CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>
本家STORY FACTサイト
NEW ENTRIES
CATEGORIES
RECENT COMMENTS
  •  『マネーショート』を観た!
    萬太郎 (10/03)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    hikali (05/08)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    マイケル村田 (05/04)
  • GB解析 -NG- ウィザードリィ3 ダイヤモンドの騎士 橋爪さんですね・・・
    hikali (03/29)
  • GB解析 -NG- ウィザードリィ3 ダイヤモンドの騎士 橋爪さんですね・・・
    マイケル村田 (03/25)
  • GB解析 -NG- ルパン三世/暁の第三帝国 良作なエンターテイメント
    hikali (01/09)
  • GB解析 -NG- ルパン三世/暁の第三帝国 良作なエンターテイメント
    マイケル村田 (01/06)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    hikali (11/24)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    マイケル村田 (11/21)
  • GB解析 -NG- 新・鬼ヶ島 暗黒の化身を討て! 成功した理由が良く分かりました。
    hikali (06/27)
RECENT TRACKBACK
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
管理人hikaliの開発の日々の備忘録です。
本家はこちら。
http://plaza.rakuten.co.jp/hikali/
<< 浦和レッズのベストフォーメーションを考える(26) 【感想戦】ACミラン戦 ホーム? | main | ネタ消化エントリー はてなハイク、はまった・・・。 >>
「サリバン家のお引越し」 シリーズ 野尻抱介を考える
 本シリーズは、グーグル先生に本ブログの趣旨をご理解いただき、ハードカバーSFが本ブログのスポンサーになってくれるよう、気長に待ち続ける連載です。


 なんと名付けたらよいのだろうかと迷う。
 スーパーハードなSFでありながら、内容はライトでポップ。
 それでいながら文学的でもあり、波乱万丈のめくるめく、胸のすくようなエンターテイメントである。
 広大な光景を描くかと思えば、繊細な視点も忘れない。
 いったいこんな作家がほかにあっただろうかと、わたしは首をかしげる。
 わたしにとって野尻抱介のクレギオンシリーズは、そういう作品群だ。

 わたしが現役の中で書き続けて欲しいと思うほどのファンである日本人SF作家は2人しかいなく、そのうち一人が大原まり子、そしてもう一人がこの野尻抱介なのである。
 あとはどうでもいい。

 野尻抱介の作品群の中で、クレギオンシリーズが最高峰なのは誰もが認めるところであると思うし、これは疑う余地がない。
 最近、沈黙のフライバイで何らかの賞をとって、ロケットガールがアニメ化されるようであるが、その辺はどうでもいい。世の中は見る目がないし、たぶんクレギオンは権利がゲーム会社にあるから難しいのかもだけど、古参のファンであれば野尻抱介といえばクレギオンであった。
 最近、早川から出ているのだが、これがいただけない。
 表紙がハードSFチックである。
 富士見版の表紙を見て欲しいものである。
 これは疑う余地のないライトノベルである。
 当時も売れていたし、この作品群から、スティーブン・バクスターのようなハードSFに移っていった人も、賢明な読者諸氏の中にはいるはずだ。

 (ちょwww、センセ! ホームページ見てたら、初音ミクにはまってるじゃないですかぁ!!! 「初音ミクで作るMAD動画」じゃないっすよ!!! どんだけ趣味かぶってるんですかぁ(笑))

 わたしは、多分読み始めた頃、書き始めた頃より、ずっと抱えていた問題があった。
 niftyのフォーラムなどでも話題になっていたのであるが、ライトノベルの読み手が、その先のSFの世界などに飛躍していかないという問題である。
 古参からライト読みまでごちゃごちゃしながら、あれこれ作品を話していたフォーラム内にあって、この問題は常に頭をもたげ、古参のSFファンにあれこれ勧められながら(スタージョンとか)、読みながら書きながら鍛えられていったの思い出す。
 その中で、ほぼ衆目一致していたのは、野尻抱介はどっちからも支持されるということだった。

 読んでみると、不思議な書き手である。
 内容は、ばりばりのハードSF。
 どう考えてもマニアックの部類に入るスーパーハードな内容。
 しかし、文章はどう見てもライトな文章。
 大原まり子も多少かぶるのだが、こういう作家は非常に視野が広い。言ってみれば藤子不二夫みたいな視野を持っている。今風に言えばグローバルな視野を持った作家という感じだろうか。あー、グローバルでは狭いので、ギャラクシーな視野とでも言って持ち上げておこう。
 まあ、広い価値観を受容する感性を持っているのだ。
 狭苦しいSFの地平を軽々と超えていく作家。
 いわば、越境者である。
 昨今の、ケータイ小説などの議論を読んでいて、また越境問題か、と思ってしまう。わたしにはなんとも言いがたい。そのうち越境者が現れるかもしれないし、永遠に現れないかもしれない。

 最近、なぜだか、山本周五郎を読んでいて、笑ってしまうことがある。
 わたしは昔、山本周五郎の短編を、見事な構成力と思っていたし、文学的だと思っていたときがあったが、今になってみれば、非常に庶民的で、親しみやすく、構成もシンプルで、多少浅い部分もあると思うようになった。
 ただ、それは内容が陳腐というわけではなく、たとえて言えば落語を聴いているみたいな気分なるということである。

 最近気付いたのは、山本周五郎の書く登場人物はいつも酒ばっかり飲んでいること。
 いや、まあ、当時それぐらいしか楽しみがなかったのは分かるのだけれども、なにかあるとすぐに飲みに行こうという話になるので笑ってしまうのだ。そんな真昼間から・・・、と。
 また、これは「ひやめし物語」という話だが、いい年になっても働きもせず居候の若者が出てくる。当時、武家の四男坊などに生まれてしまうと、城詰めの仕事もなく、家禄もなく、しかたなく兄の家の北向きの部屋に居候する以外なかったという事情があるらしい。
 ちょっと引用してみよう。

 前例はいくらでもある。その中でも母方の叔父で中井岡三郎という、もう四十七八になる人のことが思いだされる。三男なのだが、その年になってもまだ部屋住で、尺八を吹いたり、庭いじりをしたり、暗い陰気な部屋で棋譜を片手にひっそりと碁石を並べたりして暮らしている。ひところ庭へ藍や紅花や紫草などという染色用の草木とか、二十種ばかりの薬草を栽培していた。
 ――道楽じゃないよ、とんでもない。
 その叔父は人のよさそうな顔で笑いながら、左手の指で輪を拵えて、なにかを呷るまねをした。――これだよ、みんな飲み代だよ。
 大四郎は、いまそのことを思いだしてうんざりした。


 また、酒かと笑ってしまうのだが、始終こんな感じ。
 これで豊穣な江戸文化が花開かなければ、それこそうそだろうが、なんとも落語の世界で繰り広げられる世界ではないか。
 最近、NHKの連続テレビ小説のちりとてちんがネット族の間で話題らしいのだが、あれも落語をそのまま、こちらの世界に「越境させている」作品である。わたしは周囲が見ているのを興味なさそうにしているだけなので、なにも言うことはないのであるが、ラジオから聞こえてくる落語を、若い世代がドラマとして楽しんでいるのであれば、これは見事な越境ではないか。
 そうか、わたしが好きな北村薫も落語であった。

 しかし、山本周五郎となると、なんだかかたっくるしいイメージがある。
 確かにわたしがはじめて手に取ったときも、そのびっしりと敷き詰められた文字のというか物語のイメージの濃度にめまいがしたものである。しかし、我慢して読んでいると、短編2本も読まないうちに、だんだんと夢中になってくる。そして、書いてある内容は、非常にライトでポップな、胸のすくような短編であることに気付くのだ。
 文体を無視すれば、それは野尻抱介と変わらない。
 (というか、当時は宮部みゆきと変わらないだったのだが)
 いやそれどころか、むしろ野尻抱介のほうがより掘り込んだ描写をしていることに気付くのだ。

 なぜだか、読者は文体に騙されてしまう。
 特に批評家は文体に騙される。
 よしもとばななを、中学生にでも書けるとか、すさまじくありえない見解を平気で述べる。
 あの緻密な文章が読めないということである。
 というか、あれが緻密だということが分からないということである。
 いったい何を読んでいるのだろう?
 江国香織とか、ありえない完成度で怖気づいてしまう。
 梨木香歩はぜったい北村薫の影響を受けているとわたしは思う。
 そうそう「西の魔女が死んだ」の映画化はまだかいな?
 へぼい映画作ってる場合じゃないだろう。
 日本文学の一つの頂上である。
 おっと、2008年実写化だって!!
 やったー、もうなんどもなんども言ってきた甲斐があったといういうものだ。
 よっしゃー!!!
 あー、そうそう、次は大原まり子の「タイム・リーパ」だから。
 絶対オススメだから。
 よろしく。がんばってね。
 あー、あと、坂東真砂子の「桜雨」もよろしく。

 よしもとばななは、ご本人も越境者だったらしく、全世界の若者たちに読まれている。
 ちなみに、念のために言っておくがわたしは村上春樹は大っ嫌いである。
 これはわたしと村上春樹の相性の問題であって、村上春樹が悪いわけではないのだが。
 そして、しばしば野尻抱介はよしもとばなな以上に緻密な文章を書くのはもちろんのこと、物語の緻密さでは追随を許さない。

 その最高峰がクレギオンだ。


 さて、クレギオンシリーズといっても、名作ぞろいで非常に困る。
 もうなんたってクレギオンですからね・・・。
 並べてみよう。

 ヴェイスの盲点
 フェイダーリンクの鯨
 アンクスの海賊
 サリバン家のお引っ越し
 タリファの子守り歌
 アフナスの貴石
 ベクフットの虜

 めくるめくようである。
 クレギオンの最高峰はなにかという議論で、三日三晩話せそうであるが、定番どころでは、「ヴェイスの盲点」と「アンクスの海賊」でもめそうである。
 ヴェイスはその物語の切れ味、アンクスは恒星系を緻密に使っての艦隊戦がすばらしい。そうそう、チェスの仕掛けが見事だ。あれは胸がすく。
 たとえば、わたしはタリファの広大な惑星の描写も好きだし、フェイダーリンクの美しい惑星感も好きだ。とにかく設定がいい。
 ちなみに、SF者たちの中でもっとも評価が高いのはアンクスである。
 動きが激しいし、スペースオペラとしてなじんだ世界だからだろう。

 しかし、その中でも、どうしても最高傑作を選ばなければならないとしたら、わたしは迷いなく「サリバン家のお引越し」を選ぶ。
 多くの人はなぜこのタイトルの作品が、ハードSFなのかと疑問に思うだろう。
 奇抜な設定があるわけではない。
 単純なはずの平凡な一家のお引越しを、ハードSF者がうむむとうなってしまうスーパーハードSFに変えてしまう、それが野尻抱介のクレギオンの真髄であると思う。
 なんの仕掛けもない。
 宇宙生物も、わくわくするような設定もない。
 ほんとうに落語に出てきそうな、お引越し。
 それを野尻抱介が普通に書くと、それがハードSFになるのである。


 しかし、この作品が困るのは、内容に少しでも触れると、その見事なタペストリがめちゃくちゃになってしまうところである。
 念のために言っておくと、これを読む気であるなら、ほかの評を読んではいけない。なぜなら、ほんの少しでもそれに触れるとたちまちにネタばれとなってしまうからだ。
 うーん、どうしたらよいのだろうか。
 とりあえず、絶対に損しないから読んでみるといいよ、と無責任な言葉で終えることにする。
 あー、どうせなら、ヴェイスから読み始めて4作目だから、4作続けて読んでも問題ない。
 というかそれがオススメだ。

 参ったことにこれほど勧めるのが難しい小説はない(笑)。
 傑作とはそういうものだ。
 落語の面白さを伝えるのが、非常に難しいのと同じように。

| 書評 | 21:46 | comments(0) | trackbacks(0) |









http://blog.story-fact.com/trackback/721461