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 『メアリと魔女の花』を見た


 アニメってここまで動かしていいものなのだな・・・、観終わって場内の様子は「腰が抜けた」といったようすで、細かく見れば粗はありそうだけど(粗がなくなってしまったら、そこがそのクリエイターの成長の限界)、ラピュタ+千と千尋と言った感じの冒険活劇(ラピュタ)であり成長物語(千と千尋)といった映画に見えた。

 圧巻は冒頭からいきなり始まるアクションシーンから(このシーンの意味は最後の方でわかる)、まるでレールのないジェットコースターのように荒くれ回る精緻に組まれたストーリーの出来だ。
 もちろんそこは原作モノなので原作者の力量なのだろうが、そこに洪水のように溢れんばかりの、ハレーションを起こしそうなほどの膨大なイメージが流れ込んでくる。
 そしてそれが動く、動く。
 成熟した宮駿には到達できなそうなほど暴力的な(内容が暴力的なのではない)イメージの洪水、荒々しくもあり、若々しくもあり、成熟していないからこそ出てくる勢いのようなもの、それがこの映画にはある。

 まずヒロインのメアリがいい。
 なにをやっても危なっかしく、なにもうまくできない序盤の様子はなんでここまで描くんだ? とは思ってしまうのだが、ストーリーが荒れ狂い始めると途端に、ああ、これぐらいの子じゃないとこの冒険活劇のヒロインは務まらないのだ、と分かってくる。
 観ていて危なっかしいのだが、それでも進むのを決してやめない。
 その無謀さと、深慮のなさがなければ、こんなストーリーになったりするはずがない。それでいてメアリには芯の通った義理堅さがある。ネタバレは良くないのでぼかして書くが、ある事件からメアリはピーター(パズーだと思うと良い)を巻き込んでしまったことを悔いて、そこからひたすらに義理堅くピーターを助けようとする。
 男の子と女の子というと愛だの恋だのと穿った見方をするのが大人であるが、第二次性徴を迎えるまでは男女差というのはあんまりないと考えるのが普通だと思う(メアリは小学生高学年ぐらいだと思う。とくにピーターが赤毛のメアリを「赤猿」とよんで囃すのはどう見ても小学生だ)。つまり思春期前なのだから、愛だの恋だのをお話の前提にするのはおかしい。なので個人的な恋愛感情ではなく、巻き込んでしまったことに対する申し訳ないという感情からメアリはピーターを助けようとする。
 また、メアリは自分に関わるものたちに童話チックな愛情を注ぐ。
 メアリを導くことになる黒猫(これも後に理由がわかる)、偶然見つけた魔女の箒、そしてネタバレスレスレになるので難しいがラスト付近にやってくる者達。
 とくに箒に対して「箒くん」と言い続けるのは、愛馬を気遣う騎手に似ている。
 メアリを中心として愛情で繋がった者たちが、一緒になってメアリとピーターを助けていく。それを見ていてふしぎと温かい気持ちになる、ふしぎな愛情に包まれた映画になっていると思う。
 義理堅さと愛情。
 この2つがこの映画の芯となって、メアリの中に貫かれている。
 なんて美しいストーリーなんだろう(原作者を褒めてる)。
 たぶんこの原作がこれまで映画化できなかったのは、荒れ狂うストーリーを膨大なイメージのあらしで御さなければならないことが明白だったからだと思う。
 そしてそれは若くなければできない。

 宮駿信者はこういう。
 それは宮駿から盗んできたものだ、と。
 わたしはこういう。
 宮駿が宮駿に学んでいたら多分こういうものを初期に作るだろうと。
 宮駿に学んできた世代が出てきたのだ。
 わたしは昔、なぜ日本にはスタジオジブリ並みの成功した創作スタジオが10もないんだろう、と思ったことがある。それは今になって分かる。偉大な師匠が、もう10年もしたら死ぬかもしれない年令になるまで、次世代というのは生まれてこないのだと。
 それは天才が君臨してしまう呪縛だ。
 天才たちがもう口出しできなくなる予定が立つまでは、天才の影響下にある状況は続くのだ。米林監督(あえてマロと言わない)が、動きまくる最強のアニメーターとして登場してきたのを、次世代の誕生を祝福したい。
 正直腰が抜けた。
 劇場で、セカイノオワリの歌が流れる中で、退出する通路へ動く人はいなかった。
 わたしはトイレの心配で(心臓手術を何度も受け、人工心臓弁が入っているせいで利尿剤を処方されているから)、とにかく退出が容易な席を取る、つまり出口近くに座る。
 一番先にわたしが席を立ったほどで、それで見回してみても、感想がない、唖然としている、だった。

 まずこの作品は、アニメーションによる暴力だ。
 それは、これを見ろと言う迫力しかなくて、たぶんとてもロックだ。
 ステージになってギターを掻き鳴らすロックスターがそこにいるようで、アニメーションはここまでやっていいのだ、という次の金字塔のように見えた。
 宮駿にはこれができない。
 ここまで勢いだけで演奏する年齢ではないからだ。
 もし、宮駿が若かりし頃に宮駿にいちから鍛えられていれば、これをやるだろう。
 その地位にいたのは、米林さんだった。

 宮駿の育てた世代が出て来んだよ!
 ウィスキーを飲んで、乾杯しよう!
 これは宮駿を毀損する話ではなく、次世代をちゃんと育てていたじゃないか! おまえはどんだけ素晴らしいんだ! という話なのだと思う。

 一体次はなにをやるのだろうと、1ファンとして楽しみに思ってしまう。
 まだ、この天才師匠の弟子のキャリアは始まったばかりなのだ、嬉しいことに。

| 映画評 | 21:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
 ミュシャ展行ってきた!

 えーと、会期末が近くて申し訳ないのですが、国立新美術館で開催中のミュシャ展、見てまいりました!

 最大のウリは、世界で本国以外では初と言われる(たぶん)、スラブ叙事詩の公開です。
 これは見れば分かるのですが、壁画であり、神話です。
 たとえば、手元にある資料によれば、そのサイズは610cm×810cmとあります。入り口から見ても、圧倒されるサイズでこんな体験ができる機会はほとんどないでしょう。広い国立新美術館の展示室が狭く感じるほどです。そこにぎっしりと聴衆が来ている、そんな光景。これが20点以上あります。
 会期末は6月初旬のはずですが、何千人いるんだと言うぐらいのレベルだとは思います。
 同時に公開していた草間彌生展が凄まじい混雑になっていることもあって、混雑感は凄まじいです。わたしは、障害者手帳を持っているおかげで、入場券の列には並ばなくて済んだんですが。

 ミュシャのおなじみの作品に関しては、素通りの人が多かった印象ですが、ミュージアムショップがバーゲン中の百貨店並みの、殺気立った状況で、ポストカードやら、クリアファイルやらで(当然ミュシャの絵が印刷されている)、「12点で6700円です」とかイカれた状況になっていました。
 もはや見るのではなくて、買うのが目的なのですね・・・。
 アニメの限定グッズを買いに来るノリなのです・・・。
 わたしは、普通に図録(展覧会で発行されるその展覧会で展示された作品の画集。恐ろしく安い。ちなみに今回は税込み2400円。260ページカラー印刷)が目的というかこれを買うために来ているので、もちろんこれしか買わないんですが、そのレベルではなく物欲の修羅場と化したミュージアムショップを初めてみました。ミュージアムショップって、だいたい多くて数十人しかいないんです。数人しかいない時もあります。それが、数百人がもっと詰めろと言っている状況だったのです。
「3列に並んでください!」
 などと交通整理をしていたほどで、買い終わったあとも、これって無事に出れるのだろうか、とさえ思うような混雑ぶりでした(^_^;
 満員電車かよというレベルの人が、ミュージアムショップにいるんですよ?
 あの熱狂を見ると、ミュシャはほんとに売れっ子なんだなと思いました。

 そんなわけで会期もあと2週間ほどで、いよいよ佳境に入っているのかもしれませんが、国立新美術館のお近くの方は(渋谷から地下鉄で2駅)、ぜひぜひ見に行ってみてください。作品はもちろんのこと、人であふれる美術館の熱気を味わうだけでも、けっこう得した気分になりますよ!

 以上、現地からの報告でした。

| 雑記 | 22:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
 『あらしにあこがれて』を終えて雑感

 ぶじに本日、あらしにあこがれての最終稿を書きました。
 内容は、パブーで読めます。

 あらしにあこがれて
 http://p.booklog.jp/book/114111



 まあ、長かったんですが、だいたい1年ぐらいかかりましたかねえ・・・。230枚一年とか長すぎるのですが、なんでこんなにかかるのだろう・・・。
 閑話休題。

 えーと、どこから始めますか。
 まず差し障りの無いところといいますと表紙でしょうか。
 これはウィリアム・ターナーの「サン・ピエトロ大聖堂のポルティコ(玄関廊)の一角、鐘のアーチ」という絵でして、ほんとうはヴィクトリア朝時代の別の画家の絵にしようかと思っていたのですが、ピンポイントでこいつと思っていた人の資料が手に入らず、幸いにも同じような時代のターナーの美術展は観に行っていて、図録も買っていたので、そこから選びました。
 サン・ピエトロ大聖堂と言うだけでもうローマなのですが、石造りの都市の荘厳さは伝わるかなあと。ペネスなんてあるはずもないし、浮遊船もないので、しかたなくシャビっぽいかな? という絵なのです。
 表紙はいい感じにデザインできたかな、などと自画自賛なのですが(^_^; こういうすっくと上に伸びる絵が好きなんだななどと思いました。レイアウトもタイトルがここしかないというところにぴたっと来ていて、左側の男性が階段に座る女の子に歩いているところに視線を誘導できていて、外界の物語が天界へと伸びていきそうで、ドラマチックです。
 自分で作ったデザインでテンション上がっているところが、安上がりでいいのですがw 完全に自給自足ですねw
 閑話休題。

 続いて、もっとも差し障りのあるところを。
 なんでこんなものを書いたのかという部分ですが、これは簡単に経緯を書きますと、去年の5月ぐらいに「死神の帰還」「鉄鎖の次王の恋」と続く第三作を遊びで書いてみたのです(こういう遊びで試しに書いてみることはよくやる)。そうしたら、たぶんプレストーリーを書いてみないと書けないだろうなあと思ったのです。分厚いシーンをいきなり書くのが難しかったのです。
 実のところ、「死神の帰還」も、「鉄鎖の次王の恋」もそうなのですが(つまりこれもプレストーリー扱い)、わたしは設定資料として小説を書くということをします。
 これはわたしが考案したものではなく、「ロードス島戦記」で著名な水野良がそのために短編の連作を書いたという話を読んで、ああ、なるほどこんなやり方があったのかと思って真似しているだけなのです。
 しかし「死神の帰還」など60枚ぐらいで収まるだろうと凄まじい勘違いで書き始めてしまい、結局300枚ぐらいになってしまったという、なんだかよくわからないうちに第一長編ができてしまったというお話です。「鉄鎖の次王の恋」はどんぐらいで収めるつもりだったのかと考えてしまうのですが、構成から逆算すると600枚ぐらいですかねえ・・・。実際には950枚弱で収まっているので、まあ及第点でしょうか。

 本作ももう200枚ぐらいと勘違いもはなだたしい分量になっているのですが(この文章は完結前にかかれています)、250枚ぐらい行くのかなあと・・・。
 また、たぶん、どうしてシルバ、ルナ、セレンと、こんな人たちとして書かれているのか、というのは興味が無いかもしれませんが、この物語はシルバを描くために存在しています。シルバは射撃の名手であり、それ以外はそんなに取り柄のない人物です。無欲で自我がないからなぜかバランサーとしてうまく機能してしまうという役回りなのですが、平凡な人間なのです。
 実はいちおうモデルがいまして、それはわたしの短編である「スミレ」にしか出していないですが(正確には名前しか出ていない)、わたしが書いたモーターモンスター・シリーズのキノシタ・マサトです。
 このシリーズは、ケンジとマサトの骨肉の争いを書いてはみたものの、あまりにもエグかったので、第三者であるスミレ視点で書き直したものなのです。この稿は出していないけれども、保存はされていて、それを読むと、ああこれで行くつもりだったのかと、わたしだけが確認できる状態だったりします。
 のちになって気付いたのですが、「3月のライオン」の桐山零(主人公)にとてつもなく近いです。書いたのが2000年当時ですし、わたしは表に出してませんので、お互い関係性はありえません。
 ただこれは後になってわかったのですが、桐山零が書き手である羽根野チカさんの精神状態に近似していてそのぐだぐだを書いたものだという話を聞いて、ああ、わたしもそういう精神状態だったんだなあと思ったりしました。つまり、どちらも書き手の心情が出たものだったんです。
 またこれは後になって視聴したのですがMHKの番組である「プロフェッショナル 仕事の流儀」のチームラボの猪子寿之さんの回で、この方はかなり著名なデジタルアートの方なのですが、インタラクティブなデジタルアートを作っている方です。まあ、ぶっちゃけ言ってすげえなあと思っています。
 この方が、「プロフェッショナル 仕事の流儀」でお決まりになっているのですが、最後にプロフェッショナルってなんですか? と聞かれるのです。この時に猪子さんが答えたのが、

「いろんな大事なものを捨てちゃってる人じゃない?」

 これは非常に正確にマサトくんを現していて、桐山零でもあります。
 ただ、シルバは機械いじりが楽しそうです。
 それは産業革命期の高揚のなかにシルバはいるからでしょう。
 でも、このシルバを縛らなければいけなかった。だって、天才のシルバが何の苦境もなくすんなりいく物語がどうして面白いのでしょう?
 これを考えるときに常に念頭に置いていたのは、「BECK」(漫画原作アニメ/映画)の小雪(主人公)でした。「BECK」では小雪は執拗なまでのいじめに遭います。竜介と出会って、天性のボーカリストとして開花するのですが(かなり端折ってます)、あの執拗ないじめは、小雪の立場を貶めて、そこからのシンデレラ・ストーリーを描く意図だと思うのです。
 でも、それはわたしにはとても辛いので、そんなストーリーは書けない。
 そう思ったときに姉さん女房のルナが降臨したのです。
 尻に敷かれる夫だったら、まったく不快な描写なく、如才が上がらない人を書けるのではないか。そうしてルナが生まれ、そのお付きであるセレンが生まれました。
 ルナの性格は序盤を書いているうちになんとなくできました。
 しっかりしたところはあるけれど、どこかいい加減で、いたずら好きで憎めない。
 それでも芯は澄み切っていて、けっこう健気で一生懸命。
 シド側のヒロインなので、いろいろバランスは難しかったのですが、なんか書いているうちに出来上がってきました。たぶんここに半年ぐらいかかっている。

 本作はじつのところ、大幅に予定がずれてしまった物語になってしまいました。
 そもそもこのお話はシルバを掘り下げることを目的にしていたのですが、なぜかルナが中心になる話になってしまいました。これは嬉しい誤算だったのですが、書けば書くほどルナが、誤解を恐れずに言えば、男気があって格好いい主人公になっていく。なんだかはっきりしないシルバと、燃え上がっているルナのどちらにカメラを向けるかと言われれば、それはルナになりますよね。
 「死神の帰還(リニー)」「鉄鎖の次王の恋(イオ)」「あらしにあこがれて(ルナ)」と女性視点の人称が続いたのですが、これは偶然です。第三作は(本作は第三作の番外編)シルバ視点になりますし、第四作はリクトルを中心としたボルニア王位承継戦争になりますのでセスク視点になります。第五作はアテナイスを中心としたリュディア族の女の子の付き人(名称未定、お姫様に少年の付き人を付けることがありえないから)です。

 また次に書く予定の話は、一転してSF作品の「メモリゴースト」になり、この人称はリサという軌道警察官になります(どうでもいい話ですがこの人がリニーのモデルです)。これもわたしの中では、ホワイトフィンものと呼んでいるシリーズの第三作目で、第一作はヒトシという中年の男とホワイトフィンとの話、第二作はシンという少年とホワイトフィンとの物語、そして第三作で大本命のリサが出てくるのです。
 だから、偶然なんですよ! といいたいのですが(笑)、お話ごとに人称変えたいのですかねえ・・・。
 これはいちおう前例があって、角田光代さんの空中庭園とか、あとはトリップという短編集とかでやられているのですが、文章書きとしてはやりたいよねえと欲望丸出しで思うのです。だって楽しいじゃないですか。人称変えたら楽しいですよ。シルバ視点でリニーを見たらどうなるかとか、セスク視点でイオを見たらどうなるかなんて、ワクワクしかしません。
「あの人は赤いだけで、結局なにもしてないんだ。赤くて目立つから、便利に使われているだけで、それで思い上がって、リクトルさまにいちいち干渉してくる」
 もう物語になってます。
 メモリゴーストは書くべきなのかなとは思いながら、ぽろぽろネタバレすると、AIをメインテーマに持ってきていて、書こうとしてかけなかったのは2000年代前半なんですが、10年以上経ってみると、現実に追いつかれてしまった物語です。ただ、当時想像していたのと現実は違っていて、だいぶ違った未来が見え始めている、というのが現状です。もちろん修正することなく、当時考えていた内容で書く予定です。
 簡単に言うと、人間性がコンピュータ上で再現できてしまえるようになってしまった世界の話なのです。うん、書いてみると案外ネタバレしてない(笑)。仮想化というキーワードが出てくるのですが、生体上で走っていたものを(つまり脳みそを)、データセンター(という表現はしていませんが、スーパーコンピュータ上で、と書くと分かりやすいかもしれません)で運用できてしまっている世界です。
 近似する作品はいくつか浮かびますが、まんまなのはウィリアム・ギブソンのニューロマンサーがまんまだと思います。そこはなんというか他の派生作品に対して、迂回しないでなんで直接本丸に行かないの? とまんま直線的に、ニューロマンサーで書かれた世界を書いている話です。
 まあ、このお話は、ホワイトフィンものですので、ホワイトフィンがもたらす状況を楽しんでいただければ幸いです。


 ■名称のはなし

 たぶんこのネタが定着したのは、シドという名称は、シド・マイヤーから取ってるんですよ! ということをいいたかったからだと思うのですが、これはわたしが大好きなディック・フランシスの著名主人公であるシッド・ハレーも多少関係あるのではないかとは思います(シッドは蔑称なので、そこはまた別の意味があるのですが)。
 今回は、前作のイオと言う名称が好きすぎて、今回もルナとつけてしまいました(ほんと単純ですねw)。イオという音が持つ生命感がすごくて、ルナと名付けたらどうなるんだろうと思ったのです。これがわたしが大嫌いなサイバーなんちゃらのゲームで、(偶然にも)採用されていて吐き気がしました。まあ元ネタが同じなので仕方ないんですが、不快感はどうしようもないですよね。

 セレンは元素名からです。当然ですがシルバ(つまり銀)も同様です。ただ、ラファエル・シルバとかかなり著名なサッカー選手で同名の選手はいますので、シルバはきれいな名付けだったなと思っています。
 セレンはたぶんラテン語読みで、ギリシャ語読みにするとたぶんセレネになります。
 これはギリシャ神話の月の神様です。なので、ルナもセレンも月を意味していて、そこからルナもセレンも衛星だという書き方をしていました。これが本来あるべき企画の姿なのですが、なぜかルナとセレンの生命力が強すぎて、こっちが主星になってしまいました。

 こういう話をすると、そういう話をする人たちに思っていたわたしのむかしの印象では、「変態的な知識がないと小説というものは書けないものなのか」という印象でした。ギボンは全読しているのが当たり前とか、ブルタークは全部読んでないと話にならないとか(わたしは条件を満たしているけど、本人にはまったくその気はないし、書いててこわいぐらいですw)、わたしもいつの間にかここまで来てしまっただけなので、そんなことはないですよ、と昔の自分に対して教えてあげたいぐらいです(^_^;

 リラは、「メモリゴースト」のリサが関係しています。
 わたしは次に書く「メモリゴースト」のヒロインに、アップルのスティーブ・ジョブスが開発したパソコンの名称をつけようと思っていたのですが、それがリサだったかリタだったか迷っていました。リサが正解だったのですが(ちなみにリタはNHKの朝ドラ「マッサン」のヒロインであるシャーロット・ケイト・フォックスが演じた妻の名前だった。ドラマ中はエリーとなっていたけれど、このページによればリタが正確なようです。竹鶴政孝(これがマッサン)もドラマ中では亀山政春になっています。http://www.nikka.com/taketsuru_rita/)、書いてしまって、翌日目が覚めて原稿を読むと、リラと書いてあった。ああ、通貨単位にしたのか、まあそれもいいか、とそのままになっています。
 もちろんこれはユーロ導入前のイタリアの通貨単位です。
 若い人の中にはトルコリラになぜトルコと説明されているのかわからない人が多いかもと思うのですが、リラと言えばイタリア通貨だったのです。
 こうやって、強い言葉が選ばれています。
(ラスペを抱いているクローナ河は通貨単位のクローネを捩ったつもりだったけど、お隣の国の通貨単位がクローナだった、という話がある通り、通貨は結構名称に使っています)

 ペネスに代表されるようなシドの各都市の名称は、だいたいボリビア付近の赤道直下の国々の名称から取っています。ボリビアの首都がラパスで、シドの首都はラスペです。これは、わたしの地理把握がどう考えても古代ローマ史の範囲に地理勘があって、この範囲の感覚でなんとなく書いているんですが、赤道ってもっと恐ろしく南だぞ、ということを無視して、地名だけ赤道っぽい名前になっているのです。
 同じような地域にあるエクアドルの首都はキトですが、これをもじった名前も使ってみたいかなあなどと思っています。
 ちなみにサイルだけは違います。
 あれは軍事都市なので、ミサイルから、ミを取った名称なのです。
 サイルが鮮やかに描かれるのは2年後ぐらい? なので、随分先だなとか思うのですが、第三作楽しみです(^_^;

 ペネスのゆりかご都市ですが、実はこれはほんの一部だけ元ネタがあります。
 一部だけというのは「名称だけ」貰っているからで、米国産TRPGのルーンクエストのエクスパンション(拡張キットとでも言えばいいのか)、「サンカウンティ- 太陽領 -」に登場するゆりかご河から取っているのです。この追加地域設定の目玉は、大廃都と呼ばれる廃墟と太陽領なのですが、そこを流れているのがゆりかご河なのです。
 名称の由来は過去の伝承に(子供がゆりかごに載せされて流されたというような内容)よりますので、ペネスの姿とは似ようがありません。太陽領という名称と巨大な廃墟という内容から、おそらくエジプトをイメージしていると思うのですが、なにか全然違いますよね。


 ■結局なにが予定を狂わせたのか

 誤解ないようにいいますが、正直いい方向に転がったと思っています。
 もともと予定としてなにも考えてなかったなと思う一方、ルナやセレンの生命力が強くて、それに引きずり回される日々でした。
 まさか、ルナが主役になるとは思ってなかったですし、まあシルバが弱すぎるのですが、こいつは第三作の主役なんです。それが、書いて見ると弱かった。リニーとウォークが参加すると、たぶん強くなる気がするんですが・・・。


 ■次回作

 というわけで、次に書くのは「メモリゴースト」です。
 そのつぎはたぶん、「物語解析」の続きと「hikaliのゲーム論」を書きます。
 その次ですね。
 まあ周到に準備を重ねてきただけあってそう簡単に書けないといいますか、失敗が怖くなってしまいますし、これ書いちゃうと、「メモリゴースト」もその他も書けなくなる気がするのです。
 わたし、書けてないものが多すぎるんです。

 それではまた、次のお話を楽しみにして頂けると幸いです。

| 自作小説 | 20:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
 『あらしにあこがれて』17

「なんで、わたしとシルバの関係に意味があるの?」
 ルナがシルバとの恋仲を公式に否定するとリラはそわそわとし、マシンガンのように話し始めた。
「だっておかしいじゃないですか! どうしてそこまで献身的になれるんですか? 紙に書いてあるだけでダマスカス鋼を探しに行ったり、資金を調達するためにあちこちの貴族に出資を募ったり、どんだけ働いているんですか?!」
 まるでそれが自分の問題であるかのように噛みつき、それは好奇心というよりは、自分の問題をルナに重ねていて、解決策を提示してくれないかと縋るようだった。
 もちろんそんなに甘えられても困る。
「これは兄の工房のことなの。その稼ぎ頭がシルバ、兄の工房を回すためには、シルバがお金を儲ける手助けをしなくちゃいけない。なにかおかしいことがあるかしら」
 リラはしばらく黙った。
「でも、ルナさんの入れ込み様は異常です」
 うるさいわね。
「だって、お話いただいた鉱山用の、えーと」
「排水システムかしらね」
「それです、それだって、ほとんどルナさんが決めてるじゃないですか! ルナさんが勝手に動いて全部まとめてきたんでしょ?」
「だって儲かるんだもん! なんで工房全体で儲かる方法を見つけたら働いてはいけないの? わたしはお金が欲しいの! 工房は黄金を飲む竜だわ。いくらあっても飲み尽くされてしまう。お金がなくなると餓死しちゃうの」
 それでようやっとリラはルナの状況を理解し、舌鋒を収めるが、ぼそっと聞く。
「でも、シルバさんが好きなんでしょ?」
 しつこい。

 蟹伯爵の鉱山に到着すると、そこが最良の事例になるとわかった。
 坑夫である奴隷たちはガリガリに痩せ細っていて、人間として生きているのが信じられないほどだった。
「とにかく、奴隷の消耗が激しくて、カネがかかって仕方ないのですよ」
 激しい軽蔑はするのだけれども、こんな奴らに売らなければならないのかという動揺はどうしても生まれてしまう。奴隷が消耗するだと? 人だぞ。お前の所有物じゃない! 全員に人生があるんだ。
「き、機械は消耗しません。故障したらいつでも飛びつけます。こんなのを放置なんて・・・、」
 暗にこれは犯罪だと言っているのだが、愚かな炭鉱主はそれに気づかない。
「助かりますなあ。頼りにしているんです。約束通り、導入した結果は仲間に伝えますし、良い結果であれば、わたしの報告は喜ばれます。シド中の炭鉱主が群がるでしょう」
 この殺戮がシド中で行われているのかと思うだけで、呆然とするのだけれども、シルバが言い出したことがいかに正しかったかを、戦慄をとともに理解した。
 これはシルバのバランス感覚というか、世界理解の正確さなのだけれども、これが稀代の名君としての素質というか、シルバの感覚の正しさが、シドを救うことになる前例になるのだろうか。
「食事を出そうよ。これじゃあ死んじゃうよ! じゃがいもはあったよね? コンソメで茹でるだけだけれども、おいしいかな?」
「ちょっと! うちの食材も限りがあるから! 適当なことを言わないで!」
「でも、こんなのじゃあ、仕事できないよ。伯爵? いいですか? ぜんぶ費用はうちなので、振る舞っていいですか? おいしく調理します」
「シルバ、余計なことは言わないで。お金の関係はきっちりしないと。遺恨が残っちゃう。お金の問題は任せてくれると言ったでしょ?」
 蟹伯爵は考えるけれども、拒絶はせず、ルナはバターを探し始めた。
 回収しないと、持ち出しじゃないか。
 なんで、最低限を備えていない連中のためにうちの備蓄を出さなければならないんだろう。セレンを見ると目が座っていた。
「請求するから、これは費用だから」
 セレンはコクリと頷き、市場価格を無言で割り出し、慣れた動作で請求書を書き始めた。
 ちょっと、高いかなとは言わなかったけど、交渉できそうな範囲の値段だった。
 そもそも、納品してから請求するので、交渉もクソもない。
 考えあぐねていた時にふいに声がかかった。
「リラ、ずいぶん熱心に仕事をしてるじゃないか。ようやく記者の仕事がわかってきたかい?」
 見上げると、貴族然とした正装の男性。
「クリフォードさま! なんでこんな辺鄙なところまで?」
「シルバさんの工房に用事があったんだよ。それで聞いたらこちらに向かったと言うから、散々だよ。それでここまで来たんだ。重い荷物を運ぶ隊列だし、ここまで一本道だから徒歩でもいつかは追いつくだろうと思ってね」
 初めて会うクリフォードにルナは唖然とし、言葉を失った。青年はにこりと笑う。
「ルナさんですよね? お噂はリラから散々に、とてもお美しい。兄上の工房を支えるために、散々に資金を集めているとか。それで、大口のスポンサーから話をつけてきてくれと言われてきたんです、出資がしたいと。悪い話ではありません。無制限に出資すると言われています」
 ルナは信じられなくて、言葉を失う。
「まあ、信じられなくても仕方ありません。わたしも理解できませんでしたから。でもそれよりも小さな事業を成功させるべきではないでしょうか? キスト郷、この鉱山の状況は正直週報を発行する我々としても、見て見ぬふりはできません。少なくとも改善のために費用を出すべきではないでしょうか。それがじゃがいも代というのはどうでしょう?」
 蟹伯爵は考える。
 セレンはあわてて話し出す。
「じゃがいもはいま高いんです。産地はひどい被害です。豪雨がひどかったんです!」
「そうか」
「水害がひどかったのは分かっているはずです。50%の値上げを提案します」
「それは暴利だね」
 ルナは必死のセレンを遮って、口を挟んだ。
「そうですか? あなたは市価を無視していることになります。あなたは市場価格を無視する商人という烙印を押され、とにかくぼったくる人という事になります。それは週報で伝えられるかもしれない」
 ルナの機転のきいた脅しにすこし蟹伯爵は戸惑い、すこし考えた。
「ペネスの市場価格を確認してから、ではどうでしょう?」
 えらくまっとうな言葉だったが、おそらくペネスの市場の最安値を探すつもりなのだろうと踏む。
「たぶんわたしたちが提示する価格より安い価格はないはずです。うちの工房はいつもカツカツなんです。最安値で買ってないとお思いですか?」
「ふむ、それを信じよう。あなたはいつでも信用できる商人だ」
 気付いてみると、恐ろしくフェアな交渉が成立していて、じゃがいも代は回収できそうだった。交渉成立と見てセレンがじゃがいもを切り始め、シルバが脇で湯を沸かし、そこに調味料を溶かしていく。
 バターとコンソメの香りが食欲をそそり、セレンはその濃厚なスープに薄切りにしたじゃがいもを投入していく。表面積を大きくすれば、味は濃くつく。気付くと鉱山の奴隷たちがこちらをじっと見ていた。少量のキノコも入れる。旨味がブーストされる。
 木製の皿を出して、その炭鉱の坑夫たちに出すと、空腹から人が寄ってきた。
 だれも、それがうまいなんて思ってない。それが料理だから食べるだけで、それが恐ろしくシルバの心を痛めた。材料がない。海産物はないし、醤油も味噌もない。ほんとうの美味しいがない。だれが、一番美味しいものを出せなくて、それでいいと思うのだろう。それでも申し訳程度にいれたキノコは、このお粗末な料理に旨味を彩っているはずだ。
「この食事は申し訳ないですが、材料が揃いませんでした」
「キミは一流になり始めているな?」
 ルナの言葉によそられた皿を味見をしたクリフォードが、にこりと笑う。
「そんなこと」
「キミがどんだけ遠慮がちか理解したよ、ルナ。キミは最高の外交官だよ。外交は卑賤な意味も含むから、交渉官といえばいいか。キミがしているのは、貴族の交渉だ。否定しないだろ? 貴族の商談で料理をうまく合わせられる人間なんて、あまりいない」
 言っていることは分かる。
 端的すぎて、どう返していいのかさえわからない。
「このキノコはいいね。とても美味しい。でも、こんなのを出せる人なんていないんだ。バターもいい、酢が混じっているのもいい」
「クリフォード卿! ほんとに粗末な食事ですみません!」
 にっこりと笑った。
「こんなの食べたら、もっとお腹が空くよ。もっと美味しいものを用意してるんじゃないかって思うし、正直、これを浴びるほど食べるだけでもいいんだ。これは何ていうの?」
 遠慮がちに、セレンがきゅうりの海鮮酢漬けを出す。
 海藻が多すぎるのだけれども、生卵を落としたのがなぜか好評だった。
 混ぜると、酢と卵が合っていく。
 シド人であれば、マヨネーズは好きなはずだ。濃い卵と酢を混ぜるとマヨネーズになるけれども、それが分かっていないシド人は多い。美味しい酢と、美味しい卵を混ぜると美味しいマヨネーズになる。
 どうすれば美味しくなるかが分かっていないのだ。
 みんな損してる。
 大げさな話はやめて、どうすれば美味しくなるかだけに集中すれば、世の中は幸せで美味しい世界になっていくのに。ルナはせっせと給仕するセレンの姿を見ながら、呆然と思った。
 正直、クリフォードは週報を発行している張本人であると理解できるほどに人当たりがよく、さわやかな好奇心を細かいところまで向けてくる。それが心地よくてどこまでも話していたくなるのだが、それがこの青年がクリフォード社の社主である所以だろう。
 ルナはリラがなにか上司に話そうかどうかと思って、そわそわしているのを見て、ふと気づいた。ぽんとリラの肩を叩く。
「クリフォードさん、見てもらいたい銃があるんです、これがなんだかおわかりですか?」
 ドライゼ銃を見せると青年は戸惑った。
「えっと、何ていうんですか? 銃口側から弾を入れない?」
「そう、元込め式です。こういった油紙に包んだカートリッジを装填します」
 ルナから現物を受け取ると、青年は驚いた。
「驚くほど軽いね、半分ぐらいかな?」
「そうです、ダマスカス鋼です。シャビに仕入れに行ったら、通常使っている10ミリ鋼板なんてないって言われたんです。だから、5ミリ鋼板。耐久テストには合格しています。おそろしい耐久性ですよ」
 クリフォードは信じられないと言った様子でその銃をまじまじと眺め、実演してもらえますか? とシルバに渡す。
「あ、はい・・・」
 シルバはおどおどと受け取り、腰のベルトポーチに手を伸ばし、弾倉を握って、美しい所作でそれをボルトアクションの装填部に込める。
「危ないからどいて!」
 ルナの言葉に坑夫たちはシルバの射線からどき始め、シルバはなんの気もなしに、すぐ近くの樹木に狙いをつけた。
 発砲。
 すぐに腰に手を伸ばし、次弾を込める、発砲。
 クリフォードはそれを唖然と見ていた。10発撃ったあたりでさすがにルナも止めたくなり、
「まあ、こんなのもあるんですが、さすがにこれは報道はしないでください。ボルニアが侵略してくるかもしれない時に手の内を明かすのは致命傷です」
「あ、うん、そうだね。これは危険すぎるかな・・・。でもすごい幸運だ。こんなものがシドにあったなんって。スポンサーがどんだけつぎ込むかわからなくなってきたよ」
 クリフォードの発言は非常に危険な匂いがするのだけれども、この青年が間違った道に進むとは思えないので、それを信用することにする。
「週報では厳禁です」
「ああ、いいよ、こんなの見せられちゃったら、ちょっと無理かな」
 賭けには勝ったというよりは、常識的な人だと確認できた、ぐらいなレベルで、この優男は生涯信用してもいいと、思えるぐらいには信用できると、思えてしまったのはふしぎだった。この男を信頼してしまった人の感想を聞きたいところだが、だいたいわたしと同じような感想が出てくるのだろう。
 ルナが生涯信用した人間は二人。
 ひとりがクリフォード、もうひとりは秘密で、それが生涯の夫になる。
 そう考えると、クリフォードはルナの夫になるかも知れなかった。
「社主! キュディスとトランの動向が入ってきたんですが!」
 リラの声に、落ち着いた様子で書面をよこせという。
 書面はだいたい支社から届いた殺風景な書面で、キュディスの虹翼騎竜兵団が全翼をアイギスで飛ばしたとか、トランのタルボットギルドの浮遊船団が首都に集結したとか、うわさレベル物がやってくる。タルボットはいつでも船団を集結させるし、日常的に物騒なことは起こっている。
 しかし、それでも何も起きないのが常。
 クリフォードは一文に気付いて、あわてて言う。
「キュディスがボルニアの後見についた。キュディスの、えっと、黒の兵団? ってなんだろ・・・、が、ボルニアの諜報部隊として参画するって・・・」
「キュディスとボルニアが同盟を結んだんですか?!」
 クリフォードはしばらく考え、うん、可能性はある、と静かにいう。
 ボルニアの侵攻が北へ、ザブンテ、エストと呑んで、北方最強国であるキュディスとトランの二国と国境を接した時点で、南に転進するとは誰もが言っていた。その流れで行くと、キュディスがボルニアを手駒のように使って南へと侵略を開始するのは、当たり前の判斷と言ってよかった。
 シドは熟れて豊かで、堕ちそうな国家である。
 そこに侵略の手が伸びてくるのは常識的な気さえした。ルナはじれてジリジリするけれども、クリフォードは信じられないことに、確信を持ってワクワクしていた。これは後にその理由は分かるのだが、彼はこのショックがシドという大国にもたらす大革命にワクワクしていたのだ。そのほとんどはリニーというかシルバが成し遂げ、世界の形を全部変えてしまうのだが、それはまた別の話だ。
「これがきっかけになるんだ。シルバさんの技術力があれば、シドが変わり始めた姿を見せることができる。僕はそれを伝えたい。シルバさんの工房が加わったときの化学変化がどれほど劇的になるのかを、僕は見てみたいんだ、これは不相応な願望だろうか?」
 クリフォードほど名声のある人物に言われて、揺らがないはずがない。
 正直、この時期のルナはクリフォードに魅了されていて、シルバのことなど忘れていた。もちろんそれは一過性のことで、クリフォードが愛する世界を動こかしている人たちの方が重要だと気付くのはだいぶ先になる。まさか自分がその一人になるとは思わずに。
 ルナの評伝はリラによって書かれるのだけれども、そこから、完全蒸気機関の女神と称されるまでになる経緯を書く人はいなかった。学びの天才とはルナのことだけれども、その経緯も不明だったし、論文にしか名前がなかった。
 なにか異常に詳しいやつがいる。
 その程度の認識で済んでいたのは、おそらくルナも目立つのを避けていたのだろう。
 それでも、なにを言っても裏切りと言われる状況は否定しようがなく、一生を裏切り者として人生を終える。

 ルナたちは、鉱山への機材の設置をはじめ、大きな声で指示を飛ばしていく。
 それは不本意ながら、鉱山の奴隷たちを動員し、まず炭鉱の入り口に蒸気機関を設置し、そこから長々と動力線を坑内に引いていく。ポンプを置くのは奥の奥で、最も問題になっている出水地点だ。
「これで、ぜんぶの水かきは終わるから」
 そういうと奴隷たちの士気が上がるのが心苦しかった。
 ポンプの設置が、ほとんど苦労なく終わるのがこんなに苦しいとは思わなかった。
 設置が完了し、稼働し始めると奴隷たちは歓声を上げた。
 こんなの、お金があれば簡単なのに! それはルナが必死に掻き集めても足りないものだった。
 膨大な水を吸い上げるポンプが、この鉱山から重労働を一掃していた。
 モーターとポンプの音色が心地よく、それだけで世界最先端の解決策を届けている気持ちにひたれた。
「ルナ、すごいね! なんだろこれ! 世界が変わっていく!」
 ルナはひとりごちる。
(あなたが考えたのよ。全部あなたが作ったの)
「シルバ、あなたは謙遜しすぎだわ。もっと誇っていい。わたしは手伝っただけ。これはあなたの仕事なの。ねえ、クリフォードさん、そう思うでしょう?」
 突然に振られた優男は対応に困って、そうかなと遠慮がちに言う。
「ぼくがリラに頼んだのは、あなたの取材なんです。それは、あなたが美人だからではない。銅版画家があなたの肖像を描きましたか? ぼくが興味があるのは、あなたの工房を束ねる才覚なのです。シド最大の工房群をあなたは事実上差配している。あなたの兄のパルの工房群と言われると、莫大な資金が流れています。それを、シルバさんの工房が全部支えている、信じられないことです」
 ルナはおどおどと動揺したが、こういう交渉は慣れていない。
 そもそもなにをゴールにしていいかさえわからない。
「買いかぶりです」
「事実を見ましょう。ぼくは事実しか見ません、それが週報の支持につながっているし、ファクト以外は興味が無いんです。事実が伝わればそれでいい」
 しばらく黙る。
「あなたは人間としては信じられないだけど、交渉相手としては信用できる、かな?」
「奇遇なのですが、それは同感です」
 ルナが言葉を言いそびれると、クリフォードは追い打ちをかけた。
「あなたにしか興味が無いんですよ。もちろん、週報の発行責任者として」
「る、ルナ、これって成功かな? いちおうポンプは排水をしているけど・・・」
 遠慮がちなシルバの声に我に返って、まあ、大丈夫かなとか適当なことを言う。シルバは流れ出る水量に夢中で、クリフォードなど見ていなかった。それが手打ちだった。そもそもシルバには興味がなかったのだ。交渉相手は、将ではなく馬だった。ルナが優秀だから優秀なシルバだったのだ。
 クリフォードは佇まいを正し、改めてシルバに向き合った。
 しかし実際にはそれは事実上ルナに向き合っていた。
「あなたに、ひじょうに有力な貴族から支援要請が来ています。いくらでも金払うと言われているんですが、それは常識的な要請ではありません。無制限に金を払うと言われています。ただし、その対価はおそろしいほどの「あらし」です。望む中で最も大きなあらしが提供されます。もし「あらしにあこがれる」のであれば、ぜひ受諾してください。わたしは強制はしません。「あらしにあこがれる」人だけが参加してほしいのです。あなたは「あらしにあこがれて」いますか?」
 シルバは考えた。
 ルナは口を挟んだ。
「今回の件はシルバが奴隷が酷使されている姿を見るのは耐えられないという利己的な理由から生まれたビジネスなのです。なので、奴隷の売買に賛同する立場の人達には絶対に賛同できません。ですから、奴隷売買をする方々から出ている資金ではないと確約してください」
 クリフォードはにっこりと笑った。
「こんな簡単なことが最終条件だったとは」


 〈了〉

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 『あらしにあこがれて』16


 蟹伯爵の鉱山に向かう山道は、ひたすらに喋っている道中だった。
 しつこいリラに噛みつかれる毎日で、取材者というのは噛み付くことが仕事なのだと思ったほどだ。あ、といえば噛みつかれ、い、といえば噛みつかれ、う、といえば噛みつかれる。
 音ってどれだけ必要なんだろうと思うんだけれども、その一つ一つに説明を求められる。「だますかすこう」とか言ったら、何日かかるかわからない。7音もあるし。
 ダマスカス鋼の話は、恐ろしいほどしたはずで、それでも一切の妥協はおそらくない。もう決着がついている問題なのに、一切の決着はない。すべての特性は話しているのに、それを納得しない。それは分かる、受け入れがたいのだ。
 常識を超えている。
 わたしたちは工業製品を売っているのであって、セールストークを売っているわけではない。言葉なんて単なる言葉でしかないのだが、リラは言葉を売るのが商売なのだ。
「まあ、暇だし、とことん付き合うけど、この銃に触ってみないことにはなにもわからないわよ?」
「わたしは銃なんて撃てません」
 まあそうだよねえ。ふと思いついて、旧式の銃と新式の銃をリラに渡す。
「重さがぜんぜん違うでしょ? 持ってみて?」
「あ、軽いですね」
「そう、これがダマスカス鋼。軽いのに、同じ強度を保てる。だいたい半分の重さかなあ、正確には計ってみてはいないけど、鋼板を薄くできるの」
 リラはしばらく考えていたが、
「薄いと軽くなるんですか?」
 と恐ろしくよく分かってない言葉を返す。
「使う鋼鉄の量が減れば軽くなるでしょ? たとえばリラさんは大量の書類を背負ってくるけど、それが半分に減ったらどう?」
「楽ちんですね、社主がうるさいんですよ、とにかく文字は小さく書けと、それですか!」
「うん、まあ、そんなもんかな」
 リラと話しているのは正直楽しい。
 たぶんそれがリラが重宝がられている理由なのだけど、妹ができた気分になるし、どんどんと教えてあげたい気持ちになるぐらいに素直なのだ。ときおり、猛禽のように執拗になるけれども、問題ないところを答えているときには不快だと思ったことはない。
 たぶん、甘え上手。
 その上手に心を許してしまっているのだ。
「上長から報告せよと言われています。簡単に言うとシルバさんの工房がどう動くつもりなのか。神経質ですよね。わたしもそう思いますし、なんで、こんなに神経質になるのかわかりません。なにか動いているのかわかりませんが、週報を発行していてもわからないことはあるんです」
 リラは正直で、率直で助かる。
 ルナが対峙しなければいけないのは、世界の情報を権力と絡んで統制しているクリフォードなのだ。
「あのさ、シルバ。ドライゼ銃の効能は出してしまっていいの?」
 シルバはぽかんとしたが、あー、考えてないんだなと理解した。
 これはわたしが管理する問題だ。
「これは極秘だと、週報は守れるかしら? それを守れるならば、いくらでも話すけど、書いては駄目。だけど、すべてを話す」
 リラはしばらく考えた。
「社主の、」
「だめ! あなたの問題なのよ! あなたは奴隷なの? わたしはあなたと向き合っている。あなたに話すんだから、あなたが問題なの。リラ、あなたは信頼できるの?」
 時間は長かった。
 震えるちびを見ている時間は拷問に等しかった。
 一時間ぐらい経って言葉が出た。
「わたしには手にあまるんですよ。社主が書けと言えば、書かない訳にはいかないですし・・・」
 散々考えてこれか。
 まあ結局クリフォードと面と向かうしかない。会ったことはないけれど、若く情熱的な貴族の青年だと聞いている。つまり私財を投じて事業をしているわけで、社を傾けないために悪事を働く恐れがないことだけは分かっていた。それに噂では、リニーに頼み込んで体験談を野バラの装丁の本として、ただしフィクションとして発刊し、それで現在を書く使命に目覚めて、週報を発行するようになったと聞く。
 生粋の大公派。
 あらしにあこがれるシルバを悪いようにするようには思えなかった。
「直接、クリフォードと交渉をします。それぐらいの用心は許してほしいの。あなたが信頼できないのではなく、全権を握っているのはクリフォードだから、あなたの社主と直接話さないと埒が明かないの」
 リラは不満げに眉根にシワを寄せるが、不承不承納得をする。
「なにか、戦場を変えてしまうような銃なんですね? たとえばボルニアの騎竜兵団に対抗できるような?」
「クリフォードに会って、話すかどうかを決めます」
 まあ、実際に現物は見ているので、銃に詳しければ、それがどういうたぐいのものなのかはわかったはずではあるんだけれども。

 リラは、あさりのバター蒸しの餌食になった。
 丁寧に砂吐きをさせたあさりは、とにかく美味い。
 夕食をまさかのシーフードだとは思わない。鉱山に向かっている山道である。
「わたしたちはおいしいの。それが全部だしね。あなたをどうこうしたくない。でも、いつでもおいしいから来て。あなたは家族だわ」
 リラがどう考えたかは知らない。
 それは知らないほうがたぶん美しい。
 リラは感心し、なんでペネスで海の幸が手に入るんですか? と聞く。
「それは謎だし、わたしは市場で買っているだけだから。確かにふしぎよね。塩水で活かしたあさりが届くのかしら? 市で聞いてみてはどうかしら」
 ルナの答えにリラは心を膨らませ、わくわくとしている姿は、見ていて可愛らしかった。
「リラさんは、生粋の記者ね?」
「はい?」
「だって、知りたいことが大量にある。どんなことでも知りたいんでしょ? それを知るためならなんでもする。それが記者じゃない?」
 リラはしばらく唖然としていたが、言葉の意味がわかって、震え始める。
「あ、あの・・・」
 泣きそうなリラをあわててなだめる。
「わたしは、正直なところを言ったつもりよ。リラさんが立派な記者だと言ったつもり。正直に言えば面倒くさいのだけれども、その面倒臭さも含めて、立派な記者なの。もしかして言われたことがなかった?」
 リラは耐えた。
「ルナさんにお聞きしたいことがあります」
「聞くわ、手短にね」
 とても手短にリラは聞く。
「シルバさんは恋人ですか?」


 えーと、短すぎてごめんなさい何ですけど、どこで切るかって、けっこう物語の面白さに直結するなあと、書きながら思っています。
 この変な切り方は、わたしが愛読しているディック・フランシスの切り方に近いです。
 すっと書いてきたものを最後で変な方向にぽきりと折る。
 初長編の時から、変な折り方をしているなとは思っていたのですが、あるとき、ああ、これディック・フランシスだ、と気付いて、ああこれが、わたしの長編の流儀なんだと理解したのです。
 変な方向に折りながら螺旋を描くように、ぐるぐると登っていく書き方。
 本家がどう考えているのかは分からないのですが、たぶん話題を分散させてまとめるのに良い書き方のように思うのです。

 さてたいへんおまたせしてしまいましたが(1月ぐらい空いている)、たぶん次がラストです。
 わたしはとにかく終盤が苦手なようで、これは中盤あたりであれば、書かなければいけないことが漏れたら、あとで足せばいいやぐらいの気分でいれるのですが、終盤では一切の漏れが許されなくなるのがたぶん苦手なのです。
 「漏れなく」「面白く」「流れをきれいに」
 とか、どんだけ無理難題なんだと思ってしまうのですが(^_^; わたしはそもそも短編が好きな人なので、長編の大量の情報量をどう処理したらいいのか、という部分でオーバーフロー気味になってしまうのです。

 ここからどう進むのかは、未知の領域です。
 いちおうばらまいていた伏線から回収しなければいけないイベントは自ずと決まってくるのですが、ひたすらに難問を先送りにしてきたつけの精算をしなければなりません。今日が5日で(この文章は5月5日に書かれている)、デッドラインが5月20日ですかねえ・・・。
 いま読み直しながら、次の文章を考えていたら、この終わり方すごいw と理解しました。台詞で終わっているから、受け答えから始められるし、まったく違う領域の話題ができる。
 まあそんなことをうだうだ言ってよりは、次を書き始めますw
 次回、いま書かれている原稿ではクリフォードが出てくるのですが、クリフォード社(リラもそうです)をとてもたくさん出しているのは、シルバが注目されている、ということを書きたいのではなく、クリフォード社を書きたいからだったりします(そう書くと当たり前ですね)。
 このクリフォードは、ルネサンス期のエラスムスとアルド・マヌーツィオがモデルです。
 エラスムスは教科書にも載るような著名人だと思いますが、アルドの方はまったく知らないかもしれません。出版社の父とも言われ、エラスムスの著作を(というか大ベストセラーを)大量に出版した人です。日本で言えば蔦屋でしょうか。で、わたしはこの二人が同一人物だと勘違いしていたんですね(^_^; またエラスムスはルネサンス当時のジャーナリズムの走りだと言われていて、それで現在のなぜか新聞社をやっているクリフォードが生まれました。わたしは正直、人生やり直してなりたいものになれると言われれば、経済紙の記者になりたいと今でも思っています。だからそれを叶えた、クリフォードの活躍をどんどん書いてあげたいのです。クリフォードがやっていることは経済誌(ここで誌になるのは米国では新聞よりも雑誌のほうが格上だから)の記者として、シリコンバレーの英雄たちを取材して、その本を書くということなのです。
 なので、なんでこんなにクリフォードやリラが目立つようになっているのかと言われれば、それがわたしがやりたいことだから、という言葉にたどり着きます。
 欲望に忠実ですみません(^_^;
 
 現状、つぎの稿の原稿が10枚ぐらいはあるようです。
 なんとかデットラインには間に合わせたいなあと思いつつ、あと10枚ぐらいですかねえ・・・。特に苦手問題がなければたぶん間に合います。

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