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 『あらしにあこがれて』9


 ラスペに空路で着くと、ルナは5ミリの鋼板を一枚持ち上げて、それを胸に抱えた。
「セレン、竜車を調達してちょうだい。これ、工房まで運ばないといけないから。わたしは一足先に工房の様子を見てくるから」
「はい」
 背丈ほどもある鋼板を抱えて歩く姿は、たぶん異様だろう。
 それでも兄パルの工房はそれなりに名は通っているので(儲かってないけど)、後ろ指を指して笑うものはいない。それよりもダマスカス鋼を真っ先に届けてやりたかった。わたしは工房が好きだし、思い描いていたものが形になっていくことは好きだった。
 それに設計図を渡した蒸気機関がどう仕上がっているかを見るのも楽しみだ。
 胸がすく。
 鼻歌を歌っていたかはわからないのだけれども、わたしの工房となっている貴族の旧邸宅にたどり着くと、ウキウキが止められなかった。
「みんな! 帰ったわよ! 大収穫! みて! これがダマスカス鋼! びっくりするぐらい安く買えちゃった! もし性能がよかったらじゃんじゃん使っちゃってちょうだい!」
 ハイテンションに唖然とする、工房の面々の間を歩きながら、
「蒸気機関はできてる?」
「あ、ああ、はい、あそこに……」
 広間の中央にある設計したとおりの蒸気機関を見て、無骨な機械の表面がピカピカに磨かれているのを見て、わかってきたなと嬉しくなる。
「もうテストはできる? できるなら河岸に運んで、ポンプと合わせてみるから」
「ポンプの方はもうできていると聞いています」
「まあ、もともと昔使ったやつをちょっと丁寧に作るだけだからね。ハッカビーには、ちょっと儲けさせてやらないと、いい仕事するから。すぐに鋼材を乗せて竜車をよこすから、蒸気機関を運べる準備をしておいてね。それからポンプを回収して、河岸の桟橋に。うちの7番桟橋に。ハッカビーには通しておくから」
 手はずを整えると、ふいに工房の職人が聞いた。
「このダマスカス鋼はどうするんですか?」
 ルナはしばらく考えるが、うまい方法が思いつかない。
「好きにして。別に転売してもいいのよ?」
 さすがに溜飲を下げた。
「技術者ですから、端くれですけど」
「じゃあ、頼んだ。ぜんぶ任せるから、なにに使ってもいいから、でもこの鋼板は自信があるから、おもしろく使ってね」
 ルナは簡単に言うが、蒸気機関の第一人者だけに、言葉が重い。
 工房の誰もがわたしなど気にもせずに、熱心にダマスカス鋼板の特性を測定する算段に入るのを眺めながら、わたしはこの場所が好きなのだという想いを新たにする。
「じゃあ、頼んだから、ハッカビーのところへ行ってくる」
 軽く声をかけても誰も聞いていない。
「スイッチ入っちゃったみたい」

 それから返す踵で、ポンプ屋のハッカビーの邸宅に向かう。
 入ると別案件のポンプの試運転中で、わたしが過去に設計した蒸気機関にポンプを繋いで、たぶん耐久テストだと思うのだが、張り詰めた様子でポンプの音を聞いている。
 暗号にも似た専門用語が飛び交い、それを聞いて設計者のハッカビー兄弟が頭を抱えている。わたしはそれをしばらく見ていたのだが、二人のところまで歩いて、声をかける。
「トルクはどの辺まで耐えられそう?」
「え、ああ、ルナさん、帰ってたのですか。新設計の蒸気機関、見ましたよ。でもあの馬力に耐えられるかなあ、ちょっと厳しいかなあ」
 ルナはすかさず言葉を挟む。
「じゃあ、朗報。ダマスカス鋼の製板工房をつかまえたの。ちょっと試してみてくれない? サンプルはもうすぐ運ぶから、もしよかったら、なんでも発注してちょうだい。もしシャフトが欲しければ言って? 径さえ言ってもらえれば、それを用意してもらうから。強度の強いシャフトはほしいでしょ?」
 ええ、まあと戸惑いがちに言うのは、精密な加工が必要なシャフトは外注したことがないからだ。
「別に、精度に問題があるなら、ここで直すのは問題にしないわよ?」
 ルナは軽いように見えて、独裁者的なプロデューサだ。
 サディストとは言わないけれども、押しが強くて、話し相手に何かを押し付けるのを苦に思わない。シルバと不思議な協調関係にあるのは、なにも言い出せない奥手なシルバを、ぐいぐいと引っ張る力があるから、というのは変な見解だろうか。
 ハッカビーの工房の少年が、軽く言う。
「じゃあ、サンプル持ってきてくださいよ! 現物を見ないと、発注もできません!」
 ハッカビー弟は申し訳無さそうな表情をしていたが、ルナは気楽に片手を上げる。
「まあいいわ。でも、それを使って大儲けして! ダマスカス鋼よ! こんなの使ってるの、ラスペでもうちぐらい!」
 ルナが特異な地位にあるのは、血の問題もあるのだけれども、工房全体の原材料の流れを全部把握している事にある。本人はひたすらにその仕事を捨てたがっているのだけれども、それをできる人が他になくて、やめられない。
 ルナには代わりがいない。
 たしかに突拍子もない性格をしている。
 でも、それが好循環で進んでいるうちは文句も出なくて、代替不能で、ルナはその役割から開放されないでいる。ルナがうんざりしているのはまさにその部分なのだけれども。
「あの、シャフトの径って・・・、いくらぐらいがいいですかね・・・」
 わたしが決めるの!? 少年は怖気づいたが、
「すみません、やはり現物がないと、どうにもならないんですよ」
 ルナの表情を見て、申し訳なさそうに、ハッカビー兄が言う。
「あ、ごめんなさい。いま、竜車を手配して運んでくるから。特性テストが終わったら、欲しいものをリストにして渡して。空路で運ぶととんでもない事になるから、海路になるから、試作機には間に合わないわね。でも、量産機ができたらそれに交換してもらうから、それに間に合えばいい。試作機の納品から1月後でいいわ。それまでに、ダマスカス鋼で仕上げたものが出てくればいい」
 理路整然というのに兄弟が安堵の視線を合わせた。
「できそう?」
「あ、いえ、現物を見ないと」

 セレンが待っているであろう浮遊船の港につくと、荷台に鋼板を満載した竜車が待っていた。セレン一人では搬出は無理だろうだったから、幾ら使ったんだろうと心配になったのだが、どうも賢く周辺の配金している工房から動員したらしい。
 話を聞くと、それがダマスカス鋼だと触れ回っていなかったのが玉に瑕で、それでも十分な仕事をしていた。
「テストするから。まず竜車を工房にやって、蒸気機関とポンプを7番埠頭に運ぶ、それはいい? テストが終わったら忙しいわよ」
「え、えーと」
 ここがオーバーフロウの地点のようだ。
 そうするともう少し前の地点を探す。
「テストをします。それは7番埠頭でします。そこに蒸気機関とポンプを運びます」
 それでセレンは頷いて、わちゃわちゃと動き始めた。
 わたしがしていなかったというかサボっていた連絡までいれ始め、お金の交渉まで始める。そこまでくるとわたしはやることがなくなる。
(ニホと組んだら、いいコンビなんだけどなあ)
 工房の有望格はセレンを始め大量にいる。しつこくニホといい仲にしたがっているのは、ニホと組むと良さそうだから。セレンは律儀で細かい数字の計算をさせたら間違いは起こらない。ニホは、大雑把だけれども本質を掴む力だけはすごくて、大局観だけは誰にも負けないホープなのだ。
 正直に言うとルナはセレンとニホに、自分とシルバを重ねている。
 ああ、こいつは不器用だなと、自分と同じだなと思う時に、救いであるシルバを重ねてしまう。セレンはたぶんニホに、自分にはない才能を感じるだろうと。
「ニホに相談しなさいよ。あなた、ニホを侮りすぎ」
「なんで、そんなに言うんですか!」
 さすがに10歳も年齢が離れていればわからない。
 わたしが思春期の頃にシルバにどう接していたのだろうと考えてしまうし、たぶんセレンがするようなことしかしていなかったようなきがするのだ。
「聞かなくていいから、聞きなさい。誰だっていつも足りないの。一人でできる人なんてどこにもいないの。あなたの良さを褒めようとすると、どうしても他の人が頭に浮かぶの。その人と組めばどんだけいいかって」
 セレンはためらった。
「じゃあ、ルナさまは、なんでシルバさまと公の関係にしないんですか!」
 どきりとして、いろいろと言い訳は思いつくのだけれども、説明として説得力のあるものはない。
「あなたは全部見ているでしょ」
 これはヤケクソに近かった。
「わたしはシルバを搾取するしかないの! 罪の意識なんて、もう無限に感じている! でもこのあの無能な兄の工房群を維持するにはそれしかないの! どうしたら良いというの?! わたしがシルバにどう謝ったらいいの? 謝って、好きですと言えば、許されるの!? そんな簡単なの!?」
 セレンは圧倒されて、それから内省して、考えた。
 たぶんこの子は賢いのだ。
「・・・、はい・・・、シルバさまは全部許すでしょう・・・」
 それを信じるには時間がかかった。
「・・・、じゃあわたしが言ったら、あなたもニホに告白する?」
「なんでそうなるんですか!」
 わたしは冷静なつもりだったけども、冷静なはずがない。それでもしばらく考えて、正直に言う。
「ニホはシルバに似ているの。わたしはシルバが好きだけれども、ニホもいいやつだなあと思っている。それをセレンが助けてくれれば、工房が回るでしょ。リラと話したとき、わたしがシャビに飛ぶわよと言った時に、あなたはそれに備えていた。その時にわたしと同じ考え方をするんだと思った。なんでわたしの後継者と思ってはいけないの?」
 セレンはひたすらに黙っていた。
「不快?」
 セレンは黙っている。
「お金の計算は叩き込んだとは思っているから、会計の能力でセレンよりも上回る人はいないと思うわ。あなた才能あるわよ。数字で間違ったことがないじゃない。あなた以上を見つけるのが難しいの」
 ルナのそばにいて、セレンはその数字の正確さがもたらす秩序は見ているのだ。ルナの愛弟子という地位は否定し難いが、それで人生を決めてしまっていいのかと思う。
 難しい問題だ。


 今回はあんまり書くことがないのですが、一週間に15枚程度とか短いなあと、そのへんですかねえ。
わたしが尊敬する作家の中で、1番作品を書くペースが速いとされるのが、ディック・フランシス(故人)の年一作(長編)なのです。それも本人が一度書き上げた作品を、第二稿、第三稿と書き直すのは信じられないと言っているので、ほぼリトライなしのペースだと思われるのですが、だいたい一週間に15枚ならば、同じペースなのではないかと思ってしまっているところがあるのかもしれません。
 もちろん、広い世界を見渡せば、2週間で書いた(長編)などと変態的な事を言っているフィリップ・k・ディック(故人)とかもいるのですが、彼が生活のためにとにかく量を書かなければならなかったことを考えると、それが適したペースだったのかというのは疑問に感じますし、日本語版のwikipediaの作品一覧(ただし邦訳されたもののみ)を見ている限り、多くて年二作が普通のペースだったようです。
 いまふと思ったのは、大河ドラマを小説化したらどれぐらいの文章量になるのだろうということなのですが(もちろん去年の大河ドラマ真田丸を念頭に言っている)、誰かやってくれないですかねえ(他力本願w)。
 なにかとりとめがないのでこの辺で。

| 自作小説 | 13:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
『あらしにあこがれて』8



 数日経つとだいぶ馴染んで、だいたい工房がどう動いているのかが分かってくる。
 それでも大人しくしていると、さすがに気にし始める。
「お嬢ちゃんたちは、シルバさんの工房の方なのでしたよね?」
 そろそろ、帰りの便も近いし、本題に入ろうかと思っていた矢先だった。
 ルナはゆったりと考える。
「ええ、まあ、小さな工房ですが」
 老人たちはお互いに目配せをし、一人がゆっくりと口を開く。
「シドの方ではずいぶん名の通った工房だと聞いていますよ。あれから他の工房などにあたってみたのです、シルバさんの工房を知らないか、と。そうしたらずいぶん稼いでいる工房というではないですか、それでピンときたのです。何か相談があってきたのではないか、と」
 なるほどシャビの工房ネットワークというのは情報通らしい。
 それはそうだ、なんたって全世界の浮遊船が中継地とする一大ジャンクションなのだ、この都市は。ルナはおそるおそる聞く。
「ダマスカス、鋼を探しているのです。ふと耳に挟んだものですから、このシャビの古名がダマスカスなのだと、それで着の身着のままで浮遊船団に飛び乗ってやってきたというわけです。ダマスカス鋼というのは・・・」
「ああ、うちで打ってるのがダマスカス鋼だね」
 やっぱりと思うのは軽薄だけれども、気持ちが急くのを止められなかった。
「お嬢ちゃん、その話は昼にしませんか? まだ仕事が残ってるし、もうすぐ昼だ。わしらと一緒に食べないかね? たいしたものはないけれど」
「はい!」

 昼になると老人たちは疲れたというように背を伸ばし、立ち上がって、工房の中央に集まってくる。数人が何処かへと向かい、残りは中央に車座になった。そこに薄く伸ばした円形のパンが運ばれ、それに続いて野菜の籠、ベーコンなどの肉魚類、そして香辛料、お茶が運ばれてくる。
「質素なものですが、好きに食べてください」
 お茶が注がれ、座った先に敷かれた布の上にカップが置かれた。
 老人たちはめいめいにパンに手を伸ばし、そこに禍々しいほどに真っ赤な香辛料のペーストを塗りつけ、ベーコンを乗せ、玉ねぎとレタスを乗せる。
「あー、そのチリソースはたぶんお嬢ちゃんたちには辛いはずだよ。だからそっちの黄色いの、そっちはそんなに辛くないから好きなように食べてください。それと今日はリーズデルからのニシンの酢漬けが入ったんだ。瓶にあるからそっちも試してくださいな」
 黄色いのはたぶんマスタードだ。見慣れた香辛料にセレンは早速手を伸ばし、パンに塗ったくって、ベーコンを乗せ、レタスを乗せる。それを半円に包んで満足気に食べる。
「おなかすいてたんです」
 はきはきというのに、老人たちの頬が緩む。
 ルナはさすがに礼儀としてチリソースに行くべきかと悩んだが、老人たちが汗をたらたら流しているのに勇気が出ず、マスタードと思わしきものを塗って、それにニシンを乗せ、みじん切りにした玉ねぎを乗せた。口に運ぶと、黄色いソースが思いのほか辛くて、多分からめに調合されたマスタードなんだろうなと思いつつ、それでもニシンと玉ねぎとの相性が抜群で、貪るように食べて茶を飲んだ。
「おいしい!」
 もはや茶なのかパンなのか分からないのだが、普段食べる外国人向けにマイルドになっていたシャビの料理よりもずっと美味しく感じた。それですぐさま次のパンに手が伸びる。
「あ、すみません、わたしったら・・・」
「いいんですよ、いくらでもお食べください、そんなに高いものではありませんから」
 許しが出て、すぐさま次のパンをどうするかを考える。チリソースに行くべきか、いやそれは冒険すぎる。でも同じものばかりというのつまらない、たいへん悩ましい。

 しばらく食べていると、満足してきて、老人たちもゆったりと茶を飲み和やかになってくる。すると、工房長と思わしき老人がおもむろに口を開いた。
「ダマスカス鋼を探しに来たと、さきほど聞きました。ですがそうおっしゃる方にはいつも同じように言っているのですが、ダマスカス鋼はシャビで産出される鉄鉱石からではないと作れないのです。これはわしたちにも理由がわからない。試したことがあるのです、何度も。もしお教えした方法で作れなかったら問題になりますから」
「なるほど」
 ルナは多分特殊な成分がシャビ産の鉄鉱石には含有されているのだろうなと思うのだが、それをいちいち解明するのは面倒くさそうに思えた。
「それで、こうお勧めするのです、鋼板はわしらで作りますからそれを買いませんか? と。いかがですか?」
「価格次第、ですかね?」
 老人はゆっくりと頷く。
「では、いくらまでだったら出せますか?」
 ルナはどぎまぎする。
(なんだこの人、手練じゃない!)
 そりゃそうだ、シャビのタルボットギルドが紹介する工房だぞ! 手練でないはずがないじゃないか! あ、でも、紹介し続けているということは、顧客から文句が来ない工房なんだ。あー、なるほどぉ。
「で、では、言い値で買います」
「ルナさま!」
 セレンがたしなめるのを無言で抑えて、繰り返す。
「言い値で買います」
「ほう」
 ルナはすこし落ち着いて、理路整然と話し出す。
「わたしたちは数日この工房を見学させていただきました。その中でわかったのは、この工房は非常に信用ができる工房だということでした。正直に言いますと、もう末永くお付き合いさせていただきたい。長く関係が続くためにはお互いに無理のない価格で合意するのが望ましいと思うのです。わたしたちは最終製品の価格で、いくらでも利益の幅を決めることができます。ですので、まずはあなた様方が無理のない価格をお決めください」
 しばらく老人たちは黙っていた。
 もちろんルナは、言い値で取引できるのであれば、この工房は何か緊急の事態があった時にわたしたちの工房の注文を優先してくれるであろう、という腹はあった。それに価格が割に合わなければ発注量を減らせばいいだけなのだ。
「わかりました。そうですね、この価格でどうでしょうか」
 メモに書いた数字を老人たちは回し、全員が頷いたのを確認して工房長から渡される。
 それは思っていたよりも遥かに安い価格だった。
「えーと、鋼板の在庫はありますでしょうか。この価格で買います、サンプルとして持って帰りますので。セレン、幾ら持ってきたの? どれだけ買える?」
 メモを渡すと、セレンは慌てて計算し始める。
「あ、半分は残しておいてね。輸送運賃がかかるから。海路で帰るわけには行かないでしょ? あのこすっからいトランの船団も流石に荷を見たらふっかけてくるから」
 考えてみればシドでは伝説の鋼板であるダマスカス鋼も、シャビでは一般に普及している普通の鉄なのだ。誰も注目していないだけで、ここではそこいらに満ち溢れている。これは一山当てたかもしれない。
「あの、それで鋼板の厚みはどれほどのものをお望みですか? 在庫には限りがありますので」
「あ、えーと10ミリと5ミリで、在庫あります?」
 一般的にどこでも使われている厚みを言ったつもり。銃に使うのは10ミリなのだけれど、5ミリを試してもいい。もし、5ミリが使えなくても、他の用途で使えればいい。たとえば蒸気機関とか、ポンプとか、モーターとか。
 老人は悩んだ。
「あー、うーん、10ミリは少ないんですよねぇ、厚すぎてあんまり用途がないので。ですが5ミリならばいくらでもあります」
 え? 一山どころじゃなかった?! 5ミリで強度充分なの?!
 5ミリというのは、鉄材の世界では異常すぎて、少なくとも筒内で爆発させることが日常な銃の世界ではあり得なかった。もちろん、5ミリで済むならば、それに越したことはない。銃が軽くなるし、使う鉄が減るので安くなる。
 もし使えるのであればダマスカス鋼は、利益の源泉になる。
 常識的に考えれば、ただの鉄の値段のものが、ただの鉄ではなくなる。
 これを捉えているのは、シルバ工房だけだ。
 ルナには莫大な利益しか見えず、それはもちろん分配されるべきお金であって、配下で冴えない工房が輝き出すのが見えてきそうになった。


 ダマスカス鋼は実はわたしのネタ元にしている書籍では、すでに解明し尽くされた技術と記載されていたりします。まあ簡単に言えば、ちょっと古い本なのですね。最新の情報では、どうも未知な分子構造が発見されたとかで、まだ解明されていないステイタスになっているのが現在のダマスカス鋼です。
 ダマスカス鋼は、ウーツ鋼という特殊なインドの鋼(はがね)がダマスカスに運ばれて最終加工されてダマスカス鋼になります。なので特殊なのはウーツ鋼の方なのです。なので今回ダマスカス鋼として説明されているのはウーツ鋼の話です。
 わたしが律儀にダマスカス鋼を追っているのは、その参考にしている書籍に、トルコ製の銃にはダマスカス鋼が使われていたと書かれているからで、そのへんはルナがダマスカス鋼を追っている理由と代わりありません。

 食べ物ネタは、トルコのケバブをイメージしていたりします。円形のパンというのはピタのことです。もしくはタコス。本当はダマスカスのあるシリア料理で書きたかったのですが、トルコとシリアってだいぶ近いし、実際にシリア料理(正確に突き止められたのはレバノン料理ですが)にもピタに似た円形のクレープ地のようなパンが美味しそうだなあとか、それしか考えていないんですね。

 いま、次どうするつもりだったけと思いながら、草稿を読みながら、ひでーなーw と思っていたりしますw だいたい土日月で次の週の草稿ができるのですが、頭痛いなあとほんとにそういう感じです・・・。


| 自作小説 | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
 『君の名は。英語歌詞バージョン』を観た!(全開ネタバレあり)



 観てまいりました! 英語歌詞バージョン! 通常バージョンと合わせてこれで二回目ということになります。ですので、みなさん、すでに一回目は観ているものと思い、一回目のときは書けなかった、全力ネタバレバージョンの感想を行きたいと思います。
 えーと、わたしは携帯電話のキャリア替えのついでに行ったので、そちらもちょろっとは書くのですが(ちなみにY!mobile → Freetelです)、そちらは本題ではありませんので、ご了解ください。

 英語歌詞バージョンは期間限定、上映館も絞った形での上映になったのですが、首都圏ではもはや埼玉県の植民地と化した池袋シネマ・ロサでの鑑賞でした。
 観たかったのに見れなかった、という方でも、おそらくプレスにはあまりお金がかかりませんので、DVD二枚組になるか、1000円ぐらい上乗せの同梱バージョンが発売されることを期待して、お楽しみいただければ幸いです。


 ■1回目のときは全体像がよく見えていなかった

 なんで「君の名は。」はヒットしたのか。
 世間一般で様々な論考がされていますが、たぶんあんまり語られてはいない部分がわたしにはとても重要な要素だと思うのです。それは何かというと、

 変態的な編集能力

 です。実はこれには証言があります。
 その証言の元はNHKのSONGSという番組で、主題歌を歌うRADWIMPSの野田洋次郎さんの証言です。
 この番組は録画してあったので、さっきから字幕見ながら書いています。
 こんな証言をしているのです。

 何秒でカットアウトで、何秒で瀧(主人公)がしゃべるから、
 「その後、何十何秒でこうしてください」とかって、
 すごくプロダクトとして精密に作っていたので、
 それはそれで楽しかったんですけど、
 逆にみんなで、ただかき鳴らしたいとか、
 スタジオに入ってワーッてやりたいみたいな欲望が、結構、強まっていって、


 つまり曲に秒単位の要求を出しているのですよね(^_^;
 この変態性が分かるでしょうか。
 たぶんこの野田さんが言っているのは、物語の30分ぐらいのところで流れる「前前前世」のところのことを言っていると思うのですが、あそこに至る畳み掛けのすごさはおそらく計算づくで作られたものなのですよね(明らかにそう証言している)。
 たぶん、あそこに向けて前半部分の構成を作っている。
 あの映画的快感は、何度でも味わいたくなります。
 これってそういう方面が分かる人からすると、あー、こいつMADビデオの手法で一本映画作っちゃったんだ・・・、となるんですが、それがいかに変態的で、超絶技巧であるかというのは、なかなか説明が難しいです。
 と言うか主題歌が映画のど真ん中でしか流れないって、過去に例があった?
 となるのですが、
 もう少し分かりやすい言い方で説明すると、計算しつくされて作られる90秒程度の予告編の作り方で、前半30分ぐらいまで作ってしまっている、30分は1800秒ですから、それがいかに尋常ではない作り方なのか、ということになります。
 これは予告編を見てから、前半30分を見ると、如実にわかります。
 MADビデオの手法なのです(マッドムービーとも言う)。

 ■MADムービー - Wikipedia
 https://ja.wikipedia.org/wiki/MAD%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%BC

 MADムービー(マッドムービー)とは、既存の音声・ゲーム・画像・動画・アニメーションなどを個人が編集・合成し、再構成したもの。単に「MAD」と呼ばれることも多く、ネットコミュニティにおいてはもっぱらこの呼称が主流となっている。ただしパソコンやCGソフトが普及した21世紀初頭には「手書き(描き)MAD」(後述)という用語が出現するなど意味の拡散がみられる。主にファン活動の一環として行われる。「MAD」とは「狂っている、ばかげている」の意。


 わたしの言葉を信じてもらうならば、新海誠監督は日本のアンダーグラウンドで脈々と好事家たちだけに楽しまれてきたオタッキーなものを全開にして、オタク王に俺はなる! とやり切ったはずが、興収歴代2位になってしまいました、という顛末なのです。
 いやー、わからんもんですねえw
 まあ、ああいうのはゴロゴロあるんです・・・、アンダーグラウンドに。


 ■物語の主役はやはり彗星だ

 えーと、ネタバレ全開モードと警告はしていたのですが大丈夫でしょうか(^_^;
 これは一回目を観ている前提でないと言えないですよねぇ。
 この映画の主なアイデアを、シューメーカー・レヴィ彗星を見て思いついたのだとすればすごいとしか言えないのです。ただ、1200年前に糸守に落ちた彗星の破片が、また1200年後に同じ場所に落ちるか? とツッコミどころは満載なのですが、宮水神社の本尊があった場所も同じようにクレーターですから、あそこにも落ちたのですよね? まあ1200年前に2発落ちたと考えるのが妥当な気がしますが、まあとにかくこの話の重要な舞台は全部隕石が作っているのです。
 とにかく2回目は、はらはらしながら彗星に目が行きました。
 あれ? 1回目はこんなに彗星見てたっけ? と思えるほど。
 シューメーカー・レヴィ彗星映画だとはいいませんが、その災厄を逃れる物語なのだなあと書けば、この映画のゴジラが何なのかはわかると思います。また悲劇を回避できない世界線では、賑わっていた神社の屋台間近に、彗星が直撃するシーンがこんなに迫力があるとは忘れていました。
 蒸発するじゃんこれ! 即死とかいうレベルではなく、蒸発。
 あの恐ろしさはすさまじかった。
 しかし、それを無邪気に美しいと、瀧も三葉も言っているのが、恐ろしい。
「わたしあの時死んだんだ」
 という三葉の言葉も怖いし、お互いがどんどん忘れていくのも怖い。
 離れ離れになる怖さを書いていたから、たぶんヒットしたのだと思う。
 瀧の、
「おまえ、出会う前に会いに来てもわからないだろ!」
 という言葉がとても暖かくて、いちばん好きだったりします。


 ■英語歌詞バージョンどうだったの?

 さて、だいぶ長く書いているので、ちょっと気分を変えて、こっちも話さないとまずいかなと思っていたり(^_^;
 この英語歌詞バージョンは、歌詞は英語で、英語字幕が出ています。つまり、英語圏で流れるものをそのまま使っているのだと。
 まず、わたしは失礼ながらRADWINPSの曲の日本語をあまり聞いてなかったんだなと、まず思いました。
 なので、えっとー、何の違和感もないんですけど・・・、という状況でした・・・。
 大変失礼に当たるのは分かるんですが、洋楽としていいじゃんとしか思わなかった。聞いていてそんなにネイティブと遜色なかったし(わたしは英語全然だめだけど、英語圏の人が歌ってると言われたらたぶん信じる)、むしろ日本語版と発音が違うのが新鮮だったぐらい。わたしの評価よりもネイティブの評価を聞いてほしいと逃げたいぐらい。
 映画は英語字幕だったのですが、わたしも後で気付いたというか、帰り際の声を聞いて知ったのですが、どうも在日の英語圏内の方々がいらっしゃっていたようなのです。たしかにロビーでみると、ああ、たしかに外国人多いなあと。そんな需要があるとはまったく考えてもいなかったというのは、市場が見えてない証拠ですねえ・・・。

 ただ、聞こえてくる日本語と字幕の英語の差は感じました。
 わたしでも分かるレベルの英語なのです。
 象徴的なのは、三葉が瀧になっている時に、瀧の同級生と屋上で話している時に(つまり三葉は瀧がいつもどう接しているかを知らないので)、自分の呼称について、

 「I(watashi)」「はい?」
 「I(watakushi)」「はい?」
 「I(boku)」「はい?」
 「I(ore)」「おう」


 うる覚えなのですが、とあるやり取りです。
 なぜか日本語はIを示す言葉の種類が多いということなのですが、これ以外には、「じぶんは」とか、これはイオで使った「あたしは」とか、時代劇で多そうな「我は」などが考えられます。
 わたしも、わたしを使っているのは、中性的でありたいなあと思っているだけで、とにかく中立であろうとすると、わたしになるのです。これは北村薫の影響ですね。実際の人生ではなんですかね。おれではないので、ぼくですかね。でも、かっこ悪いです。わたしのほうが格好いい。

 また、四葉(妹)が三葉を起こす時に、うる覚えなのですが、「はやく起きろ!」というのが「ハリーアップ!」なんですね。これは意味の話なるのですが、「急げ!」という意味が英語にはありますよね? 適切なんだけれども、不適切、その辺の問題がどうしても考えてしまいます。日本語の言葉としては「起きろ!」+「はやく」なんですね。

 たぶん英語版の字幕は、思春期向きの映画として中高生あたりをターゲットにして、簡単な言葉で簡潔に伝えているのではないかと思います。ただそれを読んでみると、ああ、日本語ってこんなに含みを持たせられるんだ、と感心しました。
 もし1000円上乗せの同梱版DVDが発売されるなら、1000円ぐらいなら払ってもいいかな、ちょっと勉強したいかなと思うぐらいには。


 ■終盤の構成の作り、なんで瀧は三葉を好きになったんですか?

 たぶんこれは触れている文章を読んだことがないのですが、瀧はいつから三葉を好きになったのだろうという疑問は結構ちらほら書かれていたのですが、それに明快に答えている文章を見たことはありませんでした。
 たとえば中盤あたりで、瀧のバイト先の先輩が、瀧くんはたぶんわたしのこと少しだけ好きだったのだけれども、今は別の子が好きみたい、というセリフがかなり綱渡りすぎて個人的には好きなんですけど(書き手として)、あの付近ではまだ確定してないだろ、と思うのです。
 ただ、瀧は自分の世界に侵食してくる三葉が最大の関心事になっていて、奥寺先輩それに対して部外者だという印象を持ったのだろうなあと思います。あのへんかなり綱渡りですよ(^_^; この奥寺先輩の反応からして、それほどに瀧の意識は三葉に向いていたのですね。それは、自分の生活をぶっ壊されるおそれがあるからです。
 作中で、入れ替わりが起こるのは宮水家の女系の人間に起こる現象だと、明言されています。つまり瀧くんは被害者で、完全に受動的な立場にいるのです。簡単に言えば巻き込まれちゃったけど、惚れちゃったから頑張るいい人。
 まあすべて説明してしまった気になるのですが、瀧くんにとって、自分の人生を触ってくる人なのです。それは定期的に入れ替わるからです。いろいろな物語上の仕掛けを考えて、これほどそれは関係が深くなるだろうと思う、設定はないのです。そこに気付いたかどうかはわからないのですが、そこを主軸においたのは、実際の所、前例は大量にあるのですが、それをアンダーグラウンドから、表舞台に出したのが、新海誠だった、と思うのです。
 つまり、新しい発明ではない。
 日本のアンダーグラウンドを、世界に紹介して成功したのが新海誠だと、わたしはそう思います。それがわかるのは、日本版ラディットである、はてなブックマークだと思うのですが、ちょろちょろと読んでいると、ああ、新海誠がなにをしているのかわかったと、書かれたコメントをしばしば読みます。
 どこにもアンダーグラウンドはあって、それはきまって豊穣なのです。


 ■携帯電話のキャリアを変えた話、短く。

 Y!mobileからFreetelにしました。
 理由は3点です。

 ・Y!mobileは明らかに、運営がおかしかった。
 たぶんシステムがおかしくなっていると思うのですが、デビットカード決済で料金が決済された数日後(感覚的には一週間後)に、決済価格が決まりましたというメールが来るんです。それで、あれ払ってなかったっけ? という気分になるというのが不快すぎて、こんなこともできないやつに金を払いたくはないと思いました。
 これがまず第一。
 あきらかに会計システムがおかしい。

 ・Y!mobileは、帯域を使い切ると、128kbとかそんな生易しいレベルではない制限がかかる。
 これは、ほとんど利用できないレベルに制限がかかると言われますが、簡単にいうと、お金を払って制限を解除するほとんど帯域がかからないはずの手続きのレベルでも10分ぐらい待たされるという狂気に等しい制限かかることです。ウィルコム時代はこんなことはなかった。

 ・たぶん、回線を借りる側のサービスは、政府の規制でこんなめちゃくちゃな規制ができなくなっているのだと思われる。なので、とにかくY!mobileとUQmobileをつかうなと。
 UQmobileがそこまで悪質かどうかはわからないのだけれども、Y!mobileは悪質です。

 結果的にSIMフリーな、Freetelにしました。ただ、このキャリアも問題がありまして、クレジットカード決済しか受け付けないのですね。ホームページを見て嫌な予感はしていたのですが、実際の店舗でそう言われて、(池袋だったので)パルコカード作ってきてくださいと言われて衝撃でした。
 わたしはその助言どうりにパルコカードを作ったのですが、たぶん楽天カードとかを作っておいて望むのがのぞましいです。
 Freetelはクレジットカードオンリーです。

 結局、2時に出て、クレジットカードを作って、「君の名は。」を見て、クレジットカードを回収して、携帯の受取は時間がかかりますと言われて、その後すごい笑顔を見せられて、カメラ店て紙袋を渡されたときは嬉しかった。
 たぶん言ってはいけないのだろうけれども、その方の笑顔がすごくて、中国系の人たちの外交的なオープンな、太陽的な輝きがすごくて、すごいとしか言えなかった。

 恨み言は一切ないんですが、言っていいのか迷うのですが、Freetelは直販のほうが安いです。つまり量販店で端末を買ってはいけない。さらに言うと、直販よりamazonの方が安い(なんでだ・・・)。
 Freetelが悪いのではなくて、販売チャネルにより、値段が違うのです。

 まだ一週間も経ってませんが、とりあえず今のところ問題らしい問題は発生していません。まあ、一回今月分が引き落とされてみないとなんとも言えないのですが、概ね不満はありません(ちなみに機種はReiです。だいたい2、3年前のハイエンド機相当らしいです)。

 たぶん、2月分の決済が済んだら、ロケットモバイルの神プランSIMを入れると思うのですが(この辺がSIMフリーのいいところですね)、ようやっとY!mobileの呪縛から開放されました。しかし京セラのごついのを使っていた身としては、こんな軽くて薄いの大丈夫なのか? という不安だけが唯一の不安です。

| 映画評 | 23:00 | comments(0) | trackbacks(0) | 昨年の記事
 『あらしにあこがれて』7


 シャビの港は慣れているのだけれども、タルボット同伴ははじめてなので、いろいろと戸惑う。タルボットは浮遊船から大量の荷をおろして、それを勢い良く市へと運んでいく。
 シドで仕入れたのだからたぶん香辛料だろう。
 たとえば、ジャングルでは恐ろしいほどの安値で買われるキノコ。これが都市に運ばれると恐ろしいほどの高値で売られる。なんでも薬効があるらしい。それでトランの浮遊船団は儲ける。
 シドの船団が劣るのは、船足が遅いということになる。
 同じ船でも海水の抵抗と、空気の抵抗では天地の差がある。
 これが同じ風を受けながらシドの船足が遅い理由で、しかも上空のほうが海面よりも強い風が吹いているのだ。
 それでもシドと帝国との航路が維持されているのは、トランが5ギルドある船団同士で争い合っているからだ。トランの敵はトラン。しかしシドには敵がない。唯一あるのはシスティアという味方の海洋国家だけで、システィア人の傭兵はトランと戦っても恐ろしく強い。システィア流の剣術は超文明の技術に頼っているトランに対して強く、簡単に制圧をする。
 もちろんそこにキュディスが入ってくるとよくわからないのだけれども。

 トランはよくわからない国だ。
 荷では競合しているのだけども、トランの浮遊船団が恐ろしく暴利で、シド経由の海路のほうが安いことになっている。トランがシドの航路を潰そうと思えばできるのだけれども、空路の覇権争いをしているのでその資金のために利を稼がなければならず、あきれるほど海路が安くなる。
 彼らは荷の行き来のほとんどが、荷の積み下ろしと、荷の積み込みに左右され、たどり着くのにかかった時間に左右されないことを理解していない。
 みすみす見逃してもらっているのは、ありがたくはあるのだけど。
 多分トランの失敗は、利益を上げるためにえげつなくなりすぎる点で、乗車中のお茶が5グロアとかありえないことを言う部分にある。シドの帆船では無料だし、トイレにいくたびに高額の賃料を払うこともない。まるで自分たちが特権階級であるかのように思っていて、恐ろしい暴利がまかり通る。
 タルボットはひどいにしても、ヒンギス、ブルークスタ、ライカルのギルドもひどい。
 ヒューメリックが唯一残っているまともなギルドなのだが、このギルドは単独航行を許しているので、ギルドとしてのまとまりはない。
 トランのめちゃくちゃな覇権争いの漁夫の利を得ているのが、通商国家シドなのだ。
 だから、従順にバカをさせておくのが得だ。

 シャビに近づくと、荷降ろしの奴隷たちが叩き起こされる。
 それは船中を叩き起こすような騒音で、ハンモックで本を読んでいるのも、暴利な茶を飲んでいるのもばかばかしくなる。
「なんなんですかこれ?」
「あー、荷降ろしって分かる? シャビについてからが戦場なの。数千箱の荷を降ろして、また数千箱の荷を積む。もちろんわたしたちはお暇するわよ、お客だし。ダマスカス鋼を探しに来たんだから」
 セレンはしばらく考えて、遠慮気味に言う。
「ルナさまは、いいひとですね」
「なにそれ?」
 意味がわからずに聞く。セレンは慌てて言う。
「あの、いえ、とてもわかり易かったので・・・、でもわたしを侮辱しなかった・・・」
 ルナは考え込んでしまうが、セレンが無学だというコンプレックスを強く持っていることにまで思いが及ばない。
「なに言ってんのよ! タルボットが暴利だと言ったのはあなたでしょ? わたしもそう思うし、トランは恐ろしく暴利よ! 茶に5グロアっておかしいと言ったのあんたでしょ!」
 セレンは言葉を謹んだ。

                   ※

 上空から見ていたシャビは、密集する街区の中にちらほらとひらけた広場やら寺やらが散在していて、行き交う人々の活気が聞こえてきそうな気さえする。
 降り立った広場はトランの船団の船着き場になっているためか人はまばらで、縱圓梁臘未蠅鯒舛と商売の呼び声が聞こえてくる。シャビは石造りの密集した街区と、賑やかなバザールと、荘厳で静かな寺院と、活気ある職人街の都市だ。バザールも職人街も通りごとにその役割が分かれていて、北の市と南の市という大雑把にしか分けてないペネスとは違って、宝飾品の通り、革製品の通りとそれぞれがまとまって商いをしている。
 街区はおおよそ住宅街で、それが四方の関と人がすれ違うのもやっとな細い路地とで塊になった地区を形成している。その中には大邸宅もあるが、殆どが庶民の家だ。中庭づくりの家々はそこに噴水と緑をたたえ、どのように水を引いているのかは謎なのだが、清潔な水が流れている。もちろんルナは街区には入ったことはないし、用があるのは街路沿いにあるバザールと職人街なのだ。
「この辺なのよねえ」
 ルナはタルボットギルドで買った(貰えないのだ)地図を片手に、街路を歩く。
 タルボットギルドの話では、どうも鉄を鍛えている工房で、ダマスカス鋼のヒントが得られそうなのだ。シャビはだいたい暑い。それは炉の数のせいではと思ってしまうほどなのだけど、詳しい人に聞くと、このシャビという巨大な島を通っている海流のせいらしい。それで雨が多いし、バラが育つ理由になるらしい。
「バラってさ、甘いじゃない」
 セレンはうんざりした様子で、はい、まあ、そうですね、と答える。
「それなら、ここでじゃがいもを育てたら甘くなるのかな?」
「試してみますか?」
「じゃあ、やってみようよ! じゃがいもが甘くなるかもしれない!」
 もちろん、めちゃくちゃな提案なのだが、突拍子のないむちゃくちゃさは本人が自覚していないルナの武器なのだ。
「じゃあ、じゃがいもを植える農地をご用意頂けるんですね?」
「あ、そっかー。そんなのないなー。いまどんぐらい資金に余裕がある?」
 セレンは律儀に考えた。
「50グロアぐらいですかね、もちろんダマスカス鋼の交渉用は別に考えていますが」

 紹介された工房にたどり着くと、見慣れた光景が広がっていた。
 結局工房は、ペネスでもシャビでも変わらない。
(浸炭法だ、どこでも同じなんだなぁ、これは)
「タルボットギルドの紹介できました。わたしはシルバ工房の会計を担当しておりまして、」
 じろりと見られるのを、はははと照れ笑いで返す。
 老舗だと聞いてきただけに、初老からいつ亡くなるかわからないお爺さんまで、熟練の職人ばかりが無心に鉄を叩き続けている。その姿は尊いようにさえ見え、昼過ぎから深夜まで無言で見ていた。
 工房の音はシンプルだ。
 一定のリズムに従ってカチンカチンと叩く。
 そして炎の音。
 ごうごうと鳴る炎の音を聞いていると、安らぎさえ感じる。
 セレンはいらいらとしていたけれども、小声でよく見ておきなさい、という。
 たぶん若いと、その人たちがなにをしているのかを、ひたすらに肌で感じることに価値を感じられないのだ。わたしは身体を溶かして、その工房の空気に染めていくのがたぶん好きなのだ。それで信用できるかどうかが分かる。
 深夜になると、老人たちは片付けを始め、思い出したようにわたしたちを見る。
「あしたは、7時から始まります。また来ますか?」
 笑うと、おかしなお嬢さんだと笑われる。

「ルナさま、全然なにもしてないじゃないですか!」
 セレンがぷりぷりとして吐き出すのを、先に荷を預けた宿泊先に街路を歩きながら、そう言えば夕食食べてないね、という。忘れていたのだ。
「忘れていました」
「じゃあ、なに食べたい? もうだいぶ遅いし、屋台ですます?」
「あ、いえ」
 セレンには珍しく抵抗する。
「じゃあ、海鮮の串焼きにでもする? シャビの食べ物はだいたい辛いけど」
「辛くないほうが・・・」
 ルナはうーんと考え、
「じゃあ、野菜出汁の海鮮麺かなぁ・・・。いい店知ってるよ! 屋台だけど・・・」
「・・・じゃあ、それで・・・」


 えーと、今回からシャビ編となります。
 シャビの街の描写は結構簡素ですが、以前資料を集めていただけあってだいたい正確です。街区が描かれていないので説明が入ってないのですが、イスラム都市はイスラム法学で綿密にどう作らなければいけないかが決められていたりします。
 たとえば通り抜けができる公道は、幅が3.5メートル以上、高さ3.5メートル以上、これは大人のフタコブラクダに騎乗し荷物を満載してすれ違えるサイズなのだとか。こう言った規則が事細かに法律になっているのだそうです。
 もっと細かい規則も写真も図面も満載の資料を見ているのですが、さっきちらっと見たら、はい? という言いたくなるような定価が書いてあって、なんでこんなん買ったんだ、と唖然としました・・・。
 また文中に噴水とありますが、これは現代人の感覚からすると五メートルぐらい水が吹き上がるようなものを想像してしまいがちですが、この資料に中庭の噴水として紹介されているのは公園によくある水飲み場のようなものです。おそらくいつでも喉を潤す事ができ、小鳥がやってきてそれを飲むようなものだと思われます。写真を見ている印象では、中庭というのは私的な公園なのだなあと、そんなふうに見えます。
 というわけで今回が1番シャビの街中が描写される回ですので、そのあたりに触れてみました。
 

| 自作小説 | 00:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
 『あらしにあこがれて』6


 わたしの工房なんてあったんだと思い出すのは、そこに来るのが半年ぶりだからで、ラスペの下町の断絶した貴族の元館にある。この周囲にしてはめずらしい電力線を引いていない屋敷で、工房が息を吹き返すと蒸気機関がものすごい黒煙を吐いて、発電を始める。
「ルナさま! お久しぶりです!」
 顔を見せると、各工房に援軍として送っていた従事が帰ってくる。
「特急で蒸気機関を作るわよ。わたしは数日しかいれられないから、そこは徹夜だと思ってちょうだい。日がないの。シャビに飛ばなければならないの。図面書くから、シャビに行っている間に仕上げて。テストと最終調整は顔出すから」
 部品数にして数百の蒸気機関を数日間で作るなど気が狂っている。
「とりあえず、基本となる部品から作って、ネジとか歯車とか。めったなことでは変わらない部品から。難しい所はおって設計するから。あと材料は最高級のものを使って。とにかく故障しないことが大前提なの。これはモーターとポンプの工房にも言っておいて。この装置は鉱山用のものだから壊れたら、直しに駆けつけなければならなくなる。鉱山は山奥にあるの。ちょっとしたリード線の破断ぐらいで、山道を数日登りたい?」
 ルナは方針を出すと、机に向かって、サウス語の写本を片っ端から漁る。
 蒸気機関のトレンドは理解している。シリンダーを増やす方向なのは分かるのだが、それを無駄なく連動させる方法がわからない。しばらく考えて、シルバに助けを求めたくさえなった。
「考えてくる」
 ルナはそう言って、館外に出る。
(あ、そう言えば、蟹伯爵、めんどいなあ)

 ラスペ一流の料理人の料理は前菜から刺激的で、パトロンになって欲しい面倒な貴族は上機嫌だった。ワインが注がれると、すこし酔ってセクハラまがいのことを言い、それぐらいは気にしないけれども、世間話をして、だいたい利益の源泉になりそうな事物たちの話をする。
 それは、工房の現状であったり、だいたい儲からなそうなとこを紹介するのだが、飽き飽きしてくると、本筋に入る。
「実は、お金になりそうなところがありまして、出資をお勧めするのですが」
 表情が少しだけ微動する。
「シルバくんは関わっているのですか?」
「はい、本家本元です。これをいい出したのはシルバです。だから、」
 自信がある。ルナは鮭のムニエルをナイフで切って、口どもる。
「バカバカしい話に聞こえるかもしれませんが、彼は鉱山の出水で奴隷が死ぬのが我慢ならないのです」
 表情が動く。
「奴隷は安くないですからね」
「それで、機械で代わりができるのであれば、安くなるのではないかと。機械は文句を言いません。病気もしません、あ、いえ、故障すれば修理するものが駆けつけます、暇ですし。それよりもうちの工房の物は壊れません」
 その貴族はしばらく考え、いくらですか? と聞く。
 だいぶ盛った価格を言うと、しばらく考える。
「うちで試してもいいでしょう。ただ、噂は広めますからただでお願いできますか?」
 こすっからい。
「本来10万グロアのところを、長い付き合いの機微でただならどうでしょう?」
 これができるのはシルバがキャッシュを稼いでいるからだ。
「本来10万グロア」を差し込むために、この交渉はある。たぶんこの浅はかな商人は、自分は10万グロアを浮かせたと喧伝するはずだ。そうすると正価が10万グロアになる。
 感謝してよねと誰もにいいたくなったけど、誰もこんなことは聞いてくれない。
「これは商売上手なお嬢さんだ。あなたの美貌に乾杯して、了解することにしましょう。今夜は長いと思っていいのですか?」
「今夜は忙しいので。蒸気機関を任されました。最高のものを仕上げなければ」
 なぜだかわからないうちに、商談はだいたい成功し、うんざりする面倒、酒に付き合うという面倒だけが残った。まあ酒は強いけど、それは自慢にはならない。だいたい酔い潰すのがミッションになる。
 出て来る料理に話の花を咲かせながら、とにかくお酌をする。
 恐ろしくつまらない仕事だよねえ。

 シャビに向かう船には常にバラの花束がある。
 それはシャビが、自国の名産を常に来港者贈っているからであって、シャビ行きが華やかな理由になっている。その香りを嗅いでいると、シャビに探していた楽園がある気にさえなってしまう。
 シャビに向かう船団は定期便で、ラスぺとシャビの間を往復している。2つのジャンクションをつなぎ、荷をおろして、荷を積み込み、また帰ってくる。
 シャビにダマスカス鋼があるかどうかは、まったくわからない。
 それでもぜんぜんお金にならないなあと考えると、だいぶ正気に返る。
 そもそも銃の銃身にダマスカス鋼が使われることを、だれも求めていないのだ。
 書面に書いてあるから、ダマスカス鋼を探しているだけなのだ。
 こすからいタルボットはだいぶ慣れていて、茶も出さない。
 有料なのだ。
 それでしばらく歩いて、有料の茶をもらう。セレンは首をかしげる。
「料賃は払っているんですが・・・」
「タルボット舐めないで。飛べるだけラッキーでしょ? 彼らは商売人なの。お金稼ぎが商売なの。飛べたらいいじゃない。お金が重要なの?」
 セレンは諦めて、ため息をついた。
「でも、茶が5グロアっておかしくないですか」
 それは正しい。たしかに暴利である。ラスペであれば無料で飲めるかもしれない。ただ、この価格は、それがトランの浮遊船乗りであっても共通だ。わたしたちが特別に暴利を貪られているわけではない。トランの合理性は学ぶところが多くて、ため息をつく。どれほどわたしたちシドのほうが不合理なのか、と。
「変えてしまう? 不条理を全部取っ払う?」
 やけくそ気味に言うと、セレンは誰がやるんですかと聞く。
「セレン」
 冗談は言わないでくださいと叫び、わたしにはたったひとりしか頭に浮かばなかった。
「野ばらのあの人はどうかな・・・。わたしは全否定したけど」
「て、テロリストでじゃないですか」
 うん、否定しない。
 彼女はいつもめちゃくちゃすぎて過激で、主流に落ち着くとは思えない。ただ、シルバが、あのなんにもないやつが、落ち着かせたらどうだろう。わたしにするように、その激高する情熱を落ち着かせたらどうなるんだろう。
「あの人は大量の借金があって、交渉しやすいわ」
「ルナさまは、お金の話ばかりですね」
 うん、そう。
「でもどうかな、もし出資してもらえれば、いくらでもお金にしてみせると言えば」
 セレンはしばらく考えて、ヒステリーを起こす。
「わけがわかりません! お金がないんですよね! なんでお金が出てくるんでるんですか!」
 ルナは魔法の言葉を言った。
「信用があればいくらでもお金は出て来るの。絶対に返ってくると思われていると、借金は借金じゃない、わかる? わたしが借りたら、絶対に返ってくるの。これが信用。お金を借りられる秘密は全部これ。彼女には恐ろしく大きな信用の塊がバックに付いているの。だから変えられる可能性があるとすれば彼女だと思う。誰だか分かる?」
 さあ、とセレンは首を傾げるのを見て、おもむろに言った。
「大公よ。彼女は大公の古い盟友の姪なの、ただ一人の生き残りなの」

 死神リニーが歴史の表舞台に現れ始めるのは、シドの絶対的な権力者である大公が、前線指揮官に命じていたからで、特異なシルバを長とする組織になるまで、だいぶ長い変遷をたどる。
 城郭都市サイルを中心にする最前線の経緯が、一体誰が何だったのかを、説明するのも困難になる。サイルがどこだったのかさえわからない状態で、本来サイルと名付けれた太守を置く都市のことだったのか、離宮とも言うべき旧都の要塞のことなのか、それとも、これを包含したすべてが大サイルだったのか。それがわからない。
 戦いは同時多発的に起こり、何がサイルを守ったのかわからない。
 たぶん、ロットの整えた守りがサイルなのだろう。
 そうなると狭義のサイルになる。
 そもそもサイルを守るのは、ザブンテ軍の残党が主力という異常な私兵集団であって、それにシド蛮族の首竜の傭兵と、何故か絡んできた正規軍の3すくみで運営されていた奇妙な軍だ。
 リニーが優れていたのは、その3すくみを完全に統御していたことで、彼女の軍師としての評価が確立されたのはだいたいこの時期だ。国境線でのファーストコンタクトは、ボルニア側は軍神の降臨とはならなかった。これが、初戦をなんとかしのげた唯一の理由だと言う人もいるけど、それでも負った傷は大きい。
 シルバの砲兵兵団が、世界を変えはするのだろうけれども、それがボルニアの鉄鎖騎竜兵団と同等かと言われると、鉄鎖のほうが勝っている。それに鉄鎖の次王が組み合わされたら。あの超人的な機動戦をされたら、崩壊は明らかだ。
 籠城しかなくなる。


 シドの通貨単位であるグロアは、何度か言ってますが、だいたいドルです。
 ドル円のレートはだいたい80円から120円のレンジで取引されていますので、1グロア100円と考えると大体あってます。ですので、10万グロアなどと言っているのは1000万円です。また、5グロアのお茶は500円です。
 うは、暴利だ(笑)。
 この世界観の世界では工作機械(つまり機械を作るための機械)がほとんど普及しておらず、電力などの産業インフラも全世帯には普及していないので、機械はとても高いのです。例えて言うと、現在から50年前に1兆円をつぎ込んでスーパーコンピューターを作ったとしても、現在の1万円で買えるスマートフォンよりも性能が低いものしか作れないのに似ています。
 たとえばプレイステーション2(PS2)は6ギガフロップス、チェスのチャンピオンを破ったディープブルーは11ギガフロップス、PS4は1.84テラフロップス、地球シミュレータは35.86テラフロップス、京は10000テラフロップスです。PS2は2000年発売、PS4は2013年発売です。たった13年の間に性能が約300倍強になっている。たぶん次のPS5は地球シミュレータの性能を超えるでしょう。26年後にはプレイステーションは京の9倍以上になる計算になります。4万円程度で買えるゲーム機がです。
 こういう技術の進歩をなんとか盛り込める物語にならないかなあ、などと思いながら書いております(^_^;
 

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