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管理人hikaliの開発の日々の備忘録です。
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http://plaza.rakuten.co.jp/hikali/
 『お熱いのがお好き』を見た。
 えーと、ビリー・ワイルダーです。常々からビリー・ワイルダーの著名作品は出来うる限り見るようにしようと思っている、そして言っているのですのでが、戦前、そして戦後すぐぐらいの時期に代表作が集中しているため、たとえアカデミー賞受賞・ノミネート作であっても入手が困難な作品だらけです。
 一番の代表作は「アパートの鍵貸します」でわたしがビリー・ワイルダーを見ようと思い始めたのはそれを見てからです。なにが魅力かと言いますと、いたずらっ子を見ているような自由奔放なコメディーの楽しさというところでしょうか。

 この『お熱いのがお好き』はマリリン・モンローが色っぽい主演女優で出演しているので有名なのですが、まあそのおかげでこの作品は広く流通していてわたしも見ることができたし、たしかにそいう色っぽいシーンも結構濃厚ではあります。マリリン・モンローさまさまなのですが、wikipediaの解説によれば、ワイルダーがモンローに惚れこんだのはその色っぽさではなく、面白おかしいコメディーの主演女優としての才能、ということのようなのです。
 それはおいおい説明しますが、まずはあらすじから見てみることにしましょう。

 禁酒法時代のシカゴ。聖バレンタインデーの虐殺を目撃したため、マフィアに追われるサックス奏者のジョー(カーティス)とベース奏者のジェリー(レモン)は、シカゴから逃げ出すために仕事を探すが、団員を募集していたのはフロリダに向かう全員女性の楽団だけだった。
 女装してジョセフィン、ダフネとなって女性楽団にもぐりこんだ二人は、その楽団の女性歌手でウクレレ奏者のシュガー(モンロー)に恋をしてしまう。
 フロリダでジョーは再び変装し、シェル石油の御曹司「ジュニア」としてシュガーに求愛する。一方ダフネに変装中のジェリーは、本物の大富豪オズグッド3世(ジョー・E・ブラウン)から求婚される。
 シカゴからフロリダへ、マフィアの手からうまく逃れたかに見えた二人だが、彼らが滞在するホテルにマフィアの別名団体である「イタリアオペラ愛好会」が訪れる。


 これはwikipediaのあらすじをそのまま引用したものです。
 これだけだとイメージがわきにくいと思いますので補足しますと、ジョー(ジョセフィン)は色男の口のうまい浮気者、ジェリー(ダフネ)は騒がしくて危なっかしい道化役、シュガーはマリリン・モンロー(これで説明つくのがすごいw)。
 大枠の話は、フロリダで興行する女性だけのビッグバンド(だいたい20人編成ぐらいのジャズバンド)に女装した男2人が潜り込み、いつばれるかとハラハラしながらも、いわゆるハーレムもの(女性の園に男が少数)展開を満喫するという映画です。
 ただいちおう建前はギャング映画なので(?)、ギャングとの大捕り物もありますよ、といった感じ。
 うんなるほどw 狙いが分かりやすいw

 ただここまで読むと、いや、女性の中に男が混じってたらすぐばれるでしょ!? と思うと思うのです。それがこの映画の面白いところで、なんだかんだでドタバタしているうちに、ばれないことに違和感を感じなくなってくるんですねw
 これはちょっと書こうとしたマリリン・モンローの才能の話でもあるのですが、シュガーはヒロイン役ですから当然に主役の二人組と頻繁に接触をし、二人もシュガーにくらくらとしてしまいます。で、そのシュガーはどうかと言うと、無邪気に二人を信じ切っていて、夢見がちな甘ったるい幻想で二人を包み込んでしまうのです。
 わたしはマリリン・モンローファンではありませんので、他の作品がどうなっているはまったく分からないのですが、このモンローの夢見がち感がコメディーに使いやすかったのではないかと推察するのです。

 日本の女優で言えばぜんぜん色っぽさが売りではないですが、NHKドラマの水族館ガールでヒロイン役をした松岡茉優。なんといいますか天然系と言われる女優さんたちに近いのではと思うのです。ひとことで言うとほわっとした空気感を持っているんだけれども、そこにすべてを引きずり込めるだけの存在感があると言いますか・・・、男性俳優では大河ドラマ真田丸で準主役をやっているにーちゃん(これは真田家の長男役だから)こと大泉洋さんですかね。
 にーちゃんをどうコメディーに使っているのかと言われると難しいのですが(最近は難題ばかりなので)、少なくともちゃんとおかしみは出していたよ、とはいえるのではないでしょうか。
 えーと、真田丸の説明をすると長くなりそうなので、この辺でぶつっと切りましょう。

 ■役の使い方、いかに少人数で回すか。

 ここから本題なのですが、ワイルダーの面白さは、一つの役柄を一つに使わないところにあります。もちろん物語技巧的な面白い話はもっと話せるところではあるのですが、それは『物語解析』を読んでいない人にしてもちんぷんかんぷんです。
 なので端的に言って、女装して入った男が、その女であると信じ切っているモンローを駆使して、男にも嘘八百で身分偽装しながら恋の虜にさせるという脚本ってすごくない? という話なのです。
 ジョー(ジョセフィン)は男の立場と女性の立場(どっちも嘘八百w)を駆使して、シュガーに迫っていくのです。まあなにか詐欺師じゃないかと思うかもしれませんが、ふしぎなおおらかさとおかしみがあって、まあ実際詐欺師なんですけど、浮気者ではあるけれども悪意はなくてそこそこ義理堅いところもある、それをワイルダー一流のどたばた喜劇でひっかきまわす。
 よい脚本というかシェイクスピア劇は、展開が早くて目まぐるしく次々といろいろなことが起こって有機的につながっていく。これは脚本の力ですし、非常にコンパクトだからできる密な構成だったりはします。
 これは楽しみは奪ってはならないと思いますので具体的には言いませんが、くっくっくと笑ってしまう展開の妙があります。
 たぶんワイルダーがあんまり好きでない人は、引きずり回しすぎなぐらい、はらはらさせるところにあるし、実際にはこんなの普通ばれるだろと思うようなことも力技で納得させてしまうところだと思うのですが、まあもっと肩ひじ張らずに、稀代のいたずらっ子がどう楽しませてくれるかを堪能しましょうや、というのがわたしの言いたいところだったりします。
 モンローが色っぽさで延命させてくれた作品というのは、同じワイルダーの「麗しのサブリナ」をオードリー・ヘップバーンが延命させてくれたのと似ているのですが、こちらはまた別の楽しさがあります。
 わたしのなかではこの「お熱いのがお好き」は「麗しのサブリナ」よりも評価が高いのですが、その理由はモンローとヘップバーンの比較ではなく、脚本の質の高さなのです。もちろん最高峰は「アパートの鍵貸します」なのですが。

 「お熱いのがお好き」はたぶん、色っぽいイメージが付きまとわっていて(実際にかなり色っぽいですし、わたしも借りるのがかなり恥ずかしかったです)、その喜劇の作劇方法に目が行っていない作品な気がするんですが、これはすごかったというのがわたしの報告です。
 これにマイナス評価をするのはもったいない! 見てから言え!
 という作品なのを書いておきました。

 物語解析したいけど、ほとんど需要がないだろうなあ・・・。

| 映画評 | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
 『君の名は。』を見た!(ネタバレなし版)
 シルバ―ウィークに入ってようやっと見てまいりました、『君の名は。』
 たいへんな話題作ですが、あとで見直してみると重要なことは全部予告編で言ってるんです、この予告編よくできてるんです。

 ■「君の名は。」予告
 https://www.youtube.com/watch?v=k4xGqY5IDBE


 この中で、動き出した奇跡の物語、とキャッチが出るんですが、ほんとにその通りの奇跡の物語で、何だここで言ってるじゃんと思ってしまったほどです。ただこの映画はその奇跡を起こすためにかなりアクロバティックな脚本になっていて、個人的に正直未だに上手く整理がついていないところだったりします。
 この予告編にある通り、東京の男子高校生の瀧(たき)くんと、飛騨の女子高生の三葉(みつは)が週に二三回不定期で入れ替わってしまうというお話です。ただそれだけの話かというとそうでもなくて、もう一つの大仕掛けが始まると突然に物語がサスペンスフルで切実なものになっていくのです。

 ■「君の名は。」予告2
 https://www.youtube.com/watch?v=3KR8_igDs1Y


 予告2の方が踏み込んだ内容になっているのですが、これお互いのスマートフォンを通して文通のようなことをするんです。でお互いに勝手に干渉されるから、互いにふざけるな、になるんですね(笑)。わたしが見た感じは三葉のほうが瀧くんをいじって遊んでいて、瀧くんはいじられているうちに気になる存在になってしまっていくように見えました。
 で、この二人は典型的な「喧嘩するほど仲がいい」なカップルでして、必死になって奇跡を起こしてやっと出会えてもすぐさま喧嘩が始まる(笑)。もう、楽しいんでしょうね、喧嘩してるのがw でも喧嘩できなくなると自分の半分を失ったかのような喪失感を感じる。
 スマートフォンを通じて文通してますから、スマートフォンに携帯番号とかを残せるわけです。で瀧くんが三葉に電話をかけようとして掛けるんだけども繋がらない、なんでだ? とその理由が分かり始めたところから、ものすごい勢いで物語が展開していきます。

 もちろん中盤の瀧くんと三葉のどたばたコメディも結構おなか痛いのですが(^_^; やはりクライマックスに向けての奇跡を起こしていくアクロバティックな展開は圧巻の一言。迫力がすごいというか、ほんとうにほんとうにほそいほそいきれてしまいそうな糸を必死に手繰って奇跡を起こす。
 物語を書く人だったらこの脚本に嫉妬しない人はいないとさえ思います。
 わたしも、ほんとにこれ整合性取れてるんだろうかと、もう一回見ないとよく分からないと言いますか、まあわたしは秒速5センチメートルもブルーレイで買って環境音楽代わりにエンドレスで流していたぐらいには新海誠ファンなので、「君の名は。」もDVD購入コースかなあ、などと思っていたりします。
 しかし、この映画107分しかないんですがものすごい情報量でひとつも無駄な情報がなく、5回ぐらい見ても全部把握できるかわからないという気さえしてしまいます。

 何はともあれ、(ネタバレあり版)を書くときにはもう一回見ないと無理ですね・・・。
 ただただ腰を抜かす映画であると同時に、どたばたコメディも切ない恋愛も堪能できますので、まだご覧になってない方はぜひぜひご覧くださいませ。


 ※なお、作中で瀧くんのことを三葉が瀧くん、三葉のことを瀧くんが三葉と呼称するので、その呼称に統一しています。
| 映画評 | 20:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
 『グ・ラ・メ! -総理の料理番-(最終回)』を見た。

 えっと、もうタイトルからしてわたしがいかにも好きそうだというスイートスポットなのですが(このスイートスポットという用語は、わたしが中高大とやってきたバドミントンのラケットの好返球ができる範囲の意味)、いや、かなり夢中になってみたドラマシリーズでした。
 たぶんご存知のない方はとてもたくさんいるとは思います。
 ただ、その原作者の方が、わたしが週刊漫画TIMESを毎週買うきっかけになった「信長のシェフ」の原作者であり、この方面で活躍すると無双の人なんだなあと、まあ一言で言えば完全にロックオンされていた作品ではあります。

 この作品は、総理官邸にグランメゾン(これがグラメである)というおもてなし用の調理部門が設けられたという想定で、そこで繰り広げられる食を通じたドラマを描いたものです。
 主人公は剛力さんが担当し、総理役は小日向さん、秘書役には滝藤さん。
 首相官邸をめぐる様々な政治状況を食を通じて解決していくというドラマなのだが、どうやって撮影できたのだろうと思うぐらい、首相官邸だよなここ、と思わせるリアリティーはあるのだ。

 最終的な結論から言えば、ライバルの調理人(調べるのめんどいので省略)の扱い方が下手すぎない? となるのだが、まあ料理もののドラマとしては堪能できた。

 ■なぜ料理モノが好きなのかから見る物語構成

 わたしが料理モノが好きなのは、わたしが料理ができるからである。
 できるといっても、小手先のものであって、本格的に学んだ人に達せるというレベルではないのはほとんどの人と同じだと思う。だから本格的なフランス料理は敵になるのだし、庶民的な段階で勝負になるというのは、このグ・ラ・メ!のポイントだと思う。
 そこにカタルシスがある。
 最終話は残念ながらそこに触れていないのだが、ネタバレになることを恐れず、ぼかして言うと、ラーメンの出汁がポイントになった回は、ラーメンかよと全力で笑ったwww
 食い物ネタというのは、衣食住の三大文化の筆頭にあるのではないかと思う。
 わたしは漫画原作で実写化されて成功する確率がおそろしく高いのは食い物ネタだと思っているのだが、孤独のグルメしかり、深夜食堂しかり、とにかくヒットすると予想してなかった地点でヒットしている事実は認識すべきである。
 たぶん次に来るのは食べ歩きネタ(孤独のグルメはそうだけど、もうちょっと広範囲にアジア全域に食べ歩くイメージ)だと思う。
 旅+食。
 これが無敵な気がする。
 わたしは正直、取材費出すんで、食べ歩きしてくださいと言われれば、一生食べ歩きしそうな人ではあるのですが、これ儲かりそうな気がするんだけど誰もやらんの? と思ってしまいます。

 というか食い物の話すぎて、物語構成の話してないw
 えーと、雑かなあ・・・。
(それで終わり?!)
 以上。

| 雑感 | 03:55 | comments(0) | trackbacks(0) | 昨年の記事
自分の作りたいもの(料理)

 正直なところをはっきりというと自分でも何を言っているのか分からないのだが、料理が作りたい。それはバゲットをベースにして、生オニオンと生鮭、そしてスライスしたフライドガーリックを大胆にまぶし、岩塩で締めたシンプルなサンドだ。もちろん胡椒ぐらいはあってもいい。
 この料理を手にして、のんびりと勝敗はどうでもいい野球の観戦を、ビール片手にしたい。
 何も考えるところがなくて、無邪気でフリー。
 その時間を食べてみたい。

 そんなのわたしの勝手な妄想だから、実現可能性はかなり薄いんだけど、たぶん実際にやると大量の問題が発生するんだろうなあ・・・。でもおいしいサーモンを見てしまうと、これはレモンを添えると最高なのにと思ってしまう。

 わたしが飯ネタが多いのは一種の冗談なのだが、過去にそれで書いた詩が、実は日本伝統の歌だと知って、びっくりしてこれを書いている。
 その歌はこう。

 どんぐりころころ、紅黄の落ち葉、まつぼっくりだぞ、きのこが美味い。
 ようこそこちらへ、秋雨前線、またこい来年、積乱雲。
 ながい雲路に、うんざりぼんやり、晴れて気付くと、夕焼けはやい。
 秋のながよに、なにするボクら、食欲、げいじゅつ、どくしょに、スポーツ。
 あれこれそれこれ、百人百色。どんな夜とは、訊ねはせぬが、長夜に見上げる、名月、おぼろ。夏にも冬にも、梨柿食えぬ。西瓜、苺と、焦がれる想いにゃ、高い代価が、待っている。
 夏のかげろう、冬の風花、春の芽吹きも、秋には無用。春夏かけて、実った木の実に、顔出す茸に、想い向けよう。

 紅黄の景色を、散らすな風雨、台風一過にゃ、栗さえ残らぬ。
 高波、洪水、台風警報、秒速50に景色は落ちる。
 どうせ落ち葉に、なるなら景色、自分のおもいで、ふさりと着陸、ほんの僅かな、空中散歩、春の芽吹きの、こやしとなろう。
 木の実も、茸も、空にはないぞ、実りは全て、赤黄の絨毯、リス駆け回る、足元潜む。
 月に梯子を、星に想いを、雲に片手を、日に翼。
 月が泣くのを、見上げるうちに、花の涙を、忘れているぞ。
 地面に落ちた、小さき木の実、忙しい小栗鼠が、せっせと巡る。めぐる季節に、景色も回る、変わらぬ空を、観るならいっそ、色づく山海、実りを採ろう。
 秋刀魚が旨い、稲穂色づく、鮭が登るぞ、芋煮はどうだ、熟した葡萄の、房の向こうの、長夜にのぼるは、おぼろ月。


 これは某商業で書いた文章なんですが、これは夏の世の夢のパックを想定して書いている文章なんですね。もともとモデルをパックにあてていたので、こうなったのですが、ただこの子は食いしん坊という設定になっていました。
 この歌はすさまじい批判を受けました。
 というのは、この歌を歌っている子に対して恋心を抱いている男の子に対する降伏勧告の歌になっていたからです。
 わたしはそんなこと考えていなかったんですけどね(^_^;
 わたしはナチュラルに、あー、これは無理だよなあと思っていただけで、それを文章にしたら、何たることだと突っ込まれただけで、わたしに悪意はなかったのですが・・・。

 この七五調の口上というのは日本の文化に根付いていたようで、どうもバナナのたたき売りの口上とほぼ同じことが分かって、びっくりしました。わたしは単純にシェイクスピアの真似をしようとしただけで、日経新聞を読んでいて、あれ? これか? と気付いてビビったのです。
 まあ、でもこれは許してくださいませ。



| 雑記 | 02:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
バーベキュウ


 最近始めた趣味はなんですか、と聞かれれば、たぶん散歩と答える。
 もともとあちこちふらふらと歩きまわるのが好きだったから、昔とあんまり変わらないのだけど、以前は、新潟だったり、宇都宮だったり、高崎だったり、千葉だったり、葉山だったり、三崎だったり、東京湾フェリーだったり、関西周遊だったりしていたのが、最近はそれが家の周辺になった。
 年寄ではないので、用事ついでにあちこちの道を自転車で通って眺めてみる。
 花で飾った庭があったり、電飾が好きな家があったり、本物そっくりの犬の置物がある玄関があったり、路地を覗くと芝生の広場と一体化した住宅街があったり、高台の何台もの高級車が止まっている邸宅があったり、お米を売っている倉庫があったり、広々と農機がガレージに並んでいる旧家があったり、それが一瞬で過ぎ去っていく。
 この株の花なんだっけ、昔よく見たよな、たしか種が黒くて、ああ、オシロイバナだ。
 わたしは凝り性だから、いつも同じ道を通るとすぐに飽きてしまう。
 なので、もしかしたらこっちの方が近道なのかもと、適当な言い訳をつけて、道を変えて走っていく。そうやって頭の中の地図を更新しながら、わたしの家の周りがどうなっているのかを理解し始める。

 日曜日はいつもレンタルビデオ屋に行く日で、日が暮れ始めたころから夕食の前までに戻ってこれるように、自転車を出す。
 なんでネットで映像コンテンツなんて配信しているのに、わざわざレンタル屋まで自転車を走らせるのかと聞かれれば、わたしは、うーん、わかるのかなあと警戒しつつ、
「レンタル屋はおまけなんだよ。外に出る口実が欲しいだけ」
 と答える。
 それでそのお店に向かうのだが、困ったことにそれはバス通りの方の駅前にあって、たどり着くには、おそろしく長い坂を登らなければならない、自転車で。それで裏道の緩い坂をとなるのだが、その裏道が川沿いを通る。
 一級河川では決してない、その支流の支流である。
 渡る橋が30メートルぐらいだろうか。
 わたしは高尾に住んでいたことがあるので例に出すのだが、浅川みたいなもんかな? なんて思ってみたりする。いや、浅川ほど立派じゃないか。川幅がたぶん10メートルもない。
 それでも、まあいちおうわたしの住んでいるところは、バブル期の新興住宅街なので、なぜか計画だけはご立派で、歩いて3分の公園は30年近く経って、埼玉るるぶに載るような桜の名所になった。
 い、いやぁ・・・。
 まあ、すぐ近くにスーパーあるから便利だし、もちろんわたしは、近隣で迷惑だなんて話は聞いたことはないのでいいのだけど、これのなにがいいのだろうと思ってしまう。そしてわたしの日課、あ、いや、週課は近隣でレジャーする人たちが何をしているのかを観察することになる。
 ようするに楽しそうだなあとみているのである。
 そうすると、目に入ってくるのは川沿いの道から見える、河岸でバーベキュウをする人たち。河岸といっても砂利石に雑草ではなく、コンクリートで護岸されていて、川面に降りるぐらいのことはできるような設計になっていて賑わっている。たぶん一番大きいのは、自動車がそこに降りられるように整備されていて、それで数えたのだが自動車が10台ほど。おそらく十家族が集まって、そこでバーベキュウをしている。
 わたしが住んでいる住宅街は、最近若い家族が入ってきてはいるけれどもたいていは、バブル世代からの、娘が結婚してなんて話がよく聞かれる住宅街である。だからこんなにも子供がはしゃぎまわっている光景はめったに見ないし、それに対して迷惑だという人もいない。たぶん汚さない人たちなのだろう。
 ただそれをサドルの上から通り過ぎてみて、この子たちは、このわたしには何でもない河原を一生の思い出として何度も何度も思い出すのだろうな、と思うとふしぎな感覚がする。

 わたしにとってのバーベキュウの思い出と言えば、よく小学生時代に連れていかれた、秋川渓谷やら、奥多摩方面の河原でのキャンプだ。それがどういう集まりだったのかは知らないのだが、たぶん学童保育の周辺での集まりだったのではないかと思う。
 わたしは喘息持ちだったから、そもそも煙を吸うことを警戒していたのだが、結局覚えている記憶は夜にテントで枕に頭を押し付けて、喘息の発作に耐えていた記憶しかない。喘息の発作が起こると酸欠になるので、激しい頭痛が起こる。それがどういう理屈なのかはわからないのだが、枕に頭を押し付けると、少しだけ痛みが遠のくのだ。
 それともう一つは大人たちが、眠ったことになっている後に酒宴を始めたこと。
 当時は当然にそれが何なのかはわからなかったけれども、今になって思うと、缶ビールを酌み交わしての親交会だったのではと思う。
 まあそれだけが覚えているほとんどで、今それを小説で書いてよと言われても、え? と思ってしまう。わたしの同僚の先輩には子供時代からの記憶を全部覚えている方がいて、それはつらいのではと思ってしまうのだけど、わたしはとにかく忘れてしまうし、どうだったのかなあと想像している方が、わたしには楽しい。

 今年の関東の夏は、猛暑になるとの話だったのだが、梅雨が長引いて、涼しい7月最終週が続いている。なにか涼しいとバーベキュウも盛り上がらないようで、おそらくお目当ては、水遊びもあるのだろうけど、大人たちの飲むビールなのだ。だから、照り付ける太陽の下でキンキンに冷えたビールを飲みたい。そんな集まりなんだろうなと想像しながら、わたしは通り過ぎていく。
 あるとき、4時ごろに夕立が降って、警報出てるよ? と家族に言われる。
 あ、うん。やんでから出るから。
 そう言いながら、わたしはあのバーベキュウをしている人たちはどうしているのだろうと、大変じゃないだろうかと心配してしまう。まあ、あとからよく考えてみれば車で来ているのだから、車に退避すれば問題ないはずなんだが、それでもなぜか、まさか心配なんてしている赤の他人がいるとは思っていないだろう人たちのことを思ってしまう。
 たぶんその人たちは昼ぐらいにやってきて、夕方まで遊んで、それで帰っていく。
 あるとき6時ぐらいに帰り道で通った時には、もう撤収していて、やっぱり夕飯時には帰るんだなあなどと思った。その夕立の日は若干遅刻気味で、5時15分ぐらいだったのだが、一家族が水遊びをしているだけだった。
 そんな泳ぐような川じゃないと思うんだけどなとか、釣りするような川でもない気がするんだが、などと思いつつも夕方になると釣れるのか、数えただけで5人ぐらいが釣り糸を垂らしていた。
 わたしの父親は狩野川の流域、はっきりというと修善寺の出身なので、わたしはあの鮎釣りのメッカである伊豆の河をよく見ている。それに比べると地元の一級河川はやっぱりため息が出るような河で、こんなところで釣れるのか? とコンプレックスがたぶんあるんだと思う。
 ああ、複雑ですね。
 でも、散歩しているのは好きです。

 それでも、最近は自転車で巡るたびにあちこちの景色が懐かしく思えてくる気がして、たぶん、何年住んでるんだろ、20年近くは住んでいるのか、むかし母親が書いた、この子たちの故郷はどこになるんだろうという、けっこう真剣に考えていた文章を思い出して(そして、なんのはずみだったのかたまたま読んでしまった)、ああ、ここになってきたのだなと、最近、と思った。
 わたしは中学生の時に引っ越しをしている。
 それも真新しい新興住宅街にである。模造品ともいえるし、むかしひどいことを言われたこともある。それがわたしが別のところに住んでいた時を無視して20数年経って、新品の住宅街ではなく、そうでないものになっている。

 まちにまった今日はたぶん晴れだ。
 天気予報もそういってるし、これを外したらもう次はないかもしれない。
 昼食を食べるために階下に降りると、どうも曇り。
 え? 原稿的に困るんですけど!
 わたしは真冬生まれだから、とにかく暑いのは苦手。だけれど、夏に浮かれている人を見ているのは好きで、それが見たくて仕方ない。


 いちおう埼玉県は全面的に晴れることになっている。




 さいたま市をわざと貼っているのだけど、今日は33度ではきかなかった気が。




 早めに5時ごろに出る。
 わたしの心配をよそに照り付けるように晴れて、バーベキュウ日和がやってきて、わたしさえもわくわくしてしまう。
 河原はフェスかお祭りかというほどテントがあちこちに立っていて、帰りに再確認して気付いたのだが和太鼓がお囃子できるほど並んでいて、たぶん保存会かなんかの集まりだったのだなあと後になって気付いた。
 テントというのはキャンプで使う宿泊用の三角テントではなく、運動会などで運営本部なんかで使われる日よけの屋根だけのテント。コンクリートにどうやって建てているんだとか、あとになって考えるのだが、だいたい運動会のテントが5ぐらい建っていると思えばだいたいあってる。
 そのテントをよけて、炎天下にバーベキュウ台が立っている。
 ほとんど、酒の肴用だと思うのだけど、白いのがまんべんなく広がっているのをみて焼きそばかなとか思う。いや、でも焼きそば網焼きしないだろ。これは数秒で通り抜けているので、いろいろよく見ていないのだけれど、みると防犯パトロールのチョッキを来たおじいさんたちがそれを見守って、談笑している。
 のちに、その方々がその河原に降りる道の交通誘導に来ているんだと理解して、どう回っているかがわかった。バブル期の計画すげえなw

 橋の下は特等席だ。
 なにせ、日差しも避けられるし、夕立も心配ない。テントを立てなくてもいい。
 向こう岸とこちら岸の2パーティーが占拠していて、よろしくビールのバーベキュウをしている。
 わたしはいつもの水を買うコンビニによって、なんでこのコンビニが、もう一つよる同じ系列のコンビニがあるのに、こっちを休息点にするのかと考えて、このコンビニは東向きに建っているのだと、気付く。なので西日には影になる。だからなんとなく居つく。

 夕暮れに帰ってくると、大学生と思われる面子が家族連れのスペースを埋め直してやってくる。男女ほぼ同じような感じだから、親善会なのだろう。わたしだったらどうやるかなあと考えると、クラフトビールから入って、缶詰かなと思うのだけれども、当事者の方々はどう思うだろう。
 でも、せっかくバーベキュウなんだから、焼きたいか。
 たぶん、ライスペーパーで包んだ春巻きを焼くか、炒めるかする料理が流行りますよ。
 どういう料理になるかは、まったく分かりません。

 今か、次かのバーベキュウの必殺技に。
 レシピ落ちw

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