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 『機動戦士ガンダムUC』を観て

 最近になって、封印していたガンダムUCを全部観た。
 わたしは常日頃からガンダムヲタクあることを公言しているほどのヲタクであり、登場するモビルスーツを見るたびに、ドムトローペンはそういう機動ではなかったような気がするのだが、というようなドン引きされるようなことをぶつぶつ言いながら舐めるように見たと書けば、頭がおかしいと思うしかないようなヲタクであると分かると思う。
 まず、このガンダムUCは面白かった。
 これ以上はないというほどに贅沢に作られたアニメだし、福井さんという優れたストリーテラーを迎えて企画されたガンダムだけある。ここに文句を言うところは無いし、心の底から楽しんだ。
 ただ、気付いたところを書いてもそんなに同じように楽しんだ人の気持ちを害することはない気がするので書いてみたい。

 ■子供のような大人の冨野ガンダムと、大人のような子供の福井ガンダム

 まず気になったのは、ガンダムUCに登場する子供たちが、非常に大人びているということだった。それは善し悪しの問題ではなく、単純に福井さんが大人びていて、冨野御大が子供っぽいということなのだと思うのだけど、やっぱりその違いはあるように感じる。
 たぶんそういうと福井さんは4話を見てくれと言うだろう。
 その主張は正当だし、それでもわたしがいうのはZガンダムをトレースしたような内容になっているということだ。本質的にはこれは侮辱には当たらないと思うのだが福井さんは大人で、冨野御大は子供だ。だから印象論でしかないのだが、子供の部分が出てしまう大人のガンダムUCと、そもそもまるっきり子供のZガンダムの差になっている気がする。
 頑丈な大人の重装備の論理で固められたのがガンダムUCで、もっと戦場を駆ける血袋としてのはかないひとりを書いたのがZガンダムである気がする。
 どっちがいいという問題ではなく、違いがあるということ。
 ガンダムUCが貴族的な血のつながりを描いたのに対して、ガンダムは一切の血統がない根無し草を描いている。これはある意味アンチテーゼだったのかもしれないし、わたしも面白かったと思っているだけに、ここに踏み込んで話すことはしたいとは思わない。
 だけど、ここはほとんど語られていないのではないか。
 ふたつのタイプがあることが分かった。
 ではその双方のメリットとデメリットはなんだろう?
 それがまず言いたいことだ。

 ■ラプラスの箱という謎をベースに引っ張っていくやり方

 これはテクニカルな内容になるのだが、実際の秘密を知ってしまうと7話も持たせるような内容ではなかったと分かる。
 起承転結の理論に従うと、ラプラスの箱の秘密が開示されるのは転に該当し、全体の構成では5話のラストあたりが適当であったろう。つまり7話の冒頭付近まで引っ張ったのは完全な失敗だと、わたしには思われるのだ。
 6話、7話は箱の秘密が開示されてからの盛大な大戦争に使われるべきで、ここでこそその箱に込められた、さまざま思いが交錯する戦場にすべきだった。たぶん福井さんはそれを書くだけの力量がなかったのだろう。わたしも同じような失敗をするので偉そうなことは言えないのだけれども、後半薄っぺらくない? と聞かれて頷くならば、この構成上のミスが原因だ。

 また、オードリー・バーンとバナージ・リンクスの恋愛関係が弱すぎることも指摘できであろう。ここが難しいことも理解できるが、リリィ少尉がここに突っ込めなかったことも物語上は最大の損失だ。バナージとリリィは物語構造的に等しい存在なので、何とかエピソードを滑り込ませて対等まで持ち込むべきだった。
 オードリーがリリィに揺らぐシーンは、絶対に必要だった。
 それはリスクが大きすぎると思ったのかもしれないし、そこまで考えていなかったのかもしれない。物語の可能性というのは、そこを考えて、初めて切磋琢磨されるものだと思う。
 可能性の話しかしない。

 ■物語の所有権、結局自由にできるのは書き始めた人だけ

 あんまり難しい話にしたくはないのだが、自分で物語の企画を考えて、それを実際に書き始めた人は、その物語に全権を持っている。自分が経済的状況の関係ないところで勝手に書き始めるのは、だれにも止められないし、そうしてはじまった物語はほかの誰も続きを書くことはできない。
 だからもし、自分の作品を読むのが好きで、それがどんどん増えていくことに喜びを感じるのであれば、ほとんど内燃機関として自立して、物語を作り続けられる。もちろん健康上の問題だったり、生活上の問題だったりがあって、そんなに簡単にはいかないのだけど。まあまず、好きになるのはいいことだ。
 
 というわけでまとまりはないのだけど、ぼんやりとそんなことを考えていた。
| 映画評 | 01:37 | comments(0) | trackbacks(0) |









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