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大掃除雑感
 わたしが生活をしていて一番あわてるのは本棚がいっぱいになったときで、買ってきた本を整理するスペースがないことに気付いて、ぞっとするというよりは、思考停止になる。それから思い出したように本棚の整理をするわけで、今年はそれが年末にやってきたから、大掃除は本棚の本の大整理が中心で、いろいろな収納スペースの無駄を洗い出した。
 家に何台もある掃除機のひとつを掴んでほこりを吸い込みながら、ゴミ袋に雑多なものをつっこんでいく。いらないものがこんなにあったら本を入れるスペースなんてなくなってしまうよなと思ってしまうほどにゴミが出て、新しくできたスペースに本を整理していく。
 それが先ほど、不要な本を古い技術書を中心に15冊ほど売り払って完了し、合計120円になった本たちを思い出しながら、ほんとうに不要だったのだねぇとあきれかえって、今年の大掃除は終わった。
 それで、がらっと並ぶ背表紙がかわった本棚を眺めつつ、新しい年がやってくる準備ができたなどと、のんきにコカコーラを飲みながら、これを書いている。大掃除はいろいろな過去のイブツに対面してあれこれと考えてしまうふしぎな機会だ。

 今年の大掃除の一番の収穫は、引っ越し以来がらくたが詰め込まれて、まったく機能していなかったいくつかの収納を整理したことで、ゴミ袋片手に、本をしまうスペース欲しさに過去を整理する。
 中からは2004年の手帳などが出てきて、殴り書きであれこれと書き散らされているのを読みふける。
 はじめは、うわー、みっともないなどと、その文字の汚さと内容を同一視してびっくりしていたのだが丹念に読むと、いまよりずっとまっすぐで直裁的で現実的で真剣に生きている自分がいて、その迫力に押される。まるで矢のようだな、当時の仕事場の人は突き刺さりそうで怖かったのではないか、などなど、ぼんやり思う。
 ジンギスカンの、たしか井上靖の蒼き狼だったと思うのだけど、あるウイグル人がジンギスカンに仕えるシーンを思い出しながら、ジェベだなこれは、などと思う。ジェベはジンギスカンを暗殺しようとして、その矢が刺さるのだけど結局捕まり、それで、お前はこの鏃のようだからお前はジェベ(矢の意味)だなどといわれて仕えるのだが、その後、司令官に成長してロシアの方だったかに攻め込むジェベの軍勢をジンギスカンは、まさに名の通り矢のように進撃するなど述懐する。それで矢のようなまっすぐな人を見るたびに、ジェベだなこれは、と思うのだが、自分がそうだったと思うとふしぎな気がする。当時はあんまり生活をしっかりしないで、仕事に真剣だったからそう思うのか。
 そんな過去のわたしを見ながら、昼飯休憩中に新聞を読むと世界中が動いているように見えてきて、新聞記事に並ぶ世の中の動きが自分の手によってなされたものではないことに、焦りを感じてしまう。当時は新聞に大きく載ったこともあったし、そうやって自分で世界を切り開いていたのだねぇとか、近いようで遠いようで、近いのか遠いのかはよく分からない。
 いま思うと、いい仕事だったのかも知れないとか。
 辞めてよかったとも思うのだけど。

 幾つかのなくなったと思っていた本が出てきて、嬉しくなる。とくに配色基礎講座というけっこう有名なデザイン関係の本があって、これがずっと行方不明だったのだ。
 ぱらぱらとめくってみると、コントラストの制御の仕方といったような直接的な内容が鮮やかなカラー写真の実例とともに短い文章で説明されていて、いとも簡単に書いてあるのだけど、いい例とわるい例の差が、デザインをしていてそれなりの経験のあるわたしの目から見てもけっこう高度な微差で、ものすごく高い精度の話をしていたのだなあと感心し、そこまで考えて仕事してたかなと振り返ると、自分がぜんぜんマスターしていないことに気付いて、あいたたたという心地になる。
 よく若いデザインなどに、配色ってどうするんですかといわれると、わたしはこの本を渡して7日でマスターして、などと突きつけていたのだが、たいていの人はマスターするどころか、怒る。なぜ教えてくれないのか、と。もちろん理由はわたしが言うことなど、この本の範疇を超えることがないからで、わたしは自分の師匠を直接紹介している格好になるのであるが、それでもそれを手に取り読み始める人は限られている。わたしは、とりあえずこの本を読んでねと、デザインのはじめの頃に紹介されたときには、その日の帰りの足で本屋に直行して購入したものなのだが、なぜ自分ができることが増える機会を見過ごすのか、ふしぎである。
 デザインであり、それを武器にして、あれこれいろいろと関わり、いろいろ動かしていただけに、配色などはそのもっとも直接的な行使手段な訳で、そんな手段が増えることで相手と交渉するときにうまくまとめやすくなったりする。デザイン時代のわたしは、そういう即物的な実力行使に有用な武器ばっかりを探して、収拾して、習得していったわけで、ゲームのキャラクターのようにあれこれとアイテムを握りしめて、会社を渡り歩いてような気がしてくる。
 銃弾は使ってしまえばなくなってしまうけれど、銃弾の作り方は一生有効で、それがたった7日でマスターできるのなら、やっぱり覚えちゃうよねぇ、ふつう、とか思ったり。しかし、そうやって振り返ると、やっぱり自分はデザインが好きなわけではなくて、それが武器になるから使っていたというだけなのだなぁと、思ったり。

 手元の収納スペースに修行用の書籍を詰め込んで悦にいる。これで大量の本の置き場に困ることもないし、必要となればさっとその本を取り出すことができる。なんでやらなかったのだろうと、怠惰な自分を省みて、ちょっとブルーになる。
 この年末は、文体の大改造中で、シンプルで跳ねるような短文中心の文体から、長文も使って揺さぶっていくような文体に変えていこうとしている。昔の文体はらくちんで文字面の見栄えがよかったのだけど、あんがいその文体では書けることが少ないことに気付いたというのが、一念発起したきっかけで、直木賞作家の文体とかじっくりみながら、どうやってるんだろうと、あれこれ見よう見まねで試している。
 試してみると、昔の文章は小手先の文章だったなと思えてくる。
 小手先といっても指先で書いていると言うことではなく、高校生のフォームのきれいなピッチャーが小綺麗にまとめたピッチングをするのだけど、あんまり魅力がない、それって小手先で投げてるよね、というそういう感じでまるでピッチングマシンみたい、そうじゃなくて、ハンマー投げのようにぐらんぐらんとハンマーを振り回して、遠心力をつけていくようなそういう全身で投げる投げ方、それを出来るようになりたい。
 そういう投げ方をする作家を見つけて、どうやって投げているんだろうと、細かく読んでいく。。
 足の踏み出し方は? 背筋の使い方は? ハンマーの弾道はどうやっているの? あんなにおもいっきり振り回してどうやってコントロールするんだろう? 
 分からなかったらとりあえずハンマーを振り回す。
 そうすると細かいところでけっこう高度なことをやっているのが分かったり、昔の自分は改行に逃げていたねぇと思ったり、文面がきれいな文体と、内容がきれいな文体は違うのだと分かったり。
 たとえば江國香織などは文面がきれいな文体。
 もちろん内容もきれいな文体。
 その辺の美学はすごいし、このレベルになるとどの方向性を取るのかは、善し悪しが決まるものではないけれど、江國香織は分かりやすい代表格で、ダントツに文章がきれいなので挙げているのだが、ぐちゃぐちゃなところへ攻め込みにくいのではないか、と言う気がしないでもない。
 というかわたしにはその武器で攻め込める自信がまったくない。
 だからピッチャーからハンマー投げに武器の使いかたを変えてみるのだけど、野球部から陸上部に転部して、いきなりハンマーが投げれるかといわれれば、もちろん上手くできるわけなくて、うんうんうなりながら、この年末を過ごしている。

 行き詰まると逃避するのが、シヴィライゼーション4というPCゲーム。
 Civ廃人という言葉があるほどのやり始めるとはまるゲームで、正月にぽっかり時間が空いたときにやる用の正月ゲームとして買った。
 わたしはこのゲームを作ったシド・マイヤーというゲームデザイナーがとても好きで、わたしがもう10年近くにわたってはまりつつけているレールロードタイクーン2というゲームを作ったのもこのシド・マイヤー。なので外れるはずがないと絶対の自信を持って買ったのであるが、ちょっとはまっている自分がいて、うわ、廃人一直線だなどと思いながら、あれこれ苦心する。
 このゲームは、文明を築き上げながら、ライバルたちと戦争したり、文化物を競い合ったりするゲームで、対人のマルチプレイがこのゲームのプレイヤー層の中心にある。
 ただ、その対人プレイをしている人たちはとても高度なレベルの人たちで、わたしはそんなレベルまでまったく達せず、コンピュータの、かなり低いレベルでもうんうんいいながら、あれこれ試行錯誤している。
 わたしが選ぶ文明はイギリスで、イギリス赤服兵という強力なユニットの出現まで粘りつつ、ルネサンス期にそこに達すると大量のイギリス赤服兵で、周辺他国を蹂躙するという、シヴィライゼーション4の中ではかなり正当派とされる、いわゆるライフルラッシュ戦法をなんとか上手くできるようにしたいのだけど、もっと低いレベルで四苦八苦している。
 ひょっとしてイギリスって弱いのかな? と自分が上手くやれないのを棚に上げて思うのだが、わたしは好きな作家のディック・フランシスの影響で、あとイギリス文学がけっこう好きなので、大のイギリス好きだったりするのである。冒険小説の著名作家という、ほとんどがイギリス人だったりするわけで、なんでイギリス人はそんなに冒険小説書くの好きなんだろうとふしぎに思うぐらいで、わたしが尊敬する作家というとかなりの割合でイギリス人なのである。
 それで律儀にイギリスを選んでいるのだが、うわー、完全な立地のヨークが蛮族に滅ぼされて、うわー、ヨークを返せ! などとやっているので、きっと圧倒的にやり方が下手なんだろうと思ってしまう。
 それで行き詰まると、文章を書き始める。
 なにか、一歩も進んでいない感じがする年末である。

 2004年の手帳にインターネットについて触れている部分が殴り書きで残っている。
 そこでは、雑誌を一冊作ると素材ファイルがDVD一枚ぐらいになり、それをバイク便で配送している、4.7Gものデータをインターネットでは流せないからで、これが動画編集とかになるとどうなるのだろう、うんぬんと書いている。
 実際のところ、現在誰もがネット上でみているデータはテキストを除けば不可逆的な圧縮済みのデータで、実際の仕事用のファイルとなると、この何十倍ものファイル容量になる。たとえば非圧縮のAVIファイルなどを取り扱うと、15秒のデータでもCD-ROM1枚とかになってしまう。
 こういったデータをほんとうにやりとりできるようになってはじめてインターネットのシナジー的な価値が出てくるわけで、それは社内LANが全世界に張り巡らされるようなもので、クリエイティブの現場で100Mbpsの社内LANなんて遅すぎるし、SATAぐらいの速度にならないと話にならないとのこと。
 いわく、htmlはほんとうのインターネットではないと。

 なんて直裁的でまっすぐで現実的で真剣なんだろうと、ジェベだこれは、と思ってしまった年末である。
| 文章力修行中 | 16:20 | comments(0) | trackbacks(0) |









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