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 「十字軍物語」を読んだ

 塩野七生著、十字軍物語文庫版、全4巻を読んだ。
 わたしはどうしても十字軍そのものが好きではなく、避けてきた歴史だっただけに、何もかもが目新しく、ああそうか、暗黒の中世というのは、こうやって始まったのかという感想を抱いた。
 本作十字軍物語は、1077年の「カノッサの屈辱」に始まり、1306年の「アヴィニョン捕囚」に終わる。ちょうど教皇の権威が増し始めたのが「カノッサの屈辱」であり、教皇がフランス王の支配下に入ったのが「アヴィニョン捕囚」であるから、その間の教皇と王たちの主導権争いの歴史と言っても良いかもしれない。
 漫画ベルセルクの世界観が百年戦争の時代(1337年〜1453年)であるので、その前史というとわかりやすいかもしれない。イギリスとフランスがいがみ合うようになった火種が生まれたのもこの時代であるし、名高い神聖ローマ皇帝が登場し、聖堂騎士団、聖ヨハネ病院騎士団、チュートン騎士団の3大騎士団が聖地巡礼者の守護者として華咲き150年近い年月にキリスト教側、イスラム教側に幾多の傑人がひしめき合う。

 本書を読んでまずびっくりしたのは、塩野七生って、こんなに色彩豊かな書き方ができる人だったっけ? ということだったりする。
 わたしがこの世の日本語のわたしが知る書物の中で、もっとも美しい地誌に関する記述は、吉川英治三国志の襄陽の知識人サロンがなぜ生まれたのかの説明の記述で、これは諸葛孔明をはじめとする名軍師の集団の説明なので、三顧の礼の逸話の周辺で語られる。
 これは過去に文章にしたので、こちらを読んでほしい。
 ■『三顧の礼』(2/4?)
 http://blog.story-fact.com/?eid=1196003


 この吉川英治の文章はこのレベルで書けているのは、司馬遼太郎の街道をゆくぐらいしかないのではと、わたしは読んでないので推測なのだが、なかなか出会うことができない。個人的な感想で西洋の著作家で最高峰の地誌を書いているのは、「歴史」といいつつも実質は地誌のヘロドトスで、次席に来るのはタキトゥスではなく、カエサルの「ガリア戦記」となる。
 ちょっと引用してみよう。

 −−−−−−−−−−−以下引用−−−−−−−−−−−

 このような事情によって、十字軍の全歴史の後半の首都になっていたアッコンは、諸勢力が互いに方を接するように混在する形の首都になっていたのだ。だが、規制されることのない状態であったからこそ、繁栄を謳歌できたのかもしれなかった。

 街づくりは、陸側は二重の城壁で守られ、その内部の建物もほとんどは石造りという、ヨーロッパ式の都市になっていた。それでも、中近東は暑い。西洋式に建てた家でもアーチを多用したりして、開放的な造りの建物が多かった。
 その中でも見られたアラブ様式は、家々の屋根が、三角形ではなく平たい造りの屋上になっていたことだろう。雨も少なく雪にいたってはゼロの中近東では、屋根を三角形にする必要はなかったのだ。それと同じ理由で、町のあちこちにある常設の市場も、カーテンを張り渡した程度のものにしろ屋根でおおわれていた。こちらのほうも、雨を防ぐためではなく、強烈な陽光から商品と人を守るためであった。

 その中を、肌の色から衣服から種々様々な人々が行き交う。
 白地に赤い十字のマントをひるがえす聖堂騎士団の騎士と、白いターバンに色とりどりのズボン姿のアラブ人がすれちがう。
 胸に白い十字をつけた病院騎士団の騎士が、絨毯を売っているペルシアの商人と、何やらアラビア語で話している。
 白地に黒の十字のマント姿ならばチュートン騎士団の騎士だが、彼らは市場ではドイツなまりも丸出しのフランス語で、こちらも強いなまりで話すユダヤの商人との間で値の交渉をする必要があった。
 その背後を、十字軍国家の封建諸侯の奥方が、召使を連れて通り過ぎる。第一次十字軍以来この地に住みついて長い諸侯の多くは、オリエント人ではあってもキリスト教徒ではあるアルメニアの女を妻に迎える人が多くなっていたので、その召使にはイスラム教徒の女が少なくなかったのである。

 一方、イタリア人の居留区に一歩足を踏み込めば、そこで長衣にベレー式の帽子で一目でイタリアから来た商人と分かる男たちが、ターバンに長衣姿のイスラム教徒の商人たちと、何やら真剣な面持で話し合っている。イスラム領土である内陸に、商館という形の支店を開設する件でも話し合っているのか。
 その脇を、港に着いた船から上陸したばかりの巡礼たちの、いまだ聖都イェルサレムは見ていないのに早くも高揚した面持の列が通り過ぎる。またその脇を、陸揚げした荷を居留区内の倉庫に運ぶ、こちらは高揚感などには無縁なトルコ人の港湾人夫の列が通り過ぎていく。

 これが十三世紀も終わり近くになっていた時期の、アッコンの日常の風景であった。

 −−−−−−−−−−−引用以上−−−−−−−−−−−

 もちろん、わたしにこれを元にしてもっと響くように文章を整えよと言われれば、それぐらいはできるけれども、それはなにかこのふしぎなゆらぎのある文章を汚しそうで、それはできないと言うよりもしたくない。
 過去から塩野七生作品に触れてきた身としては、塩野七生の作品はもう少し硬質で、一つの史観によっているように見えた。だけれども本作では、著者本人がアラビア語の原資料に当たらざるを得なかったと言っているように、双方の言い分を理解して書いているので、これほどまでに色彩豊かなのだろうと、想像している。
 この引用はたかだか一都市の当時の状況を素描きしてみせたものに過ぎないけれども、これは本作全般に見られる態度で、これがだいたい1500ページに渡って続く(文庫版の場合)。
 しかし、キリスト教側は大家の書籍に触れているのに対し、イスラム教側は原典にあたっているのは、イスラム教側に頼りになる研究書がないからかもしれない。

 個人的に印象に残ったエピソードを挙げていくと、原稿用紙300枚ぐらいの、どー考えても枚数稼ぎになるので、一番象徴的だったエピソードに止めよう。
 ここで挙げるのは、第6次十字軍の神聖ローマ皇帝フリードリッヒ。
 この人を挙げるのは、この人が十字軍がいかに論理破綻していて、めちゃくちゃな蛮行で、そんなめちゃくちゃな状況下でもっともクレバーに活躍したのがこのフリードリッヒだから。
 たぶん読みにくい文章を書いているけれども、じっさいの本書を読むとこの文章と全く一致した印象を受けると思う。それぐらい捻じくれていて、めちゃくちゃなのだ。
 そんなおかしな状況の中で、たった一滴の血さえ流さず、イスラム教徒の間に平和の時間を作った、国際人。ドイツ人はこの人を誇りに思っていいはずなのだけれども、じっさいにドイツ国内の評価はどうなのだろう・・・。
 まあ、当たり前ですが、わたしは読まなくて済むような感想は書かないので、この十字軍の世界にどっぷり浸ってくださいませ。わたしは幸せでした。
 タンクレディ、癩王ボードウィン4世、サラディン、アル・カミール、聖職者には吐くつばしかないので言及しないのですが、塩野七生が大好きなイイ男がめじろうしで、欧州側からするとクライマックスである第一次十字軍はキラ星のようで美しいです。
 花の三次と言われる、リチャード獅子心王も見どころで、この頃からイギリスとフランスの確執が生まれます。

 これでだいぶ書いた気分なのですが、塩野七生本人が文中でも書いていて重要しているのは、第何次の十字軍がどうであったかではなく、その十字軍と十字軍の間を、パレスチナのキリスト教徒たちはどういう心持ちで過ごしたのだろう? だったりします。
 これがこの本作の視野を豊かにする原因で、イスラム側の原資料にあたっていたから出てきた豊かさなのだろうと推察します。

 わたしは無宗教で、たぶん塩野七生も無宗教なので、ライトな信仰を持っている人を想像できないのだけれども、現在でも聖堂騎士団のファンが多いとか言われると、いや聖堂騎士団の基礎理念はイスラム教徒の根絶だよ? わかってるの? と言いたくなってしまう。
 十字軍というのはどうしても宗教戦争なので、ヨーロッパ側の余力が膨らんでオリエントに襲いかかったという誤魔化しをしても、狂信者たちの狂気の沙汰であることは隠せないですよね。

 教皇は狂信の発信元として、数々の凶行をしますが、次第に力をつけたフランス王によって、アヴィニョン捕囚を喰らいます。ここから事実上、教皇は一切の権威をふるえなくなるのですが、まあ十字軍時代を読み進めると、ほんとに愚かだという感想しか抱かないので、一番良い結末を迎えた、と言えるのかもしれません。

 当たり前のことですが、愚かでない戦争は存在しません。
 わたしは無宗教ですので、誰を養護するわけでもありません。
 例えて言うなら、日本の豊臣秀吉の朝鮮出兵を、日本人のほとんどの人が老害中の老害として忌み嫌っている感覚に近いのかもしれません。それぐらい教皇の行いは、狂信的で愚かに見えました。著者はかっこいい男とイタリア商業都市にはどうしてもぐらついてしまう人ですが、宗教的な偏見はないと思います。
 その教皇の狂信性の証拠にキリスト教側は教皇が主役を張っているにもかかわらず、イスラム教側はその同じような地位にいるカリフが一切出てこないのです。
 宗教色の強いはずの歴史の話なのに、著者はまったく偏見に染まっていないどころか、偏見だらけのキリスト教側の歴史研究書に、いや、これだめだろ、とダメ出ししていたりします。

 本書は全4巻1500ページに渡る大著ですが、簡潔で無駄なく、著者のいい男センサーが存分に発揮されていて、なんだこのかっこいいやつら、と夢中になれるはずです。もちろん男性のみならず女性にも魅力的な人がいるのですが、それはネタバレになるので、ぜひ実際に読んで確認してみてください。
 

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