CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>
本家STORY FACTサイト
NEW ENTRIES
CATEGORIES
RECENT COMMENTS
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    hikali (05/08)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    マイケル村田 (05/04)
  • GB解析 -NG- ウィザードリィ3 ダイヤモンドの騎士 橋爪さんですね・・・
    hikali (03/29)
  • GB解析 -NG- ウィザードリィ3 ダイヤモンドの騎士 橋爪さんですね・・・
    マイケル村田 (03/25)
  • GB解析 -NG- ルパン三世/暁の第三帝国 良作なエンターテイメント
    hikali (01/09)
  • GB解析 -NG- ルパン三世/暁の第三帝国 良作なエンターテイメント
    マイケル村田 (01/06)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    hikali (11/24)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    マイケル村田 (11/21)
  • GB解析 -NG- 新・鬼ヶ島 暗黒の化身を討て! 成功した理由が良く分かりました。
    hikali (06/27)
  • GB解析 -NG- 新・鬼ヶ島 暗黒の化身を討て! 成功した理由が良く分かりました。
    マイケル村田 (06/24)
RECENT TRACKBACK
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
管理人hikaliの開発の日々の備忘録です。
本家はこちら。
http://plaza.rakuten.co.jp/hikali/
<< 『心が叫びたがっているんだ。』を見た | main |  『あらしにあこがれて』1 >>
クラシックが書きたい

 オリジナリティというのはふしぎなことばだと思う。
 独創性とよく訳されるけれども、わたしは自分がやっていることが独創的だと思ったことはあんまりない。
 たしかに発明を中心において歴史物語を書いてみようとするのは風変わりかもしれない。しかしそれはそういう方面の資料を集めることをわたしが好きだからそれを使いたいだけであって、別にそれをすることに何か特別な意味があるわけではない。
 先日、幼いころにわたしが夢中になって読んでいた父の本を再び読んでみて、それが超一級の資料だと気づいた。19世紀から20世紀の発明家の発明が、挿絵付きで羅列された図鑑のような本。随分小さな字で大量に書かれた説明の内容は難しかったので、幼いわたしが理解していたとは思えないのだけど、その奇想天外な図の数々には魅了された。
 気付くと、わたしは発明の周辺で生計を立てる仕事がしたくなるように仕向けられていた。
 幼い頃から家にはBASICでプログラミングができるPC(当時はパーソナルコンピュータではなくマイコンと言った。PC-6001である。あ、PCだ)があって、プログラム雑誌のゲームを写してゲームをしていたりした。
 中学に入ってポケットコンピュータを買うことが強要されて、それでBASICを打ったりもした。大学に入ってゲームサークルでゲームを作っていたときに、F1マシンなどのスペックデータからゲーム上のデータに変換するプログラムを書いて(エクセルマクロぐらいの簡単なものだ)、先輩から理系はいいなあなどと言われた。
 社会人になって職場に入ると、気付くとプログラムが書ける自分がいた。
 これはオリジナルなんだろうか。

 中学生だったか、高校生だったかのときに父親の仕事を聞かれ、弁理士と答えると、それになるのが僕の夢なんだとクラスメイトに言われた。今になってみると、いやあ、弁理士って法律屋さんだよ? 特許法29条の2を諳んじてみて(この条文は複雑なのである)というのが試験だよ? と思ってしまうのだが、夢を見る年頃というのは、そんなことを知らなくてもいい時間なのかもしれない。
 弁理士試験のゼミの親睦会で、特許事務所勤務の先輩から、君は純粋でいいね、そんな純粋な仕事がしたいよ、などと愚痴を言われた。
 世の中はいろいろな思いが交錯している。

 正直に言うと順調に進んでいるときが1番愚痴を言いたくなるときなのかもしれない。
 順調でありながらこれでほんとに大丈夫なのだろうかと思うときが、1番振り返りたくなるときなのかもしれない。
 きみはなにかすごい生命力があるのですか?
 数年に渡る心臓手術の過程で主治医に言われた言葉だ。
 わたしはその主治医に、こんなリスクが有ると脅され続け、これは死ぬかもしれないとびくびくしていた。それを乗り切ったのが主治医的には信じられないらしく、わたしはただ、あー、いや、わたしは病弱な方で生命力はありません、と答えた。
 わたしの観点からすると、その主治医のどんな難事であっても絶対に助けてみせるという執念に近い熱意の賜物で、わたしはのんきに、あー、この人なら大丈夫だー、と全部おまかせだったのが良かった気がするのだが、なかなかに伝わりにくい。
 その前にわたしは鎖骨の遠位端骨折で別の病院で手術を受けた。
 これは3回にわたり、1回めでプレートを入れて、2回めは細菌で再発し、3回めは細菌を押さえ込む手術だった。だいたい普通の人は2回めで、あー、この医者は信用出来ないと、別の病院に移るのだ。これが非常によろしくない行為で、ひじょうに長期化する悪い路線に流れていく。
 ただこの病院はリハビリの理学療養師の方が優秀で、まああとから聞くとその病院自体の評判は良くなかったらしいのだけれども、一度誰かを信用しないループに陥ったら、もう永久に誰も信用できなくなるよ、という理屈が勝った。
 いろいろうんざりしたけれども3度めの手術を受けて、鎖骨の遠位端骨折は快癒となった。このときの医者とどう付き合うかのリテラシーが、生存に繋がったのかなあと思わないでもない。

 3度の心臓手術というのは、3回の死ぬかもしれない機会といえると思えるのだけれども、死ぬかもしれないと恐怖に駆られたのは2回めの手術だけで、このときは有楽町の国際フォーラムのそばを歩きながら、もうここを歩くのは最後かも知れないなどと思った。もちろんわたしの身体を、胸骨を斬るために電動ノコゴリを回した人たちが僅かなミスさえしないと考えるのは酷だ。
 こんなにも奇跡が起こっている。
 もちろん、感謝しているし、信じられないレベルの医療に助けられたと思っている。
 わたしは心臓の問題で、その血栓が脳に飛んで、脳梗塞で救急車搬送されているので(信じられないことだけど障害がない。これは免許センターで確認した)、どこがだめになったんだろうとは思う。

 オリジナルティってなんだろ。
 傷の名前なんだろうか。

 簡単に言う方法がある。
 これは名前を覚えていない画家の言葉で、日経の「わたしの履歴書」の内容なので、とてつもなく高名な画家の言葉だと思う。その画家は子供を集めての絵画教室を頻繁にしていたらしい。そのとき、赤の絵の具を使うときに、こう考えたらしい。
 もし子供たちが赤と言われて絵の具の赤を使ったら誰もが同じ赤になる。
 それでこう言った。
「この赤に自分の好きな色をすこしだけ混ぜるように」
 これで生まれる色が個性だと。
 これはあまりにも衝撃的すぎて、どう考えていいかのかさえわからないほどだ。
 これには一滴も、自分の見解を書かないつもりなんだけど、宇宙しか感じなかった。
 名前を覚えていないのは申し訳ないのけど、日経のわたしの履歴書でだいたい数年分なので、多分たどり着くと思う。
(これはどうも、絹谷幸二氏であったようだ)
 わたしはだいたい文体もコピーしているし、取り上げるテーマも先人の現したものだし、オリジナルなものはだいたいない。でもそこにわたしが青色を混ぜているのであれば、それは自分の個性だと言われるのは、だいぶ助けだった。
 なんか、書きたくなってきた。
 ゲームブックシリーズで使ったパオペラの面々を使って、イコウたちが活躍する短編もいいなあと思い始めている。リオネが何を言うか楽しみだし、ロットが絡むと面白い。イコウは無茶苦茶だし、シャリーはかわいい。
 なんかいろいろ本筋からずれてきた。

 わたしの仕事は、「あらしにあこがれて」の完成を目指すことなのに、散々に難航しているのである。

 オリジナリティというものはだいたい自分が辿ってきた軌跡であって、そこでどんな色足してきたかでしかないと思う。自分の赤はどんな赤だろうと思うと、わたしはデザインをやってきたので、ピンクにだいぶ近い赤と、えんじにだいぶ近い赤のグラデーションを使うだろうと思う。えんじの深さ(明度のことを言っている)をどれぐらいにするかを考えるくらいで、ピンクを出すかえんじを出すかで迷う。これがわたしの赤。
 オリジナリティはだいたいこのあたりの、微妙な好みの間にある気がする。
 わたしの色調はたしかにあって、数日かけて補正したものが反故になってしまったことはあった。それは、今考えてみると、なんでわたしが色を決めたのだろうと、いけないことをしたという感情はあったし、先方にはなんの文句もない。自分の色が一番いいと思いこんでいたのだ。

 クラシックというのは古典という意味以上に、もっと豊穣なたとえば誰もの支えになる作品という意味があると、言葉は少なくてこれは千字ぐらい書けそうなのだけども知って、クラシックが書きたくなった。
 古典が書きたい。
 これは今日読んだ、ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞スピーチには馬鹿にされるだろうと思うし、言っていることが意味不明なのだけどれも、クラシックが書きたい。数百年残るものが書きたい。そのためには力が足りなすぎる。
 この時代に生きているのだから、この時代を盗み尽くして、結晶化したい。
 それがわたしが見ているシェイクスピア。
 あいつには絶対に負けたくない。

 それぐらい思わないと生きている意味がないじゃない。
 あいつに勝ちたい。

| 雑感 | 02:28 | comments(0) | trackbacks(0) |









http://blog.story-fact.com/trackback/1195971