2008.11.03 Monday
これはわたしの業なんだろうなと思いつつ。
なんか、いろいろスケッチを書いていたら、案外これは小説的な表現の書き方の実際例になるんじゃないかと思ってしまった。ので、ちょっと実験的にやってみた。
まあ、プロの人にはこういう小説表現の根源に迫るような実験はできないだろうと言う気がしているので、遊びでわたしがやってみる価値はある気がする。
とりあえず書いたのはシドという国のラスペという都市を説明する文章。
シチュレーションがないとやりにくいので、リニーとスウェスという二人が、キュディスから奴隷船でラスペへ帰港する状況を想定してみた。
第二作で登場予定のゲームブックの主人公がリニー。この人は本編でも重要な役割を負う人で、もう一人同じく重要な役割を負う、スウェスという少女を登場させてみた。
はじめは遊び感覚だったのだけど、書き始めるとどうしても凝ってしまうのだよね・・・。
一応、決定稿ではないよと逃げを張っておいて、書いている内容はともかく、技術的な部分だけを見て欲しいところではある。
まずはラフ。
たぶん、書いたことがない人には、これがラフだという感覚は分からないはず(笑)。
ラスペ入港一日前 ラフ
設定資料としては機能していると思う。
なんというか、重要なキーワードをシドの説明に絞っていて、あんまり話し手や話している相手にたいして注意を払っていない文章といえる。これは、そういった部分が入ってくると全然設定資料にならずに、個人の思いとかが入ってきて、資料としては雑音が強いものになってしまうから、ある意味、機能的な表現といえると思う。
ただ、小説的な表現となると、もちろん、その話している状況とか、人の置かれている状況も表現しなければならないので、だいぶ色彩を与えながら、表情を作っていく。これはその人物の表情もあるのだけど、どちらかというと、シーンの表情であったり、ストーリーの表情だったり、流れの作り方だったり、このやりとりに意味を与えるとか、そういう方向の色彩。
ただ単に闇雲に色を塗るんではなくて、絞りながら状況を構成していく。
結構ざっと書いているので、荒い部分は勘弁して欲しいのだけど、とりあえず、ここから書いた小説的表現の第一稿。おっと、これでも五枚弱あるのか・・・。ラフの最後の段、つまり7行ぐらい書いてあるのを小説的表現に展開してみたところ。
ラスペ入港一日前 小説的表現第一稿
んー、長い・・・(笑)。
ただ、この文章は、実はかなりラフラフな表現。本当に説明を付け加えてみましたという感じ。たぶんライトノベルのレベルがこんな感じだと思う。ほんとうにざっと書いているので、正直公開レベルではないのだが、なんとなくあのラフからこれが生まれる感じはつかめるのではないだろうかと思っているのですが、どう?
あんまり感情がこもっていない感じ。
アニメ絵でべたっと塗った感じ。
人の感情に動きがないというか、ペンキ塗りのガンダムのプラモデルというか、シーンの流れが全然作れていない。
と言うわけで、第二稿へ行ってみましょう。
これは9枚あるなあ・・・。
長い・・・。
ラスペ入港一日前 小説的表現第二稿
長い・・・。長いですね・・・。
9枚ですか・・・。実際にはこれは四十分ぐらい書いているので、あんまり長いという印象をわたしは持っていないのだが、これは明らかに長すぎる。というか、あの冒頭のラフの1/3でこの長さと言うことは、あの冒頭を表現しきるのに27枚とか掛かるというめちゃくちゃな状況なわけです(笑)。
ほんと、ラスペの都市を散歩していたら小説一冊分終わりみたいな、そんな状況になるわけで、冗長なのです。実用的ではない長さになってしまっているのが何となく分かるでしょうか。
ただ、これぐらいの長さを費やして色彩豊かに書く能力も必要なんです。
ここを経ずに一気に切り詰めた文章に達することはできない。
少なくとも切り詰めた文章を書くときでも、これぐらいにはイメージを膨らませて、そこから必要部分だけを切り出していく。
この先が、わたしらしい文章でして・・・、わたしがよく飛び石のようにイメージをおいて、極小の文章で状況を表現するといっている部分だったりするのです。
結局、それはなにを考えているのかというと、どんだけ読み手の負荷を減らすかと言うことだったりするのです。
まあ、ごたごたはいいので、実際の文章を見てみることにしましょう。
ラスペ入港一日前 小説的表現第三稿
ん、一応五枚に収めたけど・・・。
30分ぐらいで書いている。
だいぶ雰囲気が変わったことは分かるかも。
実際には、この辺が第一稿になって、ここから色彩を加えていくのだけど、だいぶ、どんな状況かは分かるのではと思う。
思いの他、ぎゅっとしまっているでしょ(笑)。
結構いろいろなものをすっ飛ばして、凝縮された文章で代替しているのが分かるのではないだろうか。いらないものをがんがん捨てて、短い文章を跳ねさせるように書いて、行間を作っているのである。
サッカーで言えばスペースを作っているという表現が適切か。
第二稿はべたべたと下手なイメージで塗りまくっていて、正直うざいでしょ(笑)。
こうやって行間をあけると、読者が勝手に想像してくれる空間が生まれる。
この辺はデザインの手法と同じ。
チラシのデザインと、ファッション雑誌の広告の作り方の違いみたいな感じ。
わざと枯らすのは、はやり、甘い表現はちょっと鼻につくからですからかねえ・・・。
短くて、力があって、実際力のある言葉を並べて、実際にはそれだけでも明確な色彩はつけられるんだよ、また、誤解が少なくなるなるんだよ、という所でもある。
第二稿のうだうだと振り回すような文章が、だいぶ明確ですっきりしたものになっていないだろうか。文章自体には色彩はあんまり乗せていないのだけど、たとえば、
といった文章は、まったく削ぎ落としきったように飾りがないのだけど、現状ではスウェスという人物の上に積み上げられたイメージのようなものがないので苦しくなっているだけで、実際には、この前後でスウェスの像は表現されているはずで、その文章で形成されたであろう読者の勝手なスウェス像をここに投影してもらうことで補完するみたいな感じになるわけである。
またそういう利用できるイメージがあればこういったところで仕掛けるのである。
なんというか、感覚的に、ここは削っちゃっていいところと思って、あんま使いようがないなあと思って削っているのである。
こんなかんじで、実際には、前後の流れとかを利用して、もっとぎゅっと絞って、枯らしきった表現を多用して色のついたところを浮き上がらせるような書き方をするのである。こういう、なんにもないところで小説文体を成立させるのは、多少難度が高かったりする・・・。
この文章は、文単位ぐらいの粒度でイメージを切り返しているのだけど、キレている文章になると、これが単語単位でイメージのコントロールをするようになる(<このレベルになると、ちょっと片手間には書けなくなる)。
なんとなく、小説文体にも程度の差があることが分かるのではないだろうか。
わたしが80%ぐらいで流すとか言っているのは、このイメージのコントロールの精度の話。こういう文単位でイメージをコントロールするのは、実はそんなの大したことではないのだけど、単語単位でコントロールするのはかなり大変というか疲れることだったりする。
わたしが北村薫などの文章を模写しながら、泣きながらキーボードを打っていたときに、憶えたのはこういうテクニックだったりする。それがなんの役に立つのかといわれれば、うーんと苦笑するしかないのだけど(笑)。
これがいいのか悪いのかというのは、正直分からないところではあるんですが、結局読みやすさと豊穣さを比較して、読みやすさを重視しているのだけど、失われている部分はさすがにある。5行を5文字に圧縮する技術というのは、さすがに最高峰だし、シリコンバレーでも開発されていない。
まあ、いいや。
資料として、多少役に立つだろうという気持ちも込めて、出しておく。
なんか、いろいろスケッチを書いていたら、案外これは小説的な表現の書き方の実際例になるんじゃないかと思ってしまった。ので、ちょっと実験的にやってみた。
まあ、プロの人にはこういう小説表現の根源に迫るような実験はできないだろうと言う気がしているので、遊びでわたしがやってみる価値はある気がする。
とりあえず書いたのはシドという国のラスペという都市を説明する文章。
シチュレーションがないとやりにくいので、リニーとスウェスという二人が、キュディスから奴隷船でラスペへ帰港する状況を想定してみた。
第二作で登場予定のゲームブックの主人公がリニー。この人は本編でも重要な役割を負う人で、もう一人同じく重要な役割を負う、スウェスという少女を登場させてみた。
はじめは遊び感覚だったのだけど、書き始めるとどうしても凝ってしまうのだよね・・・。
一応、決定稿ではないよと逃げを張っておいて、書いている内容はともかく、技術的な部分だけを見て欲しいところではある。
まずはラフ。
たぶん、書いたことがない人には、これがラフだという感覚は分からないはず(笑)。
ラスペ入港一日前 ラフ
出ろ、牢から出ろ。シドが見えるぞ。はやくしろ。
まだ、ラスペへの寄港は一昼夜先だが、湾に入るので揺れは少ないはずだ。
ほら、見える。あれが、シドの首都、そして北方最大の海都ラスペ。
あの、大きな巻き貝のような巨大な塔のことだ。
あれがラスペの“セントラル”。サウス語で中央という意味だ。
セントラルを中心に、あの辺一帯に広がるデルタがラスペだ。
毎年拡張しているから、どこまでがラスペだとは言い難い。
ラスペは、支流ごとに城壁を築いていて、何十重にもなった城壁の毛布にくるまれるようにセントラルはある。城壁を築けばそこはラスペとなる。
クローナの河口、つまりラスペはクローナ河のデルタの上にあるのだが、竜壁騎竜兵団の大型竜脚獣が守る。帝国の海竜の兵団も駐留している。
あののしのしたした竜たちに騎乗しているのは、クローナ上流の蛮族たちだ。
今では混血が進みすぎて、蛮族といっても大抵はシド商人の血が入っているのだがな。
シド人が、もっとも得意のなのは、金の交換と夜の交換だ。
・・・
年頃の娘にする話ではないな。
まあ、わたしも年頃の娘なのだが。
設定資料としては機能していると思う。
なんというか、重要なキーワードをシドの説明に絞っていて、あんまり話し手や話している相手にたいして注意を払っていない文章といえる。これは、そういった部分が入ってくると全然設定資料にならずに、個人の思いとかが入ってきて、資料としては雑音が強いものになってしまうから、ある意味、機能的な表現といえると思う。
ただ、小説的な表現となると、もちろん、その話している状況とか、人の置かれている状況も表現しなければならないので、だいぶ色彩を与えながら、表情を作っていく。これはその人物の表情もあるのだけど、どちらかというと、シーンの表情であったり、ストーリーの表情だったり、流れの作り方だったり、このやりとりに意味を与えるとか、そういう方向の色彩。
ただ単に闇雲に色を塗るんではなくて、絞りながら状況を構成していく。
結構ざっと書いているので、荒い部分は勘弁して欲しいのだけど、とりあえず、ここから書いた小説的表現の第一稿。おっと、これでも五枚弱あるのか・・・。ラフの最後の段、つまり7行ぐらい書いてあるのを小説的表現に展開してみたところ。
ラスペ入港一日前 小説的表現第一稿
「あののしのしたした竜たちに騎乗しているのは、クローナ上流の蛮族たちだ」
スウェスはいまだ見ぬ、巨大な竜を想像した。
それに騎乗する勇ましい蛮族たち。
(導き手たちのような者たちであろうか)
リニーはその純粋な表情にあきれて、付け足す。
「今では混血が進みすぎて、蛮族といっても大抵はシド商人の血が入っているのだがな」
「え?」
「想像しているような、キュディスの虹翼のような兵団ではない。頼りにはなるが、勇猛な者たちは限られる」
リニーはスウェスの胸に指を突きつけ、わざと冷たく言う。
「わが家とて、おまえを老婆になるまで養う金はない。自前で生きるだけの金づるを探せ。シド市民として生きる手配はしよう。頼るのは許そう。それは一時の避難港としての許しだ。しかし嵐が去れば自分で生きろ。わたしでさえ、生き残るのは至難の業なのだ」
スウェスは哀しそうな顔をした。
リニーはある種のあきらめを感じてはいたが、この娘にできることは何かということに思考を巡らす。
(まあ、片っ端に当たらせてみて、脈がありそうなところにするか)
算術、語学、剣術、軍学、政治、歴史、工学。
なんでもいい。
それよりも望ましいのは、シドの風習に溶け込むことだ。
リニーは思いきっていった。
「シド人が、もっとも得意のなのは、金の交換と夜の交換だ」
重い沈黙が甲板を支配する。
リニーは自分が拒んできたことを思う。
そして自分がなにに根ざしているかを思う。
シドをなぜ憎んでいるのかを思う。
そして、激しい後悔の念に駆られた。
(わたしが憎んだシドは、そしてアドレルは、それをわたしに強要したのではないか。憎しみとあきらめの連鎖をスウェスに強要するのか?)
耐えられない。
それが答えだった。
「年頃の娘にする話ではないな。心配するな。スウェスはわたしが守る」
スウェスはまなざしを向けた。
「シドの剣に、シドの剣の正統な継承者の誇りに賭けて?」
「剣に誓おう」
しかし、この剣もどうも形骸化しつつある。
未だに、この剣がシド貴族の間に何本あるのか分かっていない。
一説には数十人がこのシドの剣の正統な継承者と言われているのだが、誰が持っているのかと言うことに関しては、情報がない。
剣は単なる相続財産だ。
つまり血の契約の話なのだ。
(金の交換と夜の交換か)
「まあ、わたしも年頃の娘なのだが、ね」
そういうことだ。
んー、長い・・・(笑)。
ただ、この文章は、実はかなりラフラフな表現。本当に説明を付け加えてみましたという感じ。たぶんライトノベルのレベルがこんな感じだと思う。ほんとうにざっと書いているので、正直公開レベルではないのだが、なんとなくあのラフからこれが生まれる感じはつかめるのではないだろうかと思っているのですが、どう?
あんまり感情がこもっていない感じ。
アニメ絵でべたっと塗った感じ。
人の感情に動きがないというか、ペンキ塗りのガンダムのプラモデルというか、シーンの流れが全然作れていない。
と言うわけで、第二稿へ行ってみましょう。
これは9枚あるなあ・・・。
長い・・・。
ラスペ入港一日前 小説的表現第二稿
「あののしのしたした竜たちに騎乗しているのは、クローナ上流の蛮族たちだ」
リニーはずんどうの首長の竜上を駆ける騎竜兵たちを思う。
シドの壁と呼ばれる大型竜脚獣たちは、実質上、騎竜兵の駆けるための舞台でしかない。
スウェスはいまだ見ぬ、巨大な竜を想像した。
それに騎乗する勇ましい蛮族たち。
(導き手たちのような者たちであろうか)
キュディスの地中深くにあったときには想像さえもしなかったこの世界には広がっていた。
穏やかな海洋の向こうにそびえるラスペのセントラル。
その威容も、船上を吹き抜ける海風も、波を切る快速奴隷船のへさきの音も、はばたく帆も、その帆げたをぎしぎしとうならせるロープも、すべてが新鮮で、そして爽快ですらあったのだ。
リニーはその純粋な表情にあきれて、付け足す。
「今では混血が進みすぎて、蛮族といっても大抵はシド商人の血が入っているのだがな」
「え?」
リニーは困ったように視線を泳がせる。
スウェスの透き通るような瞳の視線がつらい。
「・・・、そうだ、勘違いをしない方がいい」
(この船が奴隷船であることぐらい分かっているはずだと思うのだが)
「想像しているような、キュディスの虹翼のような兵団ではない。頼りにはなるが、勇猛な者たちは限られる」
険しい表情を作ってスウェスを睨む。
「ここは白銀のキュディスではない。堕落したアドレルでさえなく、悪徳と強欲のシド、そしてその首都ラスペだ」
リニーはスウェスの胸に指を突きつけ、わざと冷たく言う。
「わが家とて、おまえを老婆になるまで養う金はない。自前で生きるだけの金づるを探せ。シド市民として生きる手配はしよう。頼るのは許そう。それは一時の避難港としての許しだ。しかし嵐が去れば自分で生きろ。わたしでさえ、生き残るのは至難の業なのだ」
スウェスは哀しそうな顔をした。
まるで途方にくれた人魚のようだ。
わたしが手放せば泡となり海に消えるかのように、はかない。
リニーはある種のあきらめを感じてはいたが、この娘にできることは何かということに思考を巡らす。
(片っ端に当たらせてみて、脈がありそうなところをさがすか)
算術、語学、剣術、軍学、政治、歴史、工学。
なんでもいい。
シドでは金を生み出す技能を持てばそれだけで、奴隷であろうとなんであろうと重宝される。
それよりも望ましいのは、シドの風習に溶け込むことだ。
キュディスの地下神殿での掟しか知らない娘というのは、世間知らずの5乗というのでは足らないほどに、無知なのだ。
リニーは思いきっていった。
「シド人が、もっとも得意のなのは、金の交換と夜の交換だ」
重い沈黙が甲板を支配する。
アドレルで起こったことがフラッシュバックされる。
あの氷雪からの生還は、運と実力のおかげと言うには、あまりにも絶望的であった。
(やはり、わたしも使ったのだろうか。心をもてあそんだ結果生き残れたのであろうか)
リニーは自分が拒んできたことを思う。
そして自分がなにに根ざしているかを思う。
シドをなぜ憎んでいるのかを思う。
そして、激しい後悔の念に駆られた。
(わたしが憎んだシドは、そしてアドレルは、それをわたしに強要したのではないか。憎しみとあきらめの連鎖をスウェスに強要するのか?)
耐えられない。
それが答えだった。
リニーは表情を和らげる。
「年頃の娘にする話ではないな。心配するな。スウェスはわたしが守る」
スウェスはまなざしを向けた。
あまりにも真剣なまなざしに気圧されるような気さえした。
「シドの剣に、・・・」
「え?」
「シドの剣の正統な継承者の誇りに賭けて?」
剣か。
また、剣か。
いつでもこんな剣、捨ててしまっても良いと思ってさえいるのに。
憎みさえしている剣であるのに。
シドの剣か。
なぜ、このような剣がわたしの手元にあるのだろう。
いまだにシド領外では、絶大の権威がある、裁定者の剣。
シドの行き過ぎを戒める実力者が持つ剣であったのであろう。
(しかし、わたしにスウェスを守るだけの力などあるのだろうか)
それでさえ疑問であるのだ。
スウェスが迫る。
「わたしを守りますか? バルケ族の内乱を治め、アドレルを裁いたように」
(そんなこと、それはわたしがしたのではない!)
スウェスが見つめる。
「・・・誓おう、剣に。剣に誓おう」
(そして、わたしの誇りに)
スウェスがほっと安堵のため息をつき、満面のほほえみを浮かべる。
この娘は、わたしを頼りすぎているのではないかと危惧してしまう。
(勝手に不幸な目に遭われても困るだけなのだが)
しかし、この剣もどうも形骸化しつつある。
未だに、この剣がシド貴族の間に何本あるのか分かっていない。
一説には数十人がこのシドの剣の正統な継承者と言われているのだが、誰が持っているのかと言うことに関しては、情報がない。
剣は単なる相続財産だ。
つまり血の契約の話なのだ。
(金の交換と夜の交換か)
「まあ、わたしも年頃の娘なのだが、ね」
そういうことだ。
長い・・・。長いですね・・・。
9枚ですか・・・。実際にはこれは四十分ぐらい書いているので、あんまり長いという印象をわたしは持っていないのだが、これは明らかに長すぎる。というか、あの冒頭のラフの1/3でこの長さと言うことは、あの冒頭を表現しきるのに27枚とか掛かるというめちゃくちゃな状況なわけです(笑)。
ほんと、ラスペの都市を散歩していたら小説一冊分終わりみたいな、そんな状況になるわけで、冗長なのです。実用的ではない長さになってしまっているのが何となく分かるでしょうか。
ただ、これぐらいの長さを費やして色彩豊かに書く能力も必要なんです。
ここを経ずに一気に切り詰めた文章に達することはできない。
少なくとも切り詰めた文章を書くときでも、これぐらいにはイメージを膨らませて、そこから必要部分だけを切り出していく。
この先が、わたしらしい文章でして・・・、わたしがよく飛び石のようにイメージをおいて、極小の文章で状況を表現するといっている部分だったりするのです。
結局、それはなにを考えているのかというと、どんだけ読み手の負荷を減らすかと言うことだったりするのです。
まあ、ごたごたはいいので、実際の文章を見てみることにしましょう。
ラスペ入港一日前 小説的表現第三稿
「あののしのしたした竜たちに騎乗しているのは、クローナ上流の蛮族たちだ」
シドの壁と呼ばれる竜壁騎竜兵団は、実質上、竜の上を駆ける騎竜兵たちの剣技に依ってなっていると行って過言でない。
スウェスはその勇猛な者たちを思う。
いまだ見ぬ世界。キュディスの地中にはない広大な広がり。氷雪に閉ざされたキュディスと、揚々と洋上をゆくシド商人たち。波音、帆のはためく音、海鳥、海風。快速のマードックの奴隷船の船上であってさえ、それは開放的で、そして爽快でさえあった。
リニーは付け足す。
「今では混血が進みすぎて、蛮族といっても大抵はシド商人の血が入っているのだがな」
困惑するスウェスに、リニーは指を突きつける。
「勘違いするな。ここはシド。キュディスでもアドレルでもない。正義が失われた、悪徳と強欲の都。わが家とて、おまえを老婆になるまで養う金はない。自活する金は自分で生み出せ。このシドでは、わたしでさえ生き残るのは至難の業なのだ」
リニーは指を力なく下ろして、スウェスの力のない姿に愕然とする。
まるで人魚のよう。
手を放せば泡となり海に消えるかのように、はかない。
考えを巡らせれば巡らせるほど、希望と絶望の振幅が大きくなる。
シドは技能を持つ者に手厚い、その一方、力なき者に対する搾取は容赦ない。
(キュディスの大地の巫女はどのような市場価値を持つだろうか)
おそろしい結論に必死で首を振り、言葉を継ぐ。
「シド人が、もっとも得意のなのは、金の交換と夜の交換だ」
スウェスの表情が凍り付いた。
(ちがう! ちがう! そうじゃない!)
アドレルを想起する。バルケ族の内乱、そしてソウ。あのキュディス7翼の兵団と交えた契約に、夜の交換はあったというのか。
(わたしは、心をもてあそんだというのか)
自分が決別したことを、軽蔑したことを、憎んだことを、蔑んだことを、シドは、アドレルは、ラスペは望んだのではないか、それをスウェスに強要するのか。
(ちがう!)
「・・・年頃の娘にする話ではないな。スウェスはわたしが守る」
「シドの剣に、」
「え?」
その真剣なまなざしを受け止める。
「誓いますか、誓ってくださいますか、その剣に」
忘れていた白銀の剣が熱を帯びる。大祖父はこんなやっかいな物を押しつけて、わたしの哀しみをよそに亡くなってしまった。こんな剣が。
「わたしを守りますか? バルケ族の内乱を治め、アドレルを裁いたように」
(ちがう! わたしは裁いていない!)
スウェスの視線は決断を促した。
「わたしは約した。スウェスを守ると。剣はなにも守ってくれない。単なる剣だ。白く輝くだけの剣だ。こんな役立たずの剣でよければいくらでも、何十回でも誓おう」
ほっと安堵のため息をつき、満面のほほえみを浮かべる。
剣か。
シドの裁定者の剣か。
諸国で絶大な権威を誇る、シドの剣。持つ物はシドを代表し、行き過ぎたシドを征伐すると信じられている剣。数十人の貴族がそれを持つと言われるが、複雑なシド貴族の血縁を追う者もない。
(金の交換と夜の交換か)
「まあ、わたしも年頃の娘なのだが」
ん、一応五枚に収めたけど・・・。
30分ぐらいで書いている。
だいぶ雰囲気が変わったことは分かるかも。
実際には、この辺が第一稿になって、ここから色彩を加えていくのだけど、だいぶ、どんな状況かは分かるのではと思う。
思いの他、ぎゅっとしまっているでしょ(笑)。
結構いろいろなものをすっ飛ばして、凝縮された文章で代替しているのが分かるのではないだろうか。いらないものをがんがん捨てて、短い文章を跳ねさせるように書いて、行間を作っているのである。
サッカーで言えばスペースを作っているという表現が適切か。
第二稿はべたべたと下手なイメージで塗りまくっていて、正直うざいでしょ(笑)。
こうやって行間をあけると、読者が勝手に想像してくれる空間が生まれる。
この辺はデザインの手法と同じ。
チラシのデザインと、ファッション雑誌の広告の作り方の違いみたいな感じ。
わざと枯らすのは、はやり、甘い表現はちょっと鼻につくからですからかねえ・・・。
短くて、力があって、実際力のある言葉を並べて、実際にはそれだけでも明確な色彩はつけられるんだよ、また、誤解が少なくなるなるんだよ、という所でもある。
第二稿のうだうだと振り回すような文章が、だいぶ明確ですっきりしたものになっていないだろうか。文章自体には色彩はあんまり乗せていないのだけど、たとえば、
リニーは指を力なく下ろして、スウェスの力のない姿に愕然とする。
まるで人魚のよう。
手を放せば泡となり海に消えるかのように、はかない。
といった文章は、まったく削ぎ落としきったように飾りがないのだけど、現状ではスウェスという人物の上に積み上げられたイメージのようなものがないので苦しくなっているだけで、実際には、この前後でスウェスの像は表現されているはずで、その文章で形成されたであろう読者の勝手なスウェス像をここに投影してもらうことで補完するみたいな感じになるわけである。
またそういう利用できるイメージがあればこういったところで仕掛けるのである。
なんというか、感覚的に、ここは削っちゃっていいところと思って、あんま使いようがないなあと思って削っているのである。
こんなかんじで、実際には、前後の流れとかを利用して、もっとぎゅっと絞って、枯らしきった表現を多用して色のついたところを浮き上がらせるような書き方をするのである。こういう、なんにもないところで小説文体を成立させるのは、多少難度が高かったりする・・・。
この文章は、文単位ぐらいの粒度でイメージを切り返しているのだけど、キレている文章になると、これが単語単位でイメージのコントロールをするようになる(<このレベルになると、ちょっと片手間には書けなくなる)。
なんとなく、小説文体にも程度の差があることが分かるのではないだろうか。
わたしが80%ぐらいで流すとか言っているのは、このイメージのコントロールの精度の話。こういう文単位でイメージをコントロールするのは、実はそんなの大したことではないのだけど、単語単位でコントロールするのはかなり大変というか疲れることだったりする。
わたしが北村薫などの文章を模写しながら、泣きながらキーボードを打っていたときに、憶えたのはこういうテクニックだったりする。それがなんの役に立つのかといわれれば、うーんと苦笑するしかないのだけど(笑)。
これがいいのか悪いのかというのは、正直分からないところではあるんですが、結局読みやすさと豊穣さを比較して、読みやすさを重視しているのだけど、失われている部分はさすがにある。5行を5文字に圧縮する技術というのは、さすがに最高峰だし、シリコンバレーでも開発されていない。
まあ、いいや。
資料として、多少役に立つだろうという気持ちも込めて、出しておく。