CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>
本家STORY FACTサイト
NEW ENTRIES
CATEGORIES
RECENT COMMENTS
  •  『マネーショート』を観た!
    萬太郎 (10/03)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    hikali (05/08)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    マイケル村田 (05/04)
  • GB解析 -NG- ウィザードリィ3 ダイヤモンドの騎士 橋爪さんですね・・・
    hikali (03/29)
  • GB解析 -NG- ウィザードリィ3 ダイヤモンドの騎士 橋爪さんですね・・・
    マイケル村田 (03/25)
  • GB解析 -NG- ルパン三世/暁の第三帝国 良作なエンターテイメント
    hikali (01/09)
  • GB解析 -NG- ルパン三世/暁の第三帝国 良作なエンターテイメント
    マイケル村田 (01/06)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    hikali (11/24)
  • GB解析 -NG- 邪聖剣ネクロマンサー イシュメリアの悪夢 やったことあるんだよね・・・
    マイケル村田 (11/21)
  • GB解析 -NG- 新・鬼ヶ島 暗黒の化身を討て! 成功した理由が良く分かりました。
    hikali (06/27)
RECENT TRACKBACK
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
管理人hikaliの開発の日々の備忘録です。
本家はこちら。
http://plaza.rakuten.co.jp/hikali/
 関西周遊乗り鉄の旅 中間報告編(前編 < え?)
 こんばんわ! みなさま、お元気でしょうか。
 もうこのご報告をしている現在は、旅は終了しており、現在は身体の節々に発生している筋肉痛に苦しんでいる最中なのですが(^_^; なかなかご報告が終わりませんね・・・。困った・・・(笑)。

 さて、今回はこれまでの趣向とはだいぶ変えまして、地図やら図面を多用して、どんな旅だったかをご報告したいと思います。と言いますのは、これまでは写真はそれなりにご紹介はしているのですが、わたしの言葉が中心で、もし真剣に追おうとすれば、わたしと同じように時刻表と路面図を片手に追っていかないと、どうなっていたのかを理解するのが困難であろうと思うからです。


 ■この旅のきっかけ、遠いほうから3つ

 この旅にでることを決めたのは、かなり遠いほうから、3つのきっかけがあります。

 ひとつは、先生にいわれた一言。
 ひとつは、手帳を買ったら地図がおまけでついてきたこと。
 ひとつは、長期にわたった入院です。

 きっかけがみっつもあれば充分なのは、わたしが書き始めたら、いくらでも書き続ける人であることをご存じであれば、3つって多くねw 原稿用紙100枚ぐらい行くんじゃね?
 との危惧が頭に浮かべるのには、充分でしょう。
 たぶんそんなに長くはならないと、自分で釘をさしておきますが、まあ、それなりに理由があってやっていたことではあるのです。
 単に暇をもてあそばして出かけたわけではありません。
(べつにただの暇つぶしでも、何ら問題はないのですが・・・)

 少しずつ見ていきましょう。


 ■スローデスと、夢をかなえていく人



 このエピソードは先生にいわれた一言から始まります。

 スローデスというのは、フィリップ・k・ディックの小説『暗闇のスキャナー(またはスキャナー・ダークリー)』に出てくる麻薬の名前です。実際には「物質D」という名前だった気がしないでもないのですが、どこかでそれをスローデスと呼ぶ箇所があるのです。

 このお話はディックが麻薬中毒だった時の経験をもとに書いたお話で、当時は70年代だったと思うのですが、いわゆるニューエイジ思想が蔓延し、巨大すぎる政府がすべてを隠ぺいしているという陰謀論が、一般市民にははびこっていました。
 つまりディックは「自分は政府の陰謀により飼い慣らされて、緩慢な死を迎える陰謀の被害者である」という壮大な陰謀論の妄想をしている最中にこれを書いたのです。
 その象徴が、スローデスという麻薬なのです。
 つまり悪あがきをしなければ政府の陰謀に絡み取られて、緩慢な死を迎える人生しか送ることができない、その被害妄想を自分の大きな主張として訴えることがディックの、この作品を書いた目的でした(たぶん)。

 この話のラストを書いてしまうと、かなり興ざめなのですが、ディックはその壮大な妄想がもし本当だったら、なんて哀しいのだろうというようなところに着地して、この話を終えます。
 スキャナー・ダークリーは映画にもなっていて、わたしはこれを見て、ああ、この小説ってこういう話だったのかと納得したぐらいですので、もしご興味があれば、こちらをどうぞ。

 さて、しかし、このスローデスという麻薬的な概念は、なかなか響くところがあるのではないでしょうか。それが政府の陰謀だとするのはかなり飛躍がありすぎますが、緩慢な死を迎えるように仕向けられて、なんとか抗わないとどんどんとその麻薬の中毒に侵されていくという主題は、わたしには今でも通じる訴えであるように感じます。
 乱暴な物言いをすれば資本主義も共産主義も唯物論的なところを突き詰めていく哲学のようなものですので、そこを突き詰めすぎると、あらゆる幻想が崩壊して、たいへんな目に遭うと言いますか、わたしは一時期そこまで行っちゃいましたね(^_^;
 これはたいへんに恐ろしい地点にたどり着くことになります。
 そこから戻ってくるのがなかなかにたいへんな事になるのです。


 しかし、そのスローデスに囚われそうになったときに、先生がわたしにひとこと言ったんです。
 この先生というのはお医者さんで、わたしはアレルギー疾患がありますので、それで掛かっていたのです。
 毎月1回は通い、たいていは簡単な話をして薬をもらって帰ってきました。
 わたしの問題だったのは、アレルギー性の気管支喘息です。
 これは5歳ぐらいからずっと慢性的に持っている持病で、わたしは中3のころに家族の事情で引っ越して、この先生の診察を受けることになりました。
 以来、高校時代はずっと、大学時代は離れていたのですが、社会人になってからもだいぶ通っていました。もう何年かかっていたのか、思い出すのも大変なぐらいです。

 よく勘違いされるのですが、アレルギーというのは体質ですので、実は治らないのです。
 何年か前に、遺伝子レベルから書き換えてしまって治すという治療法が確立するかもというニュースは出たのですが、ぶっちゃけ言えば、遺伝子を書き換えないと治らない疾患なのがアレルギー疾患なのです。
 たぶん多くの人が、花粉症は甘えだ、花粉症は気の持ちようで治ると言われたら激怒するとおもうのですが、わたしは残念ながらこの界隈にもう長いこといます。
 できることは対処療法。
 いくらお金を使っても根本的な原因は取り除けない、そういう疾患なのです。

 で、わたしはその先生のところに通っていたのは、発作が起こった時の緊急治療薬を毎月もらいに行くためでした。
 ふしぎなことに喘息持ちはかわいそうに見えるらしいのです。
 発作中は本当に苦しいですし、それがいつ起こるかわからないのです。
 また治療薬は使い続けていると耐性が出てきて効きにくくなります。
 それで、わたしは収まらない発作が続くたびに(23日ほど)、衰弱しきった身体を引きずって、その先生のところで点滴を受け、強い薬の吸引を受けていました。なので、たぶんその先生からしてみればわたしは、かわいそうでたいへんな子に見えたのだろうと思うのです。


 ■きみに夢はあるか? どんなことでもいい。

 こう書きだすと、誤解をたぶん与えてしまうのでは、と思います。
 ただ、その先生が言い出したのは、もっと違うことでした。

「たとえばだ、アラスカの大自然の中にどっぷりつかって、何日も、1週間ぐらいアラスカサーモンと格闘するんだ。きれいな空気を吸いながら、河に腰までつかって、サーモンと戦うんだ。そんなことだ」

 わたしは、ああ、それがその先生の夢なんだとわかって、ため息をつきました。
 やれやれ、わたしは自分のことも対処できないように見えるのか。
 そんな子供に見えるのか。
 ただ、おっしゃっていることはとても素敵で、それでわたしは関西周遊の旅をしていたのです。

「素敵ですね。いいですね。アラスカで釣りなんて、ぜいたくです」
「そうだよ。でも、できなくなるんだよ。もうちょっとしたらさ、きみも」
「できませんか?」
「ああ、できなくなる。大変だぞ、これから。だからすこし欲張ったほうがいい」

 わたしは、さすがに小説を書いているので、1か月ぐらいの取材旅行ができたらいいなんてことは言えず、逆に、ああ、なるほど、そういうものが夢でいいのだと、そのとき思ったのです。
 これは長い間、わたしの中に残り、いつかしてみたい夢を身近に感じるようになりました。

 これがひとつめの話です。


 ■夢をかなえる× 実績を積み上げていく○



 このエピソードには、だいぶ長い前振りが必要です。
 というのも、わたしは客観的に見れば、ある種類の人にから見れば自分がかなえたい夢をかなえた人であった時期があり、わたしの主観から見れば、それは夢でもなんでもなかったからです。
 たいへん申し訳ないのですが、わたしはプロのデザインとして仕事をしていた間、それが好きでも、誇らしく思うことも、まったくありませんでした。
 ただ、飯を食うために自分が提供できるのがデザインという作業であって、身も蓋もない言い方ですが、憧れなどというものを感じたことは一切ありませんでした。ホームレスはさすがにつらいので、しぶしぶやっていた仕事という感じです。

 それは機関銃を隠し持ってする銀行強盗のようなものでした。
 わたしは次のもっと魅力的な仕事がやりたいがために、取れる実績は全部取ろうとしていたのです。
 これはわたしの感覚で、それはギャングと全く変わらなかったと思うのです。
 デザインという機関銃をもって、あらゆる潜りたいところに侵入し、知りたい業界や人たちが何を考えているかを知り尽くす。
 そのために、否定しようがない実績が欲しかった。
 日本のプロ野球でナンバー1のピッチャーになれば、メジャーにも行ける。
 通行券がほしかった。これなのです。
 これをギャングというと世間体が悪いので言い換えますと、記者と同じような感覚です。
 名刺一枚持っていればあらゆるスポーツの世界にフリーパスで侵入できる、超有名雑誌の記者みたいなものです。そのフリーパスがデザインの仕事だったのです。
 もし今一番欲しいものは何かといわれれば、雑誌numberの記者資格、というとだいたい何をやっていたかがわかるかと思います。

 しかし、多くの人が勘違いしているように、このフリーパスというのは、けっこう簡単に手に入るのです。
 たとえば想像してみてください。
 あなたが優秀なデザインで、あなたを採用すれば雑誌のオンライン展開が非常に有利になる、ということでしたら、雑誌をweb媒体に展開したい企業はなんの問題なくあなたを採用し、あなたはその雑誌社で働くことになり、その同僚の仕事ぶりをつぶさに見ることができるのです。もし運が良ければインタビューに同行できるかもしれません。
 問題は何かといえば、あなたが優秀で役に立つことがほぼ担保できる、実績なのです。
 それが積みあがると、あとはフリーパスで、自動ドアみたいなものです。
 ようは、いましている仕事で、どれだけ客観的に充分な実績を上げ、その機関銃を引っ提げてどの銀行に強盗に入るか、ということだけなのです。

 もちろん法的にまずいことをするのではありませんよ(^_^;
 記者資格を獲得して、あちこちを根掘り葉掘り観察して回る、というような意味です。


 ■わたしは夢をかなえたのか? どこへ強盗に入ったのか。

 わたしの以前書いたエントリーを読めば、わたしが物語界隈の業界に潜り込みたかったのは想像に難しくないと思います。
 たしかにわたしは、いまからしてみると電子書籍(マンガ)に始まって、映画、アニメ、あと変わったところでは古美術業界に潜り込んで、その中で仕事をしていました。
 しかし、その仕事はわたしからしてみると、いつものデザインで、わたしの打ち方次第でサイトの売り上げがジェットコースターのように乱高下するという非常にストレスフルな環境にあったのですが、でも、それは販売企画までおまけについてきたデザインだったのです。
 ようは売りさえ立ててれば、首にはならないし、デザインに文句はつかない。
 それで、いまから考えてみると、めまいがしそうな大御所を相手に機関銃をぶっぱなし、売りが立つと、よしよし売りが立った、これはほかに売り込める実績だと満足しながら仕事をしていたのです。

 ただ、わたしは、売上原理主義的なところがあり、しばしばチームワークを乱しました。
 要するに、デザインでいじっていい範囲の条件が提示され、その中ではどうも売りは立たなそうだと思ったら、わたしは何の遠慮もなく、こんな条件で売れるわけがないだろと、喧嘩をふっかけたのです。
 これが大御所相手だったりすると大変です。
 もちろん同僚には苦労して仕事を取ってきた営業担当の方もいらっしゃいます。
 それに、これじゃあ売れないと文句をつけたのですから、よくそんな度胸があったなあとは思うのですが、粘り強く(これがわたしの第一の特質だと思うですが)交渉を続け、なんとか周囲が丸く収まる範囲を探すということをしていたのです。
 やっぱり売上のプレッシャーというのはあるのです。
 もう、すぐ隣の会議室では、このままでは倒産します、とかやっているわけでして、わたしがしくじったら、全員路頭に迷って悲惨な目に遭うことが明らかなのです。
 それで、神経的にやられ始めました。
 こういう症状が出てくると、もうすぐに分かるんですね。
 あの人は問題だから外そうとか、事故ったら困るから首にしようとか、そういうレベルではなく、ああ、もうあの人はだめだ、もう持たない。早く病院に退避しないとものすごく危ないことになるというのが誰の目にも明らかになるのです。
 わたしはそんな同僚を何人も見ましたし、デザインとしてあちこちを回りましたが、だいたいどの職場も同じようなものです。
 デザインの職業病と言ってしまいたいぐらいなのですが、神経的に重負荷がかかる環境で、さらにハイプレッシャーがかかって、いつもジェットコースター状態という環境に適応できる人がどれだけいるのかと、逆に問いだたしたくなります。
 そんなわけで、デザインという仕事は、基本使い捨て仕事で、憧れを抱くようなものでもないし、入るのは簡単なんです。だって、その現場では雇ったばかりのデザインが三か月と持たずにぶっ倒れる、ということが頻繁に起こるので。


 ■では、どういう人が雇われるのか、生き残るのはだれか。

 さて、ここまで読んでくると、デザインという仕事が、その職に就くことが重要なのではなく、実績をどんだけぶんどって、できるだけ長く生き延びるか、が重要であることに気付くと思います。
 で、どのような性質を持った人が生き残りやすいか、どんな人に大量に仕事が回ってくるか、という話になるのですが、これは一言でいえば、なんの説明もしないで機関銃一本で敵の最前線に投げ込んでも、平気で生き残って帰ってくる奴、です。

 要は、これはめちゃくちゃな案件だけど、あいつは何とかするだろ、という信頼を勝ち取ると、だいたい仕事が大量に投げ込まれるようになり、納期や品質などを守っている限り、いきなり切られるなんてことはありません。
 なぜかと言えば、敵方の要塞に機関銃一丁で殴り込み、それなりの成果を上げて帰ってくる奴なんて、この世にはめったにいないからです。

 わたしがデザインチーフとして(チーフというか、3人ぐらいデザインがいて、いざとなったら全責任を取って仕事ができるのがわたしだけだったというだけ)、ああこいつは大丈夫だと思ったのは、たいていはそういう人でした。
 そういうところには、これは大丈夫かなと心配しながらも、けっこう気楽にぶん投げれました。わたしには、いざとなったらわたしがデザインしてクライアントを黙らせるので、ちょこっとぐらいの文句が出ても、険悪になっても、いつでもバトンタッチするよ、という強みがあったのです。
 恐る恐る機関銃を握るのをみながら背中を叩いて、大丈夫だって、デザインで死んだ奴をわたしは見たことないし、会社からはわたしが守るから。首を真っ先に切られるのはわたしだから。責任を負わせて逃げるほどわたしは落ちぶれてないと。

 デザインが上がってくるのを見て、ああ、いいんじゃない? この線で。というと、たいていは不安がられました。それで仕方なく、そのデザインのいい部分を褒めて、この辺はもうちょっといじってもいいかもとは思うけれど、やってみた? と聞くのです。
 わたしがデザインをし始めると、その人の仕事を奪ってしまうことになりますし、人を雇っている意味がなくなってしまいます。そして、そういう人たちがたいてい欲しがるのは、より高度な課題なのです。
 それで納得しない場合は、実技の時間です。
 わたしが後ろに座らせて、目の前で、デザインをいじってみせるのです。
 こういうのもあるよね、とか。
 このデザイン線と、このデザイン線を交差させて、傾けてみると動きが出てくるでしょ? こういうのは、経験というか物量なので、やっているうちにわかってくるから。
 その子は、やっと仕事をしてくれたと喜ぶのです(笑)。
 あのね、わたしがデザインの駆け出しだった時は、こんなこと教えてくれる人なんてたったの一人もいなかったんだよ(笑)。


 ■機関銃一丁で生き残る人はどんな人か。

 これは、たいへんに難しいので、とても分かりやすい指標を紹介したいと思います。
 一言でいえば、めったにない素質を持っている人です。
 わたしは、この仕事は精度だと、よく言うのです。
 つまり商業デザインで生き残る人というのは、押しなべて精度が高い。
 とくに色彩の表現力は、ほとんどがこの精度に由来する仕事だったりします。
 もしデザインの仕事をしたいと思うのであれば、とても分かりやすくクリティカルな指標を紹介しますので、まずはこれを達成することを目指してみてはどうでしょうか。
 色彩センスを測るのに、とても客観的で、優れた方法なのです。

 ■Munsell Hue Test
 http://www.colormunki.com/game/huetest_kiosk


 これでパーフェクトを取れる人は、優れた色彩センスを有していて、こまかな色彩で間違えることはほとんどありません。
 このテストは、恐ろしく高度なことを求めているテストで、これでパーフェクトが取れなかったからと言って気落ちする必要はありません。調べてみたら、RGB値でたった2の差を見切れるかどうかをテストしていて、びびったことがあります。
 RGBは0〜255の数値ですから、ほんの1%のミスさえも検出できる精度のテストなのです。
 わたしの感覚では色味の誤差は、5%までは許容範囲かな、という気がしていますので、完璧でなければデザインになれないというわけではありません。
 逆に言いますと、この5%の誤差がわからない人は、色味という意味では使えないという気がしています。もちろん、5%ぎりぎりでもあんまり気落ちする必要はありません。というのは精度というのは訓練すればするほど上がるものだからです。

 ですので、より適切な言い方をすれば、このテストでパーフェクトを取れる人は、凄腕のスナイパーです。もちろん100発100中であれば、非常に頼もしい仲間だと思えるようになりますし、射撃訓練は、ジーコの言葉が正しいのであれば、歯磨きのようなものらしいですので、毎日やって磨いていくものなのです。
 もっとわかりやすく言えば、あなたが精度の高いストライカーであるかどうかをテストするテストが、このテストなのです。

 なお、このテストは使用するディスプレイに大きく左右されることを知っておくことはわるいことではないでしょう。

 つまり、ディスプレイの発色が悪いと、どんなに優秀な人でも結果を出せないのです。よくあるミスは、このテストをマックのディスプレイで受けてしまう、ということです。
 意外でしょうか?
 プロからしてみれば、マックのパネルはLGのパネルだよ? なんでそんな発色の悪いパネルを使うの? 信頼性の低い機関銃に慣れてしまうと大変だよ? どうせ使うなら、ナナオか三菱にしなよ。
 となるのです。
 機関銃選びも自分でできないと話にならないとなるのです。

 ちなみに、わたしが使っているのは三菱のRDT241Wというディスプレイを、わたしがチューンしたものです。ずいぶん安い割には、チューン次第で、なんとでもなるというお買い得なパネルだったのですが、もう10年ぐらい前のディスプレイです。
 まあ発色にも、印刷目的なのか、Web用なのかでずいぶん違ってくるものですので、自分にあったパネルを選べるようになる、というのも大切な資質です。

 できるデザインというのは、会社支給のディスプレイに難癖をつけ、会社を歩き回ってこのディスプレイがほしいと言って、どこかに余っているディスプレイを確保するような人たちなのです(もちろん、他人がチューンしたディスプレイを奪ってはいけない)。
 せめて自分で買うディスプレイぐらいは、理想に近いものを選びましょう。


 ■これは何の話だったっけ? あ? 手帳の話? そうだっけ?

 ずいぶんと長くなりました(笑)。
 夢の話から、こんな話になったのですが、夢という言葉は、ずいぶんチープになってしまったなというのがわたしの、今現在の感想です。

 わたしの夢は確かなものがありまして、それは、コロラドの山腹に土地をもって、そこに棲むビーバーたちと、敷地内の水利について争うというものです。
 ビーバーというのは勝手に川にダムを作り、そのビーバーのダムのために川は氾濫し、敷地内はひどいことになるらしいのです。で、わたしは、そのビーバーのダムを崩して、自分の敷地内の秩序を守ることに一生懸命になっているおじいさんになりたいと思っているのです。
 死ぬとき、あのビーバーが、三郎が春になったら、また枝を集め始めるに違いない。
 だから、(ぜいぜい)、ダムを作り始めたらまずそこが勝負じゃ。土台から壊せばダムは完成しない。まず根こそぎに、その基盤から枝を払っていくのじゃ。
 わかるか?
 これは血が流れない戦争なんだ。ビーバーどもにこのコロラドの敷地はやりたいようにはさせん!
 そう言いながら死にたいな、とw

 あのビーバーが、あのビーバーがとうなされながら死にたいと。
 これぐらい夢があってもいいじゃないかと、夢という言葉を思いながら、感じます。

 あなたはどんな夢を持っていますか?
 もしかして、フェラーリが買えるくらいのお金持ちになりたい?
 そんなのでいいんですか?

 なんてチープなんだろ。

 後編に続きます。
| 関西周遊乗り鉄の旅 | 03:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
 関西周遊乗り鉄の旅 奈良編
 こんばんわ! みなさま、お元気でしょうか。
 わたしは、すでに帰国、もとい、帰京しており、これを書いています。

 なんの計画もなしに、とりあえず名古屋についてから考えようと始まった、行き当たりばったりの旅ですが、いくつかわたしの不手際があり、残念な結果になってしまったこともあった旅になりました。
 第一の残念は、名古屋、大阪です。
 実際にはわたしは、もうこれは通過で済まして、無視したほうがよいという判断をしたのですが、この原因はわたしの調査不足のせいでした。
 これはおいおい書いていきますが、結論から言えば、まさかここまで不親切な状況になっているとは想定していなかった、というのが原因です。逆にいえば、東京の親切さに慣れすぎてしまっていた、ということでもあると思います。
 そういった話は、該当回に譲ることとしまして、もうちょっと楽しい話をしていきましょう。

 たぶん多くの方にとって想像がしずらいと思われるのは、地方中核都市<地方観光都市という状況があるということです。
 つまり、よく、地方が疲弊しているとか、地方が大変だとかいうのですが、地方の観光地は非常に頑張っていて、親切であり、そして国際色豊かです。なので、ぜひとも地方の観光都市はすごい頑張っているから、見に行ってほしいと思うのです。
 ただ、その時に通過する、大阪、名古屋といったような中核都市は、かなりいらっとすることがあるかも知れないと、注意しておきます。
 東京は別格として、こういったところには、期待するようなホスピタリティがあるとは言えない、という状況を見てきました。
 これは逆に言えば東京がすごすぎるんです。

 具体的にはもうすでに幾つかあげましたが、たとえば駅の番線表示が東京は何線であるかが明示してあるのに(山手線外回りとか)、関西にはこれがない。これは、ガイドブック一冊もって関空や名古屋国際空港からLCCに乗って、直接来る外国のお客様には、きわめてわかりにくい。
 大阪環状線の案内標識に、あちこちからの快速運転する乗り入れ路線がいっしょくたになって表示されているのを見て、めまいがしたほどです。
 東京でいえば、湘南新宿ラインや埼京線が、山手線の快速であるかのように書かれているような状況です。
 湘南新宿ラインって、ほんといいネーミングをしたし、完全に山手線から隔離しているのを見て、ああ、これが東京のすごさなんだ、と実感したほどです。
 本来分かりにくいはずのことが、すごく分かりやすいんですね。
 関西だと、新快速ですか。
 これで分かったらすげーよってw 思うのです。
 新快速、名古屋発、米原経由、姫路行、ってどこ通るかわかりますか?
 東京だと、横浜発、湘南新宿ライン、高崎線直通、籠原行です。
 発車駅と到着駅の間のことばが、どの線を通るかの表記なんです。
 この表記でないと、発着駅の間の情報がごっそりと抜け落ちてしまうんですね。

 こういった、こまかな不親切さは、もう数えきれないほどあります。
 ひとつひとつは非常に細かい話で、たぶんそれで問題が発生するとは想像だにしていなかったと思われるようなことです。
 ただ、それを全部つぶしてお客様がスムーズに迷うことなく旅行できるようにしているのが東京のすごさなのだ、と改めて思い知らされた旅になりました。
 なので、そういった部分はともかく、まあ期待しないで、蛮族の国に赴く都会人の気持ちで、通過していただけたらと思います。そこを過ぎると、本当に親切で、ホスピタリティーにあふれた素晴らしい地方観光都市が、あなたを待っています。
 この困難な国を無事に通過するには、自分で調べるしかありません。
 ひとかけらの期待も捨てて、調べつくして行くのが吉です。
 通過駅のためになんでそんな手間を払わなければならないのだ、というのはもっともなご意見なのですが、そんなもんなので、仕方ありません。

 さて、ながながと書いてしまいましたが、一番よかったのはどこかと言われれば、迷うことなく挙げるのは、滋賀県、なのですね。奈良、京都は? と言われるとなかなかに難しいのですが、わたしはあまりお寺さんに興味がない、そして、あんまりどっかりとどこかに腰を据えて回るような旅ではなかった、というのが、あんまり回らなかった理由なのです。
 たとえば、奈良公園周辺なんて、しっかりと回れば1日がかりになります。
 というか、そもそも旅の目的が、乗り鉄の旅なのですね(^_^;
 ただ、移動日に奈良のタクシーの運ちゃんと話していて、やっぱり奈良は違うなあと、感心してしまうエピソードがありました。
 その日は、名古屋から伊勢に回り、関西本線を通って(伊賀上野がある)、奈良に出たのですが(これ、かなりまじきちなルートなんですけどねw)、宿泊先に向かう最中にタクシーに乗ったんです。

「今日は伊勢を回ってきたのですが、雨でした。こちらは降らなかったのですか?」
「降らないねえ、こっちは。伊勢は雨でしたか」
「ええ。伊勢って、内宮、外宮とお宮さんですが、混む上に傘でしょう? すごい混雑でしたよ。しかも境内は自動車は入れませんから、逃げ場がないんです。参道のお店もすごい混雑で大変でした。その点、奈良は交通機関も、バスも、タクシーもしっかりしていますから、どこへ行くのも安心です」
「そりゃあ、奈良は国際観光都市だからねぇ」

 わたしはこういう言葉をビビットに反応する性格なんです。
 奈良のタクシーの運ちゃんがどういう心持ちで仕事をしているか。
 国際観光都市を支える一員として誇りをもって仕事をしているのですね。

 伊勢が悪いわけではありませんが、奈良にほっとした瞬間でした。
 京都は行かなかったのです(くどいようですが、お寺さんにあんまり興味がない)、たぶん同じようなことを言われるのだろうな、と思ってしまったほどです。

 と、前振りが異様に長くなるのが、わたしの悪い癖なのですが、ようやっと、本編に参りましょう!


 ■奈良戦に必要な装備。戦いへの準備。



 近鉄戦には多大な覚悟と準備が必要です。
 あのダンジョンのような路線をすべてマスターする。こんな難事業がこの世にあったでしょうか、いや、ない。
 そんなときにおすすめなのが、時刻表です(700円也)。
 この分厚さならば、どんなホームランバッターが出てきても、一安心です。これだけ分厚ければ、撲殺できることは確実です。



 続いて、近鉄奈良駅に向かいます。
 地図上は、地下駅として書かれるので地下かと思ったら、地上側の駅もあった。



 近鉄奈良です。けっこう都会です。
 そのまま、近鉄郡山駅に向かいます。いちいち名前に近鉄がついているのは、宣伝のためすぐ近くにJRの駅もあるからでして、なにか駅名に、近鉄とついたら、ああ、JRもあるのね、ぐらいに思っていると、たぶん安心です(なにが?)。



 近鉄郡山駅。これでも、急行が止まるので、けっこう油断のならない駅です。



 いきなり表示に天理行とか表示されて、まったく油断ができません。
 なになに、天理ってどこに行くの!? と不安になります。
 しかし、このときに役に立つのが、撲殺兵器。
 ぱらぱらめくれば、ああ、なるほどと納得できることは請け合いです。



 郡山城に近づいてきました。堅固な石垣で油断がなりません。



 入り口と思しき所に、なぜか柳沢神社の鳥居。
 なんだこれ? とあちこちをぐるぐるしていたのですが、いろいろ地形をみると、どうもこれが入り口のよう。すっげー、わかりにくい。わたしのほか約一名が同じように、入り口どこだ? と探していました。



 内部に侵入した様子。わかりにくいですが、看板に天守台と書かれています。
 ああ、これであっていたと。



 天守台行の表示。



 裏に回ると、朽ちかけた石垣が。どうもこれが天守台跡地である模様。
 実のところ、郡山城は、この崩れるから近寄るなという石垣しか残ってないんですね。それで、神社のほうがメインになっているというか、いちおう祭られているのは、教科書にも出てきた江戸時代の老中だったか、柳沢さん。なぜかこっちがメインに。



 しつこく石垣を撮っている。



 なんだか立派な門が。



 櫓も見えます。みなさんこれに騙されるんですね(^_^;



 表示を読むと、どうも、郡山城復興運動みたいなのがあって、その第一弾として復元されたのが、この門だとか。非常に立派な門なので、歴史はないかもしれませんが、見る価値はありです。



 明治期の建物とか。



 門を反対側から撮ってみた様子。



 由来です。江戸時代に全部壊してしまって、昭和に入って復興の声が上がってきたとのこと。



 この地図、正しいのだけど、わかりにくい・・・。



 これ、わかるか?
 ちなみに、資料館のようなところで、昔の絵地図を売っていたので買う(500円也)。ポスターのように丸めた形で出てきたので、うっと呻くと、折れば大丈夫ですよ、と折ることを進められるw ほかに方法もないので、絵地図をA5大ぐらいに折って、そのまま回収する。
 なるほど、これは絵地図販売戦略だったのか、と大いに納得した。
 絵地図はよくできていて、非常にわかりやすかった。



 さて、近江郡山を過ぎて、今井町へ向かう。
 この写真はその最中の駅の模様。
 近鉄は、頻繁に分岐するので、よく分からない駅の構造になっている。



 今井町。なんでも、港町の独立武装商都堺に対する、陸の独立武装商都今井町だと理解すると、だいたいあっていることになるらしい。これまた昭和に復興求める声が多くなり、改造したとのこと。といいつつも、いちおう重要文化財の商家などは残っていて、その景観に合わせるように、昭和の街並みになってしまったのを当時のものに直したとのこと。



 こんな感じ。けっこう、流れている時間がその辺とは違う感じがしてくる町ではありました。



 たぶん重要文化財。



 こういう町並みです。



 町並み2。



 町を覆っていたお濠。



 その説明。



 これが外堀らしい。



 門が残っていた。



 これは明治期の建物らしく、資料館になっている。
 以上で、今井町を離れ、飛鳥に向かいます。

 飛鳥は、飛鳥駅からレンタルサイクルで廻ったのですが、これが大誤算(^_^; というのも、ガイドブックに周囲はあまり急な坂はなく、レンタサイクルが最適! みたいなことが書いてあったので、それをホイホイ信じて行ったのですが、とんでもないw 古墳とか、塚とか言ってる時点で、それは山でしょうw と気付くべきでした。電動アシストを借りればまだましだったかもなのですが、もう、自転車で登れなくて、ひいひい言いながら押して登ったところも。



 これは高松塚古墳。ここに行くまでの傾斜がけっこう厳しいのですね。



 これは石舞台古墳。ここに行くのも大変でw



 石棺が入っていた模様の様子。
 ここから、東展望台という、リスキーな名称の地点へと向かう。



 大変眺めがいい。
 つまりここまで、死ぬ思いをして上った。



 こういう、罰ゲームを思わせる傾斜。



 この辺の人々は、「近道」と書けばなんでもいいと思っていると推測される。
(ちなみに、これ以外の道はないw)



 罰ゲームの様子。



 その2。



 近道ネタ。その2。



 奈良の人たちは、こういうのを傾斜とはいわないと思っている節があるので、注意が必要。
 こちとら関東平野人だぜw ほんとうに傾斜なんてないんだよ、関東は。



 これも、自転車だとつらい。



 なんだったかの遺跡。



 やっぱり山、というか丘(というか、古墳系の遺跡は全部丘)なので罰ゲーム中。



 遺跡。



 由来。



 飛鳥寺。非常にこじんまりとしたお寺だけど、もとはこの20倍ぐらいの広さだったとか。



 撮影OKですよ、と言っていただいたので、おおっぴらに撮影中。



 お庭。



 お庭2



 続いて、水跡遺跡だったかに。
 なんでも水時計をはじめてつくった遺跡だとか。



 こんな感じ。



 これで飛鳥は終了で、罰ゲームを食らいながら、帰路につきます。
 ちなみに、翌日は朝に立ち上がれないほど、体がバキバキになりました。
 年ですねえw 体力がどんどん落ちていきます。

 ほんとうはこのまま吉野に向かいたかったのですが、体力的にも時間的にも無理ということで、橿原神宮へ。



 参道。平らだ。<そこか反応はw



 鳥居。



 きれいな池があります。



 蓮が浮かんでいる。



 さっそく本殿へ。



 広い。



 広いです。



 中には入れないので、本殿を遠くにとった様子。



 参道には奉納された灯篭が延々と並ぶ。奉納額によって、大きさが違うようで名前が書いてあって、金参百萬円といった記載のされたプレートが掲示されている。

 以上で、奈良編は終了です!
 次はたぶん、神戸になるはず。お楽しみに!
| 関西周遊乗り鉄の旅 | 02:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
 関西周遊乗り鉄の旅 伊賀・奈良路編
 こんばんわ。みなさま、お元気でしょうか。
 なかなかに、更新できなくて厳しい状況が続いていますが、あー、まあ、旅先だからねえと、思っていただけると、幸いです。

 さて、本日は伊賀路、奈良路編です。
 じつのところ、本日までに大阪・神戸も回ったのですが、カメラにSDカードを入れるのを忘れたというトラブルにより、残念ながら写真がありません。神戸はよかったんですけどね、大阪は聞くなw 大阪はやる気がないというか、いろいろ基本的な部分ができていないというか、少なくとも、地区をキタとかミナミとか呼ぶなとか、天王寺がミナミだと、たとえばオーストラリア人にわかると思ってるのか、と5時間でも、希望があれば何時間でも語りたい気分なのですが、東京はそういう意味ではわかりやすい。
 新宿なのか、池袋なのか、上野なのか、品川なのか、有楽町なのか。
 全部、駅名です。
 すさまじくベーシックなガイドブックを想定して、そこに書いてない言葉は一切書くな、というのが、正直な気持ちです。内向き過ぎるというか、こんなのでオリンピックとか度素人がなにをほざいている、という気分です。
 まずは、観光客がどんなガイドブックを読んでいるのかの研究を。
 東京が圧倒的な首都なんじゃないんだよ。
 大阪が、内輪受け都市すぎて、自分勝手なんだよ。
 なんで、食い倒れ町という駅が大阪環状線にないんだろ。名前変えるだけだよ。こんなこともできない人に、あれこれ言う資格はない。東京はとても親切だと、大阪を回ってほんとに思いました。
 たとえば、駅の番線表示に、なになに線の番線であるか(大阪環状線とか)、こんなこともできないんだと、愕然とした。だってさ、ガイドブックには、大阪環状線って書いてあるんだよ。それが、関空からそのまま来た人に、梅田方面とか書いてあっても、わかるはずがない。想像力がまったくない。お前ら来るな! と怒鳴っているとまったく同質なんだけれども、こんな簡単なこともなぜできないんだろう。

 さて、大阪に対するストレスを発散したところで(^_^; はるかによかった、伊賀上野と奈良についてに向かいましょう。
 特に、伊賀上野がよかった。
 また、奈良もよかった(というか、近鉄ががんばっている)。
 そのレポートにいってみましょう。

 伊賀上野は、伊勢からの旅路で関西本線の車内にあったつり広告に触発されたところがありました。
 伊賀路じゃん。徳川家康が、本能寺の変ののちに三河に逃げ戻ったルートが伊賀路なのですね。これは、あとでわかったのですが、関西本線のルートをそのまま通っている。そして、伊賀上野城を藤堂高虎が根拠とする覚悟を書いた言葉を読んで、戦国オタクとしてはキュンキュンきたのですね。
 伊賀といえば、忍者じゃん!
 外国のお客さんも乗っているのを見つつ、ニンジャイイネ! と伊賀上野へと向かいました。
 ちなみに、関西に欠けているのは(正確には大阪だが)、お客様感覚です。これは東京人はよく知り尽くしている。お客が喜んで、お金をじゃんじゃん落としてくれることを喜ぶ精神です。あれで、仕事してるとか思ってるのだろうかと、ほんとにおもってしまった。
 具体的には、それなりに書きましたが、案内表示が圧倒的にわかりにくい。
 あんなので、わかると思っているのか?
 だって、北極人が観光に来るかもしれないんだよ?
 東京が国際都市で、オリンピックを開けるかもなのは、その辺です。
 北極人にやさしくない都市、大阪なのです(ついでにいうと、東京人にも優しくないです)。
 香港とかすごいよ。東京も負けるほど。

 さて、つまらない話が続きましたが、伊賀路にいきましょう。
 伊賀上野は本当によかった。大阪とかつばはきたくなるぐらい。



 関西本線の車両である。1両である。



 伊賀上野駅。



 これは伊賀鉄道。



 伊賀上野駅前。



 山が切り立っている。



 アメリカのようなまっすぐな道。



 服部川。この辺に服部さんが住んでいたらしい。



 お城が見えた。



 これはなんだろうなあと思いつつ、たぶん上野公園の様子だと思う。
 伊賀上野というけれども、基本的には上野城なんだよね。
 伊賀は、おまけでつけてる。

 

 これは芭蕉記念館。松尾芭蕉って、出身が伊賀。
 それで、芭蕉忍者説とか、語られる。



 お城が見えた。



 これは、内部に入っている。
 天守閣からの眺め。






 続き。



 罰ゲームのような、下り階段。



 高石垣として有名な石垣。



 もういっこ。



 伊勢線です。

 今日はここまで。ならまでいかなくて、もうしわけないのですが、時間が厳しいw
| 関西周遊乗り鉄の旅 | 23:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
 関西周遊乗り鉄の旅 伊勢編
 みなさま、お元気でしょうか。わたしは、いろいろ心配されるのがめんどうなので、旅に出ています(よくやることですw)。

 というわけで、いろいろすっ飛ばしてとつぜんに始まりますが、いろいろ考えていますし、そのうち出てくると思いますし、もし不安であれば先回りして書いてしまえば、今とりあえず用意しているのは、「勝者のメンタリティ」についての話です。
 いろいろ解釈が難しい言葉なのですが、じつはこの言葉には、ディック・フランシス(イギリスを代表する冒険小説の作家で、元障害競馬のチャンピオンジョッキー)がその定義のヒントを書いていて、それを基点におくと、あらゆる価値観が根底から覆る定義なのですが、これは「敗者ばかりの日」という短編集の表題作に記載されています。
 旅先で、該当の書籍がないので正確ではないんですが、こんな言葉です。

「彼らは(チンピラ強盗は)、このようなアイデアを思いついて有頂天になるが、超一流のギャングは、彼ら独自の、面白くもなんともない方法で、最後の一秒まで綿密に計算し、よりはるかに高いところに目標を置く」


 これに付け足すとすれば、その超一流のプロはその自分たちのやり方に絶対的な自信を持っていて、最後の一秒までやり切るので、勝てることはわかり切っている。
 これが勝者のメンタリティだ。
 というのがわたしの結論で、ディック・フランシスはもう、ひたすらにこの勝者のメンタリティを書き続けている作家だったりするのです。詳しくは本編で具体的に触れますが、
もうひとつ、FCバルセロナの舞台裏を描いた、「ゴールは偶然の産物ではない」という書籍からも大量に引用して、また、ヨーロッパのサッカー選手たちの言葉を覚えている限りに引用し、サッカー界で超一流のプロたちはどう考えているか、という部分を掘り下げてみたいのですが(^_^; いま旅先なんですね(笑)。
 結論だけを手短に書けば、自分にしかできない、人に笑われるようなことを自分のやり方だと信じて、それを愚直に磨き続ける、これなんです。それをチームの全員が信じ始め、理解し始めると、それが一体となって、チームとしての勝者のメンタリティとなる、なのです。
 なにもかもをなぎ倒すような結論ですが、これはネスタやマルディーニ、それに金本やダルビッシュの言葉をていねいに拾うと、ああ、みんなおんなじこと言ってるじゃん、というふしぎな気分に浸れるものになれると、たぶん、思っています(笑)。

 というわけで、そっちの楽しみは、旅行中にあれは使える、あそこはこういう意味だと考えながら旅を楽しみたいと思います。

 ■関西漫遊の乗り鉄の旅が、わたしにとってどれほど楽しいか。

 旅程は、高速バスで名古屋まで出て一泊、それから伊勢に向かい、そのまま奈良の宿泊先に向かいます。ちなみに、この文章は奈良の宿泊先で書いています。青春18きっぷをフルに活用して、4000円ぐらいの安宿に泊まって、格安であげようと企画した旅行です。
 わたしは、いつもの寝坊癖があって、航空機のように定刻に間に合わないとすべておじゃんという旅は苦手なのですね(^_^; 前回の香港旅行でも、最終日に寝過ごして、旅行券定価の恐怖、5万円をぼんと払って帰国した、などということをしたのですが、たぶん、日本国内ならば大丈夫! とそんなことしか考えていないのです。
 それに、試験終了後の旅行は、次も海外かなあ、台湾かなあ、韓国かなあと考えているうちに、いろいろ面倒くさくなってきたんですね(笑)。
 だいたい、香港までのフライトは4時間半です。
 それよりも面白そうな、タイとか、シンガポールとか、インドネシアだのを考え始めると、ひたすらに長い飛行時間がかかることがネックになってきます。
 エコノミー以外は買えないので、あの席で6時間とかつらいぞ、と考え始めると、視野の外になってしまいます。近いといえばウラジオストックとかどうだとかも考えたのですが、どうも旅行には向かないことがわかった始末。

 そのとき、ふっとひらめいたんです。
 あれ、すぐ近くに、異国がなかったっけ?
 それはたしか、関西国とかいう、パスポート要らずの、しかも新幹線が通っている未知の国。あれ、これのほうが面白そうで安いか。18きっぷで周遊旅とか。
 たぶん、多くの人には理解しがたいと思うのですが、手帳を思い起こしてみてください。
 たいていの手帳には鉄道の路線図が載っています。
 わたしは乗り鉄なので、関東の路線図ばかりを見ていたのですが、実はもう一枚路線図があるのですね。その名も関西の路線図。

 あー、名古屋から伊勢に出て、亀山経由で奈良まで出たら楽しそうだ。

 ほかにも魅力的な都市がたくさんあります。
 奈良路、京都、熊野路、和歌山、大阪、神戸。
 さすがに金沢は手が出ないかと思いつつ、もしかしたら一週間ぐらいで、この辺を回れるかも、と考えるだけでうきうきしてきたのです。これこそ、ほかの人から見たら馬鹿らしいとしか思えない独自の方法です。
 たぶん、多くの人にとって理解できないのは、伊勢路、奈良路というものがどういう価値があるのかということだと思います。でも、北国街道をさかのぼってみるのって面白くない? と書くとぴんとくる人もあるはずです。かの偉大な歴史小説家、司馬遼太郎の傑作中の傑作は、街道を行く、というシリーズだと聞いています(不勉強にも読んでいないのですが・・・)。
 鉄道路線というのは、その街道筋に通っているのです。
 わたしが今日残念に思ったのは、伊勢から亀山を通って、関西本線で、伊賀上野から奈良に抜けるルートを通ったときです。

 あれ? 伊賀上野って、伊賀路ですか?

 残念なことに、通ったのは日が暮れた後。
 このルートは徳川家康が、本能寺の変で危機に陥ったときに、三河まで逃げ帰るときに使ったルートなのです。あれ、わたし、伊賀路をよく見てない。伊賀上野城も見てないし、伊賀の里も見てない。

 こうやって考えてみると、関西って、戦国時代の激戦区の集中地帯なんです。
 たとえば、木曽川を渡るときに、あれ、木曽川ってこんなに幅が広いんだ、これはさすがに信長も伊勢志摩への侵攻は難しかったよなあと、戦国時代の勢力図が頭に浮かぶのです。隣の駅はながしま。長島といえば、信長を苦しめた長島一向一揆の本拠地です。
 伊勢志摩の地形を知っていれば、この平定には海軍が必要になるとすぐにわかると思うのです。たとえば、伊賀路には、和歌山のほうに勢力を誇った、最強鉄砲集団雑賀衆がいて、本願寺つながりで、絶えず補給をします。
(雑賀衆については、雑賀衆の最強武将、雑賀孫一を描いた、尻喰らえ孫一あたりを読むと大体わかる)

 もう、ずばずばと脳みそに戦国時代の情勢が浮かんでくるのです。
 ちなみにわたしは、大学時代から、中央高速を走りながら、北条家はなぜ武田の甲斐を攻められなかったかを書いていたりします。

 ■ハイウエイ
 http://p.booklog.jp/book/33108


 談合坂を通り抜けた辺り。
 くろぐろとそびえる峰々が競うようにどっしりと、深い谷の底にちらほら、人家がへばりついていた。車はいつしか山里に呑まれていた。
 幽ろなもやにひそむ峻険は、煌々とした月夜にうつろだった。
 細い谷筋に川面が白くきらめいた。狭隘と深山は人を拒絶していた。
 迫るような近さに僕は窓ガラスを忘れ、山神を、天狗を信じた。
 ――武田氏が頼みとした要害だ……。
 ふいに甲斐のランドサット写真の緑が頭を過ぎった。豊かな甲府盆地を目鼻の先にしながら一度として北条氏が甲府を攻めなかった理由が分かった気がした。
 怖いのだ。
 道が細い訳ではない。信玄は小田原攻めにその道を大軍勢で行軍した。
 恐いのだ。


 この頃から生粋の戦国オタクなんですね(笑)。
 その延長線上の旅だと思っていただけると幸いです(^_^;

 あ、ちなみに、このあたりをずっと堪能できるJRの快速みえは、青春18きっぷでも乗れるので、たいへんにお勧めです。

 ■快速みえ、単線ディーゼル、すごいバンクでカーブを走る

 さて、乗り鉄らしさも出していかないと、看板に偽りありです。

 

 快速みえの勇士です。ディーゼルのくせに、ものすごいスピードでバンクに突っ込み、すごい角度で曲がっていきます。



 一時間半ほどで伊勢市に到着。



 駅からの光景。



 あいにくの雨模様。



 とりいを撮っていると思われる。



 これはなんだろうなあ・・・。



 ちょうど遷宮の時期だったので、遷宮の看板。



 現在の外宮と、遷宮先の新しいお宮が端っこのほうにみえる。



 亀がいる。



 こんな池。



 別宮。



 これはなんなのだろう? と撮っている。足場? なんでここに?



 新旧の様子。



 新しいほうがよく見える。



 内宮



 五十鈴川で手を洗うらしい。



 寄ってみた。



 わかりにくいけれども、新しいお宮さん。



 あの足場は、材木を置くスペースだとわかる。



 撮影は、石段の下から撮れと書いている。



 石段の下からとりました。



 おかげ横丁の様子。

 以上、伊勢編でした! 次回もお楽しみに!
| 関西周遊乗り鉄の旅 | 00:46 | comments(0) | trackbacks(0) |