CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< April 2018 >>
本家STORY FACTサイト
NEW ENTRIES
CATEGORIES
RECENT COMMENTS
  • GB解析 -NG- ウィザードリィ3 ダイヤモンドの騎士 橋爪さんですね・・・
    hikali (03/29)
  • GB解析 -NG- ウィザードリィ3 ダイヤモンドの騎士 橋爪さんですね・・・
    マイケル村田 (03/25)
  • GB解析 -NG- ルパン三世/暁の第三帝国 良作なエンターテイメント
    hikali (01/09)
  • GB解析 -NG- ルパン三世/暁の第三帝国 良作なエンターテイメント
    マイケル村田 (01/06)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    hikali (11/24)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    マイケル村田 (11/21)
  • GB解析 -NG- 新・鬼ヶ島 暗黒の化身を討て! 成功した理由が良く分かりました。
    hikali (06/27)
  • GB解析 -NG- 新・鬼ヶ島 暗黒の化身を討て! 成功した理由が良く分かりました。
    マイケル村田 (06/24)
  • GB解析 -NG- ルパン三世/灼熱の監獄島 なかなかドラマチックなはなしなのだが・・・。
    hikali (06/23)
  • GB解析 -NG- ルパン三世/灼熱の監獄島 なかなかドラマチックなはなしなのだが・・・。
    マイケル村田 (06/20)
RECENT TRACKBACK
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
管理人hikaliの開発の日々の備忘録です。
本家はこちら。
http://plaza.rakuten.co.jp/hikali/
<<  関西周遊乗り鉄の旅 奈良編 | main | キャプテンハーロックを観た 〜公開一週間でパンフが売り切れたらしい >>
 関西周遊乗り鉄の旅 中間報告編(前編 < え?)
 こんばんわ! みなさま、お元気でしょうか。
 もうこのご報告をしている現在は、旅は終了しており、現在は身体の節々に発生している筋肉痛に苦しんでいる最中なのですが(^_^; なかなかご報告が終わりませんね・・・。困った・・・(笑)。

 さて、今回はこれまでの趣向とはだいぶ変えまして、地図やら図面を多用して、どんな旅だったかをご報告したいと思います。と言いますのは、これまでは写真はそれなりにご紹介はしているのですが、わたしの言葉が中心で、もし真剣に追おうとすれば、わたしと同じように時刻表と路面図を片手に追っていかないと、どうなっていたのかを理解するのが困難であろうと思うからです。


 ■この旅のきっかけ、遠いほうから3つ

 この旅にでることを決めたのは、かなり遠いほうから、3つのきっかけがあります。

 ひとつは、先生にいわれた一言。
 ひとつは、手帳を買ったら地図がおまけでついてきたこと。
 ひとつは、長期にわたった入院です。

 きっかけがみっつもあれば充分なのは、わたしが書き始めたら、いくらでも書き続ける人であることをご存じであれば、3つって多くねw 原稿用紙100枚ぐらい行くんじゃね?
 との危惧が頭に浮かべるのには、充分でしょう。
 たぶんそんなに長くはならないと、自分で釘をさしておきますが、まあ、それなりに理由があってやっていたことではあるのです。
 単に暇をもてあそばして出かけたわけではありません。
(べつにただの暇つぶしでも、何ら問題はないのですが・・・)

 少しずつ見ていきましょう。


 ■スローデスと、夢をかなえていく人



 このエピソードは先生にいわれた一言から始まります。

 スローデスというのは、フィリップ・k・ディックの小説『暗闇のスキャナー(またはスキャナー・ダークリー)』に出てくる麻薬の名前です。実際には「物質D」という名前だった気がしないでもないのですが、どこかでそれをスローデスと呼ぶ箇所があるのです。

 このお話はディックが麻薬中毒だった時の経験をもとに書いたお話で、当時は70年代だったと思うのですが、いわゆるニューエイジ思想が蔓延し、巨大すぎる政府がすべてを隠ぺいしているという陰謀論が、一般市民にははびこっていました。
 つまりディックは「自分は政府の陰謀により飼い慣らされて、緩慢な死を迎える陰謀の被害者である」という壮大な陰謀論の妄想をしている最中にこれを書いたのです。
 その象徴が、スローデスという麻薬なのです。
 つまり悪あがきをしなければ政府の陰謀に絡み取られて、緩慢な死を迎える人生しか送ることができない、その被害妄想を自分の大きな主張として訴えることがディックの、この作品を書いた目的でした(たぶん)。

 この話のラストを書いてしまうと、かなり興ざめなのですが、ディックはその壮大な妄想がもし本当だったら、なんて哀しいのだろうというようなところに着地して、この話を終えます。
 スキャナー・ダークリーは映画にもなっていて、わたしはこれを見て、ああ、この小説ってこういう話だったのかと納得したぐらいですので、もしご興味があれば、こちらをどうぞ。

 さて、しかし、このスローデスという麻薬的な概念は、なかなか響くところがあるのではないでしょうか。それが政府の陰謀だとするのはかなり飛躍がありすぎますが、緩慢な死を迎えるように仕向けられて、なんとか抗わないとどんどんとその麻薬の中毒に侵されていくという主題は、わたしには今でも通じる訴えであるように感じます。
 乱暴な物言いをすれば資本主義も共産主義も唯物論的なところを突き詰めていく哲学のようなものですので、そこを突き詰めすぎると、あらゆる幻想が崩壊して、たいへんな目に遭うと言いますか、わたしは一時期そこまで行っちゃいましたね(^_^;
 これはたいへんに恐ろしい地点にたどり着くことになります。
 そこから戻ってくるのがなかなかにたいへんな事になるのです。


 しかし、そのスローデスに囚われそうになったときに、先生がわたしにひとこと言ったんです。
 この先生というのはお医者さんで、わたしはアレルギー疾患がありますので、それで掛かっていたのです。
 毎月1回は通い、たいていは簡単な話をして薬をもらって帰ってきました。
 わたしの問題だったのは、アレルギー性の気管支喘息です。
 これは5歳ぐらいからずっと慢性的に持っている持病で、わたしは中3のころに家族の事情で引っ越して、この先生の診察を受けることになりました。
 以来、高校時代はずっと、大学時代は離れていたのですが、社会人になってからもだいぶ通っていました。もう何年かかっていたのか、思い出すのも大変なぐらいです。

 よく勘違いされるのですが、アレルギーというのは体質ですので、実は治らないのです。
 何年か前に、遺伝子レベルから書き換えてしまって治すという治療法が確立するかもというニュースは出たのですが、ぶっちゃけ言えば、遺伝子を書き換えないと治らない疾患なのがアレルギー疾患なのです。
 たぶん多くの人が、花粉症は甘えだ、花粉症は気の持ちようで治ると言われたら激怒するとおもうのですが、わたしは残念ながらこの界隈にもう長いこといます。
 できることは対処療法。
 いくらお金を使っても根本的な原因は取り除けない、そういう疾患なのです。

 で、わたしはその先生のところに通っていたのは、発作が起こった時の緊急治療薬を毎月もらいに行くためでした。
 ふしぎなことに喘息持ちはかわいそうに見えるらしいのです。
 発作中は本当に苦しいですし、それがいつ起こるかわからないのです。
 また治療薬は使い続けていると耐性が出てきて効きにくくなります。
 それで、わたしは収まらない発作が続くたびに(23日ほど)、衰弱しきった身体を引きずって、その先生のところで点滴を受け、強い薬の吸引を受けていました。なので、たぶんその先生からしてみればわたしは、かわいそうでたいへんな子に見えたのだろうと思うのです。


 ■きみに夢はあるか? どんなことでもいい。

 こう書きだすと、誤解をたぶん与えてしまうのでは、と思います。
 ただ、その先生が言い出したのは、もっと違うことでした。

「たとえばだ、アラスカの大自然の中にどっぷりつかって、何日も、1週間ぐらいアラスカサーモンと格闘するんだ。きれいな空気を吸いながら、河に腰までつかって、サーモンと戦うんだ。そんなことだ」

 わたしは、ああ、それがその先生の夢なんだとわかって、ため息をつきました。
 やれやれ、わたしは自分のことも対処できないように見えるのか。
 そんな子供に見えるのか。
 ただ、おっしゃっていることはとても素敵で、それでわたしは関西周遊の旅をしていたのです。

「素敵ですね。いいですね。アラスカで釣りなんて、ぜいたくです」
「そうだよ。でも、できなくなるんだよ。もうちょっとしたらさ、きみも」
「できませんか?」
「ああ、できなくなる。大変だぞ、これから。だからすこし欲張ったほうがいい」

 わたしは、さすがに小説を書いているので、1か月ぐらいの取材旅行ができたらいいなんてことは言えず、逆に、ああ、なるほど、そういうものが夢でいいのだと、そのとき思ったのです。
 これは長い間、わたしの中に残り、いつかしてみたい夢を身近に感じるようになりました。

 これがひとつめの話です。


 ■夢をかなえる× 実績を積み上げていく○



 このエピソードには、だいぶ長い前振りが必要です。
 というのも、わたしは客観的に見れば、ある種類の人にから見れば自分がかなえたい夢をかなえた人であった時期があり、わたしの主観から見れば、それは夢でもなんでもなかったからです。
 たいへん申し訳ないのですが、わたしはプロのデザインとして仕事をしていた間、それが好きでも、誇らしく思うことも、まったくありませんでした。
 ただ、飯を食うために自分が提供できるのがデザインという作業であって、身も蓋もない言い方ですが、憧れなどというものを感じたことは一切ありませんでした。ホームレスはさすがにつらいので、しぶしぶやっていた仕事という感じです。

 それは機関銃を隠し持ってする銀行強盗のようなものでした。
 わたしは次のもっと魅力的な仕事がやりたいがために、取れる実績は全部取ろうとしていたのです。
 これはわたしの感覚で、それはギャングと全く変わらなかったと思うのです。
 デザインという機関銃をもって、あらゆる潜りたいところに侵入し、知りたい業界や人たちが何を考えているかを知り尽くす。
 そのために、否定しようがない実績が欲しかった。
 日本のプロ野球でナンバー1のピッチャーになれば、メジャーにも行ける。
 通行券がほしかった。これなのです。
 これをギャングというと世間体が悪いので言い換えますと、記者と同じような感覚です。
 名刺一枚持っていればあらゆるスポーツの世界にフリーパスで侵入できる、超有名雑誌の記者みたいなものです。そのフリーパスがデザインの仕事だったのです。
 もし今一番欲しいものは何かといわれれば、雑誌numberの記者資格、というとだいたい何をやっていたかがわかるかと思います。

 しかし、多くの人が勘違いしているように、このフリーパスというのは、けっこう簡単に手に入るのです。
 たとえば想像してみてください。
 あなたが優秀なデザインで、あなたを採用すれば雑誌のオンライン展開が非常に有利になる、ということでしたら、雑誌をweb媒体に展開したい企業はなんの問題なくあなたを採用し、あなたはその雑誌社で働くことになり、その同僚の仕事ぶりをつぶさに見ることができるのです。もし運が良ければインタビューに同行できるかもしれません。
 問題は何かといえば、あなたが優秀で役に立つことがほぼ担保できる、実績なのです。
 それが積みあがると、あとはフリーパスで、自動ドアみたいなものです。
 ようは、いましている仕事で、どれだけ客観的に充分な実績を上げ、その機関銃を引っ提げてどの銀行に強盗に入るか、ということだけなのです。

 もちろん法的にまずいことをするのではありませんよ(^_^;
 記者資格を獲得して、あちこちを根掘り葉掘り観察して回る、というような意味です。


 ■わたしは夢をかなえたのか? どこへ強盗に入ったのか。

 わたしの以前書いたエントリーを読めば、わたしが物語界隈の業界に潜り込みたかったのは想像に難しくないと思います。
 たしかにわたしは、いまからしてみると電子書籍(マンガ)に始まって、映画、アニメ、あと変わったところでは古美術業界に潜り込んで、その中で仕事をしていました。
 しかし、その仕事はわたしからしてみると、いつものデザインで、わたしの打ち方次第でサイトの売り上げがジェットコースターのように乱高下するという非常にストレスフルな環境にあったのですが、でも、それは販売企画までおまけについてきたデザインだったのです。
 ようは売りさえ立ててれば、首にはならないし、デザインに文句はつかない。
 それで、いまから考えてみると、めまいがしそうな大御所を相手に機関銃をぶっぱなし、売りが立つと、よしよし売りが立った、これはほかに売り込める実績だと満足しながら仕事をしていたのです。

 ただ、わたしは、売上原理主義的なところがあり、しばしばチームワークを乱しました。
 要するに、デザインでいじっていい範囲の条件が提示され、その中ではどうも売りは立たなそうだと思ったら、わたしは何の遠慮もなく、こんな条件で売れるわけがないだろと、喧嘩をふっかけたのです。
 これが大御所相手だったりすると大変です。
 もちろん同僚には苦労して仕事を取ってきた営業担当の方もいらっしゃいます。
 それに、これじゃあ売れないと文句をつけたのですから、よくそんな度胸があったなあとは思うのですが、粘り強く(これがわたしの第一の特質だと思うですが)交渉を続け、なんとか周囲が丸く収まる範囲を探すということをしていたのです。
 やっぱり売上のプレッシャーというのはあるのです。
 もう、すぐ隣の会議室では、このままでは倒産します、とかやっているわけでして、わたしがしくじったら、全員路頭に迷って悲惨な目に遭うことが明らかなのです。
 それで、神経的にやられ始めました。
 こういう症状が出てくると、もうすぐに分かるんですね。
 あの人は問題だから外そうとか、事故ったら困るから首にしようとか、そういうレベルではなく、ああ、もうあの人はだめだ、もう持たない。早く病院に退避しないとものすごく危ないことになるというのが誰の目にも明らかになるのです。
 わたしはそんな同僚を何人も見ましたし、デザインとしてあちこちを回りましたが、だいたいどの職場も同じようなものです。
 デザインの職業病と言ってしまいたいぐらいなのですが、神経的に重負荷がかかる環境で、さらにハイプレッシャーがかかって、いつもジェットコースター状態という環境に適応できる人がどれだけいるのかと、逆に問いだたしたくなります。
 そんなわけで、デザインという仕事は、基本使い捨て仕事で、憧れを抱くようなものでもないし、入るのは簡単なんです。だって、その現場では雇ったばかりのデザインが三か月と持たずにぶっ倒れる、ということが頻繁に起こるので。


 ■では、どういう人が雇われるのか、生き残るのはだれか。

 さて、ここまで読んでくると、デザインという仕事が、その職に就くことが重要なのではなく、実績をどんだけぶんどって、できるだけ長く生き延びるか、が重要であることに気付くと思います。
 で、どのような性質を持った人が生き残りやすいか、どんな人に大量に仕事が回ってくるか、という話になるのですが、これは一言でいえば、なんの説明もしないで機関銃一本で敵の最前線に投げ込んでも、平気で生き残って帰ってくる奴、です。

 要は、これはめちゃくちゃな案件だけど、あいつは何とかするだろ、という信頼を勝ち取ると、だいたい仕事が大量に投げ込まれるようになり、納期や品質などを守っている限り、いきなり切られるなんてことはありません。
 なぜかと言えば、敵方の要塞に機関銃一丁で殴り込み、それなりの成果を上げて帰ってくる奴なんて、この世にはめったにいないからです。

 わたしがデザインチーフとして(チーフというか、3人ぐらいデザインがいて、いざとなったら全責任を取って仕事ができるのがわたしだけだったというだけ)、ああこいつは大丈夫だと思ったのは、たいていはそういう人でした。
 そういうところには、これは大丈夫かなと心配しながらも、けっこう気楽にぶん投げれました。わたしには、いざとなったらわたしがデザインしてクライアントを黙らせるので、ちょこっとぐらいの文句が出ても、険悪になっても、いつでもバトンタッチするよ、という強みがあったのです。
 恐る恐る機関銃を握るのをみながら背中を叩いて、大丈夫だって、デザインで死んだ奴をわたしは見たことないし、会社からはわたしが守るから。首を真っ先に切られるのはわたしだから。責任を負わせて逃げるほどわたしは落ちぶれてないと。

 デザインが上がってくるのを見て、ああ、いいんじゃない? この線で。というと、たいていは不安がられました。それで仕方なく、そのデザインのいい部分を褒めて、この辺はもうちょっといじってもいいかもとは思うけれど、やってみた? と聞くのです。
 わたしがデザインをし始めると、その人の仕事を奪ってしまうことになりますし、人を雇っている意味がなくなってしまいます。そして、そういう人たちがたいてい欲しがるのは、より高度な課題なのです。
 それで納得しない場合は、実技の時間です。
 わたしが後ろに座らせて、目の前で、デザインをいじってみせるのです。
 こういうのもあるよね、とか。
 このデザイン線と、このデザイン線を交差させて、傾けてみると動きが出てくるでしょ? こういうのは、経験というか物量なので、やっているうちにわかってくるから。
 その子は、やっと仕事をしてくれたと喜ぶのです(笑)。
 あのね、わたしがデザインの駆け出しだった時は、こんなこと教えてくれる人なんてたったの一人もいなかったんだよ(笑)。


 ■機関銃一丁で生き残る人はどんな人か。

 これは、たいへんに難しいので、とても分かりやすい指標を紹介したいと思います。
 一言でいえば、めったにない素質を持っている人です。
 わたしは、この仕事は精度だと、よく言うのです。
 つまり商業デザインで生き残る人というのは、押しなべて精度が高い。
 とくに色彩の表現力は、ほとんどがこの精度に由来する仕事だったりします。
 もしデザインの仕事をしたいと思うのであれば、とても分かりやすくクリティカルな指標を紹介しますので、まずはこれを達成することを目指してみてはどうでしょうか。
 色彩センスを測るのに、とても客観的で、優れた方法なのです。

 ■Munsell Hue Test
 http://www.colormunki.com/game/huetest_kiosk


 これでパーフェクトを取れる人は、優れた色彩センスを有していて、こまかな色彩で間違えることはほとんどありません。
 このテストは、恐ろしく高度なことを求めているテストで、これでパーフェクトが取れなかったからと言って気落ちする必要はありません。調べてみたら、RGB値でたった2の差を見切れるかどうかをテストしていて、びびったことがあります。
 RGBは0〜255の数値ですから、ほんの1%のミスさえも検出できる精度のテストなのです。
 わたしの感覚では色味の誤差は、5%までは許容範囲かな、という気がしていますので、完璧でなければデザインになれないというわけではありません。
 逆に言いますと、この5%の誤差がわからない人は、色味という意味では使えないという気がしています。もちろん、5%ぎりぎりでもあんまり気落ちする必要はありません。というのは精度というのは訓練すればするほど上がるものだからです。

 ですので、より適切な言い方をすれば、このテストでパーフェクトを取れる人は、凄腕のスナイパーです。もちろん100発100中であれば、非常に頼もしい仲間だと思えるようになりますし、射撃訓練は、ジーコの言葉が正しいのであれば、歯磨きのようなものらしいですので、毎日やって磨いていくものなのです。
 もっとわかりやすく言えば、あなたが精度の高いストライカーであるかどうかをテストするテストが、このテストなのです。

 なお、このテストは使用するディスプレイに大きく左右されることを知っておくことはわるいことではないでしょう。

 つまり、ディスプレイの発色が悪いと、どんなに優秀な人でも結果を出せないのです。よくあるミスは、このテストをマックのディスプレイで受けてしまう、ということです。
 意外でしょうか?
 プロからしてみれば、マックのパネルはLGのパネルだよ? なんでそんな発色の悪いパネルを使うの? 信頼性の低い機関銃に慣れてしまうと大変だよ? どうせ使うなら、ナナオか三菱にしなよ。
 となるのです。
 機関銃選びも自分でできないと話にならないとなるのです。

 ちなみに、わたしが使っているのは三菱のRDT241Wというディスプレイを、わたしがチューンしたものです。ずいぶん安い割には、チューン次第で、なんとでもなるというお買い得なパネルだったのですが、もう10年ぐらい前のディスプレイです。
 まあ発色にも、印刷目的なのか、Web用なのかでずいぶん違ってくるものですので、自分にあったパネルを選べるようになる、というのも大切な資質です。

 できるデザインというのは、会社支給のディスプレイに難癖をつけ、会社を歩き回ってこのディスプレイがほしいと言って、どこかに余っているディスプレイを確保するような人たちなのです(もちろん、他人がチューンしたディスプレイを奪ってはいけない)。
 せめて自分で買うディスプレイぐらいは、理想に近いものを選びましょう。


 ■これは何の話だったっけ? あ? 手帳の話? そうだっけ?

 ずいぶんと長くなりました(笑)。
 夢の話から、こんな話になったのですが、夢という言葉は、ずいぶんチープになってしまったなというのがわたしの、今現在の感想です。

 わたしの夢は確かなものがありまして、それは、コロラドの山腹に土地をもって、そこに棲むビーバーたちと、敷地内の水利について争うというものです。
 ビーバーというのは勝手に川にダムを作り、そのビーバーのダムのために川は氾濫し、敷地内はひどいことになるらしいのです。で、わたしは、そのビーバーのダムを崩して、自分の敷地内の秩序を守ることに一生懸命になっているおじいさんになりたいと思っているのです。
 死ぬとき、あのビーバーが、三郎が春になったら、また枝を集め始めるに違いない。
 だから、(ぜいぜい)、ダムを作り始めたらまずそこが勝負じゃ。土台から壊せばダムは完成しない。まず根こそぎに、その基盤から枝を払っていくのじゃ。
 わかるか?
 これは血が流れない戦争なんだ。ビーバーどもにこのコロラドの敷地はやりたいようにはさせん!
 そう言いながら死にたいな、とw

 あのビーバーが、あのビーバーがとうなされながら死にたいと。
 これぐらい夢があってもいいじゃないかと、夢という言葉を思いながら、感じます。

 あなたはどんな夢を持っていますか?
 もしかして、フェラーリが買えるくらいのお金持ちになりたい?
 そんなのでいいんですか?

 なんてチープなんだろ。

 後編に続きます。
| 関西周遊乗り鉄の旅 | 03:17 | comments(0) | trackbacks(0) |









http://blog.story-fact.com/trackback/1195786