言っているが、クリフォード社は各国の支局を除けば、本体と言えるラスペ・ペネスを担当するのはクリフォードとリラしかないはずだ。となるとそう言っているのは自然とクリフォードになる。
「取材は受けるから、落ち着いて。これからテストするのはぜひシド全土、いえ、他国にも広めてほしいことだから」
 リラは複雑な機械群を眺めて眉をしかめるが、
「これは何の役に立つのです?」
「これから実演するから、みてて! これで世界から奴隷を一掃するの!」

 竜車を動員して、谷底まで下り道を重機械を運ぶのは予想通りに難儀で、ペネスの吊橋から谷底まで何百メートルあるんだと大げさに思ったほどで、実質的には曲がりくねった数キロの数十メートルの高さだったかもしれない。
 そうやって河面まで降りると、ごつごつした河石の上に無骨な機械を設置していく。
 発電機のモーターは遥かに崖上、コンパクトなモーターとポンプを設置して、油紙を針金で補強したホースを河面に浸す。
 上空を見上げると、果てしないホースが伸びている。
 ちらりと見ると、シルバの表情が輝いていて、声をかけていいか迷った。
「ゴーサインは出してね。これはあんたが考えたんだから」
 ためらうことはなかった。
「やろうよ! いますぐ、今すぐさ! なんでやらないの?!」
 なんで失敗するとは思わないのだろう。そうなったら、大失態なのに。シルバは未来に対して太陽のように明るい。片手を上げると、わたしの蒸気機関が動き始めた。こうなると止められない。暴力的な機関が動き続け、この揚水システムが失敗であるかそうでないか以外の結論は出なくなる。
 シルバが確信していた蒸気機関は動いて、それはわたしが信頼されていたことになるんだけれども、シルバが信じてくれたから動くというのは、まるで宗教のようで気持ち悪い。機械は造ったとおりにしか動かない。何百ものパーツが組み合わされたシステムを個々にはテストしているけれど、すべて組み合わせてテストするのはこれが初めてなのだ。
 水を数十メートル上に汲み上げる負荷に、蒸気機関の部品が耐えられるのか、モーター・ポンプもこんな負荷で作動させるのは初めてなのだ。
 ポンプに近い給水側のホースが短くて、遥かに崖上に伸びるホースが長いのは、お粗末なホースが圧力に弱いからだ。吸い込み側のホースは基本的にホースの径が狭まる力が働き、揚水側のホースには外側に広がる力が働く。径が狭まると流れる水の量が減る。なので吸い込み側の径を保つためには、ホースを短くしてできるだけ補強する必要がある。
 こういう話が通じるシルバの工房は楽しくて、なんで誰もが当たり前のように、それを理解しているのだろう、たぶんメイファが、こまごまと言い含めているのだと思う。
 ただそれが、実質的に全権限を握っているわたしに対する抵抗だと考えると複雑になる。お金だけじゃない、わたしがしてることなんて。なんで、お金を差配すると、仲間に入れてもらえないのだろう。
「ルナ! ポンプの様子はどう!? ポンプは動いてる!?」
 明るい声にあわてた。
 理論上は光速で電力は伝わるので、聞くまでもないのだが、作動しているポンプを確認して崖上に両腕で丸印をおくる、どうでもいいけど、これも光の速度だ。声よりは速い。
 ぶるぶると水を吸い上げるポンプを見ながら、これは役に立つのだろうかと考えるのは贅沢な時間だろうか。たぶんシルバはいつまでも見ていて、組み上げられた水にずっと興奮している。
「そっちにいったでしょ! これはだめなの?! いいの?!」
 大声で音速で返すと、光速で丸をくれた。
「これはどこに売るんですか?」
 リラが崖上より崖下を選んだのはさすがの猛禽類だった。
「鉱山、もう最初の売先、ああ、お試し価格だから、売ってはいないかな。そこでテストしてもらうことはもう話はついているけど」
「ああ、テスト協力費と、製品価格は相殺なんですね?」
 うるさい。
「鉱山は頻繁に地下水を掘り当ててしまって出水するでしょ? それをこれまでは奴隷を大量に使って、命の危険にさらせて掻き出してたの。でも、シルバはそれが許せなかったの。だって死ぬじゃない? そんなことさせたら。だけど、機械にそれをやらせれば誰も死なない。計算してみると、奴隷を継続的に買うよりも、機械を買ってそれにやらせたほうが安いの。だったら、機械を買うほうがいい。だから売りたい」
 リラは考えていたが、しつこく考える。
「それって、奴隷業者に喧嘩売ってますよね?」
「売ってる。それがシルバの意思。機械を使って、奴隷をこのシドからなくすのがシルバの意思。わたしはそれを最大限に尊重する。奴隷は悪でしかない。書いてもいいわよ、奴隷を買うより遥かに機械を買った方が安いって」


 10枚ないんですが、この辺が限界かなあと。
 単純に時間がかかっているのは、終わりに向けての文章を整えているからで、だいたいそこに一週間ぐらいは使っています。
 この終わり方は、自画自賛ですが、ルナがかっこいいんですよね(笑)。
 だからここで切ったのですが、えーといちおうこの後に10枚程度の検討していない原稿はあったりします。
 「リラを使う」というのが見えてなかったので難儀したのですが、ながい事考えているうちに、リラを使えばいいんじゃない? と気付いて、このような形になりました。ネタバレはしないのですが、だいたい先が見えるような内容になっているのではないでしょうか。

 機械工学的な話では、ホースの問題ですね。
 吸い込む側のホースは短くて、送り出す側のホースは長いという話です。
 これはこの書いているポンプシステムの問題になるのですが、そもそも、蒸気機関を坑外において長いホースを垂らして、汲み上げればいいのではと思う人もいる気がするんですが、これは簡単な実験でそれが無理であることがわかります。
 それは、ストローの袋をストローから分離させて、袋の方です、袋を思いっきり吸ってみてください。そうすると潰れて吸えないのです。吐く方はいくらでも吐けます。
 ポンプというのは、現在の日常で一番馴染み深いのは掃除機なのですが、掃除機のホースって執拗なほどに針金で補強されていないでしょうか。それは単純に、掃除機の機構上ポンプに当たる部分が、吸込口から遠いからです。掃除機のホースはビニールですが、そんなものはない設定になっているので、油紙を分厚く重ねたものに針金の芯をいれたものという描写になっています。これは実際に機能するのか微妙なんですが、半年ぐらいなら持つかなあとか。こういうところが感覚だよりになっているのは面白い、というか自分で面白がっているだけなのですが。
 まあシルバとルナが設計したなら、そういうところは抜かりがないだろうとか、設計図まで文章上で書いているわけではないので、登場人物のせいにしてしまうのですが、まあたぶんあいつらならちゃんとしたものを造っているだろうなどと思っています。


| 自作小説 | 21:02 | comments(0) | trackbacks(0) | 昨年の記事
 『あらしにあこがれて』13


 シルバたちが作り始めたのは、ドライゼ銃のボルトアクション部分で、その両端が閉じられたものだ。銃の装填部分だけがあって、銃身がない。装填するのは本来は打ち出す弾と火薬と起爆装置から弾を除いたもので、一弾ごとに油紙で包んで携帯しやすくしている。シルバはベルトに革のポーチを付けたものをどこかで作ってきてもらったのか、そこに数十発の弾を入れる。
「じゃあ、やろうか、まず10ミリから」
 おもむろに言って、出来上がった試作機を、必要はないのだけれども構える。
 たぶん、シルバにしてみればドライゼ銃の使い勝手のテストのつもりなのだ。
「お金がないから、それぞれ20発ずつ」
 誰にも見えない標的に照準を合わせて、放つ。それから射線の先を凝視して、舌打ちをする。外したようだ。装填口を開き、革のポーチから新しい弾を掴んで装填して、また放つ。
 それはうつくしい所作を見ているようで、流れるような動作にルナはシルバがなぜ射撃の天才なのかが分かる気がした。10分も経っていないはずなのだけれども、その狂気の時間に出資をしたくなった。
「こんなもんかな。銃身がないと結構ぶれるね。銃口を重たくした方がいいかな?」
 シルバは装填口に手袋越しに触れ、それから手袋を脱いで触る。
「あち! まあ、いつもこんな感じだし、やっぱりこの銃は熱が弱点だなあ」
 にこにこと笑っていう。それから、手袋をして装填口付近の様子を綿密に見る。先込め式の場合は爆発させた火薬のすすを取るのが普通なのだ。それですすがどれだけついているかを見ているようで、うんうんと頷いた。
「20発までは大丈夫。限界がどこにあるかはわからないけど、冷却も必要だし複数持つか、整備をしてくれる人が必要になるのかな?」
 ルナにはそれが異次元の発想すぎて、なにを言っているのかわからなかった。
 なにを想定しているのかがまったくわからない。
 まるでサウス人と話しているよう。
「じゃあ、5ミリ行こうか」

 テストを終えたシルバは始終満足げで、メイファがいれたおいしい紅茶を飲みながら、ビスケットを食べる。
 テスト結果を聞くまでもなく、シルバが5ミリのダマスカス鋼を気に入っていることは明らかだった。頭のなかではシャビの工房に送る発注書に添える挨拶文の草案が渦巻いていたのだけど、卓を汚さないように丁寧にビスケットを食べるセレンの姿が目に入ってしまって、あれ、セレンって孤児院あたりから来たんだっけ? と思ってしまう。
 それはシルバの姿と重なってしまうからで、そんなに遠慮する必要はないと、どうしても思ってしまうのは、ルナが特権階級の人間だから。
 いや違う、セレンは読み書きができるし、それは修道院で習ったと言っていた。
 そうなると、やはり身寄りがなくて引き取られたのだ。セレンの高潔さはたぶん修道院の空気を引きずっているのだろうし、厳格な規律の中で植え付けられたものなのだろう。
 そんなに丁寧にビスケットを食べなくてもいいのに。
「セレン、もっとざっくばらんに食べていいのよ。難しいかもしれないけど」
「あ、あの、わたし堅苦しかったですか?」
 あわてるセレンの頬に指を触れる。
「いえ、でもあなたが好きよ。それはあなたがあなたである以上変わらない、信じて」
 セレンは当然なのだが赤面する。
 それからもごもごもと何かを言おうとして、やっぱり言えずに黙る。
「セレンはよくやってくれているわ。正直わたしがいなくても大丈夫なのではと思うぐらい。でも汚れ仕事はわたしがやる。それはわたしの永遠の職務だから。でも、それはわたしがやるから、もうちょっと汚れていないところをやってくれないかしら? けっこう手一杯なの」
 セレンは、すこしずつ泣き始めた。
「ルナ、さまは、ずるいです・・・。だって、なんで、断れる、んですか。お金の計算ぐらいさせてください・・・。わたし、算術は習ってるんです。もっと頼ってください・・・。それぐらいできるんです・・・」
 目の前で起こっている光景が信じられなくて、その心細い肩を抱いた。
「わたしはあなたに汚い仕事をしてほしくないだけ、そんな犠牲はわたしだけで充分。わたしにはそれをしなければならない十分な理由があるの。だって、兄の妹なんだもの。でも、セレンがそれを手伝う必要は一切ない」
 セレンは悲しい表情をした。
 しばらく考えて、
「それはわたしが相応しくない、下賤の身だからですか? ルナさまは高貴なご身分ですから、わたしなんかに任せられないと・・・」
 ちがうちがう!
 そんなふうに思っていたのかとショックを受け、それをどうしたらいいのかわからなかった。
 こんな仕事、やっちゃあいけないのよ。
 投げ出していいと言われれば、正直投げ出したい。それをか細いセレンに丸投げするのは虐待のように感じるし、たぶんセレンはわたしに任せきりなのを酷い仕打ちをしているように感じているのだ。
「あの、ルナ?」
 ぽかんとしたシルバを見て、現実に引き戻された。
「なんだかわからないけど、ぼくたちも頼って欲しいかな。この工房は自慢じゃないけれど、みんな優秀だ。メイファのすごさは分かっていると思うけど、手伝えることなんていくらでもあるよ。ルナが抱え込むことではないよ」
 我に返って工房を見ると、好意的な眼差しが自分に向いているのに気づいた。
 照れ隠しにビスケットを齧る。
「じゃあ・・・、テストをするから・・・。わたしの蒸気機関、バーナードのモーター、ハッカビー兄弟のポンプ。それを合わせてみましょう・・・。シルバ、あなたの望みどおりのものになっているかはわからないけれど」
 シルバは太陽のように笑った。
「最高だね!」
 なんでこんなに眩しいのだろう。
 この太陽に照らされると、ぽかぽかと陽だまりにいる気になる。


 もう1シーン書くべきではないかと思ったのだけれども、ここからテストのシーンにつなげるのも何だかなあとと思ったので、短いと思うのですが、ここで切ります(これまで15枚平均だったのが10枚ないですもんねえ)。
 出していないので分からないと思うのですが、この直前に書かれていた文章はひどいものでした。わたし自身のコメントとして、「なんだこれ、ひどい。小説を忘れている」と書いているほどです。ただ、そこからの復旧方法を、なんか会得したかなとか、そんな自信回復につながる回でした(まあそれだけ下書きの時点ではひどいものを量産しているわけなのですが・・・)。
 なにげに前回書きたいと思っていたセレンの話も掘り下げられましたし、ルナがよく書けていて、シルバもよく書けている(唐突に介入してくるシルバとかお気にいりw)。短い文章ですが、まあいいか、というぐらいには書けている気がします。
 ちょっと臭いかなあとは思ったのですが、好きで読んでる漫画とかけっこう臭くて、自分はこういうのが好みなのかなと・・・。まあ前作が結構殺伐としていたというか、ほぼほぼ戦闘シーンの連続だったので、今回は日常モノ(と言うか文法的には少女漫画の文法ですよね・・・)になっていて落差がすごいなあ、などと思っています。

| 自作小説 | 20:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
 『あらしにあこがれて』12


 日が暮れて、夜気が冷えてくるとさすがに頃合いになる。
 松明を炊いて綿密に数値を取っている少年たちの間にたたずむバーナードに、無言で視線を送った。
「耐えたと思っていいのでしょうか?」
「充分。はじめから分かって分かっていたけど。でも軽さ。もっと軽くして。ダマスカス鋼は使えると思うからそう言ってるの。あなたはこの鉄の実力をハッカビー兄弟よりは理解していると思っているでしょ? だったら証明して」
 わたしの仕事はだいたい現場の尻を叩くことだ。
 脅しはしないけれども、顧客が望んでいるであるであろうことを確実に伝える。
 それをちゃんと達成してきたら、それは命をかけて売る。
 それで利益が入ってくると、だいたい信用される。
 殺伐としているけれども、それがわたしのサイクルだ。これが商売だよ、お兄さん、と思うのは皮肉なのだけれども、核にシルバがいないと回らないサイクルではある。シルバの信用の力はすごくて、シといえばだいたいうまく回る。
 このバーナードだって、シルバのシステムに入ってしまえば、たぶん資金になる。
「ずいぶん寒くなってきましたね。明日の朝にはペネスに立つのですが、」
「ああ、すみません。泊まるところが薪の前とはいきませんね。部屋は用意してあります。それよりも夕食ですよね。実は用意してあるんです」
 キャンプファイアのような篝火の前にクッションの効いたマットを用意され、そこに座る。セレンを側に呼んで、細かなペネス行きの打ち合わせをしながら、お茶が振るまわれて、それをおいしく飲む。
 前菜は、わらびの塩漬けで、それからオイリーな魚の燻製が出た。
 そうするとだいたいくるのは、サーモンだ。
 臭いほどに新鮮なサーモンが刺し身ででて、暴力的なほどにわさびとしょうがで食えと主張する。ひとくち口にするサーモンは美味しいけど、どう食べたら一番美味しいかが分かっていない味付けだ。
 たぶん、アボガドとわさびを合わせると凶悪なのだけれども、それに合わせるパンの塩分が気になってしまう。醤油はどの醤油がいいのだろうとか、魚醤がいいのだろうかとか、生醤油がいいのだろうかとか、つい考えてしまう。
「ルナさま、明日なのですが」
 うん、分かっている。
「バーナード、どれだけダマスカス鋼を置いていけばいい? シルバの方でも使うから必要最低限にしてほしいのだけど? もし足りなかったら発注して、届くのは1月後だけど」
「もっと薄いほうがいいのですが、5ミリ板を20枚ほど」
「そんなのでいいの?」
「あー、モーターは細かい部品の集合体なのです。それを加工するのに1月はかかります。つまり作業している間に次の荷が届くのです。それにモーターの心臓部はコイルです。そこが一番重いのですが、電気抵抗の関係で鉄を使うわけには行きません。銅線なのです。それに強度の必要なところではありませんし。要らないと言っているわけではありませんよ? ペネスからお戻りになる頃にはだいたい試しし尽くしていますので、そのときに発注します。ですから、かならず寄ってください」
 ルナは、うんと頷く。
「安心したわ。わたしも自分の工房を見なくちゃ、こんなの久しぶりなの、わくわくしているのよ? あのクレーンの旧型がわたしの蒸気機関だなんて思われたくないじゃない? ぼろいじゃない?」
 苦笑する初老の男がこれほどに楽しそうにするのを見たのは初めてだった。
「ルナさまがこんなに機械狂いで、仲間だとは思いませんでしたよ」
「あら、わたしはこれでも蒸気機関の技師なのよ。機械にさわれない雑用なんてしたいだなんてこれぽっちっも思ったことはないの。でも、わたしが好きな機械いじりを犠牲にしないと、兄の工房は回らないでしょ、仕方ないの」
 気おくれしているセレンに気付いて、夢中になっている心を取り繕う。
「ですがお料理は、落第点があります」
「え? はい?」
「醤油にお詳しくないですよね。醤油は新鮮なほど美味しいのですが、これは数年経っている醤油です。調味料は厨房にずっとおいておくのではなく、その日使う分を市場で買ってくるといいですよ? できれば一番美味しいところを選んで。お店ではこれは出せません。あ、そう・・・、いやですよね、こんな知識ばかりがつくんです、接待ばかりしてると」
 おもわず言ってしまって、あわてて誤魔化すが、こういうのが、だめなのだ。率直に言い過ぎる。
 言ってしまったあとに、さりげなく打ちひしがれるセレンを見た。
 あなたに言ってるんじゃないのよ。
 これを引き継げと言っているわけではない。
 こんな汚れ仕事を引き継いで欲しいとは思っていない。

 ペネスに経つ日は、だれも見送りしなかった。
 バーナードはそんな人だと思っていたし、逆に見送りされたら何か変なものでも食べたのではないか、なんか悪いこと言っただろうか、と考えてしまう。
 ペネスが特別なのは、シルバがいるからで、兄貴の工房からすると、唯一の利益を上げられる工房があるからだ。
 ペネスに竜狩り都市の名を冠されているのは、だいたいシルバのせいで、かれは特別な狩りをし、それを仲間に教えている。もともと伝統的な狩りではあったのだけれども、シルバが完成形といえる領域に磨き上げ、幾つもの狩猟団が繁栄するようになった。
 それは誰も見たことのない狩りの仕方で、ペネスに根付いてしまった鉄砲文化と、シルバが製造する銃で成立している。これに誰も注目していないのがふしぎなほどで、大量に上がる利益は兄の工房を支えているのだが、そこに着目する人はあまりいない。
 シルバの射撃の腕が支えていると思われているからだ。
 その通りであって、その通りではないのだが、もう少し理解しようとしてもいいではないか。
 あのリラという猛禽のような取材者でもドライゼ銃に気付かなかった。たぶん、シルバのような射撃の天才であれば、百発百中なのだろうという誤った理解をしているのだ。
 彼の狩りは特別で、呼子と呼ばれる追い込み衆が竜を特定の場所に追い込み、獣脚竜に乗ったシルバが、その躍動する竜の背から、襲いかかる竜の急所に命中させて、失神させる、組織的な猟なのだ。
 これはなんど見ても手品にしか見えないのだが、何百という失神した竜が、貴族に売られている記録が残っている。
 その中心に、メイファという天才的な工房主がいる。
 シルバがそれを見つけてきたときは、この幼馴染の圧倒的な才能に、打ちのめされた。
 奴隷だったという。
 当たり前のようにシルバに恩義を感じて、見た感じは恋愛感情も持っている気がするので、面倒くさいのだけれども、あの女の言い分なんて聞く必要はないんですよ、と言われてしまう。
 頑張ってお金を回そうとしているのに。

「はー、でも、ほんとにこれがシルバの役に立つのかしらね? だって、あいつ外さないじゃない。後詰めとか意味ないでしょ。だって一発しか打たないんだから」
 セレンはまたかと思い、ルナを諌めようと考える。
「たしかにシルバさまのような射手は稀有です。ですが異常者を前提に工房を考えるのは間違っていますし、商売相手の売り先は下手くそですよね?」
 バツが悪くなるというよりは、まあそうだと素直に思った。
「そ、そりゃ、そうよね。一番気にしなければならないのは、だれがなにを望んで、何がほしいいか。そんなのわかってるし、」
 隊列となった竜車を先導しながら、言葉少ないセレンを、背丈の関係で見下ろす。
 この少女はだいぶ無理をしていた。
 わたしは譲るべきだし、この子が背伸びをしていることを、自分の責任だと思うべきだと思った。というかセレンや各工房にどんだけ低い賃料で働かせているんだよ、と思うし、どんだけわたし無報酬で働いているんだよ〜、と思う。

 ペネスまでやってくると、どうしてもどれだけ稼げるかと思ってしまう。
 それは良くないことだと思う以前に、どれだけ搾取してきたのだろうと思う都市だし、この地に足を踏み入れると、罪の意識でアウェイだと思ってしまう。
 ラスペは盛大にお金を配っているホーム。ペネスはお金をむしり取っているアウェイ。
 連れてきた竜車の列にも、金稼ぎなさいよと言っている気がするし、そもそもわたしはシルバに金を稼げという以外に興味が無い気がないような気がして心細くなる。
「これはなんですか? 書類の申請がないのですが? 鋼板ですか?」
 入り口で捕まって、うっかりしていたことに気付く。
「ダマスカス鋼です! シルバさまの工房から申請が出てませんでしたか!?」
 あー、いえ、えーと、書類は来てませんねぇ。
「へー、シルバさんが、ダマスカス鋼ですか! それはニュースだ」
 何か面倒になりそうなので、セレンをなだめる。
「シャビからの荷受け証はあるから、これで代わりにならないかしら? ダマスカス鋼をシルバの工房で使っていることが証明できればいいんでしょう?」
 ルナの顔を見て、税関の役人の顔が固まった。
 こういうのは楽でいい。
「あ、はい、ルナさんですよね! 光栄であります!」
 税関を通過して、うんざりしたルナはセレンに追い打ちをかけられる。
「ルナさまって、顔パスなんですね!」
「いえ、あれ、不快なの・・・。特権階級みたいに見えるでしょ?」
 ああ、まあ、実際に特権階級の人間なんだけど。

 シルバの工房にダマスカス鋼を運ぶと、数字を測るテストが行われて、ルナが数字を言って、だいたいそのとおりだとわかると、テストの輪は消えた。
 メイファを伴ってシルバが目の前に座り、興奮した様子で話し始める。
「この鉄はすごいね。どうしてわざわざシャビから仕入れてきたの?」
「ああ、うん、渡した文献にダマスカス鋼って書いてあったでしょ、だからそっちのほうが性能が良くなると思ったから」
「ルナってそういうところ律儀だよね、まあ助かるけど」
 きょとんとして言われると、それぐらいしか取り柄がないと言われているような気さえしてしまうのだが、シルバは明るく他意がないことは明らか。
「まだこれはサンプルで、お金は払ってきたけど、正式に発注したわけではないの。10ミリ板と5ミリ板を持ってきたから試してみて。この工房で使ってるのは10ミリ板でしょ? でもシャビでは10ミリ板なんてめったに使わないっていうの」
 シルバはしばらく考えたが、まあ、爆破してみないとなあ、と不穏なことをいう。
「爆破?」
「そりゃそうだよ、鉄砲なんだから。発砲時の熱と圧に耐えられなくちゃ。しかもドライゼ銃は前込め銃よりも頻繁に連射するんだから、熱はとんでもないことになる」
 ああ、なるほどと理解するが、それ以上突っ込むのは専門でないだけあって野暮だ。
「でもこれで、劇的に軽くなるかもなあ。5ミリ板で10ミリ板並の耐久性が出たらとんでもないことになるよ!」
 まあわたしはこうやって、きわめて精密に有頂天になっているシルバを見ているのが好きなのだ。
「それよりも、例の鉱山のポンプの話、蒸気機関とモーターとポンプを持ってきたから、あとでテストしましょう。それに最初の顧客も見つけてきた」
 なんかそう言ってしまうと自分がシルバに忠実な猟犬のような気がしてしまう。
 でも多分セレンの言うように、わたしはシルバの名前を使って勝手に儲かる商売を作っているだけなのだ。それがシルバの望んでいた事の実現につながるなら、それでいいじゃないか。


 えーと、定型句になっておりますが(^_^; 大変遅れました。
 なんか前回の立て直し部分で持ち込んだものが結構効いていて、ああこう効いてくるんだと、とても勉強になりました。ただセレンの扱い方が雑かなあとか思っていたり、掘ると楽しそうなのですが、掘りすぎると本題があいまいになってしまうかなあとか。本作はルナ視点なので、ルナの内面を大量に書くことになっていて、シルバを客観的に見ているのですが、セレンはルナを客観的に見るのに大変便利だったりするのです。
 でも、セレンにも内面はあるわけで、そこを書き始めるとどうなるのかなあとか。まあ、シルバの衛星である、ルナの衛星である、セレンを掘りすぎるのはどうかなと思ってしまうのは甘いのですかねえ・・・。なんか展開のさせ方があるのですかねえ。
 研究課題です。

 今回解説が必要なのは電動モーターですかねえ。
 電動モーターというのは、電磁石となるコイルを永久磁石の磁界の中で磁力を使って回転させることで動力となるものなのですが(分かりにくい説明だ・・・)。動力となる一方、反対に回してやると発電機になるものです。
 ルナが作っている装置では、蒸気機関を動力にしてモーターを回すことで電力を発し、その電力をもう一対のモーターに送ることで、動力を発生させてポンプを回すのです。
 なにか、なんで2つのモーターを介する必要があるのかと思われるかもしれませんが、これは単純に蒸気機関が排気ガスを出すからです。なので、蒸気機関は坑外に置き、発電側のモーターで発電し、長い電線を通して坑内に電気を送って、そこでポンプを稼働させるという仕組みなのです。
 かなりショートカットして言うと、かなり強烈な電池があって、モーターを稼働させるのに充分な電力が永久に供給できるのであれば(ほとんどありえない前提ですが)、わざわざこんな装置を作る必要はありません。電池にモーターを直結してポンプを回せばいい。それができないので、石炭を燃料とする蒸気機関を動力として、発電機を噛ませて、坑内に電力を送っているのです。また発電所と送電網が整備されていれば、とうぜんにこんな装置は必要ありません(現在使われているのはこれですね)。

 現在と産業革命当時は大幅に前提が違うので、説明が必要になりました。
 いちおう歴史小説なのです・・・。
(かなり苦しいけど・・・)

| 自作小説 | 22:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
 『ラ・ラ・ランド』を観た!


 のっけからネタバレをしてしまうと、この映画にはストーリーがない。
 おそらく意図的にストーリーが廃されているのであって、すべてはこの映画のラスト10分のための布石なのだ。ロサンゼルスというかハリウッドの中で、売れない女優と売れないジャズピアニストが恋をして、ささいなことで衝突し、ささいなことで泣き、ささいなことで悩み、ささいなことで苦しむ、そんな映画。
 おそらく等身大の姿を描いた作品なのだが、残念なことにわたしは米国人ではない。
 作中にプリウスが出てくるので(ヒロインが乗っている)現代なのだが、たぶんロサンゼルスの古めかしい地区を舞台にしているのか、あれ? これって70年代ぐらいを再現した映画なの? と思ってしまうぐらい日本人にはピンとこないところもある。
 それでもラスト10分は、ああ、これがやりたかったんだね、と思うシーンがやってきて、さまざまな思いが去来する映画なのだけれども、わたしがどう思ったかはネタバレになるので、ぜひ映画館で体験してほしい。

 さて、おそらくこの映画を観た方は、わたしがミュージカル部分に触れていないことを疑問に思っているはずだ。
 実のところわたしはこの映画の前に公開された、ロック・オブ・エイジズ(2012)の大ファンでミュージカル映画はだいぶ慣れてしまっているのだ。こっちはぜんぜん売れてない(2012の興収で94位)からだれも知らないかもしれないけど、ここで一通りミュージカル映画の洗礼を受けてしまっているのだ。
 たとえば、冒頭の大渋滞のシーンとか、ああ、これってこうなるんだよなあ、などと思いながら観ているとその通りで、渋滞でやるなんて面白いなあとは思ったのだけど、ロック・オブ・エイジズでは田舎からやってきたヒロインが乗り合わせたグレイハウンドバス(長距離バス)の車内で同じことがやられる。
 なので、はいはい、これぞ、ザ・ミュージカル、とあそこで頭をぶん殴られなかったのだ。それ以外の部分も同様で、たぶん共通に参照にしている名作があって似るんだと思うのだが、ああ、やっぱりそう来たかと手の内が全部バレてしまっているのである。
 なので、わたしのように擦れた人間でなければ純粋に楽しめるはずである。
 わたしがいちばん好きだったのは、ジャズについて熱く語るジャズピアニスト(セブ)。熱いジャズ愛がすごくて、もう側で何十時間でもその語りを聞いていたい気分になりましたし(たぶんそういう意図がある)、セブの店に入り浸りになるんだろうなぁ、と思うぐらい素敵なジャズが聴けました。
 わたしはジャズは疎いのですが、カンザス・シティ(映画)を恵比寿のガーデンシネマまで観に行ったぐらいには好きです。

 アカデミー賞は残念な結果になってしまったけれど、おそらくあまりにも等身大にこだわるあまりに、ロサンゼルスローカルな映画と思われてしまったのではないか、と思います。そこがいいところなんだけどねえ(笑)。
 ラストシーンを思い浮かべると、わたしもそうだったなあと、深い感慨にひたれるはずだと太鼓判を押して、いい映画ですよ、なのでオススメです、で終わる。

 いやー、去年の日本の映画がすごすぎるんですね(^_^;
 宮駿も細田守もいなかったのに、衝撃的すぎて。
 ああ、聲の形もう一回観に行こうかな、なんて思ってしまいます(まだやってるみたい)。もうわたしは植野さんが好きすぎて。
 豊作年ってすごいですよね。


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 『あらしにあこがれて』11


 バーナードの工房にたどり着くと、少年の従事がはきはきと迎えた。
「ルナさま、お話は聞いています。シャビから戻られたとか、ですが主は懐疑的です」
 頬を赤くして必死に訴える少年がかわいそうに思えて、ルナはその子に同情した。
「機械が全部揃っているから、それを確かめてほしいの、全部やってね。信じないだろうと思ったから全部持ってきたの。テストしてほしいの」
 親指を立てて、蒸気機関が稼働していてぶるぶると震える竜車を指すと、やっと意味がわかったようだった。
「あー、主に伝えに行きます!」
 ばたばたと少年は奥へと戻っていく。
「ここはいつも変わらないわねぇ・・・、ハッカビー兄弟の工房みたいにすんなりとは行かない」
 セレンは遠慮がちに言う。
「も、もしかして、ここって面倒な工房なんですか・・・?」
「あー、うーん・・・、そうかも・・・。そんなこと考えたこともなかったけれども、面倒といえば面倒かも。馬鹿と天才は紙一重と言えばいいの? 売り方がわからなかったから放置してたけど、今回の件でどうも役立ちそうだと思ったから、お願いしたの。わかるでしょ? 天才肌の、すごく神経質な工房なの」
 セレンがメモをし始めるのを見て、いやぁ、困るなあと思ってしまう。
 わたしが考えていることがだだ漏れじゃないか。
 ただ、セレンがわたしの仕事のだいぶの部分を肩代わりしようとしてくれているのは、心強かった。屈んで耳元で囁く。
「言っちゃ駄目よ。わたしがあなたが天才か馬鹿なのか掴みかねてるって言ったら問題でしょ? ちょっと問題はあるけど、天才だから許す、くらいでちょうどいいの」
 すぐに初老の男が駆け寄ってきて、口を開く。
「す、すみませーん。来る気はしてたのです。それで最終試験をしていたのですが、あれ? どうしたのですか?」
 バーナードがきょとんとした顔をする。
「ああ、驚かせてごめんね。ハッカビー兄弟のポンプが素晴らしかったから、ぜひ、合わせてみたいと思って、持ってきたの。テストする準備はできているんですよね?」
 バーナードは竜車まで寄り、そこに備え付けたる旧式のクレーンを見上げる。
「これ、だいじょうぶなんですか・・・? だいぶ古いですけど」
「今のところは問題は起こってないから」
 ふんふんと見聞きしながら、バーナードはきざに高価な葉巻を吸い、合わせてみましょうという。
「実機は全部持ってきてるから、なにか不満があれば言って」
 ルナは竜車の従事に、慣らし運転していた蒸気機関から、熱した石炭の入った鉄籠を外すように告げた。

 電気で動く駆動系というのはだいたい問題だ。
 内燃機関とまったく違う理屈で動いているし、蒸気機関のスペシャリストであるルナでも、電気工学に通じてるわけではないし、ほんの少数しか専門家がいない分野だからだ。
 それで、技師のほとんどは、でんきにふれるのがこわい。
 触れると、しびれて感電死するとも聞くし、電気系のスペシャリストと話す機会も滅多にない。そういう意味ではこのバーナードは希少な技術者なのだけれども、どうも扱いが面倒で、いつも口うるさい要望を投げてくる。
 中庭に竜車をよこすと、バーナードが新作のモーターと思わしきものを運んできた。
 対になっている2つのモーターで、その間を長い電線が繋いでいる。
「これって感電しないですよね?」
「いちおうゴムの被膜で覆ってますし、設置するのもだいぶ高所にします。動力はチェインで伝えますので、設置には結構自由度がありますよ」
 設置場所は自由と言っているのは、水をかぶる心配のない場所に設置できることを言っている。
 そうか、歯車じゃなくてチェインでやればいいのかと、ルナは感心し、シルバはこういうことを見越してモーターを使おうと発想したのかと思うと、その差が圧倒的すぎて少しこわい。
 サウスと対話できる、変態的な天才と自分を比べるのはこわい。
「あれがルナさまの新型ですか? ずいぶん馬力が出そうですねぇ、耐えられるかな。こっちは旧式でテストするしかなかったので」
 バーナードは自信なさげに言うが、ルナはこの男の変態的な神経質さには自信があった。つまり過剰性能で設計していることはほぼ間違いないのだ。それで必要以上に割高になりがちなのが玉に瑕なのだが。
「じゃあ、ちょっと見てみる? いちおうここまで慣らし運転してたから、火種はあるの。すぐにでも最高出力がだせるから」
 石炭の入った鉄籠を指差すと、バーナードは頷く。
「じゃあ、おねがい! もう一回、蒸気機関を稼働させて!」
 従事たちが籠をルナの蒸気機関に格納すると、派手な蒸気を上げ始めた。ぷしゅぷしゅという力強い音が響き始める。
「こりゃあ・・・、なんですこれ? 8本シリンダーとかですか?」
「12本」
「そりゃあ、オーバークオリティなきが・・・」
 おまえに言われたくない、とは流石に思ったのだが、それでも恐れを感じていない表情を見て、ああ、たぶんこのへんは想定内なんだろうなぁと思う。鉄籠を外させ、注水をして、蒸気機関を文字通りクールダウンさせていく。それを遠巻きに見ていた少年たちがバーナードのところへよっていき、細かな指示に頷きながら、重いモーターを設置場所に運んでいく。
「それはそうと、あの鋼材は何なのですか? ずいぶん積んでますが」
 目ざとく竜車に積まれた鋼材を見つけたのはさすがだった。
「ごめん、忘れてた! あれ持ってきたのも用事の一つなのよ。ダマスカス鋼。ペネスのシルバの工房でおもに使うつもりなんだけど、この工房でも試してみて。シャビから運んだの。うちに工房ではすごい評判だったわよ。テストした数値を聞く?」
 さらっと数値をいうと、バーナードは青ざめた。
「なんですかそれ」
「長期契約するつもりだから、発注したければわたしに言って。船便で運ぶつもりだから1月ぐらいは到着まで時間がかかるけど、ハッカビー兄弟は40ミリと25ミリのシャフトがほしいと言ったわ」
「うーん、40ミリってちゃんと理解していってるんですかねえ、その数字じゃあ太すぎでしょう」
「ああ、半信半疑なのよ」
 こういう突っかかるところが面倒なのだ。
 それでもたぶん、数字から40ミリは意味が無いと思っているところが、天才なのか馬鹿なのかわからないところで、ルナはいちおう干渉しないことにしている。
「発注は好きな注文をして」
 バーナードは考えた。
「では25ミリから、1ミリ刻みで15ミリまで」
 わかっていたけど、めんどい。

 バーナードのモーターが設置されていくと、いよいよこのシステムの中核部分が揃い始める。それはわくわくする光景で、ほんとうに発電機側のモーターと電動機側のモーターが電力をやり取りできるのかという、誰も試したことない再現に立ち会うことになる。
 サウスの理論が正しければ、何の問題もないはずだ。
 それでも、実際にそれが再現できる光景を見たものはないのだ。
 バーナードの言によれば、旧式の蒸気機関で試しているようなのだけれども、それでも実際に商品として売るレベルで稼働した実績はない。お金にならないならばそれは存在していないものと扱われるのが、シドだ。
 心細くて、シルバに祈る。
(失敗しちゃったかなぁ。12本シリンダーは無謀すぎた? だって、パワーは必要でしょう? でもさ、バーナードはちゃんとやってくれるよ!)
 もうわからなくなって、機材を設置している所を手伝うんだけれども、凝り性のバーナードの工房の仕事は理不尽なほど整然としていて、ミスはたぶん起こらないとわかる。蒸気機関と発電側のモーターをつなぐチェーンが装着されると、もうやることがなくなる。それでもバーナードは執拗で、チェックリストをもたせた少年たちに最終チェックをさせた。
 OKでーす、の声があちこちから聞こえる。
 最後の一声が聞こえたのを確認して、バーナードはわたしを向いた。
「耐えられますかねぇ。どれぐらい試してみます?」
 わたしの蒸気機関には問題がないことは前提の発言だ。
「そうね、夕暮れまで、それで充分でしょ。わたしたち、まだ朝ごはん食べてないの、突貫でここまで来たから。パンとお茶だけの質素なものでいいから、ごちそうしてくれない?」
 たぶん、こう言うと、この工房は恐ろしいほどに凝るだろうなと、思ってはいたのだ。
「朝食の研究はあんまりしていないので、ご期待には添えませんでしょうけど」
 ああ、こわいことを言っている。

 お招きされた卓で出されたのは、バターの効いた焼いたバゲットの上に乗せられた、塩麹まみれのイカゲソで、ほどよく唐辛子とガーリックが混ぜられたものだった。
「なんですかこれ! ラスペでお店出してくださいよ!」
 セレンが感激するのに、わたしもこれはファストフードとして優秀だなあと、思ってしまう。実際的に言うと、焼き立てパンじゃないとこれはできないので、屋台ではたぶん無理なのだが、セレンの感激はよくわかった。
 バーナードは調子に乗って、お昼はどうしますか? と聞く。
「パスタ!」
 これはセレンだ。
 うかがうように視線を向けられるので、もうちょっとひねろうかと思う。
「ミートソースの一番うまいやつを」
「時間かかりますよ、いいですか?」
 まだ朝だろとは思ったけれども、煮込む始めると時間がかかるのかもしれない。
 ちらっと見ると、大量のトマトソースに香草を混ぜ始めて、配合はわからない合い挽き肉を混ぜて、オリーブオイルでいためていく。しばらく焼き目と火を通すと、だいたい美味いミートソースになる。
 トマトがだいたい美味ければミートソースは美味い。
 もちろん、オイルは大切だけれども。

「ルナさまって、シルバさまの仕事をしているときはいつも嬉しそうですよね」
 耐久試験をしてる間はだいたいは暇だ。
 それでセレンとのんびりとお茶を飲んでいるのだけど、セレンはいつもどおりキツくて、挑んでくる感じが心地よくはある。
「なにか問題があるの?」
「いえ、なんでこんな仕事続けていられるのかって、疑問に思ってしまって。蒸気機関の設計しているときのルナさまの集中を見てしまうと、しかたなくやっていることがまるわかりなんです。でもシルバさまの仕事は別。楽しそうなんです」
 しばらく考えるが、自分のことなんて観察していない。
「なにを言っているかわからない」
「自覚がないんですね。ルナさまは、この仕事を「あなたが作った」と理解していないのです。ルナさまとシルバさまの会話は聞いていました。ルナさまはやるべきよ! と言ったのですよ。お金なんてわたしが集めるから、心配しないでって、格好良かった。ルナさまのようになりたい」
 どぎまぎするというか、だいたい褒められるのは照れる。
「し、シルバの名前で取引すると、だいたい成約するのよ。わたしはシルバの名前を利用しているだけ。この前の蟹伯爵との出資交渉でも、シルバが関わるのか聞かれたし」
「蟹伯爵?」
「ああ、有力な出資者よ。蟹が好きだから蟹伯爵。正直、外観でたぶらかしているの。でもわかるでしょ? わたしが好きなのは外観とか気しない人なの。セレンはたぶん、子供でなくなれば、大人になれば、ぐっと魅力的になる。でもそれで仕事してほしいとは思わない。あなたは、わたしからみればもっと魅力的だわ」
 セレンはぐっと言葉を謹んだ。
「殺し文句がお上手ですね、ルナさまは・・・」
「本気よ。シルバと仕事していて楽しそうに見えるのは、どんな無茶な提案でもシルバの名前を出すと、全部通るからでしょうね。わたしはただ話に行っているだけ。そこにシルバがあると全部通るの。わたしは何なの? と考えてしまうわ。いったい、数千キロを飛んできたわたしはなんなの? って。シャビで実感したでしょ?」
「それは違います! ルナさまはルナさまです! もっとご自分を大切にしてください! あなたさまが、シルバさまを作ってるんです! あなたさまがシルバさまのすべてなのです! なんでわからないのですか!」
 衝撃というものは、直撃を食らうとよくわからない。
「わたしは」
「言い訳しないでください!」
 考える時間はあった。たぶん3分ぐらい。その中で、シルバとの関係を整理できたかと言われると厳しいわけで、目の前の閻魔大王が憎たらしくは思えた。
「好きなんですか? 嫌いなんですか?」
 究極の問題に答える。
「すきです・・・」
 セレンは清々しく笑った。
「予定通りです」


 えーと、大変遅れました。
 端的にいうと、木曜日ぐらいにできていた文章があまりにもひどかったので、土日で立て直しが必要でした。それでも直りきっている感じはしないのですが、まあ、この辺がタイムリミットです。
 しかしなんでこんな消化試合のような文章を書くようになってしまったのだろうと。先週はきつかったけれども、まだましでした。たぶんそのきつさから逃げたくて、いい加減になってしまっていたのですね。
 もともと、このお話はルナとシルバが、産業革命期時のスタートアップとしてどんなことをしているのか、ということを掘り下げるために書き始めたものでした。それはわたしが特許法が制定された時代が異様に好きで、その時代の資料を溺愛しているから生まれているお話であったりするのです。そういう意味では、かなりハードなスチームパンクな話になっているのですが、もうちょっと掘り下げたい地点に踏み込めていないなあという感じはしてしまうのです。
 ただ慣性の法則みたいなものはあって、スタートした時点では予定していなかった話題にいまから踏み込むのは無理だろうと、いま断念している感じです。このお話は第三作のプレストーリーなので、第三作で語るんですかねえ・・・。まあそういうことが大量にあるから、書きたいと思うんですね(^_^; いろいろと技術面では難しいところもあるのですが(本来はルナ視点で書かなければいけなかったのに、シルバ視点で書かなければいけないとか)、まあお楽しみにしていただければ幸いです。

 さて、土日使っちゃったぞ、次は間に合うのか?
 この綱渡りって、案外楽しいものだなあと思っていたりします。


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