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『心が叫びたがっているんだ。』を見た



(本エントリーは酷評と好評が7:3ぐらいの割合で入っていますので、それが嫌な方にはお読みにならないことをお勧めします)

 本作を見て、その後、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の劇場版を見た。
 レンタル屋で借りるとき、これ劇場版ですけど大丈夫ですか? と言われた。
 わたしはいちおうhuluでアニメ本放送版を見ていて、劇場版のこれって本放送版の冒頭と違うよなとわかるぐらいには、本放送版を見ている。
 もちろん本放送版のほうが評価が高いことは知っている。
 それでも劇場版を見て、恥ずかしいことにぼろぼろと泣いてしまった。

 本作を結論から言うと、起承転結の承のない物語だと思う。
 30分ほどの起があって、最後に30分ほどの転結がある。
 その間の一時間ほどは転結へ向けての土台作りであって、それは平板なアリバイ作りのように見え、退屈でなんども挫折しそうになって、最後に支えになっていたのは、これは準新作だから400円も払ったんだぞ、という気持ちだった。
 それでやってきたクライマックスは賛否両論ありそうな物語で、ほんとにこれで30分持たせる気なのだろうかとは思った。
 人のことは偉そうに言えないけれども、下手くそだった。
 対比用に「あの花」を見たのは、名誉を傷つけない形でどこがどう違うのかを説明したかったからであり、本放送版も劇場版も「あの花」は素晴らしかった。なので、「あの花」ファンの視点として読んでもらえたらと思う。

 「ここさけ」はある事件により失語症になってしまった少女の物語である。
 結論で言っているようにクライマックスであるお芝居のシーンに向けて、ひたすらに物語を積み上げていく構成になっている。そのお芝居が始まるのがラスト30分で、そこからラストへ向かうシークエンスは非常に精密に組み上げられていて、スピード感があって心地よささえ感じる。
 ただ、全編を通して感じるのは、やり方が慎重すぎる、ということだった。
 単純に「あの花」を見返して思ったのは、こんなに大胆なことをしていたのか、ということだったりする。
 端的にいうと、安城鳴子(あなる)って、こんなに騒がしいやつだったっけとか。
 久しぶりに見直してみて、喧嘩しあっている物語だなあと思ったのだ。
 そこから振り返ると、本作はだいぶ上品でおとなしい。
 それがいいか悪いかは、観る側も作る側も好みなので、一般化して言うことはできないと思う。ただ、違うものだ、ということは言える。
 シェイクスピアにも悲劇と喜劇がある。
 どっちが好きかは好みだし(わたしは喜劇好きだ)、強要するものではない。
 だからこれは上品路線なんだなといちおうは納得する。

 だいぶ好き勝手言っているのだが、美点を言っておかないと申し訳ない気がする。
 まずはヒロインである成瀬順の表情が豊かであること。
 小説を書いているとしばしばセリフで解決してしまうことがある。しかし、セリフを封印して描かれたアニメという媒体が、表情が豊かで楽しい。ネタバレしないように書くのだけれども、ラストで成瀬がドキッとする絵とか、ここで爆弾投げこんできましたかぁ、とニヤニヤしてしまう(笑)。
 また成瀬が勝手に王子様と決めている坂上くんが、何を考えているのかよくわからないところも良いかもしれない。例えて言うと「秒速5センチメートル」のコスモナウト(第二話)の遠野(主人公)。澄田さんに「優しくしないで!」と怒鳴られる姿に重なる。あのどっち付かずのもやもや感は、なかなかにもどかしい。
 こう書いてくると、薄味なんだなあ、などと思う。

 むかし、とあるラジオで秋元康が食事した料亭の話をしていた。
 その料亭はとにかく薄味で、出汁の味がはじめはわかりにくいらしい。
 それが徐々に出汁が濃くなっていく。食べている方は前菜からの薄味に慣れて舌の味覚を鋭敏にしているから、それが徐々に濃くなっていくのがわかる。それがメインディッシュのときに出汁の味を最大限にすると、恐ろしくうまく感じる。
 これにだいぶ近い気がするのだけれども、その階段(承)の作り方があんまり上手くなくて、1時間退屈だったかなと、これは自戒でもあります。

 というわけで。
 酷評はしない主義なのでフォローをしておくと、ハマっている人はとてもたくさんいるので、合う合わないは個人的な感想ですよ。起と転結は極上です。ただ承が下手だなあ、というだけの物語なのです。


| 映画評 | 23:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
 暖房の季節

 手袋ないと寒いかな。
 出る前にそう思って週課の散歩に出る。
 今年の季節は、夏から、毎週のように台風の上陸する季節があって、それから急に紅葉の季節になった気がする。
 いつも立ち寄るファミリーマートではいつもの癖で冷たい水の冷蔵庫へ歩いてしまい、熱々だったら嫌だなとと思いながら戻ったホットのコーナーで、ぬるいと思うほどのお茶を買って、レジで支払う。
 わたしは冬生まれなので寒いのは嫌いではなく、室温が20度を下回っても暖房を入れることがない。
 冷房のスイッチを入れる言い訳用に買った温度表示付きのデジタル目覚ましで、30度を上回ったら入れてもいいことにして、だいたい27度ぐらいで快適だと思うから、寒くないと駄目なわけではない。寒いのが苦手でないだけだ。

 今年は季節感のあるエントリーを書いてきたから、あのときはああ思っていたなあと覚えていて、振り返りながら同じ散歩道を自転車で走る。空の色が違っていたなあとか、雲はそんなに出てなかったなあとか、オシロイバナが咲いていたなあとか、変わった季節が重層的に畳み掛けてきて、その変わったところを気になってみてしまう。
 いつもの土手沿いを走ると、夏にバーベキュウをしていた河原に、キャンピングカーが止まっていて何かテーブルの上に料理を並べている。こんなに寒いのに。河原を2匹の犬を連れた男性が走っていて、わたしの自転車と並走していたから、だいたい20キロぐらいで走っていたはず。
 さっき買ったお茶がだいぶぬるいのと、だいぶ登ってきたのに身体が温まってこないのが気になる。もう晩秋なのだ。

 レンタルビデオ屋に辿りつき、観たかったDVDを借り、準新作ですがいいですかと言われて、はい、といい、それをカバンに入れて嬉しくもなくて、たぶん映画評を書くのだけれども、定評があることは誰もが分かっているので、この爆弾がどれだけすごいかを知りたい。
 「君の名は。」の作者の故郷である小海に行きたかったのだけど、どうも普通で行くと片道6時間かかるみたいで、新幹線を使うと6000円かかる。片道である。紅葉の小海がみたかったなと、思うのだけれども、ひたすらに遠い。駄目だったんだから、諦めるしかないんだけど、いつか行く。小海線。それも紅葉の季節に。

 寒いと温かいものが飲みたくなる。
 わたしは安いケトルを持っていて、いつでもお湯を沸騰させることができる。
 たぶん誰も気にしないのだけど、コンソメスープの素がだいたい400円以下で売っている。今見たら300gと書いてあった。わたしはマグカップに5gの匙でコンソメスープを作っているので、それが60杯は飲めることになる。
 それがなくなりかけていたので、業務用スーパーに出かけてそれを買う。
 そのお店は冷凍食品のケースがむき出しに並んでいるので、おそらくそれが理由で暖房を入れてない。レジの人がジャンパーを着ているのが印象的で、わたしも価格と品揃え以外は問題にしていないので、特に何か言うことはない。
 それからホワイトボードを書いに、100円均一店に向かう。
 こちらは大手チェーンなのでだいぶ暖房が効いていて、文具品コーナーを回って、仕方なくレジの人に聞く。
「ホワイトボードはどこにありますか?」
 あ、はいなどと慌てるのだが、たぶんあんまり店内のことを知ってない子らしく、もう一方のレジの人に聞いて、ご案内しますという。それでどちらがご案内担当なんだろうと迷うのだが、頼もしそうな方に決まっている。
「あ、はい、お願いします」
 それでもそのときの受け渡しがぎくしゃくしていて、多分一番先に声をかけたほうがご案内するという意味だととっているはずだと思われていた、と思われるのだが、わたしがあなたしか案内できないでしょ、という態度をとると、とても愛想よく案内してくれた。
 わたしがそのコーナーを見逃していたのは、百均のホワイトボードがどういうものかを理解してなかったかだらと思う。わたしは下敷きのようなホワイトボードは持っていたのだけど、もう少し本格的なものが欲しかった。
 結局吊り下げ式の100円ホワイトボードを買って、家路につく。

 あ、そうそう。
 その百均はセリアなのだけど、あまりにもこれみよがしにディスプレイしていたので、手袋は買いました。
 100円でした。


| 雑感 | 01:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
 『かもめ食堂』を見た。

 『かもめ食堂』を見た。

 わたしが北村薫系、角田光代系だとしたら、外せない作品である。
 たぶんよしもとばなな系でも許容範囲で、江國香織系は厳しいかもしれない。
 ゆるいのである。
 そのゆるさがほっとする作品で、正直散々にゆるい。わたしがこれを見ようと思った理由が舞台がフィンランドで、最近わたしは北欧が知りたくて、それ以外に理由はないのです。ほんとうはスウェーデンだったら、どんなに良かったかと思うほどで、スウェーデンの戦史物とか来たら、どんだけ金をつぎ込むかしれない。

 話が大幅にずれました。
 かもめ食堂は、ひじょうに端正に空気を追っていく話しで、空席から満席を追っていく話なのですが、食い物系どんだけ好きなんだと言われそうです。シナモンロールとかどんだけ食いたいんだとか、鮭の塩焼きとかどんだけすきなんだとか。
 手が動く食い物シーンは大好物です。
 だいたい味が分かるんですね。
 そこは岩塩だろうとか、余計なこともいいたくなって、その味を想像すると、よだれしか出ない。

 ただ、わたしは埼玉県民なので、近いうちに飯能の宮沢湖近くにムーミンパークができるらしくて、そこに北欧店舗が集まると聞いて、興奮しています。IKEAでしか買えなかった、魚の酢漬けが日常的に買えるというのは、事件です。
 日常的に、サンドで食べたい。
 




| 映画評 | 06:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
 ブルーグラス

 デザインの仕事をしていたとき、わたしの目の前には高輝度のディスプレイがあった。
 わたしが一番伸びたときは、SONYのトリニトロンのCRTがあり、それを凶悪なぐらいに輝くようにわたしが調整して、24インチのトリニトロンのひかりを受けて仕事をしていた。24インチのCRTである。たぶん20万はくだらない機材だったはずだ。
 当時は裸眼で、それで画面に目を擦り付けるようにして画面を見ていた。
 まるでそれは、断頭台のようだった。
 わたしの色味を作る能力は異様なほどに伸び続けて、今でもその当時の画像を見ると、脳を変な方向に拗じられているような気分になる。
 結局わたしはノイローゼになり、うつ病を発症してその職場をやめた。

 わたしの色味は、だいたいコントラストが強くて、輝度が高い。
 とにかくひかりの強さを最大限に活かしきるやり方で、ぎらぎらとひかっているのだけれども、バランスが取れているのでそういうぎらぎら感に気づかない、というような感じのものが多い。
 たとえば、これはゲームブック解析で補正したものなのだが、この色味はわたしっぽいなあと思ってしまう。

 ■ゲームブック解析 -HG- ゼルダの伝説 蜃気楼城の戦い もっとも美しいゲームブックか?
 http://blog.story-fact.com/?eid=493298


 これは家のそこそこいいカメラが撮って、それを補正をしている。
 怖いぐらいに宝石のような補正をするのがわたしの色味なんですね・・・。
 実はこの色味の作り方は、関西乗り鉄の旅をしたときに、ドラゴンボール展の告知中吊りで見たことがあって、あ、これはわたしの色味だ、なんでこいつこれを知っているんだ、そしてそれを使っているんだ、と思ったことがありました。
 しかし、これはわたしの色なので、あるとき仕事で某漫画家の原画をデジタル化してくれという話が来まして、スキャンしてそれを補正するのですが(補正に2日ぐらいかかったんだが・・・)、これはありがたいのだが自分で補正すると言われまして、まあ、当たり前なのですが、わたしはかってにわたしの色を乗せてしまっていたのです。これはわたしの色なんですね・・・。

 自分で使っているディスプレイは三菱のRDT241Wという液晶パネルで、当時としては異様に発色の良かったもので、当時7万円ぐらいだったのは異様に安かったものです。
 もちろん上を見れば限りがないのですが、最近はネットカフェなんかでも、このディスプレイすげえなと思うものも多々見ます。たぶん黒の発色がいいのが増えているのですね(この発言には矛盾は感じますがw 黒は発色なのかというw)。
 ただ、このディスプレイの問題は、デザイン的にはいろいろな問題をはらんでいるのです。
 これがこのエントリーの主眼点で、そもそもわたしが殺人的に発色の良いCRTでデザインをしていた発色がその画面を見ていた人が共有していたとは思えない、というところにあります。
 たとえば、デザイン専用品でないディスプレイで見た色味はわたしが作った色味なのかという問題があります。デルのノートパソコンで見たら本当にこう見えるのかと言うのは、結構な問題なんです。簡単に言えば、ノートパソコンを持っている人は、そのディスプレイをうつくしいひかりが味わえるようには調整していないでしょう。
 デザインの仕事をしていたときは、営業のノートパソコンに割り込んで、その画面を映して何だこの色は、と言ってました。デルの液晶ではソニーのCRTの色は出ないのです。

 デザインの仕事をやめて、家業を継ぐことになるのですが、そのなかで自動車の免許を取ることになり、その関係で眼鏡が必要になります。わたしは気づいていなかったのですが、おそろしく視力が悪くなっていて、はじめて眼鏡を買ったときに、それをかけて、なんだ、このスーパーリアルな3Dゲーム画像は、と思いました。
 それぐらい見えてなかったんですね。
 眼鏡を掛けて起こった障害は、距離感がまったくつかめなくなったこと。
 たぶんわたしは、正確に見えないことで距離感を掴んでいたんですね。
 しかし、最近になってブルーグラスを掛けるようになって、このエントリーを書こうと思った。
 ブルーグラスは当たり前ですが、青色を弾くレンズです。
 PCに向かうことが多いので、流行に乗って掛けているのですが、夕焼けの色が変わることに気づきます。だいたい青が弾かれて、黄色味になるので、説明するとわかりやすいと思いのですが、夕焼けが紫色ではなくなります。
 香港色とわたしが勝手に呼んでいる色があるのですが、香港の夕焼け写真がなぜか紫とビルの照明の黄色に染まるものが多いのです。これは黄と紫は補色なので、そのコントラストを映しているのですが、それをみると、あ、香港だと思います。
 土地に色があるというのは不思議なのですが、この絵は現実にはブルーグラスを掛けていると見れないんです。紫がなくなってしまいますからねえ。

 わたしが作った、ゼルダの伝説の色味はブルーグラスを掛けても殺せませんが、青が入ってくるともっといいんだけれどもね、というぐらいは言わせてください。
 こういうのは難しいのです。
 わたしはブルーグラスを掛けていますし、見ている人がブルーグラスをかけているかどうかなんてわからない。そこにどんな補正がかかっているかなんてわからないのです。
 わたしの希望は、裸眼で、は画面5センチでちゃんと見てくださいぐらいなのですが、だいたいおすすめしません(^_^; どんなオタク製作者だとw



| 雑記 | 01:08 | comments(4) | trackbacks(0) | 昨年の記事
 『聲の形』を観た!

 えーと、完全にキャパが足りなくなるぐらい沸騰している聲の形ですが、ようやっと観てまいりました。
 いちおうわたしは原作のファンでもあり、原作と映画は違う印象を受けるのですが、よく見てみると原作の細かいニュアンスを丹念に拾っていて、なんといいますか、この人はこう読んだんだなという印象を受ける映画でした。
 え、こんなこと言ってたっけ?
 などと思うシーンもあるんですが原作を見てみると確かに書いてある。
 たとえばこの映画の大きなひとことである、
「俺も同じこと考えてた。それでもやっぱり死に値するほどのことじゃないと思ったよ」
 というセリフ。
 こんなこと言ってたっけ?
 と思ったのですから、わたしが読めてなかったんですね。
 映画の中ではこれがすごく重要に描かれるものですから、冒頭で言った「この人はこう読んだんだな」という印象になるんです。

 えーと、ネタバレになるのですが、と言ってしまうのは、原作とは全く違う印象になるのでばらしても全然問題ないと思っているのですが、映画は文化祭のシーンで終わります。またこの映画では石田たちは映画を作りません(なので映画上映シーンもありません)。
 またラストは「これぞ文部科学省ご推薦映画」というような感動的な終わり方をします。
 多分見ると、ああここにあれのニュアンスを一斉投入してきたのか、しかしアニメーションってすごい、これが京アニマジックか……、という感想を抱くと思います。
 これ以上はネタバレになりますので控えますが、上手いとは思うと思います。

 さて全体的な印象はこんな感じだったのですが、なにかあちこちの批評でかなり見当違いな声が聞こえてきていたので、若干分かる範囲で書いてみたいと思います。一番のポイントになるのは植野さんです(石田をずっと看病していた子)。
 実は原作で、あ、植野さんって石田のこと好きだったんだ、とあからさまに分かるシーンがラスト近くに出てきます。つまり石田にちょっかいを出したり、西宮に食って掛かったりしていたのはこれが理由なんですね。まあ映画でも、気付く人は気付くだろうと思うのですが、原作はもっとあからさまに描いているので、まずこの点を指摘しておきます。
 また、原作では小学生時代に石田をいじめていたのは植野さんもその一人だったことが告白されます。つまり嫌いだからいじめていたわけじゃない、というところがまず一点なのです。
 そして映画を作った人たちがどう見ていたかがわかるのが、小学生時代の石田と西宮の取っ組み合いのシーンと、ラスト近くで植野さんが西宮に馬鹿じゃないのと手話で伝えたときに、嬉しそうに満面の笑みを浮かべるシーン。おそらく西宮はこれまで一度も自分の人生に誰かが足を踏み入れてくれることがなかったんだと思います。
 見当違いな声では、「いじめたものといじめられたものが恋に落ちる最悪の物語」ということになるのですが、それはそれこそこの映画を作った人たちがまず訴えたかった、表層だけを見て分かったつもりになっている形なのではないでしょうか。それは駄目だと言っているのがこの映画だと思うのです。
 あとまあ、障害者を美少女にするとは何事か、などというとんちんかんなものもあるのですが、ヒロインを美少女にしないで漫画や映画が売れるか、映画に広瀬すず使うなと言ってるようなもんだ、それこそ外見しか見てないですよね……。
 もともとこの映画の原作は、第2巻が刊行されたぐらいのタイミングで(全7巻)、シノドスが取り上げて売れるようになった漫画だったと思います。ですのでその方面の方々には評判の高い原作だったのですね(そして映画は文部科学省ご推薦)。なのでアレルギー反応の数々を見ていると、はあ……、と暗い気持ちになるです。

 細かなシーンを言うと、石田と結弦が和解する雨のシーンと、植野さんと西宮が和解する雨のシーンが全く同じ傘のシーンになっているとか(ただし植野さんと西宮は実際には石田を取り合っているので石田と結弦のようにはならないのですが)、結局この映画は人の許し合い方を描く物語なのだな、と気付くのです。
 また、アニメーションですから、音が出ます。
 音というのは結構直接的で、場合によっては暴力的に感じる人もいるでしょう。
 たとえば植野さんは原作よりもはるかにめんどくさい人に感じます(笑)。
 実際読み直してみると、確かにかなりめんどくさい人なんですがw
 西宮が石田に必死に伝えたくて、耳が不自由な方特有のうまく発音できてない言葉でなんとか伝えようとします。手話じゃ嫌なんだ、どうしても声にしたかったんだと感じるあたりが、結構じんときます。
 また嬉しいことがあるとベッドにうつ伏せになったまま足をバタバタするシーンも、なんというか感情豊かでかわいらしい。漫画も十分に表情豊かなのですが、京アニだけに動くとさらにブーストを掛けて表情豊かにしてくる、この贅沢。
 映画館でご堪能ください。

 あとまあ、わたしは入院患者に異様に詳しくなってしまったので(散々に入院したので)、結構リアルだなあと思ったり(ただし夜中に患者が病院の外に出るのは不可能。原作通りだから仕方ないのだけど)、わたしは舞台となっている大垣市は、列車の乗り換えで1時間ぐらい時間を潰さなければならなかったときに駅ナカを歩いたぐらいなので、いつか行ってみたいなと思ったり、田舎道の道路に這いつくばってるのを見て危ないだろ、轢かれるぞと思ったりしました。
 わたしは中学高校大学とバドミントン部だったので、部活に行けば部活仲間がいるし、クラスの中ではバドミントン部という名刺を持っているような感覚だったので、そんなに人間関係に困らなかった(そんなことよりレギュラー争いのほうが重要だった)し、わたしもやらかすタイプの人間なので、いろいろと迷惑かけたのを思い出して、本当に暗い気持ちになる事はありますが、やっぱり石田の言葉の、
「それでもやっぱり死に値するほどのことじゃないと思ったよ」
 というセリフがずしりと響きます。

 いい映画です。
 公開館がかなり絞られていて、しかも具合の悪いことに「君の名は。」というメガヒット作が1番スクリーンを占拠している中、封切り作の次になる3番スクリーンというキャパの足りなさも手伝って、予約必須の映画となっています。
 わたしも30分前に行ったはずがすでに売り切れで、次の回を見る羽目になり、その回も終わって振り返ると空いてる席あるのか? という状況です。
 事前予約に勝るものはありません。
 ぜひぜひ完売だけには気をつけて、存分にお楽しみくださいませ。
 あとご覧になって「よい」と思ったらぜひぜひ原作も。
 あなたはどう読みますか?



| 映画評 | 02:09 | comments(0) | trackbacks(0) |