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 『消える月』


 メモ魔だと言われるようになったのは心外で、最近つとめてそうなったつもりは、さらさらない。
 ただただ突如に発生した長期プロジェクトにあわてて、まっさらなプロジェクトノートを下ろしてを前の方からスケジュール、後ろの方からメモ書き、または走り書きをはじめると、びっしりと埋まった「メモ」に両親や、看護士さんから、
 メモ魔だ。
 といわれるようになった。
 新品の、ダイソーで買ってストックしていた100円のモレスキン・クローン(通称ダイスキン)ノートは、たしかに記録帳というよりは、単なるメモ帳だ。

 40.5度の高熱で自転車を運転中、意識を失って救急車搬送された。
 何らかの理由で血中に細菌が入り、手術で言うところの「感染」に近い症状になったことで、わたしは高熱を発した。原因は不明の高熱。以前同じような症状に経験豊かな開業医は為す術もなく、わたしは数日の高熱の後に大学病院に救急搬送された。搬送されたのは、高熱の末に細菌がわたしの心臓弁を食い破ったからで、その血栓が脳に飛び火して、誰にでも明らかに救急車送りと理解できる、脳梗塞で意識を失ったからだ。
 今回も症状はほぼ同じで、まだ発熱しただけで悪化はしてないので、手術の必要なしと判断できるまでは集中治療室預かり、その危険がないと判断されてからは病室で延々と抗生剤の点滴をうつだけという閑散とした日々が続く。
 その当時は入院中の自分には出きることなどない、選択肢はおそろしく少ないと思っていたのだが、振り返ってみると、あれができたじゃないかと気づくことが多すぎて、ぼうぜんとする。
 入院がお盆前で、退院が10月中旬であるから8週間は、わたしの40歳から消えた。
 9月という月はわたしの今年にはなかったのか?
 プロジェクトノートをひらくと、空白を必死に埋めようとする文字が、お前にこれをまとめられるのか? という顔をして何十ページにもわたって連なっている。
 きっと、それをあきらめたら、わたしの9月は消える。

 モレスキンノートというのは、為替にもよるのだが1800円ぐらいの変形A6サイズ(90×140ミリ)のノートで、とてもハンディーな黒皮(モレスキンはもぐらの皮膚の意味)の大容量(196ページ)であることで有名である(綴じ方が特殊とされる)。おおきく無地と罫線の2種があるが、わたしが使うのは罫入りの方。
 わたしは日々の大切な事柄は、母艦である本家モレスキンノートに書くのだが、今回のように突破的な事態では、半ば使い捨ての100円ノートを用意して、メモ書きとしてそのノートを利用する。
 おおよそ19世紀、20世紀の文化人たちが愛用していたとのふれこみなのだが、なるほど忙しくヨーロッパ中を駆け回りながらふと気づいたことを記すのに適したノートで、もちろん入院先でも思いのほか重宝するのだが、いかんせん片手サイズのノートなので記載がいちいち細かくなる。
 わたしは目の前で開いて書いているので、ちょうどいいサイズなのだが、脇から見ると、信じられないぐらい細かい文字でぎっしり書かれているようにみえるらしい。わたしとモレスキンの付き合いも長く、小さいスペースにびっしりと書くことに慣れてしまっている。
「○○(わたしの名前)って、こんなに細かい性格だったんだね?」
 いまさら言われて心外なのだが、デザインの仕事とか、プログラムの仕事とか、法律の仕事とか、細かいことができない人にはできないから、などといっても分かってくれそうにない。

 産業革命に起こった「だれもが旅しながら創造した時代」をモレスキンは象徴するのだろうけど、情報革命に起こった「だれもが日常的に創造し続ける時代」、つまりいま現在にも、似たような象徴がある。スマートフォンがそれで、モレスキンのキャッチコピーである、パスポートよりも失ってはならないもの、はまさにスマートフォンにもあてはまる。

 創造し続けるなどというと、何を大げさなと思うかも知れないが、著作権法上の視点からみると、現在ほどホイホイと著作権が発生している時代はない。「だれかがつぶやくたびに」、「写真をアップするたびに」、そこに新たな著作権が発生し、その扱いを不法にすると裁判沙汰になる恐れがある。
 現状をみてしまうと、その光景があまりにもカジュアルすぎてピンとこないのだけど、一昔前にはこれを実感できる環境が広がっていた。
 つまり発信することがカジュアルじゃなかった時代。
 そして、アンダーグラウンドぽい界隈に。

 ■モバイラーたちの時代

 iPhoneをみて、
「あれって、ソニークリエのパクリだよね?」(国内厨)
「パームの方が近くねえ?」(王道派)
「おれはハンドスプリング持ってたよ」(おしゃれ派)
 と言い出す、古のガジェットヲタたちが騒ぎ出す界隈がある。これはパームトップ(パームOSと呼ばれるOSを積んだスマホ(ただし電話機能はない))だけだが、これとは別にクラムシェル(ミニワープロ)という界隈があり、それらを総称してハンドヘルド、または単にガジェットと呼んでいた。
 これらのガジェットを使いこなす人たちはモバイラーと呼ばれ、NTTドコモのピーイン・コンパクトと言う商品名のPHS回線にどこからでもつなげる契約をして(当時64kbpsだったなあ・・・)、パソコン通信をしたり、メールを受けたりしていた。
 何を隠そう、わたしはかなり最古参に近いモバイラーで、現在でもこの文章はシャープのnetwalkerというガチガチのモバイラー仕様のクラムシェルで書かれている。
 netwalkerをみると分かるのだが、この機種は両手で持ち上げるように持って、右の親指がオプティカル・ポイントがマウスポインター、左の親指が右クリック・左クリックを押すようになっていて、立って操作することが前提になっている。満員電車の中というのはスマホがでるまでは非生産的なだけな空間でモバイラーがガジェットを持つ理由の真っ先が、この満員電車だった。
 わたし中古でnetwalkerを買ったのはこのサイズのハンドヘルドが必要だったからで、別に立って操作できないと困るなどと思ったことはないし、そもそもわたしはそんな設計がされていない歴代シグマリオンを満員電車で何の問題もなく使っていた。
 それでもおそらく当時の設計思想にやられてしまった人が設計したのだろう。
 当然のようにnetwalkerは、満員電車仕様になっている。
 それでそのモバイラーたちが何をやっていたのかというと、時代によって違うので一概にはいえないのだが、わたしが書いていたメールマガジン『物語解析』は2週間に1回ぐらいのペースで原稿用紙30枚分書いていたけれど、それはすべて行き帰りの通勤電車で書いていた。
 
 ■完成稿に至るまでに必要な工程

 『物語解析』を書いていたときは、平気で素のテキストを何の構成も考えずに、いきなり本番原稿を生で書いていたりしたのですが(いや・・・、若いって怖い・・・)、さすがに最近はメモをとってからまとめたりするようになってきた。
 ここのところ小説ぐらいしか長い文章を書いていないので、補助的に書いていたのはプロットぐらいしかなかったのですが、今回プロジェクトノートを書いてみて、ああ、こういうやりかたもけっこう面白いかも、と思ったりしました。ただまあ、複数人数で関わっていないと複雑なメモ書きをするメリットがないので、今回の入院はともかく、一人でコツコツ作っている以上は、あんまり必要ないかもしれないと思いはします。

 ハンドヘルド(HH)で作業ができないケースとしては、
 1.広い画面が必要
 2.複数アプリケーションを立ち上げる必要がある
 3.入力が主となるので、キーボードの選択ができないHHは向かない
 4.特殊な環境を導入できないとできない
 5.単数もしくは複数の書籍をみながらでないとできない
 といったものがある。
 これらの具体例を細かく説明すると蛇足になるので避けるのだが、わたしの皮膚感覚として自分が作業工程として作る流れのだいたい半分ぐらいは、これらに該当する。アバウトな感覚なのだがわたしにとってはこれらは「重い仕事」という分類になる。
(まあいまになって思えば、物語解析の一回分を書く創造的な作業が「軽い仕事」で、ゲームブック解析の機械的なゲームブックの項番入力作業が「重い仕事」なわけがないのだが)

 これは得てして、作業工程を重い塊のまま放置しているから、起こってしまうボトルネックで、作業を見直して軽い環境でもこの工程をこなせるように、この塊を小さく砕いていく努力をしてこなければならなかった。
 入院中にもできる、電車移動中にもできる、映画の上映を待っているほんの10分ぐらいの間でもできる。
 追求していくとキリはないし、わたしも人間なので疲れるのだが、どっさと積み残っている「やれていないこと」の山をみるたびに、作業工程をもっと軽くしないとなあ、などと思うのだ。ただこれらの作業を重くしているのの一番は気持ちの問題で、気づかないうちに避けて通っていたり、見て見ぬふりをしていることがしばしばある。
 実は今回、のちのちになって振り返った時に、とても重いはずだった重要な仕事を、
「すごい軽い環境で出きるようになるまで、細かく砕いていた」
 ことに気づいたのだ。
 あれ? これって、この手順踏めば問題なくできたんじゃね? 
 もうねw これは気持ちの問題ですw
 せっかく努力してたのにねえwww あー、そんなにやりたくなかったんだwww

 ■カレンダーの違い

 退院が近づいたころ、わたしはいつもつけているスケジュール帳、というか備忘録をぺらぺらとめくって愕然とした。
 正直、5月から8月のわたしは褒められたものではなく、本業方面は堅実にやっているが、とくにいそがしいわけでもないにそれ以外はまるでダメ、という状態だった。まあ、ちゃんとやっているからとは言い訳はつくのだけど、あまりにも何もしていなくて、じりじりとした焦りを感じてはいたのは事実。
 しかしぽつりぽつりとしか書いてないその「何もしていなかった月日」は、びっしりと書き込まれた入院中のプロジェクトノートのスケジュールより多くのことをしているのである。
 つまりわたしは入院中は、退院に向けて必要なことはしているが、そこから出るともう関係なくなることに一生懸命になっているのである。適切な例を挙げるのが難しいので、悩んだ末に、とても抽象化して一般化した例を挙げるのだが、
 ある組織の特殊な儀式を一つずつ丹念に行っているだけ
 なのである。
 わたしは技術職だったのでよくあったのだが、派遣で現場に放り込まれて、デスマーチぎみになって職場をとりあえず派遣期間終了まで生き残る、経験にだいぶ近い。死なない程度に頑張るのがとりあえずの任務で、実際にはそうではないのだけど、文章で見える範囲を汲んでいる限りは、派遣期間終了ですっぱり手を切るので、次の派遣先の業務と一切関わることはない。なので、お金だけもらってさようなら、なのだけど、こういう期間を実のあるものにするのは、けっこうたいへんだ。
 一方、自分の自由になる部分は、全部自分の次の日以降に向かって積み上げることができるので、やっていることの意味も明確だし、じゃっかんひどかった過去数ヶ月をうらめしく反省する。
 
 さてさて、積み上がっていることたちはリストアップしたので、作業を細かく砕く作業に勤しみましょうかねえ・・・、などと思う。
 いや、そのまえに「消えなかった月」にしなければ。




| 雑記 | 22:08 | comments(0) | trackbacks(0) |









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