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 『メアリと魔女の花』を見た


 アニメってここまで動かしていいものなのだな・・・、観終わって場内の様子は「腰が抜けた」といったようすで、細かく見れば粗はありそうだけど(粗がなくなってしまったら、そこがそのクリエイターの成長の限界)、ラピュタ+千と千尋と言った感じの冒険活劇(ラピュタ)であり成長物語(千と千尋)といった映画に見えた。

 圧巻は冒頭からいきなり始まるアクションシーンから(このシーンの意味は最後の方でわかる)、まるでレールのないジェットコースターのように荒くれ回る精緻に組まれたストーリーの出来だ。
 もちろんそこは原作モノなので原作者の力量なのだろうが、そこに洪水のように溢れんばかりの、ハレーションを起こしそうなほどの膨大なイメージが流れ込んでくる。
 そしてそれが動く、動く。
 成熟した宮駿には到達できなそうなほど暴力的な(内容が暴力的なのではない)イメージの洪水、荒々しくもあり、若々しくもあり、成熟していないからこそ出てくる勢いのようなもの、それがこの映画にはある。

 まずヒロインのメアリがいい。
 なにをやっても危なっかしく、なにもうまくできない序盤の様子はなんでここまで描くんだ? とは思ってしまうのだが、ストーリーが荒れ狂い始めると途端に、ああ、これぐらいの子じゃないとこの冒険活劇のヒロインは務まらないのだ、と分かってくる。
 観ていて危なっかしいのだが、それでも進むのを決してやめない。
 その無謀さと、深慮のなさがなければ、こんなストーリーになったりするはずがない。それでいてメアリには芯の通った義理堅さがある。ネタバレは良くないのでぼかして書くが、ある事件からメアリはピーター(パズーだと思うと良い)を巻き込んでしまったことを悔いて、そこからひたすらに義理堅くピーターを助けようとする。
 男の子と女の子というと愛だの恋だのと穿った見方をするのが大人であるが、第二次性徴を迎えるまでは男女差というのはあんまりないと考えるのが普通だと思う(メアリは小学生高学年ぐらいだと思う。とくにピーターが赤毛のメアリを「赤猿」とよんで囃すのはどう見ても小学生だ)。つまり思春期前なのだから、愛だの恋だのをお話の前提にするのはおかしい。なので個人的な恋愛感情ではなく、巻き込んでしまったことに対する申し訳ないという感情からメアリはピーターを助けようとする。
 また、メアリは自分に関わるものたちに童話チックな愛情を注ぐ。
 メアリを導くことになる黒猫(これも後に理由がわかる)、偶然見つけた魔女の箒、そしてネタバレスレスレになるので難しいがラスト付近にやってくる者達。
 とくに箒に対して「箒くん」と言い続けるのは、愛馬を気遣う騎手に似ている。
 メアリを中心として愛情で繋がった者たちが、一緒になってメアリとピーターを助けていく。それを見ていてふしぎと温かい気持ちになる、ふしぎな愛情に包まれた映画になっていると思う。
 義理堅さと愛情。
 この2つがこの映画の芯となって、メアリの中に貫かれている。
 なんて美しいストーリーなんだろう(原作者を褒めてる)。
 たぶんこの原作がこれまで映画化できなかったのは、荒れ狂うストーリーを膨大なイメージのあらしで御さなければならないことが明白だったからだと思う。
 そしてそれは若くなければできない。

 宮駿信者はこういう。
 それは宮駿から盗んできたものだ、と。
 わたしはこういう。
 宮駿が宮駿に学んでいたら多分こういうものを初期に作るだろうと。
 宮駿に学んできた世代が出てきたのだ。
 わたしは昔、なぜ日本にはスタジオジブリ並みの成功した創作スタジオが10もないんだろう、と思ったことがある。それは今になって分かる。偉大な師匠が、もう10年もしたら死ぬかもしれない年令になるまで、次世代というのは生まれてこないのだと。
 それは天才が君臨してしまう呪縛だ。
 天才たちがもう口出しできなくなる予定が立つまでは、天才の影響下にある状況は続くのだ。米林監督(あえてマロと言わない)が、動きまくる最強のアニメーターとして登場してきたのを、次世代の誕生を祝福したい。
 正直腰が抜けた。
 劇場で、セカイノオワリの歌が流れる中で、退出する通路へ動く人はいなかった。
 わたしはトイレの心配で(心臓手術を何度も受け、人工心臓弁が入っているせいで利尿剤を処方されているから)、とにかく退出が容易な席を取る、つまり出口近くに座る。
 一番先にわたしが席を立ったほどで、それで見回してみても、感想がない、唖然としている、だった。

 まずこの作品は、アニメーションによる暴力だ。
 それは、これを見ろと言う迫力しかなくて、たぶんとてもロックだ。
 ステージになってギターを掻き鳴らすロックスターがそこにいるようで、アニメーションはここまでやっていいのだ、という次の金字塔のように見えた。
 宮駿にはこれができない。
 ここまで勢いだけで演奏する年齢ではないからだ。
 もし、宮駿が若かりし頃に宮駿にいちから鍛えられていれば、これをやるだろう。
 その地位にいたのは、米林さんだった。

 宮駿の育てた世代が出て来んだよ!
 ウィスキーを飲んで、乾杯しよう!
 これは宮駿を毀損する話ではなく、次世代をちゃんと育てていたじゃないか! おまえはどんだけ素晴らしいんだ! という話なのだと思う。

 一体次はなにをやるのだろうと、1ファンとして楽しみに思ってしまう。
 まだ、この天才師匠の弟子のキャリアは始まったばかりなのだ、嬉しいことに。

| 映画評 | 21:39 | comments(0) | trackbacks(0) |









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